悪役令嬢とヒロイン
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ヒロインの予感を感じ取った日の夜。私はお菓子のレシピを綺麗に紙にまとめながら、目の前の窓から見える星空をちらりと見つめた。手元の紙には、イラスト付きでレシピを描いてみた。前世の友人の教えが記憶に残っていてよかったわ……。そう思いながら、私は茫然と星空を見つめる。
美しい星空と、前世で言う真ん丸な満月。それは、とても綺麗なはずなのに。なぜだろうか、不気味な雰囲気を醸し出している。
(そう言えば、ここ最近アナスタシアの評価を聞いていないわ……)
ふと、そう思った。王太子妃であるアナスタシアの評価は、王宮ではかなり改善されている。それはきっと、元々の評価が悪すぎたからだろう。主に、性格面で。そのハイスペックさは結構有名だったみたいだけれど。……まぁ、あんまりこういうことは考えないようにしよう。
「……ヒロイン、キャンディ・シャイドル様――」
「――アナスタシア・シュトラス」
「ひっ! だ、誰!?」
私がそうつぶやいた時、ふと後ろから誰かの声が聞こえてきた。その声を聞いて、私は大きな悲鳴を上げてしまう。今ここには、私以外誰もいない。ニーナもロイドも、下がらせた。だから、声なんてするわけがないのに。そう思って声の方に恐る恐る振り向くと、そこには――桃色の肩の上までで切りそろえられた髪と、くりくりとした茶色の瞳を持つそれはそれは可愛らしい女の子が、いた。この容姿、間違いないわ。私脳内にしっかりと焼き付いている女。キャンディ・シャイドル様。
「あら、余裕って感じ? もう私の顔も忘れたのかしら?」
ヒロインはそう言って、私に対してバカにしたような笑みを浮かべた。その足元が微かに乱れているのを見て、これは魔法を使った映像なのだと分かった。幽閉中は魔法を封じられていたはずだけれど、脱獄した以上それもないのよね。
(でも、ヒロインにこういう魔法は使えなかった。やっぱり、その背後には誰かがいるわね)
そう瞬時に頭を回転させて、ヒロインを睨みつければヒロインは「悪役令嬢のくせに、幸せそうで腹が立っちゃう」なんてけらけらと笑いながら私に告げてくる。……悪役令嬢のくせにって、信じられないわ。私だって、初めはここがただのゲームの世界だと思っていた。でも、今ならばわかる。――この世界は、現実で、ここにいる人たちは必死に生きているのだと。
「ねぇ、ヒロイン」
「あら、その様子だと貴女も前世の記憶を思い出したのね」
「えぇ、おかげさまで。誰かに毒を盛られたのよ」
私が低い声でそう言えば、ヒロインは嬉しそうに「そのまま死ねばよかったのに」なんて言いだす。その後、「そうすれば私が王太子妃なのにね」なんて付け足した。悪いけれど、ウィリアム様は何があっても絶対に貴女「だけ」は娶りはしないわ。だって彼……ヒロインのことが相当苦手みたいだから。
「ヒロインである貴女に、言いたいことがあるの。……この世界は、今となっては現実よ。ゲームの世界じゃない。命を落とせば、そこで終わり。犯罪を犯せば、そのレッテルは一生付きまとってくる。……お分かり?」
怒りを含んだ声でそう言えば、ヒロインは「知っているわ」なんて笑いながら言い出す。知っているならば、何故そんな行動に出るのあろうか。大人しく、罪を償うという選択肢はないのだろうか? そんな私の疑問は、すぐに解決した。
「でも、私自分がバッドエンドを迎えたって、認めたくないの。それに、ほら――」
――私だけが不幸なんて、絶対におかしいでしょう?
ヒロインがそう言った瞬間、ひどい寒気が私の身体を襲った。何、これ? そう思っていると、ヒロインの映像が乱れていく。
「だから、私は貴女のことも道連れにする。それが――あの――の――だ、ら――」
最後の方の言葉は、とぎれとぎれでしっかりとは聞こえなかった。ただわかるのは、ヒロインが私を恨み、さらには私を道連れにしようとしていること。
「……何よそれ。本当に、自分勝手」
私はその場で崩れ落ちながら、ヒロインに対する怒りを再認識した。あの女は、自分のことしか考えていない。多分、自分の幸せさえあればいいのだと思う。……あぁ、おかしい。胸糞悪い。
「でも、何かがおかしかった」
ヒロインの最後の方の言葉。綺麗に聞き取れなかったけれど、聞き取れた部分だけを合わせたらまるで「誰かの望み」だと言っているように聞こえたのだ。誰かの望みということは、ヒロイン本人の望みではないということ。ヒロインの背後にいる人物。その正体が、分かればいいのだけれど。
「これは、内緒にしておいた方が良いわね」
魔法でとはいえ、ヒロインが私に接触したことは内緒にしておこう。内緒にしておかないと、お兄様に余計な心配をかけてしまいそうだし。
「アナスタシア様!」
そう私が思っていると、ニーナが部屋に駆け込んでくる。そして「何かありましたか!?」と私に詰め寄ってきた。……そう言えば、私は大きな悲鳴を上げてしまったのだっけ。
「ううん、ちょっと大きな虫がいたから、驚いてしまっただけよ」
だから、私は誤魔化すようにそう言って笑みを浮かべた。……そう、あのヒロインという人間は、大きな虫だ。そう、自らに言い聞かせた。じゃないと……うすら寒さで、心が冷え切ってしまいそうだったから。
何処で切るか迷ったのですが、次回から第三章にしますm(_ _"m) 引き続きよろしくお願いします(n*´ω`*n)




