悪役令嬢とヒロインの予感
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「……で、この後視察をすることにしたが、まずどうするんだ?」
「いや、旦那様から誘われたんですよね? なんで何も決められていないんですか」
トバイアスの街を彷徨いながら、私とウィリアム様はそんな口喧嘩を始める。正直、ウィリアム様とお出かけなど気が進まない。しかし、今の私は王太子妃なのだ。ウィリアム様のお誘いを無下にするわけにもいかない……のだ。というか、断ったことがバレたらお兄様にどつかれる可能性がある。いや、この世界にどつかれるという概念はないのか。あるのは……怒られる? とかそう言うこと。
「女性をエスコートするのに、慣れていないんですね。そんなんじゃあ、女性に愛想を尽かされますよ」
「……いや、別にアナスタシアに愛想を尽かされるも何もないだろう。そもそも、アナスタシアと俺はもうすでに立派な仮面夫婦だ」
「表向きも冷めきって見えるので、仮面なんて付けていませんよね」
前を向いたまま、そんなことを言い合う。仮面夫婦とは世間一般的に「表向きは仲良くしている夫婦」のことだと思う。でも、私たちは違う。仮面さえも付けちゃいない。互いが互いのことをそこまでよく思っちゃいない。そりゃあさ、政略的な結婚だからこういうのも当たり前だよ? けれど……。
(もう少し、近づこうとしてくれてもいいんじゃない? いや、でも私からは近づかないけれど)
そもそも、私の目標は「離縁」をすることなのだ。ウィリアム様と親しくなってどうする。それじゃあ、むしろ逆じゃないか。……まぁ、理由づけなんて後でいくらでもできるけれど。例えば……そう、敵を増やさないためとか。今私はヒロインキャンディによって命の危機に晒されている可能性があるわけだし。
「……アナスタシアは、今後のために俺と仲良くなりたいとか思わないのか?」
「別に、思ってはいませんわね。毒を盛られた際にお見舞いに来られなかった時に、気持ちは冷めましたから。……前までは、恋と言う名の熱に浮かされていただけですわ」
ウィリアム様に愛されたいと思っていたのは、きっと恋に浮かされていただけなのだ。……まぁ、あの気持ちが恋なのかは今となっては定かではないのだけれど。ただ「愛されたい」という願望がまやかしの恋を生み出しただけかもしれないし。
「ですので、愛妾でも側妃でも、好きなだけ作ればいいですわ。ですが、世継ぎの争いに私を巻き込まないでくださいね」
巻き込まれるつもりも、ないですけれどね! しかし、これは重要なことだ。世継ぎの争いなんてどの世界でもどろどろとしている。もちろん、この世界も例外じゃない。このキストラー王国の周辺の国の歴史を学べばわかるけれど、殺し合いなんて日常茶飯事。毒を盛った盛られた、暗殺者を仕掛けた仕掛けられた。それが普通に許される世界。……前世の世界がどれだけ平和だったか、思い知らされるわね。
「はっきり言えば、俺は女が苦手だからな。側妃も愛妾も作るつもりはないな」
「そうですか。原因は、もちろんあのお方で?」
「もちろんそうだ。お前の兄もそうだろう」
ウィリアム様はただ前を向いたまま、そうおっしゃる。その横顔を見つめながら、私は「そうですの」なんて素っ気なく言っていた。……そもそも、アナスタシアらしく振る舞うというのが今になっても難しい。恋が冷めたというのは理解されているだろうから、その点は別に構わないのだけれど。
「……そう言えば、護衛は?」
「シルフィアさんとマックスさんならば、後ろからこっそりと護衛してくれていますわ。……私たちの邪魔をしないようにって変な気をまわしちゃったみたいですもの。……不本意ですが、私はこれをチャンスだとも思っているんです」
「……はぁ?」
私の言葉を聞いて、ウィリアム様が怪訝そうな声をあげられる。そもそも、どの世界でも女性は恋バナが好きなもの……らしい。そして、それに協力したいとも思ってしまう。余計なお節介の場合も多いのだけれど。
「悪いんですけれど、旦那様。シルフィアさんの恋に協力してあげてくださいな」
「……意味が、分からん」
「まぁ、鈍感ですこと。……ふふふ、いずれわかりますわ」
私がそう言えば、ウィリアム様は「怖いな、それは」なんておっしゃる。失礼ねぇ。私怖くなんてないわ。そう思うけれど、多分今私は不気味な表情をしていたと思う。うぅ、反省。アナスタシアらしく、アナスタシアらしく――。
そう、思っていた時だった。不意に私とウィリアム様の前を横切った人影。……桃色の肩の上で切りそろえられえた髪。女性でも小柄な背丈。胸はほぼないに等しい。……あれって。
「……寒気がした」
ウィリアム様が、隣でそんなことをぼやかれる。……ウィリアム様の態度を見るに、間違いない気がする。
(……ヒロイン、キャンディ・シャイドル)
あの容姿、ウィリアム様の寒気。それが指し示す答えは、たった一つ。
――ヒロイン、キャンディ・シャイドルが近くにいるかもしれないということ。
「旦那様」
だから、私はこっそりと耳打ちしてヒロインの影が近くにあるということをそれとなく教えた。あの様子だと、まだ私たちには気が付いていないだろう。だから、逃げるなら今のうち――。
「よし、アナスタシア。いったん帰るぞ」
でも、私が言うよりもずっと早くに、ウィリアム様は腕をさすりながらそうおっしゃった。……いや、どれだけ苦手なんですか?




