悪役令嬢とお疲れの王太子と次のご予定
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「……アナスタシア」
「文句は受け付けませんよ。だって、子供たちも喜んでいたじゃないですか」
「ぐっ……」
ウィリアム様が文句をおっしゃりたそうだったので、私はにっこりと笑ってその文句を黙殺した。だって、ウィリアム様も所詮お人好し王家の血を引いているんですもの。子供を殴ったりは出来ないはず。それに、自分の妻を殴るなんてこと、出来ないわよ。あぁ、こんな時は妻でよかったと思うわ。……いずれ、他人になりたいんだけれどさ。
「かっこいいって騒がれて、まんざらでもないんじゃないですか?」
「バカを言うな。相手は子供だ」
そうおっしゃったウィリアム様は、早足で我先にとばかりに馬車の元に戻っていく。さて、孤児院の見学も済んだし、ここにはロイドとニーナを派遣しようかしら。アップルパイを始めとしたお菓子のレシピはすでに徹夜で紙に書いた。あとは清書をするのみ。それに、ロイドとニーナだったらきっとうまくやってくれるわ。……ロイドは、まぁ、少し心配があるんだけれど。猫を被って接してくれるでしょう。うん、そう信じましょう。
「旦那様、ここにはロイドとニーナを派遣しようと思うのです。……どうでしょうか?」
「それは別に構わないが、お前の世話は誰がするんだ?」
「あら、そんなの自分で出来ますわ。……私も、自立をしなければならないと思いましたの」
あくまでも、アナスタシアらしく。アナスタシアはあんな性格だったけれど、根には真面目な部分があった。そこを強調するような口調で話せば、ウィリアム様も疑問をそこまで抱かない……はず。
「そうか。本当に変わったな、いい意味で」
「まぁ、ありがとうございます。珍しいですね、旦那様が私のことを褒めてくださるなんて」
「……前までのお前は、あまり褒める要素がなかったからな。褒めたとしても、調子に乗るタイプだった」
「今もそうですわよ。褒めたら自分は出来るんだ~って過剰な自信をを持ってしまいます」
「だったら、先ほどの褒めの言葉は却下だな」
そうおっしゃったウィリアム様は、私を先に馬車に乗せてくださる。あら、紳士。そう思ったけれど、ウィリアム様は生粋の王子様。レディファーストの精神は身についているらしく、記憶が蘇る前もそんな感じだったと思い直す。……やっぱり、前世の記憶の方が強くなるとダメね。今度、アナスタシアだった頃の記憶をきちんと掘り起こしましょう。
「で、次の計画は?」
「次の計画は、お兄様が戻ってきてからですわ。ですので、旦那様も私もこの後しばらく自由にしましょう。たまには、息抜きも必要ですわ」
本当はもう少し早く進めるつもりだったのだけれど、お兄様がいらっしゃらないので、少し予定が狂ってしまった感じだ。ま、休憩時間を取るのも必要よね。そう思って私がウィリアム様に視線を送れば、ウィリアム様は「呑気だな」なんておっしゃった。
「呑気で結構。でも、しっかりと休憩することも必要ですもの。あ、これはお兄様からの受け売りですわ」
私はお茶目に笑ってそう言った。本当は前世の私からの受け売りなのだけれど。こういう時に便利なのがお兄様! そう言っておけば、ウィリアム様はもう何とも言えない。まさに虎の威を借る狐。お兄様の威を借りる妹ってところね。そもそも、ウィリアム様はお兄様にこの言葉の真相を尋ねたりはしないでしょうから。
「そ、そうか……。じゃあ、それでいい。ところで、アナスタシア。この後お前はどうするんだ?」
「どうもこうも、邸に戻って少し休憩をするつもりですわ。その後、資料作りを再開しなければ」
さすがに資料の清書すべてをマックスさんに任せるわけにはいかないわ。そう思って私が「はぁ」とため息をつけば、ウィリアム様は何を思われたのか「だったら、街に行こう」なんておっしゃった。……まさかですけれど、今のため息で私が疲れていると判断されたのでは?
「まさかですが、私が疲れていると判断……」
「それもあるが、視察の目的が大きい。お菓子を広めるのならば、今あるお菓子を調べるのも重要だ。……そう言うことだ」
ウィリアム様はそうおっしゃって、窓の外に視線を向けられる。でも、その頬は微かに赤く染まっている。……子供が苦手ということもあるけれど、ちょっぴり可愛らしい一面をお持ちなのね。そう思って私はウィリアム様のことを見直すけれど、お兄様の方が優秀だと思い直した。そうよ、この人のことを素敵だなんて思っちゃいけないのよ。
「じゃあ、付き合ってあげますわ」
「なんだ、急に昔のアナスタシアに戻ったな」
「まぁ、気分ですかね」
私はそれだけを言って、御者に行き先の変更を伝えた。多分、シルフィアさんとマックスさんもついてきてくれるだろう。……あの二人の関係を進めるためにも、ここは私が一肌脱ぎたいしね! ……なんだか、余計なお節介っていう気もするんだけれどさ。




