クモだー。
西門には、多くの登録者が集まっていた。皆、ギルド職員の指示に従い、慌ただしく西の森方向へ向かっている。その中にはキャノさんの姿もあった。ガーゼットさんの姿が見えたので俺は指示を仰ぐ。
「君たちは西門の守備をお願い。ガタクンが外壁にいるわ。あとは彼の指示に従って。」
「分かりました。」
簡潔な指示に従いガタクンさんと合流する。この場に俺らを含め20名。ガタクンさんは登録者を一瞥した後、淡々と説明を開始する。
「弓兵の2人は俺と外壁から援護及び門前の奴らに魔物の来る方向の指示。他は門前で迎撃。3、4人でチーム作ってくれ。即席でいい、助けあえ。」
その指示に従い、5チームが出来上がる。俺はもちろん才華、千歳で1チーム。戦力的には2.00001人分だな。うーん。誰か1人助っ人が欲しかったところだが、仕方ない。
「情報だと魔物は森からこっちへまっすぐ向かっているそうだ。他の班がここと森の中間で迎え撃つ。俺らはそれに捕まらなかったか、うち漏らした奴の始末。外壁にはうちのサポート班が援護および壁にとりついた奴のうち落としを担当する。門内にはギルド職員が戦闘準備して待機しているが、実質俺らが最後の守り。それを肝に銘じろ。」
目つきはいつも通り眠たそうで、淡々とした説明だが熱さを含んだ言葉だった。説明が終了したことから各自、持ち場へ向かう。そんな中、才華はガタクンさんに近づき質問する。
「コアやジーファはもう西の森へ向かったの?」
それは俺も気になっていた。俺が分かる団員で現在確認できたのはキャノさんとガタクンさんだけだ。たぶんキャノさんの周囲にいた人は団員なんだろうけど。
「今日、その2人は東の森の捜索当番。団の30人は捜索と早朝からのクエストで街に戻るにはまだ時間がかかる。今、参加してるのは休息班とサポート班20名。実質、前線出れるのは俺を含め10名。」
「・・・私が東の森にいたなんて言ったせいだね。」
才華は複雑な顔をしている。
「東の森に蜘蛛女のいた形跡はあった。これは魔物が一枚上手だったか、なんかの偶然。想定外といえば想定外だが、こんなことはよくある。」
こちらを見ず、弓を調整しているガタクンさん。慰めるというよりは、ありのまま説明してくる感じだった。
「それでも責任を感じてるなら、それを今、働きで返せばいい。あんたたちは俺の真下につけ。俺が矢で足止めした奴に頭をつぶせしてとどめをさせ。最悪のことを考えて、矢は節約しときたい。余裕があったら矢の回収も頼む。」
「任せて。」
才華は返事をして、門前へ移動する。
俺らが門を出たところで門は閉まった。うーん。緊張してきた。俺は準備運動に入る。なにかしないと気が落ち着かないからだ。この状況、俺の力でなにができる?2人だけじゃなく他の登録者にも迷惑をかけるかも。街に入られたらどうなる。そんな考えばかり浮かぶ。2人の様子を見ると才華はストレッチをしており、千歳は目を閉じ集中しているようだ。見た感じあせりや緊張感はない、2人にとってこの状況は学生時代のもめ事と変わんないんだろうか。
「・・・・かな。」
才華が小声でなにかを呟いた。
「なんか言った?才華。」
俺が準備運動をやめ、質問する。
「街の防衛だから、ゲームなら強制イベントかなって。」
俺はガクッと力が抜ける。そんなこと思うのお前だけ。これから命がけの戦いだぜ。住民にとっては深刻なことだぜ。
「こんな状況だけど、余裕だねー。深刻な問題だと思うけど。」
「それはわかってるよ。ただ、そう言えば在人の緊張なくなるかなーって思ったの。実際、力抜けたでしょ。」
ニカっと笑う才華。確かに力は抜けたけどさ。
「あーやっぱ。緊張してたのは分かる?」
「それだけじゃないわ。足引っ張るかもって、顔に出てたわ。」
千歳が割り込んでくる。目つぶってたのになぜわかる。
「でもいつも通りでいいのよ。とりあえず行動をしてみる。で失敗したら、私たちに助けてもらう。シクのときもそうでしょ。『どんな状況でも行動はする』それが数少ない在人の良いところね。」
千歳が微笑む。そうですね。うん。そうだ。いつも通り3人いるんだ。とりあえずやれることしよう。情けないってのもあるけどそれもいつも通りだ。ただ、
「数少ないって、いらなくね。」
「少ない良いところで、多い悪いところが帳消しされるてこと。良いところの1個の価値が大きくて、私はその良いところに惚れているの。」
千歳が恥ずかしがることなく言ってくる。あざとさとか、計算とかなく本心なんだよなー。俺が逆に恥ずかしい。
「私も好き。他の人には分かんないけどね。」
才華もだ。俺はなんて返せばいいので?そんなことを考える余裕ができたところに
「クモだー!!」
外壁の弓兵が声をあげる。才華も千歳も目つき、雰囲気が変わる。狩りの開始だ。
前方の班を切り抜けたのか、遭遇しなかったのか。現在見える数は40くらい。子蜘蛛と言っても、小さい奴で犬くらいの大きさはある。紺色の胴体に赤い目の蜘蛛。それらがウジャウジャとこちらに向かってきた。これはホラーかパニック映画みたいな状況だ。俺は少し萎縮するが、他の登録者はさすがに場なれしているのか、それぞれ大声をあげ、広範囲に向かっていた。千歳、才華もそれらを見て走り出す。この2人も恐れていないようだ。頼もしい限りだ。俺も慌てて追いかける。
早速、ガタクンさんの矢が、先頭の1匹を貫く。他の弓兵も撃ち始めたが、ガタクンさんの矢はあきらかに速度が違っていた。すっげ。ただ当たるでけでなく、蜘蛛の頭部を、貫通し地面に突き刺さっている。
まず1匹撃破。っと思ったら、蜘蛛はまだ足が動いている。これじゃ死なないのか。動きは鈍ってはいるが今にでも矢は折れそう。だから「足を止めるから、とどめをさせ」とガタクンさんは言ったのか。その蜘蛛の頭を千歳が刀で切り落とした。蜘蛛も脚が止まる。とりあえず1匹なんて考えている場合ではないか。
ガタクンさんの矢が蜘蛛に次々と刺さっていく。千歳、才華はそれを見て、首を跳ね飛ばしていく。俺も矢が3本刺さり足が止まった蜘蛛の頭をハンマーでつぶしにかかる。しかし、ハンマーを振りかぶったところで蜘蛛の口から糸の束が飛び出て、俺に絡まる。糸は尻からだせよ。と愚痴りたいが、糸がとれないのでそれどころではない。幸い足は動かせ、蜘蛛も動けないようなので距離をとった。俺が距離を取った途端、蜘蛛の口から液体が飛び出て、俺が元いた場所に命中する。その場所から煙が上がり、地面が溶けていた。危なかったー。当たり所悪いと死ぬなー。
「大丈夫?とりあえず、糸を火で溶かすから、熱さは我慢して。」
才華がなぎなたに炎をまとわせ、そのなぐなたを俺の体に纏わりつく糸に走らせる。熱さが一瞬あるがほとんどの糸が体から取れていった。まだ残った糸があるが動けるので問題ない。その間に俺が仕留めそこなった蜘蛛を千歳が倒していた。
「まだまだ来るようね。」
千歳は前方を見渡す。確かに倒された蜘蛛はいるが街へ向かう数は減っている気がしない。むしろあきらかに増えている。ここでこれなら、前方の班はもっと多くの数と対峙しているんだろう。それとも蜘蛛はそれらを無視してただひたすらに街に向かっているのか。そんなことありえるないか。そもそもアラクネルはなぜ子蜘蛛をこのタイミングで街へ向かわすのか。傷が癒えたから行動開始?と考えたが、考えるだけ今は無意味なので目の前のことに集中する。
蜘蛛の糸、溶解液は口からしかでないようなので、俺は矢の貫通した蜘蛛の横側から近づき、ハンマーで頭を潰す。2、3回でつぶれるのでこれなら俺でも数匹は倒せそうだ。才華、千歳は矢の刺さっていないのも既に倒せるようだ。相変わらず、すっごいねー。
現状、蜘蛛はまだまだ現れてくるくるが、他の登録者が前方で対応し、ガタクンさんたち弓兵、才華、千歳、おまけに俺は門前で抜けてきた奴を始末している。まー俺は倒すより矢の回収が多いけど、2人の戦力を見たためか、他の登録者も抜けた奴を無理に追いかけたりはしていない。即席チーム、作戦だが迎撃の形が整ったみたいだ。そのため、今のところ外壁まで蜘蛛は到達していない。このまま終わればいいと思うがどうだろう。だんだん大きい個体が増えている気もする。




