4ー結婚式
式は盛大に行われた。
勢いのある紅国らしい本当にすばらしい式だった。
真姫はかなり恐縮していた。まさかこんな大国の正妃に、しかもとても歓迎されてくるような身分ではないと思っていたからだ。正妃にと言われてきたものの、実際は側室が何人かいるのだろうと思っていたがジン王にはそれらしい噂すら無かったのだ。自分には想っている人がいる、と告げたが彼は笑って自分は気にしないと。そばにいてくれれば、それで良いといってくれた。そして、できれば正妃としての公務もしてほしいと。そこまで話すと、すぐに侍従に見つかり仕事へ戻ってしまった。
「姉様、きれい。ね!兄さま!」うっとりしているジン王の妹カリンが盛装に着替え終わって入ってきたジン王に問う。
ジン王は真姫を見ると驚いたように目を見張り、そしてすぐに目を細めた。
「すごく。」
本当に美しかった。元々母がトゥルスという国の生まれであったため、髪の毛の色は茶髪が普通なアヅマでは珍しい真っ黒な髪の毛だった。長くてとてもつややかな髪を今日は惜しげも無く飾っている。あえてまとめずにしたカリンの判断はとても良かったと言える。肌は透けるように白く、唇は紅を引いていてかわいらしい。
彼女の噂はすぐにお祝いに訪れた各国の長たちに広まっていた。
今から二人の子供をぜひ我が国へといってくる輩もいるくらいなのだ。
ジン王が目配せをすると、侍女たちは部屋の外へ下がっていった。
「ジンさま、あの!」
何か言いたげな真姫を珍しく制してジン王が話しだす。
「あれから少し考えたんだ。というか、よく考えたら君の意思を聞いてなかったなと。僕とは結婚したくないという意味だった?」
真姫は首を振る。「なら、良かった。これを受け取ってもらえますか?」
ゆっくりとジン王は真姫の小さな頭の上にティアラを乗っけた。「紅国ではこの石のついたものを身につけている花嫁は幸せになると言われてるんだ。」
真姫が手で触ってみると、何やらたくさん石が使われているようだった。
「ありがとうございます」そう途中まで言いかけたときジン王から頬にキスされ、抱きしめられた。「やばい、な」くすくすっと笑うジン王。
そう、ヤバいくらいに真姫が好きになっていた。
式は滞り無く終わり、披露宴もなんとか乗り切った。真姫は人の名前と顔を覚えるので頭が痛くなりそうで。ふと、テラスの方を見やるとジン王が女性に囲まれていた。
どうやら、どこかの国の姫君たちらしい。ゆっくりと近づくと話が聞こえてきた。
「紅王さま、どうか私たちのところにも通ってくださいね。」真姫を見つけると聞こえよがしにそういって去っていった。「真、どうしたの?こっちへおいで。」ジン王はもてる、とカリンがいっていたのを思い出した。真の顔が青いのを見て、ジン王が心配そうにでも少し面白そうに笑いかけた。「気にしなくていいよ。興味ないんだ。」そういってあたまをぽんっと一つ、なでてくれた。なぜか真姫は泣きそうになる。
(なんでだろう?)ほっとしたのか、体が少しだるい。するとすぐに侍女のリンとエリザが迎えにきて部屋へと下がる。そうだった。まだ夜は終わっていないのだ。
いつもとは違う、西の塔と呼ばれる離れのようなところに連れて行かれる。
儀式のための神殿がある場所のようだった。
塔の中は明かりが少なく、たいまつの音だけが響いていた。
湯につかり、仕度を整えるとリンとエリザは白湯を運んできてくれた。
「大丈夫ですよ!優しくしてくださいますって。」
経験抱負と自負しているエリザがいろいろと教えてくれる。ばあやはにこやかにそれに同調している。そして、時間になり神官が退出を促すと、その塔には衛兵と真姫だけになった。真姫は口から心臓が飛び出そうで、ベッドの脇でずっと小さくなっていた。
どのくらいの時間が経っただろう。勢いよく白夜が出てきた。「白夜?」鼻をクンクンさせると「臭い。何か燃えてるぞ。」と窓の外をあごでさした。
窓をのぞくと、塔の下の方から煙が上がっている。「!逃げなきゃ」
慌ててドアを開けると、煙が充満していてすぐに閉める。ここからは逃げられそうになかった。
「西の塔が火事?!」知らせを受けてジン王はすぐに西の塔に駆けつけた。今にも下の方が崩れ落ちそうなくらい燃え上がっている。
トウヤが真っ青になって火を消すよう指示を出している。
ふと、ジン王を見やるとうつむいている。
「お気を確かに!まだ間に合うかもしれな……」
落ち込んでいるのかと思い、励まそうと声をかけようとしてぎょっとする。
ジン王の周りから静電気のような、パンパンとはじける音がするのだ。
近寄ろうと思ってもできず、はっとした。周りを風のようなものが舞い上がる。
周りの者たちが吹っ飛ばされる。するとその風のようなものは形を変え、龍になり天へ昇っていく。
次の瞬間、閃光が走った。
かとおもうと、すぐに凄まじい雨が降り出した。
「これがジン王の『守護』?」トウヤはあっけにとられつぶやきながら、塔に入っていく主を見送った。
「真!!」
塔の中頃まで登ると、真姫が崩れ落ちていた。息を確認するジン王。
「顔が近うございますね。」目をふっと覚ました真姫はクスッと笑いながらそういった。
げほげほと咳き込む真姫をジン王はぎゅっと抱きしめた。
「ジン様?」二人の唇が重なりそうになったそのとき。トウヤがやっと後を追ってきた。
「申し訳もございません。」管理や人の手配、警備はトウヤの仕事だった。
「トウヤ。謝って済む問題じゃない。」いつもと違う『王』の顔になるジン王。
その顔は真姫もぞくっとするほど恐ろしい。いつもの小熊のような愛らしいジン王とは違った。トウヤは平伏している。
「あ、あの!!」横抱きにしながら無言で階段を下りていくジン王に真姫はじたばたと抵抗している。「悪いが黙ってて。じゃ無いとここで抱くよ?」真姫はしゅんとしながらも首に腕をまわした。
きてくれると思わなかった。このまま死ぬと思った。もしかしたらこの人が火を放ったのかと、そんな事まで考えて悲しくなっていた自分を恥じた。
ここで生きて、ここの土に帰る。そんな予感がした。いや、そうありたいと思った。
そうこの人、ジン王と一緒に。
(あなたは許してくれますか?私がここで生きて行く事を。)
真姫は天を仰いだ。