1 - 世界が壊れた日 -
世界が壊れた日、俺たち人類は初めて神を見た。
もっと正確に言うなら、宇宙から飛来した巨大な発光体だった。
太陽系外から現れたそれは、地球の衛星軌道上で突然停止した。
隕石、宇宙船、星雲。見る者によって姿形が変わるそれに、世界中がパニックになっていた最中、地球上のあらゆる通信機器へ同じ映像が流れた。
人間を模したような、半透明の何かはこう言った。
『ごきげんよう。地球の諸君――我々は "神" だ』
冗談だと思った者もいた。
宇宙人だと考えた者もいた。
だが答え合わせは、一日とかからなかった。
初め、世界各地で異常が起こった。
英国では竜が生まれ、森の奥には妖精郷の入り口が開かれた。
北欧ではヴァルキリーが現れ、海上には虹の橋が架かった。
ギリシャでは、次々に白亜の神殿が建立していった。
そして日本では――
山から巨大な骸骨が現れ、廃村では百鬼夜行が出現。古い神社には天狗が住みつき、廃トンネルからは女の啜り泣きが聞こえるようになった。
各国の土地に根づいた神話、伝承、怪異。
人類が長い時間をかけて語り継いできた空想が、現実となったのだ。
後に、この現象は《幻想加筆・概念置換》と呼ばれるようになった。
神々が何のためにそんなことをしたのか、人類には点でわからない。
ただ、一つだけ明らかになったことがある。
神々の来訪から三日後、俺を含めた人類の視界に、奇妙な表示が現れた。
それは国籍も人種も、年齢も性別も選ばなかった。世界中の不特定多数の人間が、同じ時刻に自分の視界を覆う文字を目にしたという。
《CONGRATULATIONS, HUMANITY.》
――おめでとう、人類諸君。
《YOU HAVE BEEN BLESSED. YOUR STATUS IS NOW UNLOCKED.》
――君たちは祝福された。ステータスは今、解放された。
《THE GAME BEGINS. ENTERTAIN US.》
――ゲーム開始だ。我々を楽しませてくれ。
最初、人々はそれを神々による新たな声明だと思った。
ところが文章が消えた後も、視界には小さな矩形が残された。
意識を向ければ開く。
閉じたいと思えば消える。
手で触れることはできず、カメラにも映らない。それどころか、生まれつき目の見えない者からも「見える」との証言が相次いだことで、それが人間の意識に直接送り込まれている情報なのだと理解するようになった。
後に《ステータス》と呼ばれる表示である。
そこには本人の名前、年齢、種族、レベルをはじめとした、あらゆる能力値が数値化された項目が並んでいた。まるでゲームのように。
だが、これは遊びではなかった。
鍛えれば《能力値》に変化が現れ、傷を負えば《状態》に負傷が反映される。何かを成し遂げた人間には経験値が加算され、一定値に達するとレベルが上昇した。
あまりにもゲームじみた仕組みに、当初は戸惑う者も多かった。
そして最後に、もう一つの項目が追加される。
《DIVINE AUDIENCE》
――天覧。神々による人類の配信だった。
化物と戦う人間のなかでも、特に目を引く者には神々が集まった。そして気に入られれば、神々から贈り物が与えられるのだ。
《アルビオンより聖剣が届きました》
《オーディンより霊薬が届きました》
《天照大神より勾玉が贈られました》
人類はすぐに、それを別の呼び方で認知する。
――投げ銭、と。
そうして世界が変わってから、十年後の日本。
東京都杉並区某所。築三〇年のボロアパート。
そこに住む底辺暮らしの俺もまた、巻き込まれた一人だ。
とはいえ、神話が現実になっても俺の生活は変わらない。
結局のところ新世界とは、思ったほど壮大ではなかった。
「……腹減ったなぁ……」




