消失
マリンに手を引っ張られて『神ハウス』の外に出る。
マリンは『お姉ちゃん』気取りだ。
ダークエルフはここ百年、子供が生まれていない。
マリンがここ最近、最後の子供だ。
つまりマリンは種族の中で、百年以上末っ子扱いされている。
だからマリンは『お姉ちゃん欲』が爆発寸前なのだ。
マリンは僕を妹扱いしたくてしょうがない。
同じ『短命種』の種族なら、長老とクソガキぐらいの年齢差だ。
妹扱いされるのは仕方ない。
でも見た目小学生にしか見えない女の子に妹扱いされるのはむず痒い。
でもマリンはリウムの弟子、僕に『魔法の何たるか?』を教える師匠待遇なのだ。
不機嫌にさせる訳にはいかない。
仕方ない、マリンを持ち上げるか。
「師匠!」
本気でこんな糞餓鬼を師匠と思ってる訳じゃない。
ひたすらマリンをおだてよう。
他の『まだ見ぬ師匠』より、マリンはきっと与し易い。
マリンは黙って首を振る。
「お姉ちゃん」とマリン。
「え?」
「私は『お姉ちゃん』」
この糞餓鬼は何を言ってるんだろうか?
「『お姉ちゃん』と呼んで!」
おい、何か言ってるぞ。
「それとも『ママ』って呼びたい?」
何かとんでもない事言い始めた。
どこまでエスカレートするか興味あるな。
行くところまで、いかせてみようか?
目標は『広島の三代目姐』で。
しかし差し迫った問題としては『この娘は遥かに僕より長命で、僕より遥かに強い師匠と呼ばなきゃいけない存在』だということ。
その師匠が「『師匠』と呼ぶな、『お姉ちゃん』と呼べ」と言ってる。
これは判断を間違えられない。
ここでマリンがヘソを曲げて、『師匠』をやってくれなかったら僕は地球に帰れない可能性もある。
それ以前に『優しい師匠はマリンだけという可能性』もある。
マリン以外の師匠なら初手の修行で即死という可能性が絶対ではないが、98%ぐらいある。
それぐらい僕はへっぽこぴーだ。
それにどうも女体化したことで『へっぽこぴー』具合が120%増し(当社比)になったっぽい。
「お、お姉ちゃん・・・」
僕はプライドを捨ててマリンを呼んでみる。
プライドだけじゃなく、色んなモノを捨てた気がする。
我慢、我慢だ。
地球に帰るためだ!
僕は密かに拳を握るが、マリンは『慈しみの瞳』で僕の頭を撫でた。
くそう、消えてしまいたい。
僕はマリンと一緒に『神ハウス』の玄関から出る。
「タバサちゃんは魔力はないのよね?」とマリン。
「・・・・・」
「タバサちゃん?」
「は!?
僕か!
僕がタバサちゃんか!」
しかし『タバサちゃん』て誰やねん!
マジで慣れないな。
「魔力はありません。
元々いた世界が『魔力』を必要としませんでしたので」
僕は使える『最上級の敬語』を使った。
大学に入って居酒屋でアルバイトを始めた時に酔っぱらいに「オイ!『手羽先の唐揚げ』ってどんなメニューだ!?」と絡まれて「手羽先の唐揚げです」と答えたら「テメー!!!!!!喧嘩売ってるのか!!!!!!」とドラゴンボールばりに「!」を沢山つけて怒鳴られた。
仮にも師匠を不機嫌にしちゃいけない。
居酒屋での苦い経験を思い出せ。
目上の人には無礼があっちゃいけない、エルフだけど。
僕の敬語には間違いはなかったはずだ。
なのに『翻訳魔法』の不具合?
あ、異世界語には敬語が存在しない可能性があるな。
地球でも敬語がない言語のほうが多い、と聞く。
だから師匠であってもタメ口がデフォなのかも知れない。
あんまりかしこまった喋り方は『慇懃無礼』、却って失礼なのかも知れない。
ヤベー、マリンを不機嫌にさせちゃったかも。
でもマリンが不機嫌になったのはそういう意味じゃなかった。
「タバサちゃん、お姉ちゃん悲しいな。
何でそんなに他人行儀な喋り方するの?」
「で、でも師匠・・・」
「こら!違うでしょ!
何て呼ぶの?」
「・・・・・」
「何て呼ぶの?」
「お姉ちゃん・・・」
「そうよ、良い娘ね!」
マリンは『お前はムツゴロウさんか!』というぐらい僕をワシワシ撫でる。
「ソノグライ二。
セッカクノ縦ろーるガ乱レテシマイマス」と見物していたクレアが割って入ってくれる。
助かった、でも縦ロールて何やねん?
僕は『ポニーテールにしろ』としか言ってないぞ?
しかし修行前に『縦ロール』て巻くもんなのか?
巻くもんなのかもね。
試合前の『お蝶夫人』、戦闘前の『神崎かりん』も身体を動かす前に縦ロール巻いてるもんな。
そんなのどうでも良いんだよ。
肝心なのは『修行』
「タバサちゃんは魔力がない。
つまり『身体の中の魔力タンクが空』な状態の訳ね。
魔力は修行で少しずつ増やしていくとして、今回は私がタバサちゃんに魔力を貸すわね」
「『魔力』って貸したり借りたり出来るもんなの?」
「出来るわよ。
でも今回、タバサちゃんは私に魔力は返さないで良いわ。
特別よ?」おどけてマリンが言う。
マリンが僕の眉間に右手の人差し指と中指を置く。
指を置かれたところは特に何にも感じない。
ただ下っ腹、『臍の下あたり』がぽうっっと暖かくなった。
「これ、誰にでも好き放題出来る作業じゃないからね。
タンクの容量が一杯になったのに魔力を注ぎ続けてたら、注がれた人の身体が破裂しちゃうからね」とマリン。
「ひ、ひぃ!」思わず僕は悲鳴を上げる。
「大丈夫よ。
タバサちゃんは今のところ、魔法は全く使えないし、身体の中で魔力を生成出来ないけど『魔力の器』だけはずば抜けて大きいから。
このペースなら魔力を数刻注いでも破裂はしないわ」
どうやら僕は『器』だけは特大らしい。
劉備玄徳か!
「じゃあ、最初に私の特技
命を守る上で、技の中でも使える技よ?
『霧隠れ』」
・・・というとマリンは霧の中に消えた。
僕はビックリした。
ここにいたよな?
消えた!
一瞬で消えた!
消えた時の逆回しの動画を見るようにマリンの姿が現れる。
「姿は『本当に』水蒸気と一緒に消えるのよ。
『見えない』んじゃない。
これは戦闘、逃亡で重宝する魔術ね。
大雨の中、氷点下の状況では使えない。
『火の軍勢』がちょっかいを出してきている今、タバサちゃんに真っ先に覚えて欲しい魔術よ。
でも、直ぐに使えるようになるとは思えない。
リウム様に見込まれたのだから多少は見所があるのかも知れない。
一週間を目処に、使えるように修行しましょう」
「ち、ちょっと待って!
いきなり『やれ!』と言われても魔術は使えないよ!
コツとかないの?」と僕。
「うーん。
私がこの技を開発した時に私は内気で『消えてしまいたい』と思っていたのよ。
そうしたら本当に消える事が出来た。
参考になるかしら?」とマリン。
参考になるかい!
・・・でも参考にするしかないわな。
えーと『消えてしまいたい』と思うんだったな。
僕が『恥ずかしい、消えてしまいたい』と思ったのはマリンに子供扱いされて『お姉ちゃん』って呼ばなきゃいけなかった時だ。
その時の心境を思い出せ。
僕の身体が霧の中に書き消されるように消える。
マリンが驚いている。
それを俯瞰で見ているような不思議な感覚だ。
しばらくして僕の身体は消えた時の逆再生のように現れる。
成る程、確かに『消えてしまいたい』と思った事で、『霧隠れ』は簡単に再現出来た。
この時にわかった。
魔術は『感覚を再現できるか?』が重要だ、と。




