料理
修行は明日からだ。
晩飯を食う。
不味い。
聞けば『長命種』も『恒久種』も定期的な食事の習慣がないらしい。
つまり「『短命種』に合わせて晩飯を特別に作ってやった。
感謝しろよ?」と。
勝手に異世界に連れて来て『晩飯なし』とか言われたら暴れるじゃ済まない、がどうもこの中で僕が最弱みたいだ。
味のないオカラを炒ったようなモノを山盛りで出される。
男エルフの目が明らかに『感謝感激の言葉』を求めている。
面倒臭いけどどうやら「何か言わなくちゃいけない」らしい。
「糞不味い。
犬も喰わない」
仕方なく僕は本音を吐露する。
仕方ないだろ?
受け入れたら『コレ』延々食わされるんだぜ?
バイト先の出稼ぎブラジル人が『良かれと思って』タッパーに入った『しょっぱい煮豆』をくれたのを思い出したんだ。
お世辞で『美味しい』って言ったらその煮豆を昼飯のたびに山盛りくれる事になったんだ。
100%善意なのはわかってる。
出稼ぎするぐらいだから経済状況だってあんまり芳しくないだろう。
全ては『日本で仲良くなった僕のため』だ。
でも僕は『ブラジルの煮豆を食う』事が実は『地獄の苦しみ』だった。
誰も幸せにならない『お世辞』だった。
同じ悲劇は繰り返さない。
だから僕はハッキリ言う。
『糞不味い』と。
男エルフは信じられない事を言われたような顔をした。
元々エルフは『花の蜜』とか『朝露』とかをチョコチョコと口にするだけで『料理』という習慣がない。
「そんなバカな!
ならば貴様はコレ以上旨いモノが作れるのか!?」と。
いや、コレ以下に不味いモノを作れる自信はないが。
「僕に料理させろ。
『本当のオカラ料理』を食わせてやる」
僕は山岡さんのような事を言った。
「山岡さんって無礼な男だよな。
『この○○は食べられないよ。偽物だ』ってどの口が言ってるんだろうな?」なんて僕も言ってたけど「言わなきゃみんな不幸になる」ケースもあるんだ。
ごめん山岡さん『ただの人でなし』扱いして。
もう言わないよ「栗田さん、頭腐ってるだろ。あんな人でなしと結婚して」なんて。
しかし異世界の食材が不明だ。
異世界の調味料はもっと不明だ。
異世界のポピュラーな料理はもっともっと不明だ。
火だってどうやって使うんだ?
頭の中で声が聞こえる。
『聞こえますか?』
どうやら僕はまともなモノが食えなくて、おかしくなったらしい。
病院でカウンセリング受けるしかねーな。
「おい、こっちじゃ『カウンセリング』はどこで受けるんだ?」と僕は男エルフに聞く。
「『カウンセリング』?
民衆は『水の神殿』で受けるな」
「『水の神殿』?」
「そうだ。
リウム様を頂点とした教会施設だ。
しかし『カウンセリング』か必要なら、特別にここでやってやろうか?」と男エルフ。
何で僕がコイツに相談とか悩みを打ち明けなきゃいかんのだ?
『飯マズ』の『悩みそのもの』じゃねーか!
どうも会話がすれ違っている。
どうやら『翻訳魔法』で『カウンセリング』は『教会の懺悔』っぽく翻訳されているらしい。
何で僕が男エルフに懺悔するんだよ!
懺悔するなら、不味い飯を作ったコイツだろうが。
「貴方は気が違ったのではありません。
私は本当に貴方の頭の中に語りかけています」
わかってる。
頭おかしくなった人は、だいたい『自分はおかしくない』と言う。
良かった『自分がおかしくなっていることに気付く初期症状』で。
「ものわかりが良すぎです!
私の存在を信用して下さい!」
「そんな事言われても、昔シェアハウスにいたオッサンも『信じてくれ!部屋に白ヘビが沢山いるんだ!』と言ってたからなー。
で、行って見てみたら白ヘビじゃなくて電源コードだった。
おかしくなった人の『信じてくれ!』は疑う事も大切で・・・」
「そういう話じゃありません!
私は貴女に語りかけています!
その事だけは『一度』信用して下さい!
そうじゃないと話が進みません!」
「わかった!
『傾聴』してやる。
言ってみろ」
「私は『水の羽衣』・・・」
「寝言は寝て言え。
聞いてやろうと思ったら突拍子もない事を言いやがって!
教えてやる。
モノは話しかけて来ない!
モノが話しかけて来た時は追い込まれた時だ!
スペイン語、前期の追試の時の『ボクは消しゴムだよ!ボクの言う事を信じて!』って頭の中の声を信じなかったから、僕は追々試でスペイン語の単位取れたんだ!」
「追試落としてるじゃないですか!
兎に角!
信じる、信じないは置いといて私の言う事を聞いて下さい!」
「本来、詐欺師の言う事は無視するんだが、今回だけは特別に聞いてやる。
話してみろ、指示役」
「誰が指示役ですか!
私は『水の羽衣』です。
大事にされてきた古いモノには意思が芽生える事があるのです」
「お前、髪の毛伸びたりするの?」
「『呪いの人形』じゃありません!
だいたい髪の毛ありません!
私が普段、する事といえば『主人を選ぶ』事ぐらいです」
「そうか。
テメーが僕を選んだせいで、なりたくもない女になったのか!
責任取れやコノヤロウ!」
「脱ごうとしないで下さい!
はしたない!
レディとしてのたしなみをですね・・・」
「何が『レディ』だ、コノヤロウ!」
「何をしてるのだ?」と男エルフ。
どうやら男エルフには僕と『水の羽衣』の会話が聞こえておらず、僕が突然発狂しながら服を脱ごうとしている変質者にしか見えなかったらしい。
仕方ない。
『水の羽衣』を自称する何者かの話を聞いてみよう。
「何で僕を『女』にしたんだ?」
「『女性』しか『水の羽衣』を装備出来なかったからです。
『水の羽衣』は女性でも装備出来るのは過去にもリウム様だけでした。
貴女が『水の羽衣』を装備出来るのは私が心を開いたからです。
つまり貴女は二人目の適格者なのです。
『心を開かないと羽衣は動かないわ』」
「僕は開いてない!
『水の羽衣』っつーか、お前が勝手に心を開いたんだろうが!
何でだよ!」
「だって貴女弱っちいじゃないですか。
強い装備がないと速攻で命を落とすだろうし。
その上、今ちょっかいをかけてきてる『炎の軍勢』の攻撃を受けるどころか、触れただけで消し炭になりますよね?
だったら『火攻撃完全無効』の『水の羽衣(羽衣)』」を装備するしかないでしょ?
「『エッチな水着』があるじゃないか!」
「『炎の軍勢』には効果あるでしょう。
でも水着の防御力ですよ?
モンスターに普通に殴られて死ぬでしょう?
それに本当に『エッチな水着』着ます?」
「・・・・・」
「恥ずかしがって何だかんだ理由をつけて着ないでしょ?
・・・で間違いなく死ぬ」
「わかったよ!
『アンタを着ないと僕は死ぬ』
それで良いでしょ!?」
僕が文句を言うべきはリウムであって『水の羽衣』ではないらしい。
「そんな事は今回どうでも良いのです。
今回は『水の羽衣』を着用する事で開花するスキルの紹介に来ました」
「あぁ、少し聞いたよ。
『火攻撃完全無効』ってスキルが付いてるとか」
「その通りです。
しかしスキルはそれだけじゃありません!
私は『神器』
私自身も自覚していないような『スキル』が沢山付いています」
「そうかよ。
でも自覚してないんじゃ僕に教えられないんじゃ?」
「そうです。
そういう『スキル』は貴女が開発していって下さい。
でもそんな未自覚の『スキル』ばかりではありません。
自覚している『スキル』だって存在します。
その一つが『花嫁修業・料理』です」
「・・・嫌な名前のスキルだ」
「便利なスキルですよ?
このスキルは異世界、地球の家庭料理が網羅されています。
ない食材、調味料は作ったり、代替のモノが紹介されたり、と至れり尽くせりです!
しかも味は超一級品!
貴女の異世界での食事は『花嫁修業・料理』を使う事で飛躍的に改善されるでしょう!」
「おお!便利だな!」とはしゃぐ僕。
「『花嫁修業』シリーズのスキルを全部網羅したら『伝説の新妻』になれるんですが・・・おや、聞いてませんね」
『水の羽衣』の言う事をはしゃいでいた僕は聞き逃していた。
しかし夕食を作り直す気にはならなかった。
女の胃袋ってこんなに小さいの?




