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覇王様の子守唄 第2章  作者: 日明
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氷の覇王と歌姫の亀裂

 王とディーナの寝室を一緒にしてから数週間が経過した。最初は王が帰ってくるまで寝ないでおこうとしていたディーナだったが、できず寝てしまい「次はちゃんと起きてます!」と意気込んでいたが、王にポンと頭を撫でられ。


「眠ってくれていい。寝不足でお前に怪我でもされる方が困る」


 最後に額にキスをされディーナは自分を愛してくれる王を更に愛しく感じた。それからディーナは素直に眠るようになり、王はディーナが寝入った後寝室に戻るようになっていた。ディーナのことを考えそっと扉を開け、足音にも気を配りながらベットへと歩み寄る。


 今まで必要なかった労力。だが、ベットを覗き込むとそんな労力などないに等しくなる。


 すやすやと幸せそうに眠る愛しい少女の寝顔を見るだけで何もかも癒された。


 静かにベットに入るが、少女はゆっくりと目を覚ました。


「すまない起こしたか?」


 ディーナは暫し目を瞬かせていたが、寝ぼけ眼のまま王に抱きついた。


「お疲れ様です・・・」


 王は少し驚いたが、抱きついてきた少女を優しく抱きしめる。


「ああ・・・」


 この時が、腕の中のぬくもりが幸せだと改めて感じさせてくれた。その安心感は王をすぐに眠りへと誘った。





 早朝、王より早く目が覚めたディーナは体の違和感に気づく。顔を上げればすぐ傍に王の整った顔があり、一瞬悲鳴をあげそうになるがどうにか飲み込む。


 そしてようやく自分は王の腕の中にいるのだと気づいた。外はまだ薄暗い。だが、王はいつもこのぐらいの時間から仕事を始められているのを思い出しどうしようかと悩んだ。


 だが、その前に改めて王の整った顔の作りに見入る。いつもあげられている髪がおりていると若干幼くも見える。まつげも長く影が出来るほどで、通った鼻筋に形のいい唇と本当に芸術品のようだと感じた。


 そして抱きしめてくれているたくましい腕と安心感を与えてくれる暖かさ。いつももらってばかりの幸せを自分は返せているだろうかとふと思う。


 歌声だけしか取り柄のない顔も平凡で体も貧相な小娘が何もかも素晴らしい王に見初められただけでも奇跡的なことだ。そんな自分はいつも歌うことでしか王に返せていない。あまりにも天秤が傾いている。


 沢山のものをくれる大切なこの人に自分は何か出来ないだろうか。


 そう強く思った。


 そんな思いを抱きながらじっと見つめていると黒曜石のような瞳と目が合った。


「もう起きていたのか」


 耳に響く美声にディーナは暫しボーッとしていたがハッと我に返って赤くなる。


「お、おはようございます!」


 王の腕から抜け出し飛びのけば王は体を起こし、髪をかきあげる。その動作も艶がありディーナは正直ドキドキした。


「俺との同衾はまだ慣れんか?」

「え、えと・・・あの・・・」


 慣れていないと言えば慣れていないが、それも失礼な気がしディーナは返事に困る。視線を泳がせているとポンと頭が撫でられた。


「除々に慣れていけ。咎める者は誰もいない」


 王はすぐに身支度を整え部屋を出て行った。


 ディーナは王が自分に手を出さないことも気にかかっていた。確かにまだ婚約という形だが、お互い思いは通わせている訳で、さらに同じベットで寝ている訳だ。何かあってもおかしくないというのに王は全く手を出さない。そして慰めるように頭を撫でてくれる仕草も子供扱いされているような気がしてならなかった。


 そこまで考えハッとする。


 王は女性が苦手で今まで女性とちゃんと接する機会がなかったのだ。だからポッと現れ嫌悪感を抱かなかった少女なら大丈夫だと好きになってくれた可能性が高い。つまり軽い好きでいまここまでしてもらっているのだ。ならば貧相な娘に欲情しない訳も分かる。


 ということは。


 ちゃんとした出会いがあれば王は自分よりももっと釣り合う人と幸せになれるのではないか。


 その事実は胸に穴を空け、ディーナは涙より何よりただただ呆然とした。王と別れたあの時のように。


 だが、王のことを心から愛しているからこそ本当に幸せになって欲しいとも強く思った。





 マルドアは執務室にて仕事中にも関わらず、相変わらず幸せオーラを全開にしている王を見て小さく笑った。


「どうした?」


 それに気付いた王がマルドアに問いかけ、マルドアはいえと答える。


「幸せそうで何よりです」

「・・・ああ」


 その一言さえ幸せそうでマルドアはクスクスと笑う。その後あ・・・と思い出したように机の引き出しから箱を出す。見慣れない箱の姿に王は疑問符を浮かべて問いかける。


「何だそれは?」

「実は陛下に縁談の話が来ておりまして」


 サラリと口を開いたマルドアに王は目を瞬かせる。


「今の今までただの一度もなかったというのに何故だ・・・?」

「今まで陛下が女性が苦手だということで来なかった縁談が、婚約者が出来たという話が広まったことで『ならうちの娘を!』と考える国の者が増えたようでして。ただ・・・来ている縁談には少々偏りがあるんです」

「偏り?」

「フルール国と仲の深い国ばかりです」


 王は片手で顔を覆った。


「あの男の仕業か・・・っ!」

「恐らく」


 あの男とはお騒がせなナルシストのあの男だ。他国の姫との縁談を増やすことでディーナから目を外させようという魂胆での行動だろう。


「私の方で全て断っても良かったのですが、一言陛下にご報告しておこうと思いまして」

「ああ。全て断っておいてくれ」


 王がそう答えた直後、ドアがノックもなく勢いよく開いた。


「ディーナ?」


 入ってきたのは予想外にディーナで王もマルドアも驚く。が、マルドアが叱るために口を開く。


「部屋に入るときはノックぐらいしろ。子供でも知っているぞ」

「す、すみません・・・」

「で、用件は何だ?何かあったのか?」


 ディーナがノックもせずドアを開けるような真似をしないことも、用事もなしに王の執務室を訪れないこともマルドアは知っている。そのせいで二人の距離感にやきもきしていたのだから。


「いえ・・・その・・・」


 やけに口ごもるディーナに違和感を感じた。


「何かやらかしたのか?」

「い、いえ!」


 慌てて手を振って否定するディーナにマルドアはじゃあ何だとため息交じりに問う。ディーナは暫し黙った後真剣な表情で顔を上げた。


「縁談の話お受けください」


 辺りの空気が凍った。


「言っておくが俺への縁談ではなく陛下にだぞ」

「はい」


 頷いたディーナの目の前でダンッ!!と王が机を叩き、マルドアもディーナも目を丸くする。


「どういう意味だ・・・」


 明らかな怒りが見え、マルドアは慌てて二人の間に入った。


「ちょ、ちょっと待ってください!ディーナ!!」


 王の勢いに呑まれた様子で縮こまっていたディーナをマルドアが更に叱るが、ディーナは震える手を握り締め顔を上げる。


「私のことを考えないでください」


 何を言うのだとマルドアはディーナを見つめるが、ディーナは鋭く睨んでくる王をまっすぐ見ていた。


「陛下はこのウルアークの王です。貴方が考えるべきは私のことではなく、国の民です。私のせいで広げられる交易の幅を狭めないでください。それに・・・陛下はまだ知らないだけです」

「知らない?」

「この世界には沢山の素晴らしい女性がいらっしゃいます。来ている縁談の中にも「黙れ」


 王がディーナの言葉を遮り、ディーナは硬直する。


「それ以上喋るな」


 ディーナは震えていた。最近滅多に陛下が怒ることはなかった。ディーナに対しては絶対だ。そんな王が100%の怒気を露にし、ディーナにぶつけているのだ。元々気が弱い少女にはかなりの恐怖だろう。


 マルドアも王の怒気に呑まれていたが、ハッとしたように口を開く。


「お前ごときが王に意見できるものじゃない!とりあえず出て行け!」


 とにかく事態を収束させねばとマルドアはディーナを部屋の外に出す。


「マルドア」


 未だ怒気の篭った声で名前を呼ばれ思わずビクリと肩が跳ねる。


「今来ている縁談で一番優良の相手を選んでおけ」

「陛下・・・?」

「俺は少し体を動かしてくる」

「陛下!!」


 言外に咎めるが、王は鋭くマルドアを睨んだ。


「命令だ」


 全身に鳥肌が立った。これほど王を恐ろしいと感じたことはないと思えるほどだ。


「承知・・・しました・・・」


 声が震えた。


 この人はこんなにも恐ろしく感じる方だっただろうか。


 王は部屋を出て行き、誰もいなくなった部屋で大きく息を吐き出せば冷や汗が溢れた。


 何度か深呼吸をした後


「あの馬鹿は・・・っ!!」


 と舌打ちをし、王の姿が見えなくなった後の廊下を駆け出したのだった。

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