王の剣の迷い
メルフィは城を飛び出して走った。ひたすらに全力で。込み上げる何かを全て足を動かす力に変えて。
立ち止まったのは街から外れた森に入り小さな川に道を阻まれたからだ。大きく息を吐き、川の前に座り込む。玉のような汗がいくつも肌を滑り落ちた。夜風の冷たさが心地よく感じる。
メルフィは川に勢いよく顔をつけた。冷たさが頭を冷やしてくれる。何をすべきかまとまるような気がした。
だが、息が苦しくなっても答えは示されなかった。水から顔を上げ貼り付く前髪をかきあげる。
「いい夜ですねぇ」
一瞬悲鳴をあげそうだった。だが、悲鳴はあげず反射的に飛び退き剣を構えていた。騎士団の副団長としては正しい動きだろう。
「私ですよ」
穏やか声と白髪の落ち着いた姿には馴染みがあった。
「ライド団長補佐・・・」
先程メルフィが座っていた場所の隣辺りにライドが座っていた。自分は全力で走り、大汗をかいてここまで来たのに、相手は汗一つかかず、息一つ乱していない。どうやってここまで来たのか。
「星が綺麗ですよ」
その声に習って空を見上げる。満点の星空が辺りを包んでいた。
「本当ですね・・・」
自分の中の何かが溶けていくような感覚だった。
「ギド団長は情の深い方ですよ」
ライドの言葉で先程の様子を見られていたことを察する。
「・・・分かっていますよ・・・」
「ただ、デリカシーのない男でもあります」
それも激しく同意できた。
「そして、嘘をつくのが下手な男です」
「知ってます。あの言葉は全て本音であり、俺を思っての言葉であることも」
メルフィは立てた膝に顔を埋める。
「知ってるんですよ・・・」
ライドは噛み締めるような言葉に穏やかな声で言う。
「ギド団長はただ、貴方に幸せになって欲しい。それだけが言いたかったのだと思いますよ。過去のことは例えどんなに償おうとしても消えるものではない。貴方は永遠に贖罪を続けなければならない」
「そんなの覚悟の上です」
「それは、誰のためですか?」
「誰の・・・?」
「ご両親のため?それとも自分自身のため?」
たった二択の問いに答えられずメルフィは黙って俯いた。
「貴方の過去に私はとやかく言う権利はありません。後悔は後で悔やむからこその後悔。先に立ってはくれません。あの時こうしていればよかった。あぁしていれば良かった。それは意味のあることでしょうか?」
メルフィはそっと顔を上げ、ライドを見上げる。
「同じ過ちを犯してはなりません。そのために後悔するのは意味のあることです。しかし、未来のない後悔に意味はない。私はそう思いますよ。貴方の後悔は意味のあることですか?」
「・・・後悔し続けなければ過去に押し潰されそうになるんです・・・っ」
メルフィは震える手を握り締める。
「今でも夢にみるんです・・・。泣きながら僕の首に手をかける母を。その様子を辛そうに見守る父を。何度も謝り続ける両親の声が耳から離れないんです・・・っ。そして、僕は生きたいがゆえに・・・二人を殺した・・・っ!!」
握った拳を地面に叩きつけ、膝に額をぶつける。
「一緒に死んでいれば・・・ 幸せだったのに・・・っ」
唸るようなメルフィの言葉にライドはそっと背を撫でる。
「私は貴方に出会えて良かったですよ」
メルフィはピクリと反応し、ライドは微笑んだまま続ける。
「ギド団長も同じだと思います。貴方がその選択をしなければ、今ここにはいない。人間の人生に正解も不正解もありません。選んだ道を生きていくしかないのですから。今生きている未来で、何を選択するか。何を選択すれば一番後悔しないかを悩み抜いてください」
「何を・・・選択するか・・・」
「ええ。人生に正解はありません。悩まず得た答えなど意味もありません。悩んで悩んで悩み抜いた結果なら何を選んでも私は何も言いません。貴方の人生なのですから」




