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空中軍艦  作者: ほうぼう
43/43

燃ゆる大洋

 〈大和〉の作戦室は非常に騒がしかった。

 装甲が施され一回り狭くなった作戦室改め戦闘指揮所では、電探室からの情報を海図に反映させる准士官が動き回っていた。

 情報参謀の水口兵衛(みなぐちひょうえ)大佐が嘆息する。

「艦隊が三つぐらいずつなら、どうにか脳裏に思い浮かべられるんですが」

「ここまで大規模な艦隊戦は初めてだからな」

 参謀長の渡名喜守定(となきしゅてい)少将も難しい顔で作戦室の机を見ていた。

 周辺海域の海図を二畳程の机に並べ、その上に艦隊を模した駒が点々と置かれていた。

 司令長官である角田覚治(かくたかくじ)中将は、自身がいる第一艦隊と敵艦隊の位置を見比べた。

「伊号潜水艦が報じた艦隊だが、どう見る?」

 航空参謀の柴田武雄(しばたたけお)大佐が声を挙げた。

「クェゼリンを強行偵察した陸軍機からは、二〇隻を超える空母を見たと報告が来ておりました。甲は空母四隻。同数で編成しているとして五つ以上の機動部隊が遊弋していると思われます」

 作戦室要員から物差しを受け取ると、「甲」と書かれた駒を中心に大きく円を描いた。

「各部隊が互いの支援が可能な距離。()つ、サイパン島に突入をさせない位置に艦隊を配するとすれば、米軍機の航続距離から推算すると、おおよそこの範囲です」

「その範囲に天山による偵察を増派する。甲への攻撃を他艦隊に要請。第一艦隊はこのまま南下を続け、残りの艦隊を捜索する」

 第一艦隊の北に位置する第三艦隊と、甲艦隊の距離は一〇〇〇キロメートル強。高速化した代わりに航続距離に劣る新型艦載機では、難しいのではないか。参謀の幾人かが眉間に皺を寄せる。

 しかし第三艦隊の山口多聞(やまぐちたもん)中将は、その温和そうな見た目からは想像出来ないほどに、激しい闘争心の持ち主である。その積極性は角田も認めるところだ。

「第三艦隊より入電。我、攻撃隊発進す」

 しばらくして、〈大和〉の電探は第三艦隊の海鷲を捉えた。マリアナ諸島を巡る戦いの、空母による第二幕が上がった。


「正面に敵戦闘機群。制空隊は前進せよ」

 彩雲の機上では第三艦隊航空乙参謀の板谷茂(いたやしげる)少佐が、緊張した面持ちで指示を出していた。

 あまり精度は高くないが、ここまではっきりと反応があれば「敵編隊が待ち受けている」と想像が付く。

 彩雲を追い抜く紫電改。その内の一機がくるりと横転し、「任せておけ」と言わんばかりに増速していった。

 その動きを目で追っていると、板谷の視界の端に彼を悩ます原因が映った。

 主翼の前端に張り出した風防の中に、魚の骨のような八木・宇田式アンテナが収まっていた。

 意味が分からぬ挙動や、突然の破損を繰り返す電探。今回の出撃でも、直前まで真空管の交換を突貫作業していた。

 だがこれが無ければ、全ての観測を目視で行う必要がある。管制機を導入した最初期には、全てを一人で行っていたそうだ。

 電測員と共に飛べるだけましかも知れない。

「中佐、新たに感。方位は西南西。強い」

「太陽の方か」

 陽光に紛れて奇襲するつもりか。

「管制より直掩隊。管制より直掩隊。西南西より敵機。太陽に紛れて奇襲するらしい。繰り返す、太陽に紛れて奇襲するらしい。終わり」

 ノイズ混じりの声が受信器を通して耳朶を揺らす。

「〈加賀〉隊より管制。〈加賀〉隊より管制」

「我、管制。送れ」

「〈加賀〉隊は西に遷移す。終わり」

 〈加賀〉隊の九機で対応出来るだろうか。だがこれ以上、直衛を減らすわけにもいかない。

「中佐!前方で戦闘開始!」

 顔を上げると、数条の黒煙が海に向かって伸びていくのが見えた。初手で撃墜された味方か、敵か。彼らの墓標の様に真っ直ぐ堕ちていく。

「高度を取れ」

「了解。七五〇〇メートルまで上昇」

 彩雲はハ45を唸らせて増速する。

 八木・宇田アンテナを忙しく操作する電測員からも、操縦士に細かな指示が飛ぶ。

「ちょい右、お願いします」

「ちょい右、宜候」

「……艦隊にしては弱いか?しかし……」

 ぶつぶつと呟く電測員に、板谷が話し掛ける。

「どうした?」

「艦隊にしては弱過ぎる反応がありまして」

 スコープには小さく飛び出した何かが映っていた。板谷のような知識不足の人間からすれば、見落とす規模の小さな反応だった。

「駆逐艦かもしれない」

 救助や機関に問題が発生した艦艇が、艦隊から脱落した可能性がある。だが、単に電探を見誤っているのかもしれない。

 板谷は少し考えた後、決心した。

「反応があった方位に向かう。右一五度」

 無線機を操作し、第一次攻撃隊に送る。

「管制より全機、右一五度に変針せよ」

 間もなく攻撃隊から情報が飛び込む。

「駆逐艦を発見」という無線は、板谷の勘が正しかったことを証明した。更には機上電探が有効だと証明した電測員は、板谷に弾けんばかりの笑顔を見せていた。

 そのまま前進を続けて数分。待ちに待った目標を、戦闘機乗りとして鍛えられた板谷の両眼が捉えた。

 白く航跡(ウェーキ)を曳いた一群。巨大な円を描いた鉄壁の輪形陣は、まさしく探し求めたものだった。

「管制より〈大鳳〉。我、甲を捕捉。これより攻撃す」

 打電する指が安堵に震えるが、本当に大変なのはこれからだ。

 乱戦になれば、電探はほとんど用を成さない。管制の目が重要になる。板谷は水筒を引っ張り出して、喉を鳴らして勢いよく飲んだ。

「管制攻撃に入る!」


 レイモンド・スプルーアンスの指揮する第三九任務部隊(TF39)。最初に狙われたのはこの艦隊であった。

 古巣の〈インディアナポリス〉から新進気鋭の〈タイコンデロガ〉に将旗を移したスプルーアンスは、眉間に深い皺を刻みつつレーダーの情報を見つめていた。

 日本軍は最短で突っ込んでくると睨んでいた。故に北側の防空が濃密になるよう艦を配置した。

 ところがだ。彗星(ジュディ)天山(ジル)の集団は、捕食者を避ける魚群の様に、前衛とした〈ノースカロライナ〉〈ワシントン〉を迂回し始めたのだ。

「〈シュレーダー〉射撃開始」

「〈スタンリー〉射撃開始」

 輪形陣の外輪部、南西に位置する艦艇が、次々と砲声を響かせる。間もなく空に高角砲の黒煙が咲き始めるはずだ。

 ジュディが先行しているようで、砲身は仰角大きく構えられているだろうが、戦闘指揮所には情報しか入ってこない。

 それだけに、日本海軍の動き方の異様さが浮き彫りになっている。

(これまでの行動パターンを大きく変えてきた)

 スプルーアンスは直感する。

「ジュディはどう動いている?」

「高度を保って……いえ、突撃を開始しました!」

 事ここに至っては、スプルーアンスに取り得る手は極めて少ない。

 補助艦艇が不足気味とはいえ、戦艦や重巡洋艦を来寇するであろう方位に固めたのは失敗だった。敵機編隊は軽巡洋艦と駆逐艦の守る方位に迂回した。

 抗堪性に劣る彼らを狙われると、二次三次攻撃への対応力が落ちる。

 不意に艦底から響く炸裂音がCICを揺るがした。

「〈ド・ヘイヴン〉被爆、魚雷が誘爆した模様!」

「〈アトランタ〉炎上中、通信途絶」

「〈サンディエゴ〉甲板に大火災。現在、副長が指揮を継承」

 あっという間だった。

 艦橋に詰める艦長に艦内無線を繋ぐ。彼は茫然としつつも、何が起きたのか問い詰める声に反応した。

「ジュディが投下した爆弾が空中で炸裂しました。焼夷弾のように炎が降り注ぎ、直下の艦艇は火に包まれました」

 高角砲弾を五〇〇ポンドか一〇〇〇ポンドに仕立てたのだろうか。装甲貫通は不可能だが、艦を広く燃やし尽くすのに特化したに違いない。

 撃沈に拘らず無力化を主眼としたか。

「ジル、外縁部を突破!」

 天山(ジル)はまずい。が、スプルーアンスが何か言う前に、砲術士官がマイクを掴んだ。

「対空砲をジルに集中させ───」

「駄目だ」

 スプルーアンスの声にCICが静まる。

「ジュディを後回しにすれば、焼夷弾で対空砲を潰してくる。そうなればジルに対しても有効な攻撃が出来なくなるぞ。現状のまま維持する」

 スプルーアンスの判断は間違いではない。だが対抗措置でもない。その結果がCICに次々と飛び込んだ。

「〈スペンス〉炎上中!」

 〈サンディエゴ〉総員退艦を発令」

 防空巡洋艦が二隻ともやられた。

「南東の〈キナイ〉を、〈アトランタ〉の穴埋めに動かせ。駆逐艦はそのままで投射させ続けろ」

「ジル、投雷体勢!」

 偵察員の絶叫。艦長のディキシー・キーファ大佐が大きな声を響かせる。

取舵(ポート・ステア)四〇!」

「四〇度、アイアイサー!」

 艦尾を天山に向ける。これで当たれば不運としか言いようがない。

「新たなジル、右舷後方!」

 沈黙する艦内電話。スプルーアンスにはキーファ艦長が青ざめた顔が想像出来た。面舵に切った直後だ。このままでは無防備な腹を天山に見せつける羽目になる。

「新たなジルに攻撃集中しろ!」

 漏れ伝わる砲声に一二.七ミリの乱射が加わる。

「後方のジル、魚雷投下!」

 これで転舵は不可能になった。

「残り三機」

「いいぞ」

 スプルーアンスは呟いた。

 こころなしか、火砲の音が力強くなったように感じる。

「右舷のジル、魚雷投下!」

 スプルーアンスは体を強ばらせた。

 十数秒の後、〈タイコンデロガ〉が苦痛に身を捩り、スプルーアンスは海図台にしがみついた。CICに怒号が響き渡る。

 レシーバーから漏れ伝わる声にキーファが耳を澄ませ、マイクロホンに指示を飛ばす。

 キーファはスプルーアンスに向き直った。

「右舷に被雷二発。ダメコンチームを派遣します」

 気が付けばCICの床が傾いている。スプルーアンスは〈エセックス〉級が、トップヘビー気味であることを思い出した。

 不意に通信員が叫ぶ。

「ジュディ急降下!」

「クソッタレ!」

 CICの誰かが漏らした罵声に重なるようにして、艦が再び揺らいだ。そこまでの衝撃は無かった。

「飛行甲板、炎上中!」

「消火作業、待て」

 恐らくは例の散弾。対空砲の音が弱まったことから、弾片(スプリント)で甲板は血の海に違いない。

 焦って消火作業に出ては、新たな散弾でダメコンチームを減らすだけだ。

 それならば艦内の浸水を先に止めて、艦の保全を優先した方がいい。

 スプルーアンスの思案は、唐突な停電に中断を余儀なくされた。

 すぐ復旧した電灯に照らされる中、レーダーチームが沈黙するスコープを相手に悪戦苦闘している。

 レーダー長が脂汗を浮かべて、スプルーアンスに向き直った。

「マストに被弾。レーダーが破損しました」

 スプルーアンスは深く息を吐いた。

 〈タイコンデロガ〉は旗艦能力を喪失したのだ。


「空母三、軽空母一、巡洋艦三、駆逐艦五を撃破す」

 板谷の言葉を電測員が打電する。

 帰途に着いた第一次攻撃隊は、その数を大きく減じていたが、彼らの顔は一様に晴れやかであった。

 撃沈こそ確認出来ないが、少なくとも甲艦隊は航空戦から脱落した。残る機動部隊は、空母の総数からして四つ乃至五つ。

「残る戦艦二隻、軽空母一隻はどうするだろうか」

 板谷が独りごちる中、受信器に手を当てた電測員が慌て始めた。鉛筆で走り書きのように粗雑な文字を書き連ね、何度も推敲する。

 ようやく渡された紙片には、「第一艦隊発、我空襲ヲ受ク」と書かれていた。


 〈大和〉と〈武蔵〉の主砲が仰角を大きく取る。電探と光学式の測距儀が同じ数字を出している間は、安心して任せられる。

 そう思いながら〈大和〉艦長の有賀幸作(あるがこうさく)大佐は、足先の痒みも忘れて双眼鏡を覗いていた。

「距離報せ」

「間もなく三〇〇〇〇メートル!」

 ブザーが鳴る。昼戦艦橋の空気に、一層の緊張感が高まるのを感じた。有賀自身も双眼鏡を握り潰さんばかりに力が篭る。

 短いブザーが三連。

 〈大和〉が吠えた。

 〈武蔵〉も負けじと吠えたのだろう。だが〈大和〉の砲声は、〈武蔵〉のそれを感知する余裕を有賀から奪っていた。

 有賀の全身を叩いた衝撃は、今は昔、廃止された精神注入棒(バッター)で殴られた記憶を思い出させた。

「距離二〇〇〇〇メートル……うわっ!」

 電測員がうめき声を上げる。

 電探の画面にも、三式弾の火焔が映り込んだのだろうか。

 有賀は肉眼でその威力を見ていた。

 密集隊形を取っていた米軍機の先方を、包み込むように炎が弾けた。

 合計一二発の三式榴散弾は電探と光学、その両方の助けを得て大群に叩き付けられたのだ。

「何機落ちた!」

 砲術長の小田切政徳(おだぎりまさのり)が振り返る。

「一〇機ほどかと」

「悪くないな」

 有賀は呟き笑みを浮かべた。

 光学照準のみならば、この半分も撃墜出来ていないはずだ。

 煙を曳く機体も散見される上に、何より密集隊形が大きく崩れた。紫電改との戦いで傷だらけの群青色の機体が、てんでばらばらに艦隊上空に現れる。

「外輪〈雪風(ゆきかぜ)、打ち方始めました」

「〈仁淀(によど)〉打ち方始めました」

「一水戦司令部より、我射撃開始す」

 〈仁淀〉は一万トンを超える排水量でありながら、強力な機関出力により小回りが効く巡洋艦だ。四基八門の長一〇(センチ)砲が絶え間なく砲弾を送り込み、黒い火薬の花を咲き散らしている。

「左舷より降爆来ます!」

 見張員は電探に負けじと素早く報告する。

「狙いは本艦か?」

「空母……いえ、本艦です!」

 艦隊の基準となっているのは〈大和〉ではなく〈龍驤(りゅうじょう)〉だ。輪形陣の中枢に軽空母八隻という極上の獲物があるにも関わらず、こちらを狙うとは。

 〈大和〉の威容に空母以上の危険を感じたのだろう。

「個艦防御、用意!」

 だが〈大和〉には五〇基を超える二五(ミリ)三連装機銃と、それを統制する高射装置がある。

 まず対空電探の情報を反映した高射装置は各機銃にセルシンモーターを介して伝える。高射装置一台に付き機銃を五基毎に纏めた班で火線を集中した結果、絶え間ない射撃が敵機を襲うようになり、撃墜率は劇的に向上している。

「降爆、三機撃墜!」

「残存機は爆弾を投棄し、撤退に入りました!」

 艦隊防御と個艦防御を分割し、機銃と高角砲に担当する範囲を分割する。

 自動化と省人化により機能を安定させる。

 これらアメリカの輪形陣を目的から再解釈した結果は、被弾せず航行を続ける六隻の軽空母が証明した。

「第二陣までに直衛機を補給せよ」

 防空戦闘には一切口を出さず沈黙していた角田が、第一陣の撤退を確認してようやく声を発した。

「直衛の搭乗員は半数を交代させろ。第二陣からは攻撃が連続するはずだ。体力勝負になるぞ」

 角田の言う通りになる。

 戦闘指揮所に詰める誰もが予感していた。


 第三六任務部隊(TF36)の司令長官デウィット・ラムゼーは顔を顰めた。

「多過ぎる」

 帰還した機体が多いならば歓迎すべき事態だ。

 撃沈したジャップの艦艇が多いならば祝杯を挙げてもいい。

 だが今回は「未帰還機が多過ぎる」という意味だ。

 F6Fは紫電改(ジョージ)の猛攻から攻撃隊を守れず、加えて俄仕込みと侮った輪形陣も効果的であった。

 TF39の攻撃を無傷で潜り抜けたという報告を始めは信じなかったラムゼーだが、事ここに至っては認めなければなるまい。

「軽空母四隻を撃沈確実。もう一撃加えれば、イエロー艦隊は航空戦力を喪失します」

 参謀の一人が励ますように言うが、ラムゼーはじろりと睨め付けた。

「我々の主敵はイエローではない。未だ見ぬ空母艦隊だ。〈ヤマト〉は囮に過ぎない」

 その囮など鎧袖一触だと攻撃を命じたエニウェトクの司令部への怒りを、目の前の彼にぶつけることは自制した。

 そもそも、本来ならばサイパン島やテニアン島を粉砕したように、全艦隊の攻撃隊を纏めた攻撃を加えるべきだったのだ。

 〈ヤマト〉クラス二隻と軽空母六隻を片手間で処理しようとしたのが不味かった。先手を取られTF39が大打撃を受けたのに焦ったのか、エニウェトクからはTF36に艦隊の目として活動する艦隊(イエロー)への攻撃が命じられた。

 ウィリアム・ハルゼー率いる第三二任務部隊(TF32)の攻撃は失敗。艦隊に取り付く余裕すらなかったらしい。

 第二攻撃隊を出した第三三任務部隊(TF33)も護衛艦隊に対して若干の損害を与えたのみ。

 第三の槍としてラムゼーが送り出した攻撃部隊も、こうして悲惨なことになって帰ってきた。

 これでは各個撃破となるばかりだ。

「レーダーピケットより入電。日本軍機、接近!」

「おお、神よ……」

 何故にこのような試練を与え給うか。

 司令部の誰かが呟いた言葉は、恐らく多くのスタッフを代弁するものだろう。

 しかしラムゼーにはまだ闘志が残っている。

「着艦作業中止!先に直衛機を出せるだけ出せ!」

 偵察機の出現から攻撃隊の接近までは時間がある。それまでに迎撃態勢を整え、彼我の損耗だけでもイーブンに戻してやる。

 ラムゼーの闘志はやがてスタッフへと伝播し、気が付けば先ほどまでの悲壮感は払拭されたのだった。


 江草隆繁(えぐさたかしげ)中佐が率いる第二艦隊攻撃隊は、ほぼ同数の戦闘機との接触を受けていた。

 第三次空襲の下手人を彩雲が追跡し、帰還のタイミングで襲い掛かることに成功したはずだった。しかし彼等は帰還機の着艦より迎撃機を優先し、艦隊を守り切る覚悟を決めたようだ。

 肥田真幸(ひださねゆき)中尉は紫電改とF6Fが鍔迫り合いの如くぶつかり合う様を横目に、不意にこちらに刃が突き出されかねない恐怖を押し殺しつつ、天山を海面近くまで降下させた。

 彗星の対空砲火殺しは期待出来ない。ここまで来るのに、先行した彗星が黒煙を曳いて海面へと落下していくのを見ていたからだ。

 米海軍の優秀な対空砲火を潰す奇策だが、それを行う彗星自身はその恩恵を受けられない。ただでさえ少なくなった彼等の、体当たり同然の突撃が目に浮かぶ。

 仲間の意地を思えばここで戦果無しは許されない。後席の細田(ささだ)に発破を掛けた。

「絶対に空母を潰すぞ」

「了解!」

 敵空母は三隻。

 強靭な〈エセックス〉級を三隻とも沈めるのは攻撃隊の数から難しい。精々、二隻を戦闘不能に出来れば御の字だ。

「真ん中を狙うぞ!」

「ようそ──ッ、ヘルキャット後ろ上方!」

「くそったれ!」

 復座の天山の動きは一トン近い魚雷を抱えていることもあり鈍重この上ない。戦闘機にとっては好餌であろう。

(もり)機被弾!戸川(とがわ)機被弾!」

 八機の内、もう二機が喰われた。〈金剛(こんごう)〉型は機数が少ない分、搭乗員同士の仲が良かった。

 森と組む(しま)のペアは同郷だった。故郷の米が日本一と自慢していた。

 戸川もよく笑ういい奴だった。対照的に金田(かねた)は無口だが、航法がぴたりと合うとはにかんだ表情が印象的だった。

 九七式艦上攻撃機から乗り換えで天山が復座になっていなければ、あと二人分の顔を思い浮かべていただろう。

「ヘルキャットまた来ます!」

 F6Fに向けて放たれる十二.七ミリの銃声も今は心許ない。右から来るか。左からか。肥田の焦りが機体を揺らす。

「──直衛、直衛機です!」

「遅いぞ、岡っ引さんよ……」

 紫電改がF6Fを二〇ミリで貫いたのか、何かが弾ける音が後方から響く。細田の歓声が肥田の焦りを鎮めてくれる。

 輪形陣の外縁を突破。

 ここで更に飯田(いいだ)機と佐野(さの)機を失い、戦力は半減した。

 翼を波飛沫で濡らしつつ、巡洋艦の後ろを抜ける。その巡洋艦が赤い散弾で包まれるのを、視界の端で捉えた。

 艦爆がやってくれた。ならば自分もやらねばなるまい。

「細田!」

 投下の方向やタイミングを測るため、細田が座席を反転させる。三座の頃にはなかった面倒な仕様だが、人間一人分の重量を装甲に充てることが出来たんだ。文句は言うまい。

「軸乗った。距離は二〇〇〇、投下は任せる」

「距離二〇〇〇、宜候」

 腹に抱えた魚雷がそのまま海に突っ込んじまいやしないか。そう不安になるほどの高さだ。魚雷投下の

 列機はプロペラで波飛沫を起こしながら、肥田機の投下を待っている。

「よーい……」

 細田の声も上擦ったものになる。

 訓練ならば声を掛けられるが、今の肥田にその余裕はない。神業ともいうべき操縦技術を維持するので一杯だ。

「──テッ!」

 軽い炸裂音が尻の下から響くと、機体がふわりと飛び上がろうとする。以前ならば敵艦を飛び越えるように飛んだが、今のアメリカ艦艇にそれは自殺行為だ。

 操縦桿を抑え込みつつ、フットバーを微妙に操作して敵艦の間を潜り抜ける。

 列機も投下後増速して、各々が輪形陣からの脱出を図る。時速四八一キロは、ひと昔なら戦闘機に匹敵する韋駄天だ。

沖田(おきた)機、敵艦に体当たり──」

「──っ!」

 ベテランの沖田が目測を誤ったりするはずがない。浮き上がった一瞬を撃たれ、最早これまでと戦果を選んだのか。

 肥田は無我夢中で輪形陣から這い出そうと、背後から圧力を感じなくなるまで蛇行を続けた。気が付けば機銃も高角砲も肥田達を狙っていなかった。虎口を脱した肥田は、ようやく自分の喉がからからに渇いていることに気が付いた。

 高度を取り脚に挟んだ水筒を片手で開ける。

「命中したか?」

「……水柱は、確認出来ませんでした」

「そうか」

 仕方ない。

 だが散っていった部下の顔が焼き付いている。

 細田の唸り声が伝声管から漏れ伝わった。堪え切れない涙を、それでも溢れないように歯を食いしばっているのだろう。

 輪形陣を迂回するように高度を取り始める。集合する友軍機は少ない上に、どの機体も濃緑色の塗装が削り取られて斑点模様となっている。

「──中尉!」

 不意に上がった叫び声に輪形陣の方を見遣る。豆粒大にしか見えない輪形陣の中心に、白い何かが立ち昇っていた。

「魚雷か?」

 釈然としない気持ちだが、戦果を確認したのだ。朗報には違いない。

 後は司令部の仕事だ。

 肥田は思考を帰ることだけに集中させることにした。


 〈伊二二〇〉型は〈伊二〇一〉型にも似ているが、設計図面を見れば全く別の潜水艦だと理解出来る。「殺人潜水艦」「動かなければ完璧」とまで酷評された〈伊二〇一〉潜高(せんたか)型を切り捨てた艦政本部は、これまでの潜水艦建造の集大成ともいうべき潜水艦を建造した。

 〈伊二〇一〉では水中速度を第一に考えられたが、こちらは安全深度と静音性を優先した。

 水中速度で九ノット。安全深度は一一〇メートル。潜望鏡深度まで三〇秒。各部品にゴムを噛ませた豪華な造りで、潜水艦には珍しく一人一台の寝台付きだ。

 その〈伊二一〇〉潜水艦長である木梨鷹一(きなしたかかず)中佐はマリアナ諸島沖合の水面下で、乗員と共に固唾を飲んで水上の音に聞き入っていた。

「……間に合いますか」

「……まだなんとも言えないな」

 木梨がせっかく見つけた空母機動部隊を襲撃せずに待ち惚けを喰らっているのは、航空機による攻撃が迫っていると知ったからだ。

 潜望鏡から覗いた時、上空を乱舞する飛行機雲に気が付いた。どの艦隊かは分からないが、目の前の空母を狙って空襲を仕掛けているのは明白だった。

 このまま雷撃したところで、艦隊は増速と転舵を繰り返すのは確実だ。幸い護衛艦艇は空ばかり見上げており、潜水艦に気付く様子はない。

 空母機動部隊に並走する〈伊二一〇〉だが、いかんせん一〇ノットでは追い付くのも難しい。徐々に離されているのを歯噛みする木梨。

 不意に聴音長が木梨の肩を叩いた。

「空母転舵、こちらに向かってきます」

「…………潜望鏡深度まで上がる。メーンタンク、ブロー」

「メーンタンクブロー」

 上空から見たら鮮やかな海に黒々とした艦影が浮き出ているかもしれない。それでもこの好機に動かない訳にはいかなかった。

「深度二〇メートル」

「ブロー止め、潜望鏡用意」

 こちらに艦首を向けて突撃する空母。ともすればこちらに気が付き、その圧倒的な排水量で押し潰すつもりなのではないか。そう誤認させるほどの迫力だ。

「針路一五」

 発射から数秒で転舵させ目標を横から襲う形にするか。今の距離は三〇〇〇メートル程。いや、どうだ。正面からでは距離が測り難い。

 大型空母であろうと三五ノット以上は出ないだろう。やはり探信儀を打つか。

 視界の端に豆粒のような航空機が現れ、空母に向かって突撃していく。赤く炎を噴出させ海面に飛び込むのが二機。

 ドイツからの技術交換により、〈伊二一〇〉は転舵する魚雷を装備している。直進に比べて複雑な動きを取れるが、それに比例して標定するのも複雑になった。木梨が魚雷の設定を命じようと口を開いた直後、空母の姿が延びていくのに気が付いた。転舵したのだ。

「設定そのまま、魚雷装填」

「発射角八度のままでよろしいですか」

「そのままで良い」

 装填されるまで潜望鏡を下げ、大きく息を吐く。気が付けば全身から汗が吹き出し、急いで手拭いで顔を擦った。

「装填完了」

「魚雷発射管一番から四番まで注水」

「一番から四番まで注水、宜候」

 注水音が全艦に響く。焦燥感が胃の腑をきりきりと締め付ける。

「前扉開け」

 もう一度潜望鏡を上げると空母は指呼の距離まで迫っている。猶予はない。

「打て」

「一番発射、二番発射……」

 馳走音が遠ざかる。四本ともが無事、解き放たれたのを待ち木梨は小さく、しかし鋭く命じた。

「潜望鏡下げ。潜航、深度一〇〇」

「一〇〇、宜候。……一〇〇ですか。実戦では初めてですね」

「艦本が額面通りの性能で造ったと信じよう」

 艦体が水圧に悲鳴を上げる音は何度聞いても本能的恐怖を煽る。艦内のバルブや接続部分から水が染み出し、乗員がウエスを巻き付けていく。

 重圧に押し潰されそうになった雰囲気は、海面から届いた爆発音に一気に好転した。爆雷ではない。魚雷が不幸な犠牲者の艦腹を突き破った音に違いない。

 誰もが口角を上げる様子に、木梨もほっと息を吐くのだった。


「甲は残り軽空母一隻。乙は正規空母二隻ですか」

「命中したのは魚雷一発だけだろう?当たりどころによってはまだ出てくるぞ」

「では乙は依然として正規空母三隻と考えておきましょう」

 第一艦隊ではこれまでの戦果を集計していた。空は既に西方が赤く暮れている程度。翌朝まで航空機の襲来はないだろう。

 第三艦隊と第二艦隊は一旦後方に下がり、硫黄島付近で待ち構える第四艦隊から艦載機の補充を受けている。前線に貼り付いているのは第一艦隊と第六艦隊のみだ。

 第一艦隊に攻撃部隊が襲来したのは三度。こちらの居場所が判明した時刻が遅かったのもあり、アメリカも全力を投じることはなかったはずだ。

 対して日本側が攻撃した機動部隊は二個。それぞれに「甲」「乙」の呼称を与えてある。甲は第三艦隊の全力攻撃により空母戦力に壊滅的打撃を与えたが、乙に当たった第二艦隊は戦力不足で撃退された。辛うじて潜水艦が空母を雷撃したものの、命中一発では撃破したかも心許ない。

「サイパンからの偵察機は如何しましょう?」

 柴田の発言に頭を悩ませる角田。

 残存した陸攻を掻き集めればある程度の攻撃力となるが、偵察機を飛ばせば滑走路が修繕されたと判断した米海軍が徹底的に攻撃を加えるだろう。

「もう少し、辛抱してもらおう」

 グアム島も B-29の攻撃を凌いではいるが、首の皮一枚といった状況だ。下手に島に意識を向けさせるべきではない。

「明朝も第一と第六が突出。敵機を誘引しつつ索敵を行います」

「うむ」

 角田は大きく息を吸うと、幕僚全員に対して宣言した。

「皇国の興廃、この一戦にあり。掲げたZ旗の意味、肝に銘じてほしい」


「我々の作戦がジャップに漏れているんじゃないか?」

 ウィリアム「ブル」ハルゼーはTF32旗艦〈エンタープライズ〉の艦橋で悪態を吐いた。

 無論、彼自身も幕僚も実際に諜報活動において、そのような失敗をしているとは考えていない。

 しかし連合(コンバインド・)艦隊(フリート)先手を取られ、カウンターパンチも不発。マリアナ諸島を封鎖するように配した潜水艦群も一向に艦隊を見つけられない上に、逆に日本側の潜水艦がこちらの空母を()()している。

 頭に来たハルゼーがエニウェトクに怒りの抗議を打電したのも、悉くが裏目に出ている現状への不愉快さ故にだろう。

 参謀長マイルズ・ブローニングは他人事のようにそう考えていた。彼自身も不愉快な気分は抱えているが、上官のように切羽詰まったものではない。

 彼の仕事はハルゼーの強気な個性を存分に発揮させること。しかしエニウェトクからの干渉は牡牛(ブル)の角を矯める始末で、ハルゼーやブローニングの裁量は著しく制限されている状況だ。

 艦隊決戦初日の敗北は第三艦隊総司令部でも認識しており、翌日以降の作戦はハルゼーに一任すると渋々お墨付きを与えてきた。しかし失った戦力が帰ってくることはない。

 マリアナ諸島の航空基地との戦いで補充した分。

 任務群が潜水艦の襲撃で失った分。

 そしてイエロー艦隊への攻撃を補填する分。

 軽空母による航空機補充が間に合わない。流石に機体を失い過ぎたのだ。

「TF36に〈カボット〉を合流させろ。少しはマシになる」

 沈んだ〈バンカーヒル〉と軽空母の〈カボット〉では釣り合わないが、戦力の底上げのためには仕方がない。

「TF36に残りの機体を全て積む。クソッタレ、エニウェトクが空になるぞ」

 エニウェトクから護衛空母群、前線の任務部隊(タスク・フォース)へとピストン輸送を繰り返すことで、喪失した艦載機とパイロットを補充をしている。ハワイからエニウェトクへの輸送は通常の貨物船のため、エニウェトクの航空機が尽きればハワイに直接取りに行く必要がある。そんな悠長なことをしていては、「収穫者(ハーヴェスター)」作戦に間に合わない。

 ハルゼー率いるTF32もイエローへの空襲で損害は出ているものの、戦闘機掃討(ファイタースイープ)を目的としていたため被害は戦闘機に限られている。艦上攻撃機も艦上爆撃機も定数のままだ。

「明日はより活発に索敵をしましょう。今日の失敗は〈ヤマト〉の囮に拘ったのが原因ではなく、囮しか見つけられなかったことです」

「そうだ。だから明日こそ〈タイホウ〉や〈カガ〉を見つけてやる。互いに殴り合いになれば、スタミナ勝負で我々に分がある」

 日本艦隊はTF39への攻撃で大きく戦力を減じたのか、TF36を攻撃するも空母に触れることすら叶わなかったのだ。

 こちらは艦載機の補充に難儀しているが、相手も同じく辛い立場に違いない。国力の差というものを見せ付ける好機だ。

 ハルゼーのガッツに感化され、ブローニングは心臓が高鳴るのを感じていた。

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