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空中軍艦  作者: ほうぼう
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上陸

 第三五任務部隊(TF35)がサイパン島に揚陸したのは、一二月二二日であった。

 M4戦車の巨大なスクリーンで車体を覆った「シャーマンDD」が転覆し、ヒギンズ・ボート(LCVP)が遠浅の珊瑚礁に座礁する。

 LCVPの正面ランプドアから海に飛び込んだ第四海兵師団の兵士は水陸両用トラクター(LVT)、通称「アムトラック」に這い登っていく。さもなくば、浜辺まで銃を掲げつつ立ち泳ぎする羽目になる。

 米軍といえば作戦前一週間に渡る砲爆撃や、相手の数倍の戦力を集めてからの質も量も上回った状態での進軍を旨とすると評判だ。

 しかし今回は無闇矢鱈とスピードを重視している。これまでにはない拙速を尊ぶような動きは、国内世論の圧力に耐えられなくなったホワイトハウスに起因していた。

「悪の黄色人種を打倒しろ」「黄禍論は正しかった」と人種差別や、「三年も掛かって、聞いたこともない島を取っただけ」「息子の命は使い捨てなのか」という軍への不満が高まりつつある。

 一九四四年一一月の大統領選では敗北確実視されたにも関わらず、僅差でウェンデル・ウィルキーは再選された。対抗馬であるヘンリー・A・ウォレスは、資本家を中心に支持を伸ばす事に失敗した。

 戦場で戦う軍人としては、「中東地域を利用した新たなるソ連援助ルートの形成」「中国への大規模介入による、大陸側からの反攻作戦」など、現状をひっくり返すウォレス候補のマニフェストは受け入れられなかった。

 しかし今回のように、無理矢理な攻勢を望んでいるわけではないのだ。

 今回の「収穫者(ハーヴェスター)」作戦に反対した海兵隊の参謀は、濡れた服を海岸の砂に塗れさせ、サイパン島に上陸を果たした。

「大佐!」

 大きな声で呼ばれて振り返る参謀は、その体勢のまま動きを止めた。

 海岸に運良く到着したLVTから木箱を下ろす上等兵も、慣れない水泳で息も絶え絶えなまま砂浜に転がる新任士官も、誰もが()()に目を奪われていた。

 綺麗な縦陣で高度を下げる空中艦は、普段から大型艦艇に見慣れた人間でも、その視線を外せないほどの衝撃をもたらしていた。

 上陸範囲のイエロービーチとブルービーチの間の、「進入禁止」となっていた範囲。そこ目掛けて降下する巨体は、砂浜から珊瑚礁を越え外海まで一列に並んで着水した。

 即成の荷揚げ用桟橋となった空中艦の姿がそこにはあった。

「チャールズ・マクベイ大佐です」

 参謀が舷側まで近付くと、タラップを駆け降りてきた佐官がそう名乗った。

 チャールズ・マクベイ三世。海軍でアーレイ・バークと並ぶ攻撃的な指揮官。

 空中艦指揮官として戦力に優る日本艦隊とぶつかり、戦艦を撃沈せしめた猛将だ。

 指揮下の艦艇を艀へと変えられた内心は推して知るべしと考えていたが、その外見からは微塵も感じさせない。

「〈アラモ〉〈エンデヴァー〉〈ハンティントン〉〈インタラクティブ〉〈ジュディス〉、着水及び注水を完了。埠頭として運用まで三時間を要します」

 五隻の空中艦はこれより、マンダリン港と呼ばれる即成の物資揚陸港となった。第二陣以降の揚陸はここを使用する。シャーマンDDやLVTのように座礁することもなく、安心してサイパン島の地を踏み締める後続が羨ましい。

「……了解しました。揚陸が一段落したらボートを迎えに寄越します。〈ブルックリン〉で宜しいでしょうか?」

 TF35の旗艦ならば、この勇士を迎えるのに相応しい。そう考えた参謀に、マクベイは獰猛な笑みを浮かべつつ首を振った。

「私にはまだ、行かねばならない場所がありますので」


 第二海兵師団は標語である「我に続け(フォローミー)」を叫びつつ、海岸から九〇メートル程まで進んだ。チャラン・カノアの市街地に日本兵が潜んでいると見て、空中艦の八インチ砲塔による砲撃が繰り返される横で、第二海兵師団は上陸に成功していた。

 しかしアフェトナ岬(日本名スペペ岬)に決死隊として立て籠った日本兵は、通常の二〇〇〇ポンド爆弾や八インチ艦砲に耐えるコンクリート製の地下壕を用意していた。面倒臭いことにアフェトナ岬は、第二海兵師団と第四海兵師団の上陸地点を分断しており、チャラン・カノアの市街地が根本を支えている形で広がっている。

 アフェトナ岬とチャラン・カノア。両方を陥落させなければ、第四海兵師団はマンダリンの物資を受け取れない。

 アムトラックと少数のM4戦車で構成された攻略部隊が臨時組織され、チャラン・カノアへと進軍する。

「右ホテルらしき建物が危険です」

「了解」

 車長がM4の砲塔から半身を晒し、周囲の海兵隊の要望を受け取る。

 七五ミリ砲が火を吹き、三階建ての瓦礫へと変わった。白く煙が上がるが、反撃も何もなく時間が過ぎた。

 ニューギニアで南下する日本軍の攻撃を体験したことのある彼は、双眼鏡を片手に眉を顰める。少しでも怪しければ双眼鏡を構え、砲塔にマウントされたM1919と射手に点射させた。

 それでも弾丸は飛んでこない。

「チャラン・カノアは大した防御線も無いようだな」

 上陸がないと油断してたのか。

 海岸でも迫撃砲の攻撃こそ熾烈であったが、空中艦の八インチが叩き潰した。上陸作戦に対する備えがなかった日本軍に、重砲の類は配備されていないのかもしれない。

「飛行場を通り過ぎるぞ。油断するな」

 車長が咽頭マイクを抑えた直後、海兵の一人が叫んだ。

「ジャップ!」

 弾丸が殺到し、民家が土埃で見えなくなった。

 車両の横で弾切れの乾いた音が響く。それでも射撃は止まなかった。

 喧騒が落ち着くと、ひとりの海兵が恐る恐る近付いた。彼が銃口で突くと、肉片となった何かが転がった。

 嫌な顔を浮かべ、数人が唾を吐き捨てた。

「どうした!何があった!」

「ナースです。女です」

 それが引き金だったのだろう。

 最前線に出てくる看護婦がいた。自らの身を顧みず、前線に治療を施してくれた白衣の天使。穴だらけにされた彼女の仇を、上官の命令で見逃すのは耐え難いのは分かる。

 先ほど砲撃したホテルから発砲音が連続する。車長は急いで車内に落ちるように伏せた。

 装甲を叩く弾丸の金属音と、開け放たれたままのハッチから飛び込む叫び声が、日本軍の反撃の狼煙だった。

「アルファ攻撃隊!攻撃された!攻撃された!」

 車長は操縦手の背中に怒鳴りつける。

「後退するな!停車しとけ!」

 突然車内が赤く光った。一瞬だけ熱を感じた車長は意識を暗転させ、二度と目覚めなかった。


 先頭の戦車が開口部から菫色の炎を噴き出すと、周囲の米兵が三々五々路地へと逃げていく。

 二両目が先頭の右横から車体を晒したのを確認した大場栄(おおばさかえ)大尉は、指揮下の兵に射撃を命じた。

 南洋興発の倉庫に隠された一式機動五七ミリ速射砲がこの日初めて吠えた。

 一式中戦車二型(チヘⅡ)の主砲と同じ攻撃力の砲弾は、M4の張り出した車体に命中する。直後に停車したM4だが、すぐに何事もなかったように前進を再開した。先頭車両を押し退けて進んだ二両目は、手当たり次第に砲撃をばら撒く。

 大場が隠れる倉庫にも着弾し、トタンの壁が紙より容易く引き裂かれた。何人かの呻き声が聞こえ、大場は素早く目を凝らした。

「負傷者は待避壕へ!自力で動けんかったら遠慮なく言えよ」

 米軍の準備砲撃を予期した第一六師団長千田貞季(せんださだすえ)によりチャラン・カノアには、アフェトナ岬を中心とした複郭式陣地が組まれていた。

 アスリート飛行場を中心とした本陣とは別の、謂わば決死隊による持久戦を目的とした陣地であった。

 第一六師団とマリアナ諸島に分散配置された戦車第二師団の一部が、このサイパン島の防衛戦力だ。

 眼前で逃げ遅れた従軍看護婦を射殺された際、大場は部下に軽挙を抑えさせた。しかし怒りを爆発させた隊もいた。その結果が先頭のM4が破壊された現状だ。

 距離は一〇〇〇メートルを切っているが、正面装甲かつ斜めから命中した五七ミリは、M4を貫徹することに失敗した。

 伏せた頭上を何かが高速で通り過ぎる音が響き、誰も頭を上げられない。速射砲の防楯が時折、流れ弾を受けて鈍い音を立てた。

 海岸の方で土煙が上がり、M4が二重にぶれた。直後、開口部から炎を噴き出す。

 流石に二射目で耐えられなかったのか、排煙機の騒音がこちらまで聞こえてきた。

 亀のような形の二式砲戦車二型(ホヘ)だ。ひっくり返した丸木舟を被せて秘匿した車両が、今日二度目の咆哮を響かせたのだ。

 一〇五ミリの巨砲に加えて、正面七五ミリの装甲を持つ怪物。M4と撃ち合っても勝てる自信があると、乗員は太鼓判を押していた。

 ススペの街からチャラン・カノアに続く幅広な道路を、M4が目一杯使って展開する。ススペ飛行場だった原っぱや、軽便鉄道の線路を越えて車体を隠した。

 複数のM4が同時に発砲し、丸木舟が弾け飛ぶ。ホヘの位置は暴露した。

 大場はゆっくりと顔を上げ、波打ち際を進む一隊を見咎める。ホヘの視界から外れつつ、肉薄攻撃を狙っているらしい。

「弾種、榴弾!敵歩兵!左ィ三〇、距離ヒトマル!」

 照準眼鏡を覗きつつ転把を回す砲手。砲弾を抱きしめて伏せる弾薬搬手は、黒い顔に白目がぎらぎらと光って見えた。

「照準ヨォシ!テェ!」

 拉縄(りゅうじょう)が引かれ、耳を聾する爆けるような音が鳴り響く。

「次弾装填、急げ!」

 口の動きで微かに分かる命令に、弾薬運搬手に渡された榴弾を、装填手が這いずって砲尾に押し込む。

 尾栓の閉鎖が確認されれば、装填手が砲手の肩を叩く。砲手は間髪入れず発砲。それを三連射もすれば、海岸は赤く染まっている。

 米兵は負傷者を引き摺り後退していった。

 サイパン最高峰のタッポーチョ山からも、ちかちかと砲火が上がる。弱装薬なのか大きく山なりの軌道で、沿岸部に落下していく。

 米軍の大発に命中したのか、赤い炎がうず高く上がった。

 反撃とばかりに街の南側から砲声が響き、タッポーチョの山腹に命中する。木々がへし折れて、崖崩れのような土煙が上がった。

 空中艦の砲撃だ。

 空中艦で桟橋を作り上げる豪快な手法も凄まじいが、三連砲塔がそのまま装備されているのも七面倒だ。タッポーチョ山の砲陣地で、露天掘りのものはあれに潰された。アフェトナ岬の岸壁を掘って作った沿岸砲のトーチカも、八インチの直射で瓦礫の山にされた。

 反撃したところで、向こうは二〇三ミリの撃ち合いに耐える前提である。逆に一五(センチ)が限界の榴弾砲は、散発的かつ斜面に隠れつつの射撃しか許されない。

 それでも多くの砲が生きているのは心強い。

 九九式小銃を握り締めた古参曹長が、大場の肩を叩いた。

「隊長。アメさんが下がります。砲撃かもしれません」

 新兵が九七式軽機関銃のドラム弾倉を取り落とし、曹長にぎろりと睨まれる。

「砲撃なら今朝やったろうに……」

 呆れるほどの物資量だ。

「一式は帆布と土で隠す。分解する時間は無さそうだ」


 〈ノースカロライナ〉と〈ワシントン〉の乗員にとって、この任務は甚だ不満であった。

 一六インチ砲弾には限りがあり、洋上補給は難しい。にも関わらず、対地支援として消費するのだ。北から迫っているであろうジャップとの艦隊決戦に、弾切れで参加出来ないなんて事態はごめん被る。

 それでも第三九任務部隊(TF39)の司令官レイモンド・スプルーアンスの命令は厳格なものだった。手抜きを一切許さない、スペペ飛行場すら綺麗に耕すほどの徹底ぶりであった。

 チャラン・カノアの街は瓦礫のみが痕跡を残す様相で、北のガラパンとの差が一層の虚しさを感じさせた。

 〈ノースカロライナ〉と〈ワシントン〉はこの任務によって砲弾を多数消費し、その後の戦いを防空艦として徹する羽目になる。各艦の艦長はスプルーアンスに呪詛の言葉を吐いたという噂が立ったほどだ。

 砲撃の効果は期待されたほどではなかったものの、第四海兵師団はチャラン・カノア市街地だったものを占領。第二海兵師団も、スペペ飛行場だった場所まで兵を進めた。

 翌二三日。

 陸軍の第四一歩兵師団が、増援として投入された。ニューギニアでは「捕虜を取らず」と公言し、溢れ出る戦意で有名であった。

 南北の海兵師団が連絡出来なきままなのを放置し、アギガン岬から島南岸をなぞるように進軍。アスリート飛行場を南西から攻めるのだった。


 アスリート飛行場の近くにちょっとした集落がある。南村と呼ばれた集落は駐在所や国民学校がサトウキビ畑の中にあるような、のんびりとした雰囲気が漂う場所であった。

「シャーマン後退!突撃を禁ず!壕内にて待機!射撃後の移動を忘れるな、終わり!」

 三式中戦車(チホ)が前進しようとしたのを見咎めると、西住小次郎(にしずみこじろう)大尉は無線機に怒鳴りつけた。

 二両を撃破された敵戦車だが、M4は後退したところで随伴歩兵は残ったままだ。ちらりと見えた兵士の一人は、見慣れない筒を抱えていた。バズーカとかいうらしい擲弾筒の仲間は、チホの側面を容易く貫徹する。躍進射を仕掛けた味方の墓標には、側面に大きな穴が空いていた。

 対戦車穿甲弾が仕込まれているのだろう。八九式重擲弾筒より直射しやすそうな形だった。

 米軍が噴進砲を大量に使ってくるとは。

 西住は歯噛みする。

 こちらの四式対地噴進弾は、全て対空用の近接噴進弾として改造、消費されてしまった。この場にあれば、二〇〇キログラムの弾頭を直進させられる運動エネルギーだけで、M4を撃破することが可能だっただろう。

 対戦車擲弾筒など用意していない以上、チホと後方で待ち構える砲戦車群で敵の侵攻を抑えなければならない。

 西方から花火のような音が連続し、西住の思考を遮った。

 砲塔から頭を出すと、大量の噴進弾が空から落ちてくるところだった。

「全車、後退!」

 命令が届いたか分からないが、西住の声に操縦手が素早く反応する。戦車が砲塔まで隠れるだけの深さまで後退させると、装甲に切られた覗視孔(てんしこう)から土が吹き込む。

 西住のチホの周囲に次々と着弾する噴進弾。車体ごと振り回されているような振動で、乗員は内壁にしこたま叩き付けられた。

 耳鳴りが弱まったところで、西住は咳き込みながら声を上げる。

「前田!」

「発動機異常無し。履帯は不明」

 砲手、装填手、機銃手も呻くように無事を伝える。

 西住は意を決してハッチを開く。土が降り注ぐ。空中線は折れ曲がっているが、空電の合間に声を捉えている。

 前方が坂となり、歩兵なら伏せ撃ちするようにして戦車が発砲する。後ろには引けない背水の陣だ。

 場所によっては完全な横穴を戦車壕として使っているらしいが、高低差が少ないアスゴンノ陣地では真似出来ない。

「第三小隊より中隊長殿!第三小隊より中隊長殿!」

「我中隊長、送れ!」

「彼の前進を確認!発砲宜しいか、送れ!」

「任意に発砲せよ、終わり!」

 即座に自陣から連続して砲声が響き、それを圧する応射が押し寄せた。

 七五ミリと七五ミリの撃ち合いだ。

「ちょい前進」

「ちょい前進、了解」

 砲塔だけを覗かせる。

「松尾、見えるか」

 砲手の松尾兵長は噴進砲投射の最中でも、照準器から目を離さずにいたようだ。顔を土に塗れさせたままに答える。

「シャーマン視認。正面装甲を向けています」

「距離は?」

「ヒト…いや、五〇〇メートル(マルゴー)

「ようし、テッ!」

 爆音と共に砲尾が後退する。復座するや否や、すかさず装填手の小林一等兵が拳で砲弾を捩じ込み、松尾の肩を叩いた。

 三連射した七五ミリ砲弾は全てM4の正面装甲に吸い込まれ、急停止の後に砲塔ハッチから乗員が転がり出る。二人が飛び出した後に続く者はなく、開け放たれたハッチから黒煙が立ち昇った。

「止め!ようやったぞ」

 西住は目線がぎりぎり通る高さまで、鉄帽(テッパチ)を信じてハッチから頭を出す。

 深い密林によって上方を遮られつつも、戦車用塹壕からの視界は広い。すぐに鬱蒼と生い茂る下草を切り拓いた歩兵のお陰で、前方に道路が丸見えになっている。そこに差し掛かった米兵は、入念な擬装を施した機関銃陣地や強固なベトン製のトーチカからの十字砲火を受けた。二五メートルほどの広い道路として啓かれた結果が、米軍にとって厄介極まる陣地となっている。

 北部ではこれに加えて、軽便鉄道の線路やアスリート市街地が海兵隊の猛攻に対する備えとなっている。線路と道路が重なる箇所を巡る戦いは特に激しく、今朝から常に砲声が響いている。

 南洋の重なり合う太い根っこ相手に、戦車を持ち出してまで悪戦苦闘した日々が懐かしい。

 西住が指揮し開啓したその道路に、濃緑色の一団が匍匐しつつ侵入しているのが見えた。撃破車両や破口に隠れて近付いてきたらしい。未だ見慣れない円筒を背負う姿に、血の気が引く。

「二時方向、歩兵!榴弾、テッ!」

 電動機が唸り声を上げ砲塔が旋回する。転把を握る砲手が微調整し、引き金に掛けた指を絞る。

 地面に飛び込んだ砲弾は、大量の土砂を噴き上げた。

 米兵の上にスコールの如く落下する土に、同じく米兵だった何かが混じる。

 接近を諦めたひとりが、片膝を立てて擲弾筒を肩に担いだ。距離は一〇〇メートルほどか。あの擲弾筒はどれほどの射程なのだろう。

「同軸、テッ!」

 砲手席から軽い音が響いた。防楯に穿たれた穴に差し込まれた毘式(ビッカース)七.七ミリ機銃の弾幕が、勇敢な海兵隊の体を貫いた。

 最後の力で放たれた噴進弾は大きな山なりを描きつつ、西住車のはるか手前に落ちた。

「後退、後退!」

 機銃を打ったのだ。おおよその位置は暴露したと考えていい。急ぎ壕に飛び込む必要がある。

 丁度良く擲弾筒が同時に着弾し、敵陣からの攻撃が弱まった。火箭が集中する前に、チホを戦車壕に隠すことが出来た。

 無線手の声が足下から響いた。

「大隊本部より!タッポーチョ台より砲撃を敢行す!目標の展開地点を報せられたし!」

「西住中隊より大隊本部!支援、感謝す!アスゴンノ台よりの方位二五〇、距離一〇〇〇!なおシャーマン戦車多数!打電せよ!」

 中隊無線に切り替えて叫ぶ。

「タッポーチョより砲撃が来るぞ!全車塹壕に避退せよ!」

 突如車内に警報器の音が鳴り響いた。リベットに偽装した外部ブザーが押されたのだ。ハッチから頭を出すと、協働している第一四師団所属の勇姿があった。

「タッポーチョ台からの砲撃が来ます。戦車第六連隊の皆に、無線機が故障してる車もあるかもしれないからと……」

「ありがたい。歩兵第二八連隊(うち)の兵には?」

「既に走らせました。先ほどの擲弾筒に合わせて後退。今は壕内にて英気を養っております」

 中腰でやっとの待避壕に座る、顔馴染みの姿が脳裏に浮かぶ。彼らは戦車との直協訓練を経た古兵(ふるつわもの)だ。ここで損耗していい部隊じゃない。

 だからといって、目の前にいる「照」師団が損耗しろというわけではないが。

「間もなく日の入りであります。アメ公が夜襲を仕掛けてくるとは考え難いですが、用心に越したことはないかと」

「分からんぞ。アメさんだって決死の覚悟なのだ」

 先ほど斃れた、擲弾筒を構えた米兵を思い出す。

「タッポーチョ台より、我砲撃す!」

 全ての思索が、空から迫る風切り音に断ち切られる。伝令を買って出たであろう歩兵の男も、慌てて交通壕へと下がっていった。

 チャランカ町(チャラン・カノア)の周辺に落下する砲弾は、沖に戦艦が現れるまで降り注ぎ続けた。



 上陸から三日目。

 第二海兵師団はアフトナ岬を攻撃しつつも、戦力を北のガラパンに展開。サイパン島最大の市街を占領した。しかし側面をタッポーチョ山に大きく晒した陣立ては、日本軍の奇襲に対して極めて脆弱であった。

 夜襲は日本軍が多用する戦術であり、アメリカ軍は数々の対策を練ってきてはいる。照明弾を常に打ち上げ、集音マイクで動向を探り、二重三重の有刺鉄線を張り巡らせる。

 これにより挺身隊の奇襲は防げたが、それも三日目。不寝番を強いられた第二海兵師団の強兵も、流石に疲労の色が濃厚となっていた。

 アフトナ岬の陣地前には、白旗を掲げた第四海兵師団とアフトナ岬挺身隊が集まっていた。

 激戦を繰り返した結果、死者がうず高く折り重なったような地獄に、両軍共に戦意を喪失。遺体の回収が行われることとなったのだ。

 第二海兵師団とはススペ湖を迂回することで、どうにか連絡や物資輸送の目処を付けた。更には第二海兵師団がガラパンを制圧したお陰で、ガラパン沿岸に荷卸しが出来るようになった。

 第二海兵師団の疲労困憊に加え、アスリート周辺を巡る戦いで戦力を大きく損なった第三水陸両用部隊は、本来グアム制圧に使うはずの歩兵第一九師団を投入。海兵師団の中でも、戦力の損耗が激しい部隊を交代させ始めていた。

 アフトナ岬を攻撃した第八海兵連隊やチャラン・カノア制圧に勇戦した第一〇海兵連隊など、第二海兵師団の基幹戦力はかなりの打撃を受けていた。

 第四海兵師団と歩兵第一九師団も包帯を巻いた者が目立った。マンダリン港の支援は受けてはいたが、アスリート飛行場前面にて強大な防衛陣地に遭遇してしまった。

 ナフタン山とタッポーチョ山からの正確な砲撃や、戦車を効果的に配した防衛線、「これまで戦った日本軍は物資欠乏していたのか」と嘆かせるほどの弾幕。

 戦車大隊が壊滅し、野砲大隊も展開中のところを先手を打たれ被弾。一縷の望みを賭けた無謀な夜襲も、小隊単位で行方不明者を出すほどの被害を受けた。

 先に防備が薄いと思われるテニアンを攻める話も出たが、日本軍が陸戦を諦めただけあって平坦極まる土地だ。「サイパンからの攻撃も届く場所に、サイパンの戦力を減らしてまで投入するべきではない」というのが、ホーランド”マッド”スミスの決断であった。

 四日目。

 サイパン島は前日とは打って変わって、散発的な銃声が響くだけであった。

 沖合の貨物船は姿がなく、海兵も陸軍も防衛線の強化に勤しんでいた。PTボートが数隻、熱心に掃海してはいたが、特に大きな衝突は起こっていない。

 アメリカ第三艦隊はパガン島の北西部に展開していた。

 日本海軍連合艦隊(コンバインドフリート)が襲来したのだ。



「彩雲が足りなければ、天山を持ち出してもいい。何がなんでも先に見つけるべし!」

 第一艦隊の旗艦〈大和〉の指揮所で、司令長官角田覚治(かくたかくじ)が吠える。

 電探を抱えた彩雲は、偵察員を電測員として無茶をさせて運用している。

 二二型として高品質燃料に合わせた、高圧高回転の二二〇〇馬力を出すハ45の四二型を積み時速六九〇キロを超える高速機だが、奇襲を受けて撃墜される場合もあるだろう。

 見敵必殺を旨とする角田は、索敵に穴が開いていないか何度も確認した。

 通信途絶してはいないか。故障などで早めに帰還した結果、索敵出来ていない空域はないか。

 豪胆な性格と入念さは両立し得ることを示した角田の願いは、意外な報告で叶うことになる。

「我、伊二一一。敵艦隊見ゆ。サイパンよりの西北西二八〇度。距離海里。空母を四伴う」

「伊号二一一か……」

 首席参謀の渡名喜守定(となきもりさだ)が呟く。

「伊号二〇一型の改良型で、空中艦の技術を応用した高速潜水艦です。水中でも一六ノット近い速力を持ちます」

「相当艦に自信があるのだろう。無茶をしてくれた」

 角田の口端が緩む。

「その無茶のお陰で先手を取れる。爾後、この目標を甲とする。攻撃準備!」

 太平洋で史上最大の海戦が始まった。

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― 新着の感想 ―
いよいよサイパン島での陸戦が始まってワクワクしてます。 次回更新を楽しみに待ってます!
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