後編
正直、私の頼りは龍之介くん。貴方しかいなかった――。
文化祭では色々な事があった。
お化け屋敷に決まったはいいものの、外装が中々出来上がらず、衣装は陳腐で、演者は二流。私が指揮を出さなければ、何もしない連中ばかりだった。
それでも私は私だから、完璧に仕事をこなしていくのだけれど、最悪の展開は続く。
皆が受け身となり、自分の仕事まで私に任せるようになっていたのだ。
でも、分かってる。
皆を甘えさせる原因を作ったのは私だ。だから私が最後まで責任を負うべきなのだろう。
「間に合いそうもないわね。この衣装は私が受け持つわ」
「そこ話してないで、段ボール持ってきたから……道を作ってちょうだい」
「買い忘れたですって⁉ ……分かった。あとで私が買ってくるわ」
全ての仕事を牽引し、気づけばあらゆる作業に手を出していた。でも、私は完璧だ。完璧でなければならない。上場企業のトップに座る父の娘だからこそ、恥をかいてはいけない。皆とは違う。違わなければ、褒めてもらえない。また見限られてしまうから。
完璧で、完璧に。
「一条さん」
「……何かしら?」
「やる事もなさそうだし、もう帰ってもいいかな?」
だが、私にも限界はある。それをもう間もなく迎えてしまう。
ダメ。嫌だ。やめて。
誰か私を助けてよ――。
「なにこのクラス? 気持ちわりぃ事この上ないな」
「――え?」
教室で皆が作業している時――いや談笑している場面で、龍之介くんが放った言葉。
「なんでもやってくれるからって一条に仕事おしつけて、恥ずかしくねえの? 自分の仕事は自分でやれよ。それでも高校生か? マジで馬鹿だぞ、お前ら」
クラスメイト全員に悪態をつく彼は、黙々と看板に『お化け屋敷』という文字を書いていた。話す時間すら惜しい、とでも言うかのような態度。
痛快だった。重く息苦しかった胸が少しばかり軽くなった。同調圧力にも屈せず、自分を保つ彼こそ私の理想であり、完璧像であった。
本当はその場で感謝を告げたかったのだけれど――。
「……何だよ、アイツ。最近、調子乗ってね?」
「頑張ってる一条さんが可哀想……!」
「一条さん、私たちはあなたの味方だからね」
と次から次へとクラスメイトが正義面を並べ立てるものだから、私はつい吹いてしまった。
***
並木通りにて、遠ざかる村山さんの背中。一刻でもこの場から去りたかったのか、村山さんは立ってペダルを漕いでいる。
「ずいぶんと嫌われたものね」
私は、殊勝な面持ちでいる龍之介くんに視線を向けた。
ふんと鼻を鳴らした龍之介くんが、
「まあでも、俺は間違った事をしたとは思ってないから」
と嘯き、歩きを再開する。私は跳ねた胸を手で押さえつつ、龍之介くんの背を追った。
「……カッコいいわよ。そういうところ」
「素直に褒めるなんて珍しいな。それこそ雪降るだろ」
「かっこ悪いわね。素直に受け取っておきなさいよ」
「へいへい」
愛想のない返事も愛おしい。こうやって軽口を返してくれる男子なんてどれくらいいるだろうか。
「改めて……というのも気恥ずかしいけれど、言わせてほしい。龍之介くん、あの時はどうもありがとう」
「まあ受け取っておくけどよ。俺は一条のためにしたわけじゃねぇ。あいつらの馬鹿さに腹が立って、その結果があれだ」
「ええ、そうでしょうね。でも私はここで言わないと気が済まないから」
龍之介くんにとって、それは打算でも何でもなかった。彼は私が完璧であろうとする姿勢に疑問を抱き、それに甘え切るクラスメイトを見過ごせなかっただけ。その結果として、あの言葉が口をついて出てきたのだろう。
「完璧は嫌いだ。自分に劣等感を抱かせる」
「そう。でも私は完璧を追い求める事をやめないわよ」
私は完璧であることはやめない。始まりは確かにしょうもなかった。偉大な父さんを追いかける、そんな幼いころの想いに過ぎなかった。でも、それが今の自分を形作ってきた信念でもある。
誰かの憧れとして生きる、誰かの特別になりたい。それが淡い願いであっても、そうやって生きる事が罪深いものであるはずがないのだから。
でも、完璧を嫌う彼の前で完璧を演じても、決して彼の思い描く完璧にはなり得ないだろうし。
「あなたの前では、そういう自分もやめにしていいかな」
私は龍之介くんの前で、仮面を外す事に決めた。
すぐ傍に冬が迫っている。
だけど、今年は寒くはならないだろうと私は確信していた。今、火照る体がそれを何よりも証明している。
「俺の前では脱ぐのか、完璧を」
「いやらしい響きね」
ああ、憎たらしい。
どうしてここまで私の求める最適解をあなたは提出してくるのかしら。本当に変な人。
でも、あなたがそういう人だから、今も私の心は踊らされているのだけれど。
溺れていたのね、わたし。
この瞬間になってようやく、私は愛される事への渇望に溺れていたのだと知る――。




