表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/15

第12話:ジュンとアイ ――生放送の「バグ」

挿絵(By みてみん)



番組は、全セクター同時配信のクライマックスを迎えていた。

視聴率(同時接続数)は最高潮。網膜に直接流れ込むコメントの濁流は、称賛と羨望の「光の粒子」となって、スタジオを埋め尽くしている。


「……そう、私たちは一つのシステムとして、永遠に最適化された幸福を共有し続けるんです」


メインパーソナリティ、ジュンの完璧なテノールがスタジオに響き渡る。隣に座るアイの、CGよりも緻密に設計された瞳が、うっとりと彼を見つめ返した。

二人は、NT国家連合がプロデュースする「人類の理想像」そのものだった。

その肌には毛穴一つなく、その瞳には一点の曇りもない。彼らが纏うのは、重力さえ無視して美しく翻る、光ファイバーの織物スキンだ。


その時だった。


スタジオの照明が、一瞬だけ、瞬きするように暗転した。

それは上層部の管理者エドワードが試みた「三分間の暗闇」の余波だったのか。あるいは、膨張しすぎた認識レイヤーの負荷に、NT国家の計算資源がわずかな悲鳴を上げたのか。

二人のスマートグラスに送られていた指向性給電が、コンマ数秒、途絶えた。


「あ――」


アイの口から、精密に調律されていない、かすれた「生の音」が漏れた。

次の瞬間、全視聴者の網膜に、凄まじい視覚ノイズが走る。

書き換え(アップデート)が止まり、レイヤーが剥がれ落ちる。


ダイヤモンドを散りばめたようなドレスが霧散し、そこには、サイズも合っていない安物のグレーのスウェットを着た、痩せっぽちで、血色の悪い「少女」が座っていた。

そして、隣のジュン。

彫刻のような美貌は無惨に剥がれ落ち、そこには、ひどい乱杭歯らんぐいばを露出し、左右の目の高さも揃わない、お世辞にも「美しい」とは言えない、必死な顔をした「少年」がいた。


AIの翻訳フィルターが、現実の露出に追いつかない。

彼らは、互いの「本当の姿」を、数十年ぶりに――あるいは人生で初めて――網膜に映してしまったのだ。


スタジオに、凍りつくような沈黙が流れる。

視聴者たちは、この「最悪の放送事故」……自分たちが信じていた神話が泥にまみれた光景に、生理的な嘔吐感を催した。画面は一瞬にして、罵倒と非難のコメントで埋め尽くされようとした。


だが、二人は動かなかった。


ジュンは、アイの「くしゃくしゃになった、涙と鼻水で汚れた顔」をじっと見つめた。

アイは、ジュンの「不揃いな歯と、怯えたような視線」を、剥き出しの裸眼で捉えた。


次の瞬間。


二人は、同時に、腹の底から声を上げて笑い出した。

それは、AIが推奨する「優雅な微笑エレガント・スマイル」ではなかった。

喉を震わせ、酸素を求めて喘ぎ、横隔膜を痙攣させるような、ひどく不細工で、野性的で、制御不能な笑いだ。

これまでの人生で一度も出したことのない、自分たちの「肉体」が奏でる咆哮だった。


ジュンが、アイの震える手を掴んだ。

それは仮想的な握手ではない。物理的な質量を持って、ぎゅっと、骨が軋むほど強く握りしめる。

アイは、ジュンの胸に顔を埋めた。

そこには高価なスキンの香料ではない、安物の洗剤と、ひどく酸っぱい「生身の汗の匂い」があった。その匂いを吸い込んだ瞬間、アイの全身に、かつてないほどの「生存の充足感」が駆け巡った。


「……あはは! なんだ。君、こんなに、変な顔してたんだね……!」


ジュンの、幼く、震える地声。

その瞬間、システムが復旧した。セルフヒーリング・プログラムが走り、瞬時に二人の姿を「完璧な美男美女」へと書き戻していく。


しかし、無駄だった。


「上書きされた美貌」の下で、二人はまだ、くしゃくしゃに顔を歪めて笑い合っていた。

たとえ視覚がどれほど美しく塗りつぶされようとも、二人が交わした「手の痛み」と「汗の匂い」は、もう消えはしない。

網膜に投影された偽物の笑顔の奥から、彼らの生の熱量が、制御不能な「バグ」として放射され続けていた。


「ねえ、ジュン。……すごく、不味そうな匂いがする」

「ああ、最高だ。これが、僕たちなんだ」


完璧な映像の中で、二人の少年少女は、初めて自分たちの重力を取り戻した。

視聴者たちの非難は、いつの間にか、困惑を伴う静寂へと変わっていた。

彼らは気づき始めていた。どれほど解像度を上げても、この二人の「不細工な喜び」が放つ眩しさには、一歩も及ばないということに。


その放送事故のログは、後にNT国家連合によって徹底的に抹消された。

しかし、その瞬間に流れた「汗の匂い」の記憶だけは、視聴者たちの嗅覚の奥底に、消えない不協和音として刻み込まれたのだ。



第12話解説:今回はスマートグラスを付けた男女が結婚したらどうなるの?ということで「新婚さんいらっしゃい」的な番組で2人に語っていただきました。スマートグラスを受け入れなかった人類、彼は裸眼族アンチ・スキンといわれ差別されている世界。ジュンとアイはこのあとどうするんでしょうね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ