オリエンテーション
休みが明け。白嶺女子高等専門学校。その正門前には、どこか落ち着かない、けれど確かな期待が混じった空気が漂っていた。
「……来たわね」
西園寺瑠璃が、校門の時計をチラリと確認する。その隣には執行委員長の和泉純、そして小林光莉が並んでいた。
坂道の向こうから現れたのは、彩苑の白い制服に身を包んだ二人だった。真白霧子は相変わらず、サイズの合わない大きなブレザーを羽織り、今にも倒れそうなほど大きな欠伸を繰り返している。その後ろを、藍染恵夢が、霧子の足元を気遣うように半歩後ろで付き従っていた。
「ようこそ、白嶺へ。……待っていたわ」
純が落ち着いた声で二人を迎え入れる。
「ふぁ……。相変わらず、白すぎて目がチカチカするね、この学校は」
霧子が眩しそうに目を細めて毒づく。彼女の目には、彩苑の極彩色に慣れた視界を突き刺すような白嶺の清潔さが、かえって異質に映るらしい。案内を受けながら校舎内を進む間も、霧子は周囲を、まるで未知の惑星を観察するような目で見回していた。隣の恵夢もまた、無機質なほど静かな廊下を、感情を読み取れない瞳で静かに見つめている。
執行委員会室へ通されると、純は手際よくお茶の準備を始めた。
「彩苑での三日間については、瑠璃と光莉さんから詳しく聞いているわ。学年に関係なく実力でクラスが決まる、非常に興味深い制度ね」
純は、湯気の立つティーカップをテーブルに置きながら続けた。
「けれど、この白嶺は違うわ。ここは一般的な学校と同じく、カリキュラムは学年ごとに分かれているの」
純の説明によれば、霧子は瑠璃のいる「三年生」へ。恵夢は光莉のいる「一年生」へ、それぞれ分かれて授業を受けることになる。
「そのため、事前に瑠璃たちとも話し合ったのだけれど。日中は霧子さんは瑠璃が、恵夢さんは光莉さんが主に面倒を見ることになったわ。……異存はないかしら?」
ふたりは静かに頷く。
昼休みは食堂で合流することを約束し、案内役の分担が決まった。一通りの説明を終えたところで、純がふと思い出したように口を開いた。
「ああ、それから。……前回の彩苑での件に倣って、明日の夜は白嶺の寮に泊まってもらおうと考えているのだけれど」
「えぇ……。寮なんて、もっと窮屈そうじゃないか。僕はパスだよ」
霧子が露骨に嫌そうな顔をして、ソファに深く沈み込んだ。
一刻も早く、自分の居場所に戻って創作に取り組みたい、そういう顔だ。
しかし、その隣で。
「……いいですよ。お受けします」
静かに、けれど遮るように答えたのは、恵夢だった。
「……え?」
光莉は思わず目を瞬かせた。常に霧子の意志を優先し、影のように従う恵夢が、霧子の難色を無視して賛同したのだ。
「……恵夢?」
霧子さえも、意外そうにパートナーの横顔を見つめている。恵夢は無機質なほど整った顔立ちを崩さず、淡々と付け加えた。
「霧子様。この機会がなければ学園に入ることも、寮でともに過ごすこともなかったでしょう。その経験は、霧子様にも、そして私にも新しい色を生み出してくれると思います」
「……ふぅん。恵夢がそう言うなら、仕方ないな」
霧子は不満げに唇を尖らせたが、恵夢の提案を拒絶はしなかった。
純の声で場は締めくくられ、それぞれが教室へと向かうことになる。
途中、瑠璃に連れられて歩く霧子の背中と、隣を歩く恵夢を交互に見ながら、光莉は胸の中に小さなしこりを感じていた。
(……藍染さんの『真意』は、どこにあるんだろう)
波乱の体験入学は、静かに、けれど確実に動き出そうとしていた。




