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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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side:すず_盲点

 廊下を歩きながら、私は眼鏡のブリッジを無意識に指先で押し上げた。私の視界には、常に膨大なデータが浮かび上がる。すれ違う生徒のスカート丈の違反、昨夜の門限破り、密かに抱いている劣等感……。


 けれど。


(……聖良様、だけは)


 いつも私の前を歩く、あの時計の針のように正確で凛とした背中。

 御鏡聖良。

 入学当初に居場所を失っていた私を救い、この忌まわしい力を「武器」だと認めてくださった唯一のお方。

 あの方の「正義」は一点の曇りもなく、純粋で、あまりに鋭い。だからこそ、私には分からないのだ。

 他のすべての人間の底は見通せるのに、聖良様が見据えている「未来」や、その瞳に映る「私の定義」だけは、わからない。

 思考のノイズに導かれるように歩いていると、いつの間にか私は校舎裏へと辿り着いていた。

 ここは、白嶺の規則を乱す「不純交友」――告白や密会が頻発する。

 いつもの巡回経路に、自然と足が向いてしまったんだ

 木陰に、二人の生徒の影がある。  告白の現場。いつもの光景だと処理しようとして、私は足を止めた。


(……遠山、智香)


 小林光莉の友人であり、バスケ部や手芸部など、学園中の活動に顔を出す異常なまでの交友範囲を持つ一年生。私の周囲の生徒たちも、彼女と友人だという者が数多く存在する。

 ふと、黒いもやもやとした思考がよぎる。

 彼女ならば、あの「小林光莉」と「西園寺瑠璃」の情報が掴めるかもしれない。

 告白を断り、ベンチで項垂れる彼女に、私は音もなく近づいた。



「……小林さんと、西園寺先輩について、どう感じていますか。あの二人の間に流れる……その、関係性の実態を」


「え……?」


 遠山智香は、先程の一件でまだかすかに赤い耳を隠すように髪をいじりながら、困ったように笑った。


「実態なんて、そんなの知らないよ。ただ……二人とも、選挙を通じて、すごく……『親密』になってるなって。それは見てて感じるかな。光莉ちゃん、最近すごくいい顔してるし」


 裏も表もない、クリアな音色。風紀委員相手だから、と何かを隠している様子もない。

 それに、親密。その言葉が、私の胸の中で何度も反芻される。


(……親密、とは)


 私は、聖良様と親密なのだろうか。あの方の影として、仕えるこの日々。それは「親密」という定義に当てはまるのか。


 ……はっとして、心臓が跳ねた。


(私は、聖良様と……親密に、なりたいの?)


 それは、秩序を司る風紀委員として、不適切な「ゆらぎ」ではないだろうか。  

 あの方が求めるのは完璧な「目」であって、そんな甘えた感情などではないはずだ。親密になりたいと願うこと自体、聖良様の正しさを汚す行為に思えて――。


「……五十嵐」


 不意に、木陰から冷たくも心地よい、低音の声が降ってきた。


「聖良様!?」


 私が慌てて立ち上がると、そこには腕を組んだ聖良様が立っていた。


「いつもの時間に風紀委員室に現れないから、探しに来た。……珍しいな、いつも5分前には現れるお前が」


「も、申し訳ありません! たまたま遠山さんと鉢合わせして話が盛り上がってしまって」


 聖良様は私の隣に座る遠山さんを一瞥し、「ほう」と小さく独り言を漏らした。


「……遠山智香か。いろいろな部活に参加していると、そして助けられていると聞いている。……五十嵐、貴様にも、こうして会話ができる同級生がいたのだな」


 聖良様の唇が、ほんのわずかに、柔らかく綻んだ。


「……っ」


 頭の芯が、痺れるように熱くなる。この眼差し、この声。

 やっぱり、私のデータにはない。


「話は大丈夫か……? だったら、行くぞ、五十嵐。……仕事が山積みだ」


「は、はいっ……! お供します……! 遠山さん、また会いましょう」


 私はファイルを強く抱きしめ、正確な歩調で歩き出した聖良様の背中を追った。  「親密」という言葉の正体は、まだ分からない。

 けれど、夕闇の中を並んで歩くこの三歩後ろの距離が、今は一番心地よかった。

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