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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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side:智香_拒絶する痛み

(……やっぱり、変わったよね。光莉ちゃん)


 放課後の喧騒の中、私は廊下を歩きながら、ふとそんなことを考えていた。

 最初にあった頃、光莉ちゃんはいつも一歩後ろにいて、みんなから隠れるように振る舞っていたのに。最近の光莉ちゃんは、明るくなった。短くなった前髪の奥にある瞳は、いつも誰かを、あるいは何かを真っ直ぐに見つめていて、時折ふっと、甘く綻ぶことがある。


 それはきっと、あの西園寺先輩との関係に「名前」がついたからなんだろう。  本人から聞いたわけじゃないけれど、間近で見ているからこそわかる。

 この学園には、そういう深い関係を持つ女の子たちは珍しくない。情報としては知っていたし、周りにもみたことはあったけれど……、そっかぁ。

 彼女の幸せは万々歳だ。……だけど、ほんの少しだけ。親友の背中が、私が手の届かない高い場所へと登っていくような、そんな寂しさが胸の端をかすめることがあった。


 そんなことをぼんやり考えながら、下駄箱を開ける。上履きからローファーに履き替えようとして、私は動きを止めた。


「……えっ?」


 靴の中から、小さな白い封筒が落ちてきた。裏を返すと、見覚えのある丸っこい文字で『遠山さんへ。放課後、校舎裏の木の下で待っています』とだけ書かれている。 名前は……。時々練習を手伝いに行っている、バスケ部の同級生の子だ。


「……あー。……そっか」


 心臓が、少しだけ嫌なリズムで跳ねる。私は少しだけため息を吐き出した。



 夕暮れの校舎裏。長く伸びた木の影に、彼女は立っていた。私が姿を見せると、彼女の肩がビクリと跳ね、顔が一気に林檎みたいに赤くなる。


「遠山さん……! 来てくれて、ありがとう」


「ううん。……お待たせしちゃってごめんね」


 精一杯、いつもの「明るい私」を演じて笑う。

 けれど、続く彼女の言葉を、私は止めることができなかった。


「私、ずっと……遠山さんのことが、好きでした! 明るくて、誰にでも優しくて。……もしよければ、私と付き合ってください!」


 真っ直ぐな、一点の曇りもない告白。彼女の勇気と、私に向けられた熱い想い。その尊さがわかるからこそ、私の胸にチクリとした痛みが走る。


「……ごめんね。その、気持ちはすごく嬉しいんだけど、私はそういうの今は考えてないから、その言葉には答えられない」


 私は、できるだけ優しく、けれど曖昧さを残さないように言葉を選んだ。断ることへの申し訳なさと、彼女の誠実さへの敬意。それが混ざり合って、喉の奥が少しだけ熱くなる。


「……そっか。そうだよね。きっとそう言われると思ってた」


 彼女は力なく微笑み、地面に視線を落とした。沈黙が流れる。風が枯れ葉を転がす音だけが、やけに大きく聞こえた。彼女は去り際、ふと立ち止まって、私を振り返った。


「ねえ、遠山さん。……やっぱり、小林さんが、近くにいるからかな?」


「え?」


 予想外の名前に、私は目を丸くした。


「小林さんといる時の遠山さん、なんだか特別、楽しそうだなって思ってたから。……私の入る隙間なんて、最初からないのかなって」


 切なげな問いかけに、私は思わず「あはは!」と声を上げて笑ってしまった。


「そんなわけないよ! 光莉ちゃんは、大切な親友。それに……」


 私は、秋の空を仰いだ。


「光莉ちゃんは今、すごく大変なんだよ。選挙を頑張ってて、それに……、西園寺先輩っていうすごい人と、対等に歩こうとしてる」


 二人の耳元で揺れる、お揃いの星。隠しているつもりだろうけど、バレバレだ。

 あの輝きは、私みたいな普通の女の子が踏み込める場所じゃない。


「私はただ、その背中を応援してるだけ。……だから、変な勘違いしないでよね!」


「……うん。……ごめんね、変なこと聞いて」


 彼女は今度こそ、小さく手を振って去っていった。

 一人残された私は、近くのベンチにどさりと腰を下ろした。


「……はぁ。……つかれたぁ……」


 どっと押し寄せてきた精神的な疲労。誰かを拒絶するのは、誰かを受け入れることの何倍もエネルギーを使う。私は膝に肘をつき、両手で顔を覆った。

 光莉ちゃんみたいに、誰かと心を分かち合うような「特別」を、私はいつか見つけられるんだろうか。


「……遠山さん?」


「ひゃうっ!?」


 不意に目の前から降ってきた声に、私はベンチから転げ落ちそうになった。

 慌てて顔を上げると、そこには――。


 長い黒髪をきっちりと三つ編みにし、眼鏡の奥で冷静な瞳を走らせている少女が立っていた。


「い、五十嵐、さん……?」


 風紀委員の、五十嵐すず。

 同級生の有名人の一人。いい意味でも、悪い意味でも。

 御鏡先輩の影のようにいつも控えている彼女が、なぜかファイルを抱えたまま、私の目の前に無機質に佇んでいた。


「たまたま通りかかっただけなのですが、……告白の現場なんて、風紀の乱れとして記録すべきでしょうか」


「ちょっと、見てたの! ? 勘弁してよ……!」


 私が顔を赤くして抗議すると、彼女は眼鏡のブリッジをクイと押し上げ、淡々と告げた。


「安心してください。……『断った』のであれば、不問に付します」


 彼女はそう言うと、私の隣に、申し訳程度に距離を空けて腰を下ろした。


「五十嵐さん?」


「ちょっとだけ、知りたいことがあって。協力してもらえますか、遠山さん」

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