4 魔法少女の危機
とりあえず、区切りの良いところまでは更新します。
一見、誰もいなくなった星牧第九商店会だが、いざという時に備えて公園などに設えられたシェルターや、堅牢な建物の中には避難民が、そして対ADB用学園都市警備隊――Counter ADB School Guardian(CASGu)――が規制をしている外側には、撮影などをしている野次馬が結構な数いた。
揃いのボディアーマーにポリカーボネート製の盾を装備したCASGuのひとり。まだ高校生の準隊員である火龍 果生(十六歳)は、仕事をぶっちすると、スマホで現在進行中のADBと魔法少女ベリィベリーの戦いの様子をライブで観ながら、真剣な表情で現場へと向かっていた。
「早く、早く俺が行かないと。可憐な少女に危機が迫っている!」
* * *
「ところで、結構駄弁っていると思うんだけど、ADBがこないね」
怪訝な表情で屋上の周囲を見回す依智心。
ネズミというのは手足が器用で、雨水を流す筒状の雨樋などを伝って二階に上ってくるものだ。
当然、追撃でADBたちがワラワラと上ってくることを予想していた依智心は、拍子抜けした安堵よりも警戒が先に立って、マジカル・ロッドを構えて不意うちに対応できるように身構える。
「お約束ってやつやないかい? 正義の味方が話している間は、悪役は手出ししないで膠着状態になるのがセオリーやからな」
「そんなわけないでしょう!」
というか、いやに静かである。
食べ物を探して商店のガラスを破り、陳列ケースをひっくり返し、停まっている車のボンネットの上で走り回る、リアルでこの学園都市で『時計じかけのオレンジ』をやっているADBの、無軌道な騒ぎがぜんぜん聞こえてこない。
やだなぁ、こういうのは嵐の前の静けさというか、危機に陥る前兆のフラグなんだよね~、と内心で悪い予感に苛まれながら、依智心は恐る恐るへっぴり腰で屋上の隅から顔を覗かせて、ネズミ型ADBで溢れかえっているであろう商店街の通路を見下ろした――ところ。
「……なにあれ……?」
通路のど真ん中――『肉。大安売り!!』とのぼりの立った肉屋の肉を食い尽くし――三百匹を越える数になったネズミ型ADBが集まって、その場へピラミッドを作っている光景が目に入った。
「そーいえばニホンミツバチは、天敵のスズメバチが巣の中に侵入すると、数百匹の働き蜂がスズメバチを取り囲んで蜂球を作って、その熱でスズメバチを蒸し殺す必殺技――『熱殺蜂球』っていうのを持っとるそうやな」
いつの間にかまた依智心の肩の上に乗ったタカアキが、どうでもいい蘊蓄を語る。
「それこの場で関係ある!?」
肩越しに振り返って問い返す依智心に対して、タカアキは口に咥えていた棒付きキャンディーの食べ終えた棒を、ぷいと屋上から地面に向かって吐き捨てた。
「いや、なんか似とるなぁと思っただけで――おっ、溶けだしたで」
「へっ……?」
そう言われて依智心が再度振り返って、ADBのネズミピラミッドを見てみれば、巨大なADBの塊がグニャグニャに溶けだし、見る見る融合をはじめ……ほどなく、全く別な形へと変貌しだしたのだった。
「……カンガルー?」
正直な感想が依智心の口から洩れる。
ネズミ型ADBが合体して生まれたのは、身の丈八~十メートルほどもある、鼠色をした筋肉モリモリのカンガルー……に酷似したADBであった。
ご丁寧に両手にグローブをはめて、その場で軽くステップを踏みながらシャドーボクシングをするADB。
「ははぁ、マジカル・ロッドを警戒して、接近戦用にチェンジしたというところやね」
冷静なタカアキを両手で抱えて、あわわわわっ……と、泡を食って揺さぶる依智心。
「どーすんのアレ!? バット一丁で勝てる相手じゃないよ! あの大きさで動きは速いし、攻撃力も圧倒的に上げっているし!」
シャドーの風圧だけで民家の屋根が吹き飛び、吹き飛んだ瓦や瓦礫を正確にデンプシーロールで粉々にする、デモンストレーションを見せつける合体ADB。
「狼狽えることはないで、イチゴたん。的がひとつにまとまった分だけ、逆に一撃で葬れるチャンスやで。見てみい、あの額のところ――」
言われてみれば巨大ADBの額のところに、巨体に比べればささやかな角が一本生えていて、まるで心臓のように光が点滅している。
「どー見ても弱点やね。賭けてもええわ。あれを壊せば勝てるで!(……多分)」
どや顔でADBの額を指さすタカアキ。
「…………どうやって?」
飛び道具はない。持っているのはマジカル・ロッドだけという依智心の素朴な疑問に、硬直したタカアキの全身からダラダラと脂汗が流れる。
打開策を見出すよりも先に、依智心たちのいる建物に向かって巨大ADBがファイティングポーズ取って迫りくる。
「わあわわわわーっ!?!」
慌ててその場から逃げようとした依智心の足元に、どこからともなく飛んできたバラの花が一輪、突き立つ。
同時にラテンのリズムとパーカッションをBGMにして、依智心たちのいる隣の建物の屋上に、謎の人物が逆光を背負って現れた。
「可憐な魔法少女に危機が迫る時、ラテンの風と情熱ともに現れる正義の味方。そう、誰が呼んだか私の名は――マスク・ザ・グレートフルーツ・ドラゴン。別名、ピタヤ仮面と呼んでくれたまえ、魔法少女ベリィベリー」
やたらキラキラしていると思いきや、まるでスペインのマタドールのような黒と金の派手な衣装に仮面をかぶり、赤いマントをたなびかせた――。
「……変態だ」
「変態やね」
見るからに怪しげな青年だった。
火龍果=ドラゴンフルーツ=別名ピタヤで、南米原産のフルーツです。