恋と友情
翌朝教室に行くと、朝からアーニャちゃん達がリコピナも交え、キャイキャイおしゃべりに興じていた。
昨日、早退したリコピナも元気そうだ。
「もう、なんとも無いです」と無邪気に笑っている。
少々迷ったが、一応ロイルへ挨拶もしておいた。
隣の席の奴と話してたからごく簡単に。
「おはようございます、ロイル様。昨日は諸々ありがとうございました」
ペコリと可愛らしく会釈するも、無機質な顔で迎えられる。
「・・例の件は今日中に話しておく」
それだけ言って俺から視線を外す。
愛想の欠片も無い。
昨日キレてたしな。
精神安定のための挨拶が逆効果だよ。
地味に傷つきつつ席に戻ろうとすると、ちょうど登校してきたルーガが教室に入って来るところだった。
「おはよ。今日もキレイだね。これ、アレの続き」
近づく俺に紙包みを手渡す。
中身はもちろんデカパイアだ。
「そういえば、昨日ってあの後どうだった?ロイと」
「その・・色々話はしたんですけど・・」
一言では言えない。
ロイルはリコピナに今日中に話すといってたし、俺もルーガに言うべきなんだろうが、今は時間がないからな。
言ってるそばから予鈴が鳴る。
「まあいいや、また今度聞かせて」
軽やかに自席へ向かっていった。
今日の昼はリコピナも一緒だった。
話題は園遊会のドレス一色。
この会は他より規模がデカいらしく、みんな気合いが入っている。
俺としては、このタイミングで園遊会の話はしたくないんだがね。
「フィンさん、私やっぱり舞踏会にはピンクのにしようと思いますの」
アーニャちゃんが遠慮がちに言う。
「そうですの。なら、私は薄いグリーンの方に決めますわね」
明るくうなずくフィンちゃん。
「申し訳ないですわ。二転三転してしまって。新調したばかりなのに、昨日試着したらお胸が少し苦しく感じましたの。お直しが上手くいくかわからないので・・」
けしからん巨乳をそっと押さえながらのアーニャちゃん。
このパイはめっちゃ柔らかかったからな。
採寸に狂いが生じてもおかしくない。
メジャーのめり込んだパイなんて最高すぎる。
「お気になさらないで。私はどちらでも良かったんですもの」
ドレスの色かぶり防止のお話だ。
マギーちゃんが赤。
エリーちゃんが水色
リコピナが紫だったか?
アーニャちゃんがグリーンとピンクで迷っていて、昨日の昼の時点では、フィンちゃんがピンク、アーニャちゃんがグリーンだったが逆になったようだ。
こんな内輪で気にしても意味無いと思うんだがね。
友人同士でつるむかもしれないし、かぶってない方がいいんだろう。
ドレスは布の面積もデカいしな。
「ルジンカさんはドレス、もうお決めになって?」
エリーちゃんの言葉に、少女達が気持ち身を乗り出し、俺の返事に備えたのがわかった。
美少女の俺とだけはかぶりたくないようだ。
「いえ・・でも、舞踏会は黄色とかオレンジとかにしておきますわ。家にあればですけど・・」
それならかぶんないだろ。
どんなドレス持ってるかなんて把握してない。
「そういえばルジンカさん、黄色い舞踏服注文なさったって仰ってましたわね。細かいレースとビーズが沢山ついてて素敵だって。もう届きましたの?」
「さ、さあ?確認してみますわ」
「オレンジのも綺麗でしたわ!フリルがいっぱいで。去年の夏でしたかしら?お直しが済んでるといいですわね」
「私、濃いブルーに銀糸で刺繍があるのも好きですわ。ルジンカさんの黒髪とよく馴染んで、すごく神秘的でしたもの」
人の服に詳しいな。
俺的には、色なんかより襟の開き具合のが気になる。
アーニャちゃんとか、激しく踊ったらパイが飛び出すんじゃないか?
小まめにチェックしないとな。
「そうだわ。新調した手袋が間に合うといいのだけど・・」
フィンちゃんが心配そうに宙を見上げる。
「手袋って、ヘイゼンのお店の?」
小首を傾げるエリーちゃん。
「ええ。届くのが園遊会ギリギリになりそうなんですの」
「大人気ですものね。母が注文したのですけど半年待ちですって」
指が細く見えて且、動かしやすく、縫製が美しいと評価の手袋らしい。
オリジナリティーあるボタンも人気だとか。
手袋は重要アイテムだ。
こういった催し事では装着必須で、だぶつかずピッタリと手にはまるのが美しいとされる。
当然、薄汚れた物を使い続けるのはエチケットに反するが、常に綺麗な状態を保つのは大変だ。
なんせ手だからな。
汚れやすいし傷みも早いうえ、人目につくので他のアイテムに比べて誤魔化しが利きにくい。
小さい割りに高価なので、頻繁な買い替えは金がかかるが、汚れないように注意しすぎるのはダサいんだとか。
ホントめんどくせーよな。
俺、100均の手袋してたけど。
「あ、私もアクセサリー早めに押さえておかなきゃ!」
マギーちゃんが小さく叫ぶ。
2人いる妹達とドレスや装飾品類を共有しているらしいが、使いたいものがしょっちゅうかぶるらしい。
わざとドレスのテイストを変えているのに、それでも高確率でかぶるんだとか。
夜会に出られるのは15歳からなので、一番下の妹は舞踏会には来ないが園遊会には来る。
上の2人は園遊会と舞踏会でドレスを変えるから、装身具も計5セット必要なわけだ。
それぞれが予備まで用意しようと思ったら、希望の品の確保は大変そうだな。
「あの子達は真似してないって言うんですけど、絶対私に寄せて来てますのよ。わざわざ先に選ばせた時だって、後から同じ物を使いたいって言い出すんですもの」
「私の姉も同じこと言ってましたわね」
アーニャちゃんがうなずく。
彼女には姉と弟がいる。
「私としては別に真似るつもりはないんですけど、姉のプランを聞いた後で自分のプランを見直すと、不思議と同じアクセサリーが一番合う気がしてきますのよね」
「それは真似ですわよ・・妹ってどこも同じですのね」
マギーちゃんがやれやれとため息をつく。
「わざとあんまり使いたくないのを使うってアピールしてみたらいかが?」
俺が思いつきを口にする。
「まあ。それはいいかもしれませんわ。やってみようかしら?」
やる気を見せたマギーちゃんだが、
「多分、ダメだと思いますわ」
アーニャちゃんが却下した。
「姉に同じことされましたけど、嘘のプランは魅力的に感じないんですの。今回は同じにならなくて良かったなぁと思っていると、姉がやっぱり別のにするって言い出して。それはすごく素敵に見えるんですもの」
「やっぱり真似っこですわ・・」
「い、いつも横取りしてるわけではありませんのよ?たまにですわ。たまに。それに、姉も婚約してからはあんまりこだわらなくなりましたし・・」
マギーちゃんの非難の視線に、アーニャちゃんが慌てて言い添える。
上流階級の女は結婚で人生が決まる。
少しでも条件の良い相手をつかまえるため、売り出し中の娘時代は生涯で一番着飾る時だ。
姉妹といえども、そこには仁義なき戦いがある。
「私もネックレスをお直しに出しておかなくちゃ。あのドレスは襟が高いから・・でも、やっぱり伯母様のをお借りしようかしら?・・・・そういえば、マギーさん、髪飾りもお忘れにならないでね。この前の夜会では使いたかったのを取られてしまったのでしょう?」
ブツブツやりながらエリーちゃんが助言する。
「髪飾りどころか、靴から扇までドレス以外そっくり取られましたわ。でも今回は大丈夫。祖父が新調して下さったのがあるの」
「まあ、どんな?」
「とっても可愛いんですの。オパールを咥えたネズミを猫が咥えて、その尻尾を犬が咥えてますのよ」
「キャア、可愛いわ」
「見せていただくのが楽しみ!」
恐ろしいモチーフだろ。
君達ネズミの気持ちになってみろよ。
少女達のおしゃべりは止まらない。
「リコピナさんはどんな髪型にしますの?いつもはおろしていらっしゃるから楽しみですわ」
気後れしたのか、なかなか会話に混ざらないリコピナにアーニャちゃんが話をふる。
「髪は着付けのメイドに任せようかと・・でも、父に、星落で作った髪飾りを着けろと言われて困ってますの。兄達はそんなの下品だから、せめてドレスの裾にしとけって・・でも、他にそんなことしてる方っているのかしら?」
大きな瞳をクルリと動かしながら不安げに尋ねる。
「まあ!星落を?」
星落はクルクミーが売ってる光る種だ。
光源に使う。
「シャンデリアには沢山ついてますけど・・ご自分につけてる方はいないと思いますわ・・」
「あ、でも確か、何かの舞台で女優がつけて話題になってたわね」
「じゃ、これから流行るのかしら?」
「あまりおすすめはしませんわ。保守的な方も多いし、せめて頭はおやめになった方がいいと思いますけど・・」
マギーちゃんの意見に、苦笑するリコピナ。
「私もそう思うんですけど、父はうんと小さい種を使うから平気だって・・悪目立ちはしたくないんですけど・・」
「リコピナさんのお父様、張り切ってらっしゃるのね」
「そりゃあ、なんといってもパートナーがロイル様ですもの・・・っ!?」
無邪気なエリーちゃんのコメントに、リコピナを含め娘達がハッと俺を見た。
エリーちゃんの顔には「しまった」と書いてある。
ここは、リコピナに言っておくべきなのかね?
もう昼だが、パートナーチェンジの話は聞いてなさげだ。
ロイルは今日中に伝えると言ってたが放課後か?
俺は午後はロイルと同じ授業はない。
この後パートナーの話を聞かされれば、リコピナは俺とロイルとの間で、もっと前に話が済んでいたことを悟るだろう。
今すっとぼけていると、ルジンカさん知ってたくせに・・とか思われそうで気まずいかもしれん。
一応サラっと言っとくか。
どっちみち気まずいんだが。
「リコピナさん、そのパートナーの件なんですけど・・」
口を開いた時だった。
「リコピナ。ちょっといいか?」
タイミング良く、ロイルがテーブルに現れた。
「え?あ、はい」
食事の手を止めたリコピナが立ち上がろうとするのを、そのままでいいと制す。
「たいしたことじゃない。園遊会のパートナーの件だ。悪いが予定が変わったんだ。リコピナとは組めなくなった」
一瞬俺に視線を飛ばした後、ごく軽い調子で言った。
「まあ・・そうなんですか・・。残念ですわ。楽しみにしていましたのに」
後半は少々おどけた感じで唇を尖らせるリコピナ。
特別にショックを受けている様子はない。
「悪いな。また機会を改めてさせてくれ」
「いつでも次があると思われては困りますわ。今回は最後のチャンスでしたのよ。私のお披露目後は予約がいっぱいになる予定ですから」
つん、とそっぽを向くが目は笑っている。
「そうか。なら惜しいことをしたな」
答えるロイルの口の端にも笑みがある。
「でも、ロイルさんには兄がお世話になってますから、どうしてもと仰るならキャンセル待ちのリストの先頭に入れて差し上げてもいいですわ」
「リコピナの世話だってしてやってるつもりだが?」
「ふふっ。そうですわね。いつもケーキを頂いてますし、宿題も・・でも、今回のドタキャンでチャラになりましたわよ」
「高いな・・」
「はい。高いんです」
じゃれあってんじゃねーぞ。
ひっそりとムカつく俺にアーニャちゃん達がハラハラしている。
平気だよ。
なんたってパートナーは俺だ。
それに、リコピナも全然気にしてないみたいだし、むしろそっちに安心した。
しかし、リコピナと話す時、ロイルはいつも楽しそうだよな。
女子からちょっと雑な対応されるのが嬉しい気持ちは分かる。
俺もサラリーマン時代にこんな事務の子いたら絶対好きになってたよ。
「木村さ~ん、例の件、お客さんに話してくれましたぁ?」
「あ、ごめん、忘れちった☆」
「もう~!いっつも忘れるんだから~!」
「ごめん、ごめん。キットキャットあげるから」
「お菓子なんかで誤魔化されませんよ?2つ・・3つはくれなきゃ許してあげません!」
なんてな。
経験ないが。
女子なんてほぼいなかったし。
いても気安くトークなんてできなかったし。
どうせ「仕事しろデブ!」とか陰で言われるんだろ。
悲しい妄想にしばしトリップする。
「それで、ロイルさんのパートナーはどなたになるんです?あ、今回はお1人ですか?」
拗ねる振りをやめたリコピナが小首を傾げる。
「パートナーはルジンカになった」
サラリと答えた。
「・・・え?」
小さく息を吸い込み固まるリコピナ。
「・・ルジンカさん?」
ぎこちなく首を回しこちらを見る。
笑顔が剥がれこわばった顔には「なぜ?」と書かれている。
俺は少なからず動揺し、見開かれた紫色の瞳を見つめ返した。
「そうなんですか・・あ・・いつ決まったんです?」
リコピナがどちらにともなく問う。
「昨日だ」
「昨日・・」
体調不良のリコピナが早退した日。
俺とロイル達がアイスに行った日だ。
「諸事情でな。こんなのよくあることだ。気にするな」
悪びれる様子もないロイル。
その軽い口調にかぶせるように、オッパイズの誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。
「その、ごめんなさいね、リコピナさん」
「え?いえ・・いいんです。全然・・」
とりあえず謝る俺に、恐縮したように首を振る。
「とにかく、伝えたぞ」
最後にグッと俺を見ると、まともな説明もフォローもせずさっさと立ち去った。
残された俺達には微妙な沈黙が訪れる。
「あの・・諸事情って?」
目を泳がせたリコピナが、ソワソワと制服のスカートを触りながら尋ねてくる。
「え?・・え?何というか・・・私もよく知らないっていうか・・」
負けじと目を泳がせ、とぼける俺。
ロイルの奴、もうちょっともっともらしい説明してけよな。
ホント、気が利かねー。
「あら?ルジンカさんもご存知じゃなかったんですか?」
「えーと・・パートナー変更のことは知ってたんですけど・・リコピナさんにはロイル様から説明するとのことだったんで・・黙っててすみません。朝から気になってたんですが・・」
しどろもどろ言い訳する。
諸事情の中身についての回答はスルーした。
「そうなんですか・・ロイルさんから・・・。でも、ルジンカさん良かったですわね?私も星落を頭に着けずに済みそうでホッとしましたわ」
ニッコリ笑ってくれる。
少々不自然な口角の上がりに、リコピナの静まりきらない動揺が見えた。
ロイル様、まさかのゼロ説明だしな。
「ありがとうございます。そう言って頂けると・・嬉しいですわ」
助かる。と言いそうになったのを慌てて押さえる。
「あ!そうだわ。私、ロッカーに忘れ物をしたので失礼しますね。音楽室には先に向かっていて下さい」
リコピナはあたふたと席を立ち、足早に食堂を出て行ってしまった。
昼の時間はまだけっこう残っている。
リコピナの食べかけの食事も。
罪悪感と優越感がない混ぜになった気持ちで、その後ろ姿を見送った。
奪い返してやっただけだ。
シズンティカを奪ったリコピナから。
そう思いつつ、スッキリもしない。
取り繕ってはいたが、リコピナはやっぱりショックを受けていた。
父や兄達をガッカリさせたことで二重に落ち込みそうだ。
クルクミー侯爵もフラボワーノへの憎しみを更に強めることだろう。
「ルジンカさん。お気に病む必要はありませんわ」
俺のモヤモヤを切り裂くように、アーニャちゃんの凛とした声が響く。
「ロイル様がお決めになったのでしょう?素直に喜ぶところですわよ。良かったですわね、本当に!」
「アーニャさん・・」
マギーちゃんも続く。
「そうですわ。リコピナさんより、ルジンカさんの方が相応しいってご判断されたんですわよ!」
「ロイル様、やっぱりルジンカさんのことお気に留められていらっしゃったんですのね」
「当日はうんとおめかしなさってね!」
口々に俺を励まし、キャーキャーはしゃぐ少女達。
俺がロイルのパートナーになったことを心から喜んでくれているのが伝わってくる。
でもそこに、断られたリコピナへの哀れみや同情は見られない。
「リコピナさん悪い方ではありませんけど、市井で過ごされた時間が長いですし、いきなりロイル様のお相手は無理ですわよ。ビレンチス公爵様にもネレッサ様にも失礼ですし」
「さっきのロイル様への態度も感心できませんわ。その辺の男性とはわけが違いますのに、全然区別がついてませんのね」
「クルクミー侯爵様も、どうして星落を着けろなんて仰ったのかしら?園遊会には国王陛下までいらっしゃるのに女優の真似をさせるなんて・・」
「男性はファッションのことなんて分かりませんもの。おかしなことを言われたらお父様といえどもキッパリお断りしなければいけませんわ。せめて、ご自分のお披露目で着けるとか・・」
やっぱり市井育ちの方は仕方ないわね、と頷き合っている。
・・さっきまで、皆ニコニコ楽しそうだったろ?
リコピナともだいぶ仲良くなったのかと思っていたが、あくまで表面的なものだったようだ。
女って怖いな・・
俺の味方でいてくれるのは心強いが、リコピナへの申し訳なさも募った。
本当の意味での女子の友人は、まだクラスにいないわけだ。
仲良くなると決めた俺からしてこんなだしな。
ロイルと話してる時と比べても、だいぶ気を使っていたのが分かる。
アーニャちゃん達とリコピナが休み時間や昼を共に過ごすようになって、まだほんの数日。
いずれは心から打ち解けていくんだろうか?
そうであると願いたい。
そんな手前勝手な事を考えた。




