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失ったもの

翌日の放課後。

俺の付き添いは予想通りベアドになった。


ホームルームが終わりベアドが来るのを待つ間、教室の隅で駄弁だべりながら過ごす。




「リコちゃん大丈夫かな?朝は元気だったのに」


ルーガが心配そうにつぶやいた。



リコピナは昼休みに体調を崩し、オレオンに付き添われて早退した。

今日は俺らとではなく、ロイル達と食ってたから詳細は知らない。


「先週もお昼に医務室に行ったんですよね?食べ過ぎとかで。今回は何だったんです?」


「食べてる量は普通だったよ。貧血とかなのかな?ニコニコしてたのに、突然真っ青になってね。テーブルの上にガクッて感じ。オレオンがすごく慌ててたよ」


「毎晩、遅くまで勉強しているらしいからな。疲れが出たんじゃないか?」


ロイルが淡々と述べる。 


「かもね。リコちゃん努力家だし。たださ・・」


ルーガが何か言いかけて止める。


「ただ、何です?」


「いや・・・なんでもない。そんなに焦って勉強する必要もないのにね」


首を振りながら答えた。




「お待たせして申し訳ございません」


ベアドが現れたところでアイスへ出発した。







大学へは徒歩で15分程だ。


校舎は本館と2号館がある。

カフェのある本館は高校同様、古い宮殿を流用し増改築したものだ。



校内には制服らしき濃紺と黒の上下を身に着けた男達がウロウロしている。


女生徒の姿が見えないが、実際いないんだろう。

大学まで進学する者はただでさえ圧倒的少数派だ。






カフェは二階部分の一画にあった。

店の半分がテラス席になっていてなかなかオシャレだ。


天気もいいし、テラスの4人掛けテーブルに陣取る。

俺、テラス席とか人生初かもしれない。


カフェなんて滅多に入んなかったからな。

ネットカフェには通ってたが。




リゴーの他に、コーヒーそっくりのキャメサというお茶や、ハーブ系のお茶が何種類か、ジュースや軽食や菓子なんかがある。



俺はアイスのティンポッポソース添えとキャメサにした。


メニューにはティンポッポではなく、ティルポと書いてある。

一般的にはティンポッポは破廉恥な方の言い方だ。



試しにベアドにオーダーを任せてみたが、「これを1つ」とメニューを指差し誤魔化していた。

フラボワーノの跡取りなら、こういう時こそティンポッポって言えよな。





午後が実技だったロイルとルーガは、小腹が減ったと言いながらサンドイッチとリゴー。

べアドはリゴーのみ。


結局、アイス頼んだのは俺だけだった。



久々だし美味かったよ。

日本で食ってたアイスのが断然美味いが、シンプルな味わいでこれはこれでありだ。


キャメサは完全にコーヒーだな。

コーラとかクリームソーダが懐かしい。






「ところで、ルジンカはよく園遊会に参加する気になったね」


卵サンドを食いながらルーガが言う。


「もちろん、エスコートはしっかりするし不安をあおるつもりもないけどさ。当日はルジンカとリコちゃんの話題で持ち切りになるよ。絶対」


記憶喪失の俺と、突然現れたクルクミー侯爵の娘。

どちらも注目の的だ。


「早めに色んな方に会った方が、記憶が戻るかもしれないんで。あんまり期待はしてないんですけど」


「そういうことなら、任せて。できるだけ沢山の人に紹介してあげるし。でも、できれば練習でもっと小規模な集まりに参加しといた方がいいんじゃない?」


それについては昨日、おっさん達とも話している。


元々、園遊会には顔を出す程度の予定だったが、ルーガをパートナーに舞踏会まで居るとなると長丁場だ。


ぶっつけ本番じゃ不安だし、軽いパーティーや茶会なんかを経験しておく予定だ。



「なら、家にも気なよ。母が年中人を集めてるんだ。朗読会だの、音楽会だの・・ダンスも見てあげられるし、リコちゃんも何度か呼んだんだよ」


ルーガの申し出に、サンドイッチをかじっていたロイルの動きが止まる。


また何か言うのかと思ったが、微かに眉間にシワを寄せ、リゴーを一口飲んだだけだった。




ロイルもベアトもほとんど口を開かない。


ベアトはあくまで俺の付き添いというスタンスなんだろう。


道中、少し後ろを付いて来るだけだし、今も積極的に会話に参加する様子はない。

かといって空気を壊すほどでもなく、話しかければ一応反応はする。


「お兄様、どうしましょう?ルーガのお家にお邪魔してもいいのかしら?」


「もちろんだ。当日踊る相手と練習ができるなら、それが一番だからな」


生真面目な顔でうなずく。


「良かった!じゃあ、日程確認して連絡するよ」


満足そうに笑うルーガ。




今日ロイルが付いて来た理由は、ベアドの態度を見て合点がいった。


ルーガが至近距離で囁いて来たり、デカパイアの話を振って来ても完全にスルーだった。


タワワーナコレクターのベアドなら、スピンオフのデカパイアも知ってるはずだ。


極力気配を殺し、本当にマズい時以外は介入しない方針と見える。

ちょっと意外だったな。



ロイルはこれを知っていたから、ルーガへの抑止力にはならないと判断して同行を決めたんだろう。


でも、全然仕事してないんだが。

ずっと難しい顔で何か考え込んでいる。




今日は午前中からこんな様子だ。


今朝、ルーガがふざけてうんこポエムをロイルに見せたらしいんだよな。

俺から借りた本だと説明付きで。


それでドン引きされてるわけじゃないよな?




ロイルが何を考えているのかは分からないが、俺を気にかけてくれていたのも事実だ。

このまま嫌がることを続けるのが正解なのか、自信がなくなっていく。



嫌われたら困る。

というか、嫌われたくない。



湧き上がる不安を紛らわせるため、アイスのおかわりをした。

が、軟弱なこの体に2個は食いすぎだったらしい。


食い終わった直後から、腹がめっちゃ痛くなった。



キューッとする。


ときめきかどうかは別にして、このグルグルと熱い感じはヤバい。

屁だとしたら絶対臭くてガスのボリュームが多いタイプだ。


幸いテラスで食ってるし、風向きに注意してサイレントで発射すればバレずに済みそうだが・・・。


もし、うんこだとしたら高確率で下痢だ。

屁を出そうとゆるめた尻から噴き出してしまう。




この時俺は、20年分の記憶の消失の余波を意外な形で思い知らされた。



肛門前につどっているのが、屁なのかうんこなのか区別がつかない。


多分、屁だと思うが自信が無い。

こんなこと近年の俺ではありえない事態だ。



それに、尻の穴の操作性が落ちた気がする。

仮に屁だとして、上手くすかせるだろうか?



ルジンカちゃんの体に慣れていないから、というのは言い訳にならない。

先週まではできてたんだよ。


前の体での経験を活かし、屁かうんこかを瞬時に識別し音もなく発射していた。


そりゃ、前の体の方が断然やりやすかったのは言うまでもない。


尻穴周りにたっぷりと肉が溢れていたし、穴への力加減と肉の壁による二段構えで、確実に屁を黙らせてきた。

防音効果も高い。



それに比べて今の尻は、肉が少なすぎる。

より高度なオペレーションが求められるというのに、これはどうしたことか・・




大幅に退化した、直腸周りの探査スキルと肛門の操作スキル。


こんなところに影響が出てくるとはな・・



衝撃を受ける間にも、腹の痛みは増していく。


もうトイレ行こう。

ロイルの前で粗相そそうなんてしたら死にたくなるからな。


俺の意思と記憶による感情が珍しく一致する。



ということは、やっぱり俺はロイルが好きなのか?


屁のためにトイレ行くなんて、めっちゃ乙女じゃないか?

いつもの俺なら、この場でガス抜きくらいして行くだろ?



葛藤は一瞬だった。

俺は乙女心に負けた。



「ちょっと失礼しますね」


ケツの穴を全力で締め上げ、ソロリと立ち上がる。

誰も「どこへ?」なんて野暮なことは聞かなかった。





増改築を繰り返した建物は入り組んでいて少々迷ったが、なんとか漏らさずトイレまで辿り着くことができた。

駆け込もうとした時、いるはずのない人物の背中を見つける。



「あれ?ロイル様??」



腹の痛みも忘れ、前を歩いている男に呼び掛けた。

今の今まで向かいのイスに座っていたはずだが。



「ん?ロイル?」


男が振り向く。



ギラギラ光る濃い金色のクセ毛。

瞳はロイルのものより更に青いダークブルー。


深い海の底の色。

もしくは紺碧の空の色か。


細身で背が高く、端正な顔からは繊細そうな印象を受けた。



知らない男だ。

よく見れば服も違う。



でも、誰かはすぐに見当がついた。

細部は違うものの、ロイルに激似だ。



「・・・ウェイド様・・?」


驚く俺に、大股で近づいて来る男。


「ルジンカか。ここで会うとは思わなかったな」


やはりウェイド王子で間違い無いらしい。

なんか、どこかで聞いたことのある声だ。



「何故ここに?1人か?記憶を失ったと聞いたが・・」


次々と質問を繰り出してくる。

見たところウェイドも1人らしい。



これはチャンスだ。



死のタイムリミットが近づいたことで、国王への情報提供を早めようと話していた。

ウェイドにも迫る危機を知らせるべきだとも。


どっちかというと、王よりウェイドを優先したい。

当事者だから俺ら側になるだろうし、こっちの知らない情報だって持ってるだろう。


だが、タイミングが難しかった。


王ならともかく、ウェイドはロイルの2個上の18歳。

今年学校を卒業したばかりで、まだ国政にも深く関わっていない。


おっさんが内密な話をするような立場じゃないからな。

密談をしたという情報が漏れるだけでヤバい。


俺の予知の内容を警戒しているかもしれないクルクミー侯爵に、計画を前倒される恐れがある。


機会を待とうと話した矢先のこれだよ。

めっちゃラッキーだろ?



しかし残念ながら、俺の腹が限界だ。

トイレというゴールを前に気が緩んだのか、シリは決壊寸前。

この耐え難い痛みは、やっぱ下痢かもしれん。


「どうした?具合でも悪いのか?」


気遣うウェイドも、決して顔色は良くない。

先日倒れたばかりで、それ以前も以後も本調子じゃないらしい。


「あの!ウェイド様。少しでいいんで、ここで待っててもらえませんか?」


「ん?ここで?」


「すぐ戻るんで!ホントすいません!」


怪訝けげんな顔のウェイドを置き去りに、俺は女子トイレに駆け込む。


個室に飛び込み、一気に尻の穴の力を抜く。




ブホゥー!ババババババ!




すげー音。


腹痛の原因は屁と下痢のコンボだった。

屁の直後に、液状のうんこが吹き出してくる。


すかしっ屁への挑戦回避は賢明な判断だったよ。

あわや大惨事だ。



爆音は外のウェイドまで聞こえた可能性がある。

100年の恋も冷めたかな?

仲間に引き入れるなら、俺に惚れたままの方が都合は良かったんだがね。



俺なら無限美ちゃんのオナラの音を聞けたら、幸せすぎて昇天する自信がある。


録音して目覚ましや着メロにするのはもちろん、常時イヤホンをして、世界の音をオナラ越しに聞くだろう。


同じ音を再現できるように猛特訓もする。


愛ってそういうものだろ?




ウェイドよ。

お前の愛が本物か確かめてやる。




手を洗って急いでトイレを出た。

幻滅されて居なくなってたら困るんだが、幸い少し離れた場所で待っててくれた。



「ああ!私はなんて、罪深いんだ・・」



天を仰ぎ、恍惚とつぶやいている。

どうやら彼の愛は本物だったらしい。



「申し訳ありません。お待たせしてしまって」


屁の音を聞かれてたなんて微塵も思っていない、無邪気な笑顔で駆け寄ってやる。


「いや。問題ない・・」


俺を見つめるウェイドの瞳は、さっきとは比べ物にならないくらい熱っぽく潤んでいた。


安心しろよ。

お前をヤバイ奴なんて思わねーぞ。


こいつの姿は無限美ちゃんをあがめる俺そのものだ。

親近感湧くな。



「実は誰にも内緒でお話があるんです。すごく重要なことなんです」


グイッと顔を近づけ、早口で訴える。


「話?ルジンカが私に?」


「そうです。絶対秘密の話です。今日ここでお会いしたことも含めて・・」



そう言ったそばから、人が現れた。


「ウェイド様!」


黒に赤と銀のラインの入った軍服らしき衣装の男が廊下の向こうから歩いてくる。


腰にぶら下げてるのは剣だ。

帯剣してる奴って始めて見た。


「彼なら大丈夫だ。ジェイクの口の固さは私が保証する」


俺の焦りを見抜いたウェイドが言う。


ジェイクなる男は俺を見て微かに表情を動かしたものの、少し離れた場所に静かに控えた。


ウェイドより少し年上だろうか。

寡黙そうな男だ。

プラチナブロンドに灰色の瞳が、誰かに似ている気がしないでもない。



「話は急ぎかな?今日は予定が押していてね。もう戻らないといけない。また日を改めさせてもらえるか?」


申し訳なさそうに言われる。

王太子様だしアポ無しは無理があったか。


「そうですか。こちらこそ、急にすみません」


「ルジンカは放課後なら平気なのか?」


「はい」


今後は学校帰りあちこち行かなきゃならないが、こっちの予定が最優先だ。



「あの、ウェイド様が今日こちらにいらっしゃってること、ロイル様はご存知ですか?実は今一緒に来てるんです。そこのカフェに」


「知らないはずだ。空き時間に寄っただけだからな。ロイルにまで秘密なのか?」


「もちろん!絶対!」


むしろ、クルクミー侯爵に次いでヤバい。


「ルジンカが珍しいな。だが、揃ってお茶を飲みに来る程度には仲良くしているということかな?あいつもつまらない事をいつまでも気にしているからな・・私も噂は色々耳にしているが、どうか多めに見てやって欲しい。まだ子どもなんだ」


どこか安堵したように話すウェイド。

俺に惚れてるっぽいわりに、ロイルに嫉妬してる感じもない。


ネレッサという巨乳の婚約者がいるしな。




「そういえば、マルビーン侯爵家から対価薬たいかやくの申請の打診が来ていたな。魂外たまはずしの施術を受けるのか?」


ウェイドが思い出したように問う。


「は?対価薬?魂外し?」


全然初耳だ。

対価薬は代償無しで魔法を使うための薬だったか。


「クラウドから何も聞いていないのか?」


「いいえ。何も」


魂外たまはずしって、吊り男の家の魔法だよな?

ベアドの先輩とやらの。


「そうか・・確定してから話すつもりだったのかもしれないな。対象がルジンカというのが少しネックにはなったが、一応問題無いと判断された。今日、明日にも回答が行くはずだ」


話が見えない。


「私が幽体離脱を??何のために??」


「魂外しは様々な治療に使われるんだ。記憶障害の緩和にも役立つ。施術を受けることが決定したら、正式に申請するといい。ルジンカのためなら私も気合いを入れて作ろう」


「対価薬はウェイド様が作るんですか!?」


「うん。王太子の役目なんだ」





「ウェイド様。そろそろお時間です」


軍人さんが進み出て小声で促す。


「すまない、待たせたな。ではルジンカ、今日は会えて良かった。近日中にこちらから連絡しよう」


「ありがとうございます」



足早に立ち去っていく二人を見守る。

角を曲がった辺りで別の付き人達が合流する気配があった。

今来た連中っぽいし、俺の存在には気づいてないだろう。



良く考えたら、日を改めてくれたのは俺にとっても幸いだったな。

ロイル達を待たせているし、あんまり長いとうんこだと思われる。


実際うんこだったが。




カフェに戻ろうと体を反転させる。





『君の恋は偽物だよ』





不意に夢で聞いた言葉が蘇った。



さっきは気付かなかったが、あれはウェイドの声だったんじゃないか?



そんな気がした。


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