自習室
4/25 誤字のご指摘ありがとうございました!
「あの本は先輩から頂いたものなんだ。まさかルジンカに読ませる日が来るとは思わなかったが・・」
うんこポエムの礼と感想を伝えると、ベアドはどこか感慨深げに答えた。
“頂いた”とかやめろよな。
「後輩のうんこタイムをジャックするのが趣味なのか。必ずいるよな。そういうノリの奴って」
俺の言葉に「すごくいい先輩なんだ」と真顔で答えるベアド。
なんか微妙に心配だ。
午後の授業も無事に乗り切り、今は自習室に来ている。
教室は帰りのホームルームが終わると一定時間で追い出されるため、移動は必須だ。
自習室は本棚の少ない図書室って感じだな。
だだっ広い空間にたくさんの机やイスが並び、数人の教師が常駐している。
勉強も見てはくれるが、主な任務は生徒がトラブルを起こさないよう見張ることだ。
派手に騒ぎすぎると飛んでくるらしい。
今日は週末の黒の曜日。
休日に宿題を持ち越したくない生徒達で賑わっている。
俺らのテーブルの近くにもワイワイ騒ぐグループがいくつもあり、おかげで密談も可能だ。
宿題を教えてもらいつつ、小声で今日1日の報告をする。
こいつはロイルとの会話は盗み聞きしてるからな。
朝の俺のドタバタぶりとか、リコピナとの昼飯のことなんかを中心にボソボソと話した。
ベアドは基本聞き手に回り、俺の話に耳を傾けつつ勉強の説明をし、合間に自分の課題もこなしている。
器用だな。
「2度とパンツなんて見せるな。それと、オーゴニー公爵に接近してみろ。2人きりにならないよう注意してな」
説明が終わった時、ベアドが言った。
「もとからそのつもりだけど・・なんだ、ヤキモチ作戦か?」
「ヤキモチかは微妙だが、ロイル様のあの嫌がりようは何かある。察するに、あれが王子様モードとやらだろ。目の前で思いっきりグイグイ行ってやるんだ。プレイ中にな」
「・・それ、私情入ってないか?」
「入ってない」
スッと目をそらされる。
「そういえば、さっきもガン見されてたな」
帰りのホームルームの前。
移動教室から戻ってきたルーガを呼び止め、リコピナと2人でタワワーナの貸し出しを依頼した。
昼に顔を出すって言ってたのに来なかったからな。
「OK、OK!来週絶対持って来るよ!!」
驚きつつも快諾し、素敵な笑顔でウインクを飛ばしたルーガ。
少々恥ずかしそうにしているリコピナが可愛いかったな。
読んだらぜひ感想を聞きたい。
男には言わないことも、俺には教えてくれるだろうし!
話が終わって席に戻る時。
「ごめんね、昼に顔出せなくて。ロイに邪魔すんなって止められちゃってさ。でも、上手くいったみたいだね」
耳もとで囁くように詫びてきた。
一応気にしてたらしい。こいつも、ロイルも。
来週もリコピナと飯を食うと伝えると素直に安心し、安定のスケベぶりを発揮した。
「で、何の話してたの?リコちゃんにタワワーナ紹介するなんて、グッジョブすぎるんだけど!あの黒い本も興味深いし・・」
両胸にパンを押し付けるジェスチャーをしつつ、ジリジリと迫って来る。
「男性には秘密ですわ」
ポエムくらい読ませてやってもよかったが、ジェスチャーがウザかったので適当にはぐらかした。
ルーガはさして残念そうでもなく「また昼に誘うね」と、あっさり去った。
深追いしない所にプロの技を感じたな。
視線を感じて振り向くと、ロイルがこっちを見ていた。
「めっちゃ険しい顔だったな」
目の前のベアドの顔もめっちゃ険しくなっていた。
「オーゴニー公爵からタワワーナを借りるのは構わないが・・それは読むな。汚染されているからな。今日、新しいのを買いに行かせてるから、明日にでも父上の目を盗んで届けさせる。読むのはそっちにしろ」
「・・すごいな。どんな顔して指示出すんだよ?エロ本買って来いって・・」
「言うわけないだろ。使用人に金とメモを渡して本屋に行かせるだけだ」
涼しい顔で答える。
その方法なら俺にもできそうだな。
「だが、リコピナに読ませることにしたのは、確かにグッジョブと言える」
「だろ!?胸熱だよな?敵に塩を送っちゃったとも思ったけどさ」
興奮して身を乗り出す俺。
「何言ってるんだ?ルジンカは塩なんて送ってない」
ベアドが真面目な顔で首を横に振る。
「気になる女に自分と同じ猥褻本を読んで欲しいかどうかは、好みの別れるところだ。
ロイル様の性癖なんて興味はないが、リコピナがタワワーナを読むことを好意的に受け止めた場合、読ませたルジンカの評価も上がる。逆に好まなかった場合、リコピナを巻き添えにできた上に、読ませたルジンカの評価はそこまで下がらない」
「なんでだよ?」
「読む動機が違うだろ。リコピナは友達に勧められたうえでのミーハーな好奇心。ルジンカは傷心を癒すための性教育。僕に読まされてるだけだ。リコピナの理由ははしたないが、お前の理由は単純に心配になる」
「はしたないかどうかは個人の主観だろ」
俺なら、自分と共通の話題をつくるために女子がエロ本読んで来てくれたら、一応嬉しい。
本の内容と相手の反応次第なところはあるが。
「それに、プレイとしての価値が違う。同じ侯爵令嬢といっても、王太子ウェイド様の婚約者候補にも名前を連ねたルジンカと、数か月前まで市井にいたリコピナ。共通の猥褻本を読み、内容について語り合うという体験が、よりプレミアなのはどっちだ?」
「・・お兄さんは俺にプレミアプレイでエロ本見せてたのかよ?善意だと信じてたんだがな」
ベアドの黒い瞳が揺らぐ。
「今、そういう話はしていない。僕はルジンカの願いを聞いたまでだ。・・・とにかく、お前は得をすることはあっても、損はしない。リスクを負うのはリコピナだけだ。いい判断だったな」
早口で言い終えると、「そろそろ集中しろ」と、新しい問題を示してくる。
まあ、いいんだが。
勉強を再開し、しばらく経った頃。
少し離れたテーブルに陣取っていた集団が帰って行き、視界が開けた。
何気なく目をやった先の光景に、俺の心臓が跳ね上がる。
リコピナとロイル。
オレオンとルーガもいる。
楽しそうに小声で雑談をしながら、テーブルを囲んでいた。
ロイルがリコピナに何か言う。
クスクスと肩を揺らし、返事をするリコピナ。
その言葉に、男3人が一斉に小さく笑った。
リコピナが特別おもしろいことを言ってるわけじゃないだろう。
男達が簡単に笑うのは、単純に好意の表れだ。
お茶の時もあんな感じだったな。
いや、もしかしたら、キレッキレのネタを披露してるのかもしれないが。
こういうのは教室で散々見てきた、いまさらの光景だ。
だが、速攻泣く俺。
強く痛む胸が、悲しい、羨ましい、惨めだと訴えてくる。
今が放課後ってのがデカいのかもな。
休み時間になんとなく一緒にいるのとは重みが違う。
「どうした!?」
俺の異変に顔色を変えるベアド。
突然の涙の理由は!?と、俺の視線の先をチラリと確認し、理解したようだ。
「場所を変えよう」
机に広げた教科書類を片付け始める。
「いや、大丈夫だ」
「しかし・・」
「マジで。平気だよ」
今にも立ち上がりそうなベアドを押しとどめる。
移動は気が進まなかった。
なんというか、あっちのテーブルが気になる。
移動したらチェックできないからな。
ロイル様を。
気を取り直し、宿題に向き直る。
が、ロイルのテーブルばっかり見てしまう俺。
もともと勉強に集中なんてしてないからな。
もう全く手につかない。
ベアドは俺に教えることを諦め、別紙に解答を書き始める。
後で書き写せとのことだ。
至れり尽くせりだな。
あっちでは、ロイルがリコピナのノートをのぞき込んでいた。
勉強を見てやってるんだろう。
俺は全身の神経を集中させる。
リコピナは頻繁に首を傾げては長い髪を揺らし、大きな目をロイルに向けて質問した。
「えーと、クマーリ地方の名産は・・茹でた時目が青くなるロイルエビで・・身は固くて不味いが殻には解毒効果がある・・??ロイルさんの名前って、このエビから来てるんですか?」
「どれ見てるんだ?エビじゃなくてカニのはずだが・・」
「それ以前にロイルじゃなくてロールだよ」
ルーガがつっこむ。
「不味いエビの名前を王子につけるわけないだろ」
オレオンもつっこむ。
「すみません。えーと、ロイルガニですね?」
「違う、ロールエビだ。・・じゃなくて、ロールガニだ。あと、目は元々青いんだ。茹でたら白くなるだろうな」
ロイルが訂正する。
「それって、ロイルさんのことですか?」
「違う。・・違わないが、ロールエビのことだ」
「エビ?さっきカニって仰ってましたわ」
勉強の進捗状況は芳しくなさそうだな。
「エビですよね?ロイルエビ。今日の給食でフライが出ましたでしょ?私が力いっぱい握り潰してたアレですわ」
「ああ、あのエビですか?全然不味くなかったです。すごく美味しいエビでしたけど・・」
「だから、エビじゃなくてカニだ。給食のエビはオイルエビだろ。というか、握りつぶすな・・・?」
ロイルが俺の顔を見て固まる。
リコピナやルーガやオレオンも。
そして俺も。
・・・なんで混ざってんだ?
俺はいつの間にか、4人が座るテーブルの前に立っていた。
さっきまでベアドと宿題をしてたはずなのに。
いったい、いつの間に移動した??
「ルジンカ!?ビックリしたな・・」
「何しに来たんだ!」
ルーガとオレオンが順番に言う。
「もしかして、ルジンカさんも宿題しに来たんですか?」
「え!?あ、はい、まあ・・そうです・・」
「じゃあ、一緒にやりません?せっかくですし!」
リコピナがめっちゃ無邪気に誘ってくれた。
やっぱいい娘だよな・・
オレオンがすっげぇ嫌そうな顔をしてるが。
「ありがとうございます。でも、私は兄と来ているので・・」
そう言いかけた時だった。
「ロイルエビでも間違いじゃないな」
後ろからベアドが参加してきた。
「ベアドさん?」
「どうも、リコピナさん。ロールガニは名前こそカニだが、分類的にはエビなんだ。地域によってはロールがなまってロイルになることもある。ただ、オイルエビもロイルエビと呼ばれることがあって、紛らわしいからロールガニとオイルエビで区別してるんだ。まあ、オイルエビの方は分類的にはカニだから、個人的には名前を逆にすべきだと思うが・・」
ややこしいことこの上ない。
「え?え?結局、毒があるのはエビなんですか?カニなんですか?」
完全に混乱するリコピナ。
「余計なことを言うなベアド。ロールガニで合ってる。あと、毒じゃなくて解毒だ」
軽くベアドを睨みつつ、ロイルが訂正する。
「毒ですよ。タワワガニと合わせると、淑女もスカートをめくる猛毒になる。リコピナさん、エロイルエビと覚えるといい」
「しつこいぞ・・あと、カニだと言ってるだろ!」
ロイルの額に青筋が浮く。
「ベアドさん!ロイル様に無礼でしょう!?」
キレるオレオン。
「エ、エロイルガニですか・・?」
困り顔で小首をかしげるリコピナ。
「エロを取るんだ。・・・ルジンカ、スケベア魚って知ってるか?」
仕返しとばかりに、ロイルが俺に話しかけて来た。
横でルーガが「くだらないケンカはやめなよ」とぼやいている。
「いえ、知りませんが・・」
「アントシア地方の川にいるエロい魚だ。人間のフリをして女に近づき、産卵のタイミングで乱入してくる。お前もよくよく気をつけろ。今は王都をうろついてるはずだ」
「ルジンカは川で産卵などしません」
ベアドからも怒りのオーラが立ち昇る。
めっちゃピリピリムードだ。
「あの!もう失礼しますね。ちょっと挨拶に来ただけなんで!すみません、お邪魔しちゃって!!」
ベアドの腕を引っぱりそそくさとその場を離れた。
リコピナとルーガが手を振っている。
ロイルも小さく片手を上げてくれた。
まあ、こっちは見てなかったが。
たったこれだけのことで、俺の胸は簡単にいっぱいになる。
さっきもトークしちゃったしな!
元いた席に戻ろうとすると、テーブル上のノートや教科書が消えていた。
「え?あれ?」
「もう片付けた」
俺のカバンを掲げて見せるベアド。
「出よう」
逆に手を引かれて出入り口に向かい、そのまま自習室を後にする。
校舎を出て、そのまま馬車のある車庫に向かう。
今日はもう帰ることにした。
「すまん。なんか、気が付いたらあっちにいてな・・」
まさか意識がブッ飛ぶとはな・・
「立ち上がって歩き出す少し前から全然反応なかったな。連れて出ようとしたら勝手に行ってしまったんだ」
幽鬼のようだったと、説明するベアド。
沈痛な面持ちだ。
「ヤバいな・・もう病気だろ。絶対悪化してるよな・・?」
「以前のお前はロイル様と宿題がしたいと呪文のように繰り返してたからな。欲求が爆発したんだろう。・・・今から戻って混ざってくるか?」
「いや、いいよ、もう。プレイ中だし」
「そのプレイだが、情緒の安定に繋がるとは思えない。欲求不満で暴走する前に早めに切り上げろ」
バッサリと言われる。
身も蓋もないな。
「なんでだよ?」
「多分だが、お前が自分をコントロールできないのは、ルジンカとしての当事者意識がないからだ。そして、当事者意識を持てないのは、記憶がないから。記憶がなかなか戻らないのは、ヒロシでいることにこだわっているからだ」
眉間にシワを寄せ、難しい顔で言う。
「なんでもヒロシのせいにするなよな!記憶喪失は魔法の代償なんだろ?」
「代償は、記憶の順番を入れ替えただけだ。それに責めているわけじゃない。今はヒロシでいる方が楽なんだろ・・」
「楽だからとかじゃねーよ。俺はずっとヒロシなんだよ!」
「・・・・まあ、いい。父上にお前をあまりつっつくなと言われているからな。今はこれ以上はやめよう」
何かを言いかけて引っこめるベアド。
「なんだよ、それ・・」
俺もおっさんに同じこと言われているけどな?
ベアドをつっつくなって。
状態異常同士、傷つけあうのはやめて仲良くしろってことか。
「そういえば、さっきの問題がテストに出たら、必ずロールガニと書け」
車庫の少し手前でベアドが言った。
「なんでもいいんじゃないのか?」
「よくない。エビと書いては屁理屈をこねて点をもらおうとする生徒が後を絶たないからな。カスパー先生はキレていらっしゃる。エビでは絶対に丸をもらえない。カニと書くんだ」
「エロイルガニな?」
「ロールガニだ」
「リコピナにも言っといてやらないとな!」
俺の言葉を聞いたベアドが足を止める。
「教えてやるのはかまわないが・・リコピナに必要以上に感情移入するな。接近するのは、あくまで情報収集のためと割り切るんだ。悪い娘ではなさそうだが、彼女はいざとなれば切り捨てざるをえない相手だ」
語る表情は厳しい。
「切り捨てるって・・」
言葉の鋭さにビビる俺。
「向こうは黒刑になるほどの罪を被せようとしてきている。僕らがそれを振り払うということは、相応の処罰がクルクミー側に跳ね返るということだ。うちに濡れ衣を着せようとした分、より罪は重くなるだろう」
ことは王太子の暗殺だ。
しかも、宿敵フラボワーノを陥れる目的での。
確実に黒刑は免れない。
リコピナだって処罰の対象だ。
フラボワーノが黒刑になれば、俺が処刑されるのと同じ理屈で。
「殺るか、殺られるか、ってやつだな・・・」
どこか浮ついていた心に、ヒヤリと水を差された気分だ。
「まあ、必ずそうなるとは限らないが・・こちらが先に暗殺方法と濡れ衣を着せるからくりを暴き、事を未然に防げれば黒刑とまではならないかもしれない」
歴史の中で、王族の暗殺未遂事件は何度かあった。
未遂の場合、必ずしも黒刑になるとは限らない。
その場合、重罪には変わりないが、関与していなければ刑罰の対象外だ。
クルクミー侯爵や侯爵家がどうなるかまでは分からないが、リコピナまで死罪になるようなことはないだろう。
「だが、現状、手掛かりは無いに等しい。情けをかけられるような余裕が僕らにあると思うな」
「・・・・だな。確かに・・」
まずは自分達の安全の確保が最優先だ。
今が幸せだと笑っていたリコピナ。
色々複雑な感情はあるものの、俺にパイタッチを許してくれた娘だ。
死刑になって欲しいなんて当然思わないが・・・
それは今考えても仕方のないことだ。
車庫の職員の連絡を受け、控室から侍女や御者が現れる。
用意された馬車にベアドの手を借りて乗り込んだ。
「お兄様。宿題ありがとうございます。週明けは普通の時間に行きますわ。学校」
侍女がいるのでお嬢語だ。
ロイルは今朝長々つき合ってくれたからな。
こういうのはメリハリが大事だろ。
ベアドにも一応教えておいてやると、無言でうなずき返した。
そういや、普通に名前で呼んでやろうと思ってたのに忘れていたことに気づく。
俺は南京錠の件で名前の大切さを痛感したからな。
温存とか言って悪いことしてた。
次は忘れないようにしよう。
そのまま馬車は出発した。
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