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0037超人類は今日も進化します

「どうして僕の頭蓋骨(ずがいこつ)や左胸に衝撃波を当てない? そこに命中させれば僕を殺せたのにね。やられながら思ったんだけど、君はひょっとして、まだ僕に情けをかけているのかい?」


 再び『消滅波動』。俺は避けようとしてかなわず、左腕を根元から失った。狂ったような痛みが全身を駆け抜ける。


 写は怒っていた。俺の甘さに対して、心の底から。


「どうやら回復能力が(おとろ)えてきたようだね、研磨。でもこれでいい。君に、僕より遥かに低次元な君に情けをかけられた屈辱。これを晴らすためにも、君の不遜(ふそん)な行為に罰を与えるためにも、これからこの新技でなぶり殺しにしてあげるよ」


 俺の右足はまだ回復してこない。くそっ、本当にもうこれまでなのか? このままやられちまうのかよ?


「まだだぁっ!」


 俺は右の手刀衝撃波を弟に放った。だが帝王マーレイ同様、写は視線だけでそれを打ち砕いた。どうやら完全に冷静さを取り戻したらしい。そう、俺と弟との実力差は、初めから埋めがたいほど開いていたのだ。ただそれが、美羅の再生失敗による悲哀や、俺の挑発行為による激怒のせいで、一時的に縮まっていただけだった。


「研磨、こういうのはどうだい?」


 写は俺に人差し指を突きつけた。その先端が光ったかと思うと、俺のどてっ腹に風穴が開く。


「ぐはっ……」


『消滅波動』のアレンジだった。まるで拳銃で鉛弾を食らったかのごとく、俺は激甚(げきじん)な痛みに苦しみもがいた。弟は楽しそうに二発、三発と撃ち込んでくる。右肩や左太もも、右ふくらはぎが貫通され、多大に出血した。


 もはや俺に勝ち目はなかった。あるとするなら「あれ」しかないが、果たして正確に読み取り、最後の攻撃をぶちかますことが出来るだろうか。その確率は、残念ながらかなり低いといわざるを得ない。


「ほら、ほら……」


 写は薄ら笑いを浮かべて、俺の耳や右胸に『消滅波動』の弾丸を撃ち込んだ。俺は激痛と出血で目がくらみ、思考も視界も霧がかかったようにぼやけてきた。宙に浮いているのがやっと、という状態だ。


「くくく……っ。そろそろ最後といこうか、研磨。苦痛に(もだ)えるその姿も飽きてきた。今楽にしてあげるよ」


 駄目か……。俺は奴が手を開き、かわしようもない特大の一撃を放とうとするのを見た。俺は観念し、せめて男らしく胸を張って死のうと身構える。弟がぶつぶつ(つぶや)いた。


「君を殺したら、白龍の奴も……。そう、白龍も……」


 そこで写が目を見開いた。たった今とても素晴らしいアイデアが(ひらめ)いたとばかり、歓喜の表情で頭上を見上げる。そこにあるのは空中大神殿――白龍と京が避難している場所。弟は俺から注意を()らし、そちらへ手の平を向ける。


「死ねっ、ハンシャ女王!」


 それこそは俺が待ち望んでいた行為だった。動物的勘で既に飛び出していた俺は、写が『消滅波動』を発射せんとするまさにギリギリのタイミングで、奴の脇腹に最高速の頭突きをくらわす。


「ぎゃうっ!」


 骨の砕ける音が聞こえ、弟は俺と共に岩山に激突した。二人揃ってもつれ合うように斜面を転がり落ちる。


 そう、俺は写がハンシャ女王を消滅させるべく、そちらへ注意を向けるその隙を待っていたのだ。もちろんそのまま撃たせるわけにはいかない。俺から意識を離したまさにその瞬間が狙い目だった。この最後の攻撃は、何万分の一の確率で成功させたものだったわけだ。


 当然それだけでは写に反撃を受けてしまう。だから俺は、転落しながら奴目掛けて仕上げの一撃を放った。『無効化波動』だ。それは崖っぷちで止まった写の体に炸裂した。ここに超人類・写は、一時的とはいえ無力化されたのだ。


 俺の勝ちだった。


 後は手刀で敵のそっ首を切り落とせばいい。俺は宙に浮くと、大の字で伸びている弟に対して右手を振りかざした。写はかすかに目を開け、俺を軽く睨んだ。そしてもうどうでもいいとばかりに瞑目(めいもく)し、自分にも俺にも美羅にも、他の何ものにも関心を失ったような表情を作った。


 親父とお袋を殺した罪。生き延びたとはいえ、一時的にハンシャ女王を、神族を殺した罪。これまた命を繋いだとはいえ、俺を殺しかけた罪。俺が写を殺す、殺さねばならない理由は(うずたか)く積もれた山のようだ。またこいつもそのことを分かっているのだろう、この()に及んでじたばたしたりはしなかった。そんなところは俺や親父に似てるかもな。いや、頑固な面があるのはお袋似か。


「早くしろよ」


 俺の光弾で回復能力も失っている弟は、目を閉じたままぶっきらぼうに催促(さいそく)した。俺が無言で眺め下ろしていると、焦れたように目を開けて、今度は射殺すような視線を投じてくる。


「この喧嘩馬鹿、さっさととどめを刺せ。僕の負けだ。それとも骨折している僕をしばらく放っておいて、じっくり甚振(いたぶ)ろうっていうのかい?」


 だがどんなに斬殺を要求されても、こいつのやらかしてきたこと全てを思い返しても、俺は右手を振り下ろせなかった。


 殺せない……


 俺は手を下ろした。写が目を丸くする。まるで自分を殺さないことを怒っている風に怒鳴った。


「何でだよ、馬鹿兄貴! 僕を(あわ)れむな! さっさと殺せ……」


「写」


 俺は(さえぎ)った。考え考え話す。


「俺はおめえの兄貴だ。弟に自分の仕出かしてきたことを反省させるのも、兄貴の務めだ」


 自分でも驚くほど、俺の心は湖面のように穏やかだった。


「これからおめえには一定時間ごとに『無効化波動』を撃ち込ませてもらう。京と交代交代でもいいな。そうすりゃ超人類の力も発揮できないだろ。その上でハンシャの城の牢屋にでもぶち込んでやる。そうしてそこで、おめえは罪を(つぐな)うんだ。いいな」


 弟は信じられないものを見るように俺を凝視していた。


「研磨……」


「もう一度言うが、俺はおめえの兄貴だ。もう肉親を失うのはごめんだ。それだけさ」


 そこへ決着がついたことを――俺の勝利を喜ぶ白龍と京がやって来た。俺は写から目を離し、一匹と一人の元に向かった。もう余力は少なく飛行はのろい。


『良くぞ勝ちましたね、研磨。ハラハラしながら見守っていましたよ』


「最高だよ、研磨君。今怪我を治してあげる。負傷箇所を……う、写君?」


 京の驚く顔に、俺は背後へ振り返った。写が崖に這いずっていた。


「美羅……今会いに行くよ……。初めからこうすれば良かったんだ……」


「写!」


 弟は、写は崖下へと身を投げた。とっさに手を伸ばしたが間に合わない。


「うつる……っ!」


 骨の砕ける音が響き渡った。俺は弟が永遠に手の届かないところへ行ってしまったことを知った。人間も魔族も、神族でさえも、失われた命を取り戻すことは出来ないのだ。




 俺と白龍、京は半端な『大統一』で奇怪な光景となった神界へと戻ってきた。中央の宙に浮く(みやこ)こそまだその健在ぶりを残していたものの、田畑は荒れて大地は亀裂が走り、岩盤は飛び出して森林は燃えていた。


 しかし、そんなことはどうでも良かった。俺は白龍に催促(さいそく)した。

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