0036超人類は今日も進化します
もちろん、俺には『無効化波動』がある。少し足が潜っても、それを使えば脱出は可能だっただろう。だがそれで生じた隙に写が乗じないとも限らない。間一髪、俺は戦況が不利になる事態を避けたのだ。
奴はなかなか思い通りに俺を殺せないことに苛立っていた。
「しぶといな、研磨。さっさと退場しろっ!」
「へっ、そうはいくかよ!」
俺と弟は手刀をめったやたらと振りまくり、衝撃波の連打を互いに放った。俺は耳が裂けたり脇腹をえぐられたり片足を失ったりした。一方写は右腕をもがれたり、ほとんど離れ掛けるぐらいに胴を斬られたりした。頭部や心臓への致命的な一撃は『境界認識』で正確に読み取って避けているし、お互い傷は瞬時に回復する。だがこのラリーを続けて有利なのは、やはり相手の方だった。
俺の右肘から下が切断される。その修復が遅い! 俺は長引く激痛と多大な出血により意識朦朧とした。それでも左の手で『無効化波動』を発射し、写にいったん回避させて時間稼ぎする。
ようやく右手が元に戻った。だが皮膚は薄く血管が丸見えだ。俺は呼吸を弾ませ、額に噴き出す汗を左腕で拭う。もう限界はとっくに到達してしまっていた。見上げれば、白龍と京は俺の邪魔にならないよう、神殿の屋根に避難してこちらを見つめている。
弟の方はまだまだ余裕があった。だが俺の窮状にはまだ気がついていないらしい。空中で睨み合いながら、写は兄である俺を腹立たしげに罵倒した。
「この糞が……! 何でだ、どうしてそこまでしつこく生き続ける。用済みはさっさとくたばればいいのに」
俺は奴を悔しがらせて少し得意気になった。息が落ち着くまで、もう少し時間稼ぎするか。
「そうだな……。まあ俺の命は、人の命は軽くないってことだ」
「何……」
「おめえが殺した――まあ正確には火炎魔人が、だけど――親父やお袋も、殺しかけた俺もハンシャたちも、そしておめえが復活させようとする美羅ちゃんも、更におめえ自身も。命の重さは同等なんだ。それぞれに幸せを掴む権利がある。楽しい生涯を、生命をまっとうする時間と場所が与えられているんだ」
俺は右の拳を握り締め、その回復状況を確かめる。やっと力が入るようになった。
「俺には優秀な学生だったおめえの気持ちはよく分からん。美羅ちゃんを失ったことでどれだけ精神に傷を負ったかもさっぱり分からん。分からんが、これだけははっきり教えられる。おめえは両親を殺した時点で――他人の命を奪った時点で、神様になんかふさわしくねえし、美羅ちゃんを蘇らせる資格は持ってねえってな」
写は歯軋りして俺を指差した。憤怒の表情で一言一言、俺に言葉の斬撃を送ってくる。
「散々喧嘩に明け暮れてきた研磨が、何を上から目線で喋るんだ。喧嘩さえ出来れば満足するような輩が、何の理想も目標も持たない無学なお前が、賢しげに振る舞うな」
「おっ、怒ったか? でも本当だろ。こっちは殺し、あっちは生かすなんて選別は、それこそ本当の神様でもない限りやっちゃいけねえんだ。美羅ちゃんも恋人の写がこんなひねくれ者になって、今頃天国で嘆いているだろうよ」
これには相当神経を逆撫でされたらしい。写は激怒して顔を真っ赤にし、戦闘再開を告げる一言を発した。
「死ね、糞兄貴!」
そうして固めた拳を振りかざし、俺に神速のスピードで殴りかかってくる。俺は手をかざして『無効化波動』を放つ暇もなく、頬を強打されてぶっ飛び、岸壁に頭から叩きつけられた。頭皮が裂けて出血する。激烈な痛みが走り、脳が揺れて意識が飛びかけた。
そこへ逆上した写が追撃をしかけてくる。俺が『無効化波動』をゼロ距離で発射するという脅威が頭から脱落しているらしく、接近して俺の顔面をひたすら殴打した。
「お前が美羅のことを語るな! この喧嘩マニアのくず兄貴が! 恥を知れ! 僕と美羅に土下座して謝罪しろ! 泣いて詫びろ! この、この……糞野郎がっ!」
俺はハンマーで何度もぶっ叩かれるような苦痛と激痛を味わわされながら、「そのとき」を待った。そしてそれは、思ったより早く来た。
「死ねぇっ!」
弟が左の手刀を構える。俺の頭から心臓にかけて――つまりは急所を切断し、とどめを刺すためだ。だが俺はその一瞬の隙を逃さなかった。更に進化した精密無比な『境界認識』に従い、両手を動かす。
「何っ?」
写が手刀を振り下ろそうとして果たせなかった。俺が奴の肘を両手でガッチリ捉えたからだ。そして俺は間髪入れず、両手から敵の体内に『無効化波動』を流し込もうとした。
だがそれも果たせない。何と弟は、反対側の手刀で自分の左腕を根元から切断したのだ。俺の光弾は、切り離されて血飛沫を上げる左腕にのみヒットし、写本体には波及しない。
俺は力ない左腕を放り捨てると、その場からすぐ飛んで逃れた。弟の右手による『無効化波動』が、一瞬遅れて岸壁を叩く。相手の左腕は新しくゆっくりと生えてきた。
「おのれ、研磨……! おのれ……!」
写は完全に頭にきていた。その右手が突き出される。また『無効化波動』か? だが違った。次の瞬間、それとは全く異質である黄金色の光弾が、比べるのも馬鹿馬鹿しい速度で俺を打った。
「ぐぅっ!」
俺はダルマ落としのように一瞬で右足の膝から下を失っていた。あまりの激痛に声も出ない。薙いだ空間にあるものを極小単位まで塵と化す技。これは帝王マーレイの錫杖と同じだ。それを写は武器なしでやってみせたわけだ。
奴は俺の苦しむ姿を見て、ようやく憤激のくびきから脱したらしい。大声で笑ってみせた。
「は、はは! 何だこの技は! どうやら僕はまた進化したらしいよ、研磨。『消滅波動』とでも名付けようか。これなら正確に当てれば一瞬で君を無に帰すことが出来……があぁっ!」
冗談じゃない。俺は手刀衝撃波を問答無用でぶち決めていた。それも一発ではなく、何発も、何十発も。右足がナメクジの行進のように治りつつあるのを感じながら、俺は左右の手で弟を容赦なく切り刻む。写の『消滅波動』が危険なのは、何も俺に対してばかりでない。空中大神殿の屋根から戦況を見守っている白龍と京。もし弟がそちらへ黄金の光を放てば、白龍も京も一瞬で消滅させられてしまうのだ。写にそのことを気付かせてはならなかった。
「おめえこそくたばれ、写!」
俺は衝撃波の雨あられを弟に叩きつけた。服が破け、血が舞い散り、肉が裂け、骨が断たれる。俺はこれでとどめを刺さなければやられると、一心不乱に自分の肉親を乱打した。だが奴は『境界認識』を働かせ、頭部や心臓に被弾するのを避けている。
いや、違う。これは……
俺の攻撃が一瞬鈍る。隙が出来てしまった。
「甘いね、研磨」
血反吐を吐きながら、写は黄金の光弾を放ってきた。俺は命中する寸前でぎりぎりかわそうとする。
「痛っ!」
だが被弾し、右足首の下が欠損した。たまらない痛みが脊椎を走って脳に到達する。俺は歯噛みしながら敵を見た。弟の体の傷がやや速度を落としながらも、すぐさま塞がっていく。




