フォトン防衛戦(4)
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守勢か、攻勢か。
私の頭を悩ませている内容だった。
ライサが敵の前進基地を発見したことで、こちらからネクロファージにしかけるということも不可能ではなくなった。敵が戦力を結集する前に叩いてしまい、敵に攻勢を行わせないという方法。
だが、それにリスクが伴う。敵の前進基地がひとつとは限らないのだ。もうひとつ別の前進基地があり、そこに敵が戦力を結集させ、入れ違いになってしまうと、フォトンが危機にさらされる。
だが、だからと言って完全な守勢に徹するというのも、今は防護壁で守られている住民を危険に晒す恐れがあった、レイスナイトがすり抜けでもしたら、避難民は虐殺されてしまうだろう。
「やはり、攻勢だな」
私はそう呟いて、ライサの偵察活動で判明した敵の拠点の位置を見る。
フォトンまでは街道でつながれており、移動が難しいとは思えない。恐らく敵はここに戦力を結集させてから、襲撃に当たるだろう。
その前に敵の拠点を荒らし尽くして、敵が攻勢をかけられないようにする。または、集結中の敵部隊を襲撃して、攻勢を不可能になる。
結集する敵の規模が分からないのが気がかりでしょうがないが、選択肢としてはこのようなところである。なるべくなら敵の戦力を叩いておきたいものだが、果たして、私たちの戦力で叩ける規模なのか。
「攻勢をかけてみて、難しそうだったら一時撤退してフォトンの城壁に立て籠もる。これでいいだろう。他に方法はなさそうだ」
幸いにしてフォトンの防護壁は完全に完成している。レイスナイトはともかく傀儡からは身を守れるはずである。
しかし、こういうどっちつかずの作戦は失敗する可能性が高い。守勢か、攻勢か、どちらかに絞った方がいいのは分かるのだが、敵情が完全に分からないうちに、どちらかに絞るというのはリスクが大きいことも確かだ。
「仕方ない。やれることをやるか」
私はそう考えて部隊をふたつに分ける。
ひとつは攻勢部隊。ネクロファージの前進基地を潰すために拠点から前進するための部隊である。
ひとつは防衛部隊。ネクロファージの前進基地を襲撃するのに失敗した場合に逃げ帰ってくる攻勢部隊を受け止め、かつ後を追ってくるネクロファージ軍から城壁を守るための部隊だ。
まあ、幸いにして部隊の増産は上手くいき、今では約1400体のハイジェノサイドスワームと900体のフレイムスワームが揃っている。部隊を二分しても十分にやっていけるだけの規模があるのだ。
それならやってみよう。部隊を二分し、一方をネクロファージの前進基地を潰すのに、一方をフォトンのこの拠点を防衛するのに当てるとしよう。
攻撃で主導権を握らなければ敗するとは聞いた話だ。私は敗北するつもりはない。グレゴリアが相手だろうが、ネクロファージが相手だろうが、戦い抜いて勝利を手にしてやる、ここにいる避難民を殺させないためにも。
「セリニアン、ライサ。それぞれに任務がある。来てくれ」
私は集合意識でふたりを呼ぶと、具体的な作戦立案に入った。
できれ攻勢部隊だけでケリを付けたいものだが……。
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攻勢部隊の指揮官はセリニアンに、防衛部隊の指揮官はライサに任命された。
私は攻勢部隊に同行する。セリニアンは止めたものの、自分で始めたことは最後まで自分で見守らなければ。それに攻勢部隊に自分がいれば、攻勢部隊を見捨てるような命令は絶対に出さないはずだ。
私たちは軍勢となって目的の都市を目指す。
すると、やがて目的の街が見えてきた。ということは、相手からもこちら姿が見ていることになる。さあ、いよいよ敵が仕掛けてくることになるぞ。
「セリニアン。警戒だ。敵は既に我々に気付いていると考えた方がいい」
「了解しました。全軍に徹底します」
敵が警戒に入ったのを知らせるように城門が閉じられる音がする。だが、城門を閉じたぐらいでこちらをどうこうできるとでも?
セリニアンが率いる部隊が城門に殺到する。それと同時にフレイムスワームたちが前方に躍り出てうろたえるレイスナイトをよそに自爆した。
その自爆によって城門は崩壊し、瓦礫の山となる。自爆の直撃を受けたレイスナイも木っ端みじんだ。これで城壁の守りは貫いた。
「前進だ! 前進せよ! 女王陛下のために!」
「女王陛下のために!」
それに続いてハイジェノサイドスワームを引き連れたセリニアンの部隊が突撃を開始する。撃ち抜かれた城門から、多数のハイジェノサイドスワームとそれを率いるセリニアンが乱入する。
それを迎え撃つようレイスナイトと傀儡たちが城門の押し寄せてくる。計算通りだ。
「地下班。始めろ」
私が命令を下すと、都市の城壁内になるあらゆる下水道の出入り口が開き、そこからジェノサイドスワームが這い出してきた。
伏兵とでもいうべきだろうか。私は正面からの突破に連携させて、下水道内に隠しておいた兵力を表に出した。これで敵は内部の敵と外の敵の両方に立ち向かわなければならなくなるというわけだ。
こうなれば私たちの勝利は約束されたも同然。
セリニアンたちがレイスナイトを引き裂いていき、ハイジェノサイドスワームがネクロマンサーを八つ裂きにし、フレイムスワームが傀儡たちを燃え上らせて火葬にする。
次いで、拠点内に施設の破壊を始める。
ネクロファージの労働ユニットは骨細工家と呼ばれるユニットであるが、この戦場には姿が見えない。ということは、敵あ再びここを前進基地にするためには、骨細工家を呼び寄せなければならなくなる。それは大きな時間のロスだ。
その間に私たちは暴れまくる。
向かってくるレイスナイトは八つ裂きにし、ネクロマンサーを狩り出して炎で燃やし、あらゆる敵を皆殺しにしていく。これでこの前進基地はお終いのはずだ。敵の勢力がこの基地から私たちが拠点とするフォトンを狙うことはなくなる。
そのはずだった。
「女王陛下、敵の増援です。西の方角よりかなりの規模の敵部隊が迫っています」
「了解した。確認する」
私は敵を見つけたというスワームの視点に意識を集中する。
「……これは……」
敵の増援の規模はちょっとしたものではなかった、相当な規模の増援が、1万、2万という規模の増援がこの前進基地に迫っていた。もはや数え切れない規模と称すのが正しい規模の敵が迫っている。
「セリニアン! 今すぐに接収だ! ここで戦っては敗れる! ライサのいる場所まで脱出だ!」
「了解しました、女王陛下!」
セリニアンは私の命令にすぐさま応じ、率いてきたスワームたちの撤退を急がせる。ハイジェノサイドスワームとフレイムスワームの両方が逃走を始め、私もハイジェノサイドスワームの1体の背中に飛び乗って撤退を始めた。
「セリニアン! 君も急げ!」
私はまだ脱出していないセリニアンをせかす。
「私は殿を務めます! 女王陛下にあの不浄なものたちの手が及ばぬように!」
その言葉の通り、セリニアンは殿を務めた。ハイジェノサイドスワームの背中に飛び乗り、迫りくるレイスナイトたちを切り倒していき、敵が私たちを追撃するのを不可能にしていく。
次から次に迫るレイスナイトが切り捨てられ、セリニアンに時折ランスで傷を負わせ、セリニアンが必死に戦い続けてレイスナイトの数は次第に減っていった。
これによって私たちの安全は保たれた。
だが、セリニアンは連戦に次ぐ連戦で疲れ果てている。これ以上、彼女を酷使するわけにはいかないだろう。
フォトンでの防衛線では私とライサたちが主体となって行動しなければ。
フォトンの民衆を守るためにも、セリニアンたちを守るためにも、私たちが戦わなければならない。願わくば、私たちが勝利がありますことを。
私はそう考えながら拠点へと逃げ去るハイジェノサイドスワームの背中で、疲れ果てているセリニアンを見つめた。
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