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金庫の中の蜘蛛

「大変お待たせいたしました。どうぞ、お入り下さい」

 宝物庫の扉が開き、ワットウッド翁がまず中へと入る。それに続く形でグレッグ、ジェンソン刑事が入り、そして最後にエミルとアデルが入室した。

「……っ」

 アデルは三度、絶句する。

 そこにはあちこちに、ギラギラと光る美術品や金塊が積まれていたからだ。

「皆様は紳士とお見受けしておりますし、あり得ないこととは思いますが、この部屋の物には一切、お手を触れないようお願いいたします」

「え、ええ。勿論」

 壁に飾られた、金糸で編まれた蝶ネクタイに腕を伸ばしかけたアデルは、慌てて引っ込める。

「こちらに飾っておりますのが件の黄金銃、イギリス拳銃ウェブリーの全パーツを黄金で拵えたものです。

 勿論、易々と盗まれぬよう、こうして合金製の箱に鍵をかけて収めております」

 そう前置きし、ワットウッド翁は箱の鍵を開けようとした。


「待って」

 と、それをエミルが止める。

「如何されました、お嬢さん?」

 自慢の一品を披露しようとしていたワットウッド翁は、当然むっとした顔をする。

「ワットウッドさん。今、その鍵を開けたらあなた、殺されるわよ」

「何ですって?」

 エミルは拳銃を取り出し――グレッグに向けた。

「な、何するんですか!?」

「お芝居はそこまでよ、グレッグ・ポートマンJr。……いいえ、イクトミ」

「は……?」

 目を白黒させるグレッグに、エミルはこう尋ねる。

「どこからどう見ても、片田舎の三流アメリカ紳士。そんなあなたが、どうしてフランスの諺なんか知ってたのかしら?」

「え?」

「『何一つ失敗せざる者は何一つ行動せざる者である(Il n'y a que celui qui ne fait rien qui ne se trompe jamais)』よ」

「あ……と」

「フランスびいきが仇になったわね、キザったらし」

「い、いや、ミヌーさん」

「あと、もう一つ。あなたは少なくとも昨日までは、右利きだったはずだけど? ポートマン邸でご飯食べた時、右手でフォークをつかんでたし。

 そんなあなたがサルーンに寄って以降は、左手にフォークを持って、左手でかばんを提げて。

 まるで列車に乗った途端、人が変わったみたいじゃない。『入れ替わりました』って言ってるようなもんよ」

「……」

「極めつけは、ここの廊下。

 昨夜、ポートマン邸の地下にいた時は普通に歩いてたのに、ここじゃずっと、壁に右手を付いてたわね。裸眼じゃ右に何があるか分からないくらい、目が悪いみたいね」

「……マジでか?」

 ジェンソン刑事も拳銃を取り出し、グレッグに向ける。

「……」

 ワットウッド翁は目を剥き、箱を抱きしめるように構える。

「逃がしゃしないぞ、言っとくけどな」

 アデルはいつの間にか、部屋の出入口に陣取っている。

「……ふ、ふふ」

 と、グレッグが笑い出す。

 その声は今までの頼りないものではなく、フランス訛りをわざと付けたような、勿体ぶったものに変わっていた。

「失礼、マドモアゼル。少々お待ちいただきたい」

「その二重あごでもはがすつもり?」

 エミルは拳銃を構えたまま、相手のあごをぐい、とつかみ、引きちぎった。

「いだっ……」

「そう言うの、もう飽きてんのよ」

「ああ、局長のお家芸だからな」

「……つくづく人の見せ場を奪ってくれる方々だ」

 あごをさすりながら、グレッグだったもの――イクトミはそうつぶやく。

「しかしどうか、せめて普通には、変装を解かせていただきたい」

「どうぞ。さっさと脱ぎなさいよ」

「……ええ」

「ちょっと聞くけどな」

 と、アデルが尋ねる。

「本者のポートマンJrはどうした? その服と言い、かばんと言い、彼が持っていたものに見えるんだが」

「彼なら生きていますよ。ただ、人目に出られない格好ですので、今日、明日は貨物車の中で、ジャガイモやオクラなどと一緒に潜んでおられることでしょう」

「殺してないんだな?」

「不要な殺人は、しないに越したことはありませんからね」

「ポートマンSrは殺したくせに、か?」

 この質問にも、イクトミはしれっと答える。

「彼の場合、黄金銃のある部屋の鍵は、彼しか持っていなかったもので」

「じゃあワットウッド氏も……、か?」

「状況が同じなら、結果も然るべきでしょう」

「……ふてぶてしい奴め」

 ジェンソン刑事はイクトミをにらみながら、手錠を懐から出した。

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