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7.魔法の行使

 


 目の前で唸る狼の様な魔物を睨みつけ、ベンはこの状況の打開策を考える。


(くそっ!今の俺は魔法も使えないし体のスペック的に逃げ切ることも難しい!どうする・・・!)


 魔法の使えるアーニャは地面に強く投げ出された衝撃で気を失っており、年長のミーシャは腰を抜かしながら後ずさるだけで役に立たない。


(どうしてこんな所にノーブルウルフがいるんだよ!)


 ノーブルウルフ、それは冒険者の中で剣士殺しと呼ばれ恐れられている魔物である。漆黒の体毛に覆われ、狼に似た姿をしているが体長は二メートル強と、並の狼の二倍以上の大きさがある。


 そしてノーブルウルフは獣特有の俊敏性に魔力で強化された強靭な肉体を兼ね備え、人間の胴程もある剛腕から放たれる必殺の一撃は幾人もの冒険者を屠ってきた。さらに生半可な攻撃は硬いノーブルウルフの体毛と筋肉に阻まれその身を傷付けることは無く、気付けば逆に己が傷を負わされている。


 それだけならまだ良かった。しかし真にノーブルウルフが恐れられる理由は他にある。


 それはノーブルウルフの超速再生という特性にある。仮に攻撃が通りノーブルウルフに傷を負わせたとしても即座に傷は癒え、振り出しに戻る。ノーブルウルフを死に至らしめるためには唯一再生出来ない心臓部にダメージを与えるしかない。


 だが剣士が硬い体毛と筋肉を貫き心臓部にダメージを与えるのは至難の技であり、相性が悪い。逆に相性が良いのは再生する間も与えない高火力の、“ベン”の青い炎のような魔法である。


(俺が“ベン”の魔法が使えればこんな魔物消し炭に出来るのに!)


 己の不甲斐なさに嫌気が差しそうになるベンだったが、ノーブルウルフが最初のアーニャを狙った一撃以降何かに警戒しているのか一歩も動いていないことに気付いた。


(こっちは子供二人に腰を抜かしてる女一人だぞ?何に警戒してるんだ?)


 ノーブルウルフはその場で足踏みをしながらこちらに向かって唸るだけで一向に襲ってくる気配が無い。そんなノーブルウルフの姿に平常心を取り戻したのかミーシャがローブの裾を掴んでこちらに音を立てないように小走りで近付いてくる。


「おい、なぜあいつは俺達を襲ってこない」

(なんでノーブルウルフは俺達を襲ってこないんですか?)


「た、多分ベン様の保有魔力を警戒しているんだと思います。魔物は基本的に魔力探知に長けていますから」


 ノーブルウルフを刺激しないように小声で問いかけたベンに、ミーシャは気絶しているアーニャを抱きかかえ、ベンの傍に寄り耳元で囁いた。


「ならあいつがこのまま引く事も?」

(じゃあこのままやり過ごす事も?)


「多分、無いです。ノーブルウルフはプライドの高い魔物なので警戒する程度では引く事は無いと思います・・・」


 やり過ごす事はほぼ不可能であると告げられたベンは舌打ちをし思考を巡らせる。


(あいつが引かない以上全員が生き残るには倒すしか無い、よな)


「お前の魔法であいつを倒せるか?」

(ミーシャさんの魔法であいつを倒せますか?)


 ベンは駄目元でノーブルウルフを倒せるかミーシャに問い掛ける。


「む、無理です・・・。私は魔力も少ないですし、変換資質持ちでも無いので・・・」


 しかしミーシャからの返答は否。ベンは予想通りの言葉にそりゃそうだよな、と内心で苦笑いする。そして天を仰ぎ息を吐く。


(もうこれしかない、か)


 ベンはこちらを不安そうに見るミーシャと、ミーシャに抱きかかえられ未だに目を覚ます気配の無いアーニャに目を遣った。


(俺が囮になる)


 ベンは立つことが出来ないほどの痛みを発する自らの足を見て自嘲する。


(あいつから警戒されてて、なおかつ歩けないんだもんな・・・。死にたくないけどこれが最善なんだよな)


 自らの境遇の理不尽さに悪態を吐きそうになる気持ちを必死に押さえ込み、ベンはノーブルウルフに向き直った。


「おい、お前はそいつを連れて逃げろ」

(ミーシャさん、アーニャを連れて逃げて下さい)


 背後にいるミーシャに向かってそう言うとベンは足の痛みを無視し立ち上がる。


「なっ!駄目ですベン様!!そんなこと!」


「黙れ!そいつを連れてさっさと逃げろ!」

(うるさい!アーニャを連れて早く逃げろ!)


 ミーシャの声に反応したノーブルウルフは前傾姿勢をさらに深くし、いつでも襲い掛かれるようにする。それを見たベンは悠長にしていられないことを察して語気を荒げる。


「でもっ!」


 それでも食い下がるミーシャに苛立つベンだったが、自分を案ずるミーシャにほんの少し、嬉しいと感じてしまう。しかしそれでもミーシャとアーニャをここに居させる訳にはいかない。それにベンに勝算が無いわけでは無い。


「屋敷の人間に知らせてザイードを呼べ」

(屋敷の人に言ってザイードさんを呼んできて下さい)


 ザイード。それはヒルウェスト家に長年仕える妙齢の魔法使いで、二年前の事件の際“ベン”を止めた男である。


 ザイードであればノーブルウルフ程度であれば倒すことが出来る、と踏んだベンはザイードが来るまでこの膠着状態が続くことに希望を見出した。


「それに俺があんな獣如きに遅れを取るとでも?」

(それに俺はあんな獣なんかに負けませんよ)


「っ!わ、わかりました・・・。でも絶対に無茶はしないで下さいね!すぐに呼んできますから!」


 ベンの強がりに、死兵になろうとしているのでは無いとわかったミーシャは渋々だがベンに従い、背後にある森にアーニャを抱えて駆け出した。


(あとは時間を稼ぐだけ・・・?なんだ?何かおかしい・・・)


 遠ざかるミーシャの足音にここからが正念場だと気合いを入れるベンだったが、ノーブルウルフの目を見た時、違和感を覚えた。


(なんであいつは俺を見てないんだ・・・?逃げるあの二人に気を取られるのもわかるけどお前が今まで散々警戒してきた俺が目の前にいるんだぞ?)


 心の中でノーブルウルフにそう問い掛けたベンはさらに思考を巡らせる。


(そう言えばあいつは俺から離れていて、なおかつあいつの近くにいたはずのミーシャを襲う所か目もくれずに俺を見ていたな・・・。いや、あいつが見てたのは俺なのか?本当に見てたのは・・・っ!)


 ベンの思考がある答えを出したと同時に、ノーブルウルフが遂に動いた。


「ミーシャ!!こいつの狙いはアーニャだ!!」

(ミーシャさん!!こいつの狙いはアーニャです!!)


 ベンはそう叫ぶと目の前のノーブルウルフを無視し振り返る。まだ森の中にはいるものの、ベンとの距離がさほど離れていなかったミーシャはベンの声を聞いて振り返り、顔を青ざめさせ固まった。


 そしてノーブルウルフはベンの叫びに呼応するかの様に、地鳴りのような雄叫びを上げ、今までの膠着状態が嘘だったかのようにミーシャとアーニャをとてつもない速さで追う。


 自身に迫るノーブルウルフを見たミーシャはすぐに硬直状態から脱し、また屋敷に向かって駆け出した。しかしアーニャを抱えた状態のミーシャでは当然逃げ切ることなど不可能で、瞬く間に距離を詰められる。


「屈め!」

(しゃがめ!)


 ミーシャとアーニャを射程圏内に捉えたノーブルウルフは後ろ足に力を込め跳躍する。そのモーションを見たベンは森に向かって足を引きずりながら叫ぶ。


「きゃあ!」


 ベンの声に反応したミーシャは身を屈め悲鳴を上げた。その頭上をノーブルウルフの腕が轟音を上げて通過する。


 辛うじて避けることが出来たミーシャであったが、ノーブルウルフは恵まれた体幹を使い何事も無かったかのようにミーシャとアーニャに向き直ると、もう一度吠えた。


 屋敷への道を塞がれたミーシャは今度はベンに向かって駆け出す。それを見たノーブルウルフはノーモーションでミーシャに肉薄する。


「また来るぞ!」

(また来ます!)


 もう一度ミーシャとアーニャを射程圏内に捉えたノーブルウルフはまた後ろ足に力を込め跳躍する。そしてミーシャはまた屈みノーブルウルフの攻撃を避けようとした。


 しかしノーブルウルフも学習したのか先程のように横薙ぎでは無く、斜め下から掬い上げる様にして腕を振り上げる。


 当然屈んだ状態のミーシャがそれを避けられる筈もなく、森の中からベンのいる荒地まで吹き飛ばされ、ベンの傍に叩き付けられた。


「ミ、ミー、シャ?」


「ミーシャ!!」

(ミーシャさん!!)


 吹き飛ばされた衝撃で意識が戻ったアーニャはミーシャの腕の中でミーシャを揺すっている。ノーブルウルフの攻撃を受けてもなおアーニャを離さなかったミーシャの執念にベンは驚くと同時に、ミーシャの傍により安否を確認する。


「だ、大丈夫、です・・・。怪我、は無いです、か?アーニャ、様」


 ミーシャはそう言うとアーニャを離し、痛む身体に鞭を打って立ち上がる。アーニャは状況を把握し切れてはいなかったが、そんなミーシャの姿を見て涙を流しながらミーシャのローブに縋り付いた。


 涙を流し自らに縋り付くアーニャの姿を見たミーシャは、痛みに耐えながらもアーニャを安心させる為に微笑みかける。


「お前!血が!」

(ミーシャさん!血が出て!)


 立ち上がったミーシャを見たベンは、ミーシャのローブに残された三本の爪痕からおびただしい出血をしていることに気付いた。


「あはは、ドジッちゃいました・・・」


 自分の背に手を回して出血を確認したミーシャは曖昧に笑いながら目に涙を溜めてベンを見る。


「私、何しても、駄目、ですね・・・。女、だから、ベン様を、守らないと、って、思っても、怖くて、守る力なんか、無くて・・・。任せて、もらった、ザイードさんを、呼びに行く、ってことも、出来なくて・・・。ごめん、なさい。ごめん、なさい・・・!」


 とめどなく溢れ出る涙を土と血で汚れたローブの袖で必死に拭いながらミーシャは途切れ途切れの言葉でベンに懺悔する。そんなミーシャの痛々しい姿を見てベンは拳を握る。


(悪いな、“ベン”。俺がお前になってからミーシャさんを泣かせてばっかりだわ)


 森から飛び出してきたノーブルウルフはベンたちの頭上を飛び越え、荒野のど真ん中に着地した。そして爪についたミーシャの血を舐めながら、あとは甚振るだけだと言わんばかりに悠々と近づいてくる。


(お前の魔法が使えなかった時、易々と使えるわけ無いって諦めてた。仕方ないって、俺は努力してないからって。でもさ、今はお前の力が欲しい。死ぬほど欲しい。あの畜生を消し炭に出来るお前の力が)


 遂に立っていることも出来なくなったミーシャは膝から崩れ落ちそうになる。それをミーシャのローブの袖を握っていたアーニャが抱きとめ、地面に横たえる。地面に横たわり浅く息をするミーシャを横目に、ベンは身体に流れる膨大な魔力を右手に集中させる。


(勝手に体を奪っておいて何だけど、口が悪いのも、俺が言いたい事を言わないことも、態度が悪いことも全部許容してやる。だから今だけは俺に力を貸せ!)


 ベンたちとの距離をゆっくりと縮めるノーブルウルフに向かってベンは、はっきりとした足取りで歩を進める。


(イメージするんだ。あの日の炎を、青い炎を!)


「ベン、様・・・」


「お、お兄様・・・」


 ミーシャとアーニャの声も今は耳に入らない。ただイメージするだけ。自身の、“ベン”の誇る最強の魔法を。ノーブルウルフを一撃で屠ることが出来る魔法を。






 その時周囲の温度が変わった。春先特有の暖かさは形を潜め、真夏の様な熱さを感じさせる。ミーシャは首だけを動かしその熱源に目を向ける。


 そこにいたのは目視できる程の高濃度の魔力を右手に集めるベンだった。ベンの右手で唸りを上げて逆巻く魔力は熱を帯び、大地を焦がしている。


 先程まで余裕を見せていたノーブルウルフは今では全身の毛を逆立たせてベンを威嚇するが、怯える本能には逆らえないのか身体が小刻みに震えている。そんなノーブルウルフの姿を見ても今は何の感情も抱かない。ただ、イメージする。


 そしてベンとノーブルウルフとの距離が数メートル程になった時、ベンは足を止め、右手をノーブルウルフに向けて掲げる。


 その瞬間逆巻く魔力は掌の中央に収束し、青い炎を生み出した。その炎は形を丸め徐々に膨張し、人間の大人程の大きさにまで膨れ上がる。


 遂に恐怖に耐え切れなくなったのかノーブルウルフはベンに背を向け逃げ出そうとする。しかしベンはそれを許さない。


「ファイヤーボール」

(ファイヤーボール)


 気怠げに呟かれた一言。それは大気を焦がしてノーブルウルフに肉薄する炎の音にかき消された。


 自身に向かって放たれたファイヤーボールを身を翻すことで辛うじて直撃することは避けられたノーブルウルフだったが、その射線上に残った下半身は無事では済まず、一瞬で消し炭となった。そして外れたファイヤーボールは轟音を上げて、荒野にまた一つ巨大な穴を作ってみせる。


 半身を失ったノーブルウルフは前脚を器用に使いベンから遠ざかろうと必死に藻掻いている。


「無様だな」

(無様だな)


 ノーブルウルフの超速再生も一瞬で半身を吹き飛ばされたことにより再生が遅れ、血管と筋繊維の蠢くグロテスクな様相を呈している。


 ベンは地べたを這うノーブルウルフの上半身に右手を向け、もう一度魔力を込める。先程のファイヤーボールがまた目の前で生成されていることに自分の死を悟ったノーブルウルフはベンに唸るような怨声を上げる。


「黙れ」

(うるさい)


 慈悲も容赦も無い声でノーブルウルフの最後の抵抗を切り捨てたベンは、無表情でファイヤーボールを放った。



それよりもあべこべ要素がまだ匂わす程度にしか出せてない件について謝罪しますすいません!

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