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14.誰が為の悪

今回からサブタイトルをつけました。

ほぼ自分で読み返す用みたいなものなのでわかり辛いかったらすみません。

 

 アーニャが地下牢から出された日の深夜、ドイルはマリィの私室を訪れていた。既に寝間着姿になって就寝の準備を終えていたマリィはベッドに腰かけており、目の前に立つドイルに一瞬怪訝な顔を向けるが、夫が浮かべている悲し気な表情に呆れの様な、喜びの様な曖昧な感情を抱く。


「こんな時間にどうしたの?あなた」


 ドイルが言わんとしている事は既にわかっていたが、敢えて聞くことによって夫からの愛情を確かめたいといった初心な乙女の様な心情が働いたマリィは返答を待つ。その心情を察してかドイルは気遣う様な視線で妻の頬を一撫ですると口を開いた。


「大丈夫か?」


 余りにも端的な言葉に不意に最近様変わりした愛しい息子の顔を思い浮かべてしまったマリィだったが「きっと夫に似たのね」と微笑ましく思う。


「何の心配もないわ。あなたこそ思いつめ過ぎていない?」


 心の中で今尚燻っている感情に蓋をして、夫に要らぬ心配を掛けないように努めて冷静に返答する。そして逆にドイルを心配する様な声色で問い掛ける。しかしドイルはそれを話題逸らしと判断し、嘘は許さないといった真剣な表情で口を開く。


「俺のことはいいだろう。俺はお前が心配なんだ」


 自身に向けられる言葉に嘘偽りのない沈痛の念を感じたマリィは少しだけ目を伏せると悲し気な表情を浮かべて縋る様にドイルの手を取った。そこから感じる熱に救いを求めたマリィは思わず目頭から涙が零れてしまいそうになる。


「少し、少しだけ、辛いわ・・・。あの娘は似すぎているんですもの・・・」


 掠れた声で呟かれた言葉は静かな部屋に染み渡り、僅かな残滓も残さず消えていった。その様を「まるでお前の想いの様だ」と心の中で思ったドイルは、添えられた手を悲痛な表情で撫でていたが「でもね」という声に手を止め妻と目を合わせる。


「約束したからには私が弱音を吐く訳にはいかないでしょう?」


 そこには遠い過去を懐かしむ様に、優し気に微笑むマリィの姿があった。その双眸には強い決意の念が宿っており、誰にも犯すことの出来ない神聖な輝きを放っている。そしてドイルも約束、という言葉に「あぁ」と呟くと遠く見つめ、過去に思いを馳せた。


「シャーリー、か」


 それは輝かしい過去であった。誰もがまだ見ぬ未来へ思いを馳せながら友と手を取り合って駆け抜けた色褪せぬ栄光の日々。時には喧嘩し、しばらく口を利かないこともあった。それでも最後には笑い合ってまた共に歩き出した。大人になって立場が変わってしまったとしても三人の繋がりは永遠なのだと信じて疑わずに。きっとまた笑い合える日々が来ると。


 それは一体何処で狂ってしまったのか。何度も考えては同じ結論へと至り、矛先の無い怒りと悲しみだけが手元に残ってしまった。どうしてあの時俺は、私はと共に涙を流しながら後悔した消し去りたい過去。


「きっとシャーリーの方が辛かったはずですわ。愛する娘を取り上げられ、そしてその娘に厄災の禍という烙印を押されたのですもの」


 マリィはそう言うと一筋の涙を流すとまた俯いてしまった。きっと自分と同じことを考えているのだろうなと思ったドイルはマリィの言えなかった言葉を代弁する様に口を開く。


「『真の愛を知らぬ子』か。今まで予言は神聖で絶対のものだと思っていたのだがな。今ほど予言を憎いと思ったことは無い」


 そう言い切ったドイルに一瞬身を揺らすことで反応したマリィであったが、結局は俯いたままであった。そんな姿を見てしまったドイルは心を鬼にして、最愛の妻を守る為に自分でも反吐が出るような提案をする。


「俺は、お前が自分を犠牲にして、辛い思いをしていることに耐えられないっ・・・!だから今から俺がお前の代わりをしてもいい!最悪、もう、諦めてしまっても「駄目よ!」・・・マリィ」


 しかしそれは他ならぬ妻からの夜の帳を引き裂くような強い声に否定されてしまう。持ち上げられた顔に浮かぶのは悲痛なまでの決意、そして自身の手に奔る鋭い痛みからもわかる明確な怒りであった。


「私は憎まれてもいい!それだけのことをしてきたんですもの!ただ、あの娘だけは、シャーリーが残した想いだけは死なせたくないっ・・・!あの娘が何をして何をするって言うの!?あんな小さな娘に何が出来るっていう言うの!?ただ、本当のお母さんに会いたいだけの娘じゃない・・・。そんな娘が厄災だなんて、そんな理由でっ・・・!」


 徐々に尻すぼみになっていく涙声に心を鷲掴みにされた様な感情に支配されたドイルは「やはり、諦めてはくれないか」と諦めにも似た声色で呟く。しかしその顔には自身の提案が否定されたにも関わらず僅かに安堵の笑みが浮かんでいた。依然妻の苦しみをどうにかしたいという思いはありながらも、自身の愛した妻が拒否することは目に見えてわかっていたからだ。ただ知って欲しかったのだろう。君は一人ではないと、俺もいるのだから頼って欲しいと。


 過去、何度もお前の代わりにシャーリーを、そしてアーニャを貶めさせてくれと懇願してきた。誰もいない場所で静かに涙を流す妻を見る度に。しかしそれは毎回「あなたはあの娘の味方でいてあげて」と言う儚い声に拒まれていた。だから少しでも気が楽になればと憎まれ役を買ってでも逃げ道を提示する。それが寄り添うことしか出来ないドイルに許された唯一の贖罪なのだから、と。


 そんな心情を知ってか知らずか、マリィはポツポツと、言い聞かせる様にドイルへと自身の想いを語る。


「それにあの娘はシャーリーに似すぎているの。あの顔も、自分の大切なものを傷つけられたときの反応も。あの娘を失ってしまったら今度こそシャーリーとの思い出が全部消えてしまう気がするの。そうなればきっと私はもう二度と笑って生きていくことなんて・・・」


 それ以上の言葉は言うことが出来なかった。もういい、と言わんばかりの力でドイルがマリィを抱き締めたからだ。突然のことに涙を止め、目を瞬かせたマリィであったドイルの真意に気付いたのか「もう」と優しく言いながら震える夫の背に手を回し、同じく抱き締める。


「私はきっとやり遂げてみせるわ。例えこの選択が間違いであったとしても。貴族の女としてではなく、たった一人の馬鹿な女の、もっと馬鹿な友達としてね」


 それだけ言うとマリィは夫の背を一撫でした後身を離し、名残惜しそうにしているドイルに微笑んだ。ドイルは「わかった」とだけ言うと不貞腐れたようにマリィのベットに腰かけた。そんなドイルの子供の様な態度に愛おしさと呆れとを同時に感じたマリィは「それに」と言葉を続ける。


「あの娘はベンが守ってくれるのでしょう?」


 その言葉でドイルの脳裏に浮かんだのは自分たちの息子。命を狙われているアーニャを守るために敢えて地下牢で匿っていたことを看破してか、誰かからの入れ知恵か「自分が守るから出してやって欲しい」と頼んできたベン。ドイルは最初自分のことを案じてくれたが故の頼みかと思っていたのだが、ザイードからの話、そしてマリィが本人から確証を得たことからベンの真意を知ることが出来た。しかし親心としては複雑なのも事実。息子が茨の道を歩まんとしていることに異を唱えたい気持ちが強い。


「本当に、良かったのだろうか。あの子に任せてしまっても・・・」


 弱気なドイルの呟きに感化されてか、同じ不安な気持ちを抱いていたはずのマリィは敢えて強気な発言をする。


「ヒルウェスト家の次期当主として、次期辺境伯としてアーニャを守るということは王国への反逆とも取れる行為ですわ。それ程までの覚悟を述べたのですから私たちが口を出すのはベンの覚悟に対する侮辱になってしまうのではなくて?それにベン一人に全てを押し付けるわけではありませんわ。ベンの手に負えない外的要因、他の貴族や騎士団からの嘆願と言う名の抹殺命令などはこちらで排除すれば良い話ですもの。あくまであの子に守ってもらうのは不測の事態、先日の魔物の件や学園に行った時などだけ。それに、私たちの息子で、あの娘の兄なのですわよ?きっと約束を違えることなくしっかり守ってくれるはずですわ」


 そう言うとマリィはベッドに身を横たえドイルに聞こえないように「大丈夫」と一言呟き目を閉じた。


「そう、だな。俺たちがしっかりしていればベンへの危険も減るだろう。あの子を信じることにしよう」


 マリィの言葉を聞いた今でもまたこの選択で後悔をしてしまうのではないか、息子を失ってしまうのではないかといった不安は依然消えずに胸の中に溢れている。しかし結局の所アーニャは既に地下牢の外、自由の身になっているのだ。であるからして、今更もう一度地下牢へ戻すという惨い選択を取れないドイルには信じる道しか残されていない。

 そう思い込むことで何とか不安に蓋をすることに成功したドイルは、自身の隣でベッドに横たわる妻の姿を見てマリィが疲れていることを察し、そろそろ戻るかと腰を浮かす。そしてマリィの頬に口付けを一つ落とし冷たい空気に満ちた廊下へと出ようとした時、マリィが身を起こし「あと」と声を出した。


「あなた、一人称が昔みたいに俺に戻ってるわよ。ベンが真似したらどうするの?」


 思わぬ指摘に一瞬何のことを言っているのかわからず扉の前で固まってしまったドイルであったが、マリィの表情に悪戯に成功した童女の様な色が浮かんでいることに気付き、最後の最後で一本取られたなと恥ずかし気に咳ばらいをした。


「そうだったな。私としたことがうっかりしていた」


「昔のあなたの女勝りな言葉遣いも格好良かったけど、今の落ち着いた感じの方が良いわよ」


 マリィからの追撃の言葉で不意に頬に熱が集まる感覚がしたドイルは足早に部屋から退出した。これ以上何かを言われたら恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだったからである。そして廊下に満ちていた冷気で頭と頬を冷ましたドイルはマリィのいる部屋を一瞥した後、自室へと歩を進める。その際背後から声が聞こえた様な気がしたが、気のせいであろうと気に留めることはなかった。


 数分後、自室に戻ってきたドイルは寝支度をしながら、自身の机に仕舞った水晶と一枚の紙のことを考えていた。それはベン、アーニャ、ミーシャが襲われる様を映した遠見の水晶と何者かから送られてきた手紙。内容は至ってシンプルなもので、たったの一文『真の愛を知らぬ禍の子は龍印の元に世界へ厄災を齎し、長きに渡る惨禍の時代を築くであろう』とだけ書かれた物であった。その一文は誰よりもドイルとマリィが知っている、アーニャに掛けられた呪言とも呼べる予言。今更何が目的でこの手紙を送ってきたのかは定かではないが、遠見の水晶が付随している時点で警告の意で書かれたことは確かである。


「ままならないものだな」


 灯りの消えた部屋でドイルは天を見上げながら己と、身近な者の不幸を呪うように一言呟いて瞳を閉じた。


 後に残ったのは部屋を満たす静寂と引き出しの隙間から零れる儚い光のみであった。





「ありがとう、ドイル」


※この夫婦はこの世界では美男美女です。

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