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無名の剣士  作者: むー
第一章
5/31

4

 その後の授業をどう過ごしたのか記憶にないほどだ。気づいたら放課後の時間になっていた。

 

 とりあえず身支度をすませて教室を出ようとしたら、心配そうに香奈が顔を覗かせてきた。

 

「なんだよその顔。俺が負けるとでも?」

「そうじゃないんだけど、怪我させないでよね」


 そっちかよ。


「はいはい。まぁ香奈も準備しておけよ? 放課後付き合う約束してたんだからさ」

「えっ? でも……」

「ダブルブッキングさせちまったのは悪かったと思ってるけど、すぐ終わらせるからよ」

「すぐ、終わるかなぁ?」


 あの様子では簡単には諦めてくれないだろう。


「すぐに終わらすんだよ。動けなくさせれば終わりだ」


 何かとんでもないことを聞いた気がする。


「ほんと、怪我だけはさせないでよね?」

「…………」


 返事が返ってこないところが心配になるが、多分大丈夫だろう。渚が優しいのは誰よりも知っている香奈だ。


「先着替えてグラウンドいろよ。カナまでいると注目浴びすぎてうざってぇ」


 そう言われて離れようとした時に瑠璃子が見えた。


「渚さん丁度よかった。一緒に行きましょう」


 昼休みの気迫はどこへやら、なんとものんびりした感じだ。


「たしかに丁度よかったな。ってことでカナ、先行ってろ。すぐに行くから」

「あれ? 一緒に来ないんですか?」

「別に付き添いなんていらねーしな。カナはカナで部活なんだよ」

「そうですか……」

 

 何故か残念そうにしている瑠璃子だ。


「香奈さんは何部なんですか?」

「ウチは陸上部だよ。走るのだったらなんでもオッケー」

「そうなんですか! すごいですねー。私は走るの苦手で……」

 

 にこやかに世間話が続きそうである。


「おい、いつまで喋ってるつもりだ。さっさと行くぞ」


 そう言いながらもう随分と前に進んでいる。さらにスタスタと本当に置いて行きそうだった。

 慌てて後を追う瑠璃子だったが、渚が急に振り返る。


「あぁカナ。すぐ終わらせるから後でアップ手伝ってくれ」


 そう聞いて香奈は物凄く嫌そうな顔をした。暗に瑠璃子との試合は準備運動にすらならないとほのめかしているからだ。

 何も本人の前で言わなくてもいいでしょうと目で訴えてくるが気にしない、また歩き出す。


「私との試合は準備運動にすらならないですか?」

「さて、そいつはお前次第だ」

「私は絶対に諦めませんよ」


 その気合はいつまで続くか、とは言わなかった。


 こうして剣道場についたのだが、中に入って以外に思った。

 昼休みの話しだと部員の数が少ないように言ってたのだが、二十人くらいはいそうである。


「部員多そうに見えますけど、男子ばっかりなんです」


 気を利かせてくれたのか、少し残念そうに話す瑠璃子だ。


「なるほどな。ところで、オレが使えそうな防具はあるか? 自分で言うのもなんだが、オレは身長低いからな」

「ど、どうでしょう。渚さん自分の防具は?」

「持って来てるわけねーだろ。剣道なんてする気なかったんだからな」

「そ、そうですよね。ちょっと探してきます」

「無ければ無いでいいんだけどな。どうせ打たれないし」

「…………」

「まぁオレが良くても、防具つけてない相手には打てません、本気出せませんって言い訳されたらかなわないからな」

「…………」


 挑発しすぎたのか、無言になってしまった。

 しかし渚は一向に気にしない。わざわざそうなるように仕向けているのだから。


 冷静さを失えば剣が鈍る。これは常識である。

 瑠璃子には悪いが、やはり速攻でケリをつけたいのだ。


「渚さん、これはどうでしょう?」


 そうこうしていると、瑠璃子が防具を持って来た。

 付けてみると、合わない……。


 じゃあこっちは? と何度か繰り返してようやく見つけた。


「若干でかいが、しゃーないだろう。こっちは着替えて準備するから、そっちはアップしちまえよ」

「渚さんがアップしないのなら私もしません」


 お返しのつもりなのか、呆れながら答える。


「お前ねぇ……。仮にも日本一の剣士に勝負挑んでんだから準備万端で望むのが普通じゃね?」

「でも渚さんもアップしないんですよね? 対等な条件じゃないと嫌です」

「オレはいいんだよ。お遊び程度でやるんだから」

「…………」

「もしかして、負けた時の言い訳にするつもりじゃないだろうな?」


 いかに疑わしそうな顔を作って言う。


「そんな事しませんっ! 分かりました準備してきます。後で後悔しないでくださいね」

「はいはい」


 そうやってお互いに準備を進めていく。

 周りの部員たちも何が始まるのかと興味津々の様子で集まってきた。 

 良い見せ物だなと苦笑する。


「おい、お前等の中で主審と副審決めといてくれ、オレと瑠璃子で試合するんだ」


 恐ろしく頼み方が下手で色んな意味で周囲がざわつく。

 そんなこんなで準備完了である。

 互いに開始線につく。


「始める前にルールの確認をしておく。この試合は通常とは違ってオレが何本入れようが無効とする」

「逆に私が一本でも入れる事ができれば、私の勝ちですね」

「そういうことだ。ちなみにオレが一本取ってもその都度開始線には戻らない、そのまま続けるからそのつもりでいろ」

「わかりました」

「オレにどうしても入れる事ができない、負けを認める場合は参りましたと言うか竹刀を置け。その時点でオレは帰る」

「はい。でも私が勝ったら……」

「そんなことになったら、オレはお前の奴隷になってやるよ」


 そこまではいいですよ! と言いかけるが身振りで止めさせる。


「とにかくお前の好きにしろ。ルールはこれでいいか?」

「はい」


 そう返事をして瑠璃子の顔つきが変わっていく。

 時々別人を思わせる表情が姿を現し始めたのだ。

 しかも今は完全装備だ。表情以上に何かしらのオーラが漂っている。


 全日本でもここまでの気迫を発する剣士はいなかった。


「始め!!」


 そう審判の声が響き渡ると同時に渚が消えた。

 と、思った瞬間には瑠璃子の横から必殺の面打ちを繰り出していた。

 先手必勝の速攻は渚の得意とするものだ。特に今回など、まともに試合をする気がない。

 瑠璃子には悪いが、この一撃を与えて寝てもらおうと思っていた。


 バシン! と乾いた音が響く。


「…………?」


 しかし想定していた手応えが伝わってこない。


 瑠璃子自身も反応できていない様子だったのだが、面が入る瞬間、体を捻って直撃だけは避けたのだ。

 おそらく気配を感じて反射で動いたのだろう、恐るべきセンスだ。


 一本には違わないが、渚にとっては失敗と言ってもいいだろう。

 実際これが失敗した後の展開など考えていなかったくらいだ。


(まさか避けるとはな……どうしたもんか)


 実際考えたのは一瞬だった。

 どう見積もっても普通にやったんじゃ瑠璃子は諦めないだろう。(最終的には諦めることになるだろうが、そこまで付き合う気はない)

 

 しかたないので、気絶してもらおうと優しくしてやったら躱してくるしまつだ。

 と、くれば腕を上がらなくなるまでスタミナを奪ってやろう。そう考えた。


 鋭い踏み込みのあと、激しい殴打戦を繰り広げる。

 その手数は恐るべきものだった。

 もはや本当に一本の竹刀で繰り出されているのか疑わしいほどだ。


 さらに驚くなら、その攻撃を受けきっている瑠璃子だ。  

 今度の打ち合いは瑠璃子もしっかり反応しているようで、渚の激しい攻撃に防戦一方ではあるが、なんとか受けている。


 しかしだ。

 しかしこれが渚の作戦なのだ。


 渚の運動能力は女子高生の平均を大きく上回る。それどころか本気を出せばトップアスリートをもごぼう抜きしてしまうほどだ。

 スタミナもいわずもがな、渚の体力は底なしでこの小さい体のどこにそんなスタミナが詰まっているのかと不思議に思うほどである。


 その渚の攻撃を防げば防ぐほど、動かされれば動かされるほど、瑠璃子のスタミナが減っていく。

 さらに時々フェイントも交ぜることでその効果に拍車がかかる。


 そして防ぎきれなくなったが最後、今は必死だから気づいてないだろうが、集中力が乱れる。

 瑠璃子の本当の強さは運動量でも、センスでもなく、別人になるかのような集中力だろうと見切りをつけている。

 その両方にダメージを与えるのだ。

 

「っ……く、はぁ……!」


 無呼吸運動をどれくらい続けただろうか?

 案の定、圧倒的な手数を前に、徐々にではあるが渚の攻撃を捌ききれなくなってきた瑠璃子である。

 目に見えて動きのキレがなくなっていく。


 着実に勝利が近づいていると実感し始めた。


(よし! ここら辺で必殺も入れてみるか)


 あくまでも優しく倒したい。

 そう思って、今までの殴打戦の中に、本命の必殺を入れていく。 

 しかし瑠璃子も並ではないのだろう。本命だけは絶対にくらわない。

 もう限界に近いはずなのに、ここまで集中を切らさないとは渚に勝負を挑んでくるだけのことはある。

 殺気に対する感度が半端じゃない。


 このままだともう少し時間が掛かりそうな気がした。

 仕方ない。

 そう思った渚はギアを一段階入れ替えた。

 その瞬間、違和感が渚を襲った。


 瑠璃子が渚の攻撃を避けも防ぎもしなくなったのだ。

 簡単に言えば渚の前にただつっ立っているだけになった。

 怪訝な顔をする渚。

 

 一瞬諦めたのか? と思ったのだがその考えをすぐさま捨てる。

 目が死んでいない。

 立ち上るオーラに揺らぎもない。

 じゃあ何だ?

 

(ちぃ……なんかうまくねぇな)


 そう思ってさすがの渚も動きを止めた。

 実際動きを止めたのは本当に一瞬の事だった。

 この時間は時計で図ることもできないほど僅かな物だったし、実際審判やギャラリーも何が起こったのかすら分かっていなかった。

 一種独特な空気を感じているのは戦っている二人だけなのだろう。


 しかし先に動いたのはやはり渚だった。


 何か仕掛けてくるかもしれない。

 この不思議な空気に、自分の勘は警鐘を鳴らす。

 

 それでもだ!

 それでも、そう分かっていても自分のスタイルは崩さない、崩したくない!

 誘いに乗るつもりで瑠璃子に必殺の一撃を繰り出す。


 だが待っていました! と言わんばかりに反応をする瑠璃子。

 剣道の返し技と言われる部類の技だ。

 

 渚の必殺に対して、返し技のカウンターで迎撃するつもりなのだ!


「っく……!」


 さすがにタイミングが合っていないのでなんとか避けた渚だったが、正直驚いた。

 まさか自分の必殺にこうまで反応をしてくるとは。

 最初の打突からだが、渚の殺気に対して自身が知覚していなくても体が勝手に反応しているのだ。


 そうして今となっては開き直ったのだろう、あのまま動かされたらスタミナが切れてしまう。

 どうせこちらが何本打たれようが勝敗に関係ないのだったら、打たせるがままに任せよう。

 ただし必殺を喰らったら終わってしまうので、それに合わせてカウンターを仕掛ける。


 すべての労力を返し技に……。


 おそらく瑠璃子が今のこの劣勢の状況を打開するべくたどり着いた作戦なのだろう。

 ほぼ満点と言って良いはずだ。

 自分が瑠璃子の立場だったら同じことを考えただろう。


 どんな人間だって必殺を出す瞬間、出した直後は無防備になりやすい、その時だけは絶対的弱者にもチャンスはあるのだ。

 

 今はまだタイミングが合っていない。

 だがこれほど正確に殺気を感じ取り、迎撃してくるとなると徐々にそのズレも合ってくるだろう。

 負けないにしろ長引けば長引くほど、めんどくさいことになりそうだ。 



 ゆっくりと息を吸った。



 只者じゃないとは思っていた。

 だがまさかここまでの剣士だと思わなかった。


 こちらの作戦が分かりやすいものだったのもあるだろうが、それに対してしっかり対応してくる。

 剣道を、それどころか、この世の中つまらないと思ったのは自分の間違いだったかもなと思った。

 まだまだ世界には面白い人間がいる。もしかしたら自分より強い人間が……。


 そう思ったら今日の出会いに感謝したくなった。

 よくもまぁこんな面白い奴が、しかも同じ学校にいたもんだと。



 ゆっくりと息を吐く。

 


「ここまでお前が強いとは思わなかったよ」

「…………」

「準備運動にならないって言ったこと、謝る。済まなかった」

「…………」

「だからって負けてやるつもりは無い」


 そう言って構えなおす。次の一撃で終わらせようと思った。

 

 幼ない頃、家族会議で作った”使用上の注意”を解除する。


 そして今ままで以上のスピードで間合いを詰め、攻撃を繰り出す。


「突きぃぃぃっ!!」


 渚、最強の一撃が炸裂したのだ。

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