リビングデットガール
1
土臭い地面に転がされ、全身の酷い痛みで私は目覚めた。 左隣には兄のセシルがしゃがみ込んで、薄闇の中、私の顔を心配そうに覗き込んでいた。私と兄は、両手首を前にして、荒いロープで縛られていた。 兄には金属の足枷が着けられているようだ。
兄は心配そうな声で「ジーン・・・」と名を呼び、傷付いた私の手や腕をそっと手を当てた。そして苦しそうにまた「ジーンまでどうして。」と兄のセシルは、小さく声を漏らした。
軈てまるで自らの痛みを堪え得るように兄は私の左手に優しく触れると─────
──────セシルから怪我を治す回復のスキルが発動し、手の甲に在った傷が消えた。
此処ロゼット王国には、不思議な能力を持つ少数のスキル保有者がいる。
私が実際に体験したのは、此の日が初めてだけど。しかもそれが兄から何て。
「!兄さま。これってかいふ、、、うぐうぐ。」
思わず(回復スキル)って言葉を右奥から延びて来た誰かの手に寄り口元を塞がれ、唐突に遮られた。
「駄目ですよ。今それを口にしては。分かりましたか?」
囁くような少年の声なのに有無を言わせぬ圧を感じ、私はコクコクと首を上下させ頷いた。 そして暗がりの中で、その少年らしき人は身体を兄へと寄せ、
「今はそれを使ってはなりません。ここは奴隷用の一時保管所みたいですから。」
ヒソヒソと小声で兄のセシルに忠告してくれた。
落ち着きのある少年の声で、実は混乱していた私の頭が冷静になり、漸く暗闇に目が慣れるとグズグズと小さくすすり泣く幾人かの子供の声が、彼方此方から耳に届いて来た。 もしかしたら此処へ運び込まれるまでの間に、好き放題頭を殴られたから周囲の音が聴こえ難くなっていたのかも知れない。
すると離れた場所からガヤガヤと騒がしく近付く声と荒々しい足音が響いてきて、此処が地下か、洞窟を利用した檻なのだと気が付いた。
道理で暗い訳だ。
明かりが近付き、その方向へと目を向けるとカンテラを手に持った男たちが、右奥に見える鉄格子の柵へ並んで、近付けたカンテラの灯りで檻の中をニヤニヤと笑いながら見定めていた。
「大漁には違ぇないけどスキルの無い無能ばかりじゃなあ。」
「上級が思ったより少なかったのがなあ。」
「あっ、でも特級が一匹いたぜ。危ないから最奥の檻で強力な薬で眠らせてるがな。」
それぞれカンテラや剣を持ち、酒瓶片手にゴロツキたちが天気の話をするように陽気な調子で喋っていた。
「おい!慈悲深い俺様たちが、お前たちにもう一度チャンスをやる。この中にスキル持ちはいないか?」
「居るのなら今の内の言った方が身のためだぞっ。」
「そうそう、素直に白状したらこんな薄汚い岩牢じゃなく奥にある中級以上の綺麗な場所で、水や食い物を出してやるぞ。」
「うわぁ、酷ぇー。」
「ホントてめぇの口は。黙っとけっ。」
何が可笑しいのかゴロツキたちはゲラゲラと下卑た声で笑い合っていた。・・・筈が唐突に手にしていた金属の棒を振り上げて、ガンガンガンと鉄柵を叩き始めた。
音が反響し合って耳の奥まで殴られた気がする。
「てめぇら、これが最終確認だ。スキル持ちは声を出しやがれ。」
煩過ぎる音と目を三角にして怒鳴った男に恐怖して子供たちが泣き始めた。
「ウゼぇ、ピィピィ騒いでんじゃねえ!!くそガキども。てめえらみたいな下級品は見せしめに叩き殺したって良いんだぞっ!そこのうるせぇガキから試し切りにすっか。」
「あっ、あいつ!あいつがジーンに酷いことをした1人だ。」
兄は私に身体を寄せて来て、殺気を滲ませながら耳元で囁いた。 ギリっという兄の歯軋りの音を聴いた。 兄のセシルに言われて灯りに照らし出されている男の顔を見た。
─────おっ、思い出せない・・・だってあの時は。
父から薬を盛られて、気が付いたら取り敢えず幌が付いていた荷駄車の上で、吐き気をもよおす饐えた匂いの男たちから身動きが出来ないように覆い被さられ、お腹の下が内側から引き裂かれるような激痛に襲われ、私はただ泣き喚いているしかなかった。
その言葉を耳が拾うまでは。
「やっぱり小さい頃から玩具として調教された兄キの方が具合が良いな。やっぱオレもそっちと代わるわ。タッパ有っても這いつくばらせば関係なかったわ。」
「へへ、分かってねぇな。泣き喚くのが良いんじゃんぇか。」
「もっと喚かせてヤレよ。妹にブッコンで泣かすとコイツの中が面白い具合に動く。いいねぇ、妹想いの兄ちゃんは。ほら、お兄ちゃん。もっと気合を入れないと妹の細い首を絞めるぞ。マジで。妹の方は卸さないで処分しても構わないって、てめぇらの実のオヤジからも言われてるんでな。」
「しかしこっちの上物を下級品以下の安い値段で売ってくれた子爵サマサマだぜ。」
「見ろよ、このお綺麗なツラと肌。酷い打身の痕や細い切り傷はあるが、治療師に任せりゃ買い手が山のように現れるぜ。しかもロゼット人だしな。オークションが愉しみ過ぎるな、おい。さて砦に着くまで後二日間は味わいたい放題だ。」
「だが自分と似た顔の息子をオレたち見てえな奴隷商に叩き売りするなんてお貴族サマの頭ん中は、やっぱりわかんねぇ。」
「売り手にお前らを指名して、5歳位からの調教具合を話すなんて、結局こうやって商品に手を出してくれって言ってるようなモノだよな。」
「(ソレは妹が弱点だ。)つうて、教えるしな。マジでフェラが最高にうまいのな。」
「まあ、良いさ、売主の事情は。俺らは楽に儲かる商品を手に入れ。」
「俺様は最高に今、気持ちが良いってことで。」
ああ、兄は私の為に犠牲になったんだ。
私が居なければ、13歳になった兄なら、父から逃げ出せたかも知れないのに。
あの男は、眠らされた私を兄へ脅しの材料に使ったんだ。
父や剣術指南のヤツに兄は隠して居たけど、足はとっても速いのだ。 きっと私が居なければ、もっと早くに兄は自由になれていた。
ごめんなさい、ごめんなさい。
いつも気配を殺して3階の窓から、虐待を受けてる兄の姿をただ見ていただけの私。
誰よりも美しい完璧な貴方を助けることが出来なくて。
此の所、女神さまに祈りを捧げていないから、兄をこんな目に遭わせたんだ。
ごめんなさいごめんなさい。
そう思ったら自分を許せなくなって声の限りに「兄さまを助けて。」「兄さまを離して下さい。」って体をよじって絶叫し続けた。
もう殺されたいと思った。
そしたら兄なら逃げる手段も見付ける筈だし、兄はこんなゴミのような奴らが好きにして良いような人間じゃない!
叫んで叫んで─────
そしたら何か固いもので強く頭を殴られた衝撃が来た。「ジーンを離せ!やめろ!」そんな兄の悲痛な叫びを最後に、私は意識を失っていた。
駄目だ。
並んだゴロツキの顔を見ても、何一つ思い出せないや。
大体、どの男も鼻が曲がる悪臭が強烈で、薬が醒めてからの肉体の激痛より、嘔吐を耐える方が大変だった。
今だって身体や髪、ボロボロにされた衣服にあいつらの匂いが濃厚に纏わりついていて吐きそうだ。
最悪な気分で柵の向こう側に居る男たちの方を凝視していたら、灯りを私たちが居る檻の奥まで照らし、そして男は兄のセシルを見付けた。
「おっ、こっちの穴倉に居たのか。探したぜ、兄ちゃん。」
「あれが話してた上物か。タッパが育ち過ぎだが、確かに極上のツラをしてやがる。流石に周りのゴミとは違って、お貴族サマの血だけはある。」
「へぇ。スキルは無いと父親が言ってましたが、容姿も身体も絶品で。グリードさんも商人のあいつらが来るまで味見をされたら。そんなガキより天国へ往けることを保証しますぜ、グリードさん。」
「まあ、折角だし、ソイツを連れて来い。お前たちはもう一度脅してスキルの有無を見分けろ。」
ガチャンと鉄格子の扉が開いて、ゴロツキが次々と檻の内部に入って来た。
パニックになった子供たちが堪え切れなくなって、悲鳴や泣き声が次々と連鎖し始めた。 みっしりと詰めて居られていた男女の大人たちも瘧のように身体を震わせている。
嫌だ厭だ。
兄とこんな所で離されるのも、あんな大きな醜いゴロツキの親玉が兄にあんなことをするのも。
煩い子供を蹴り飛ばし、殴り付けながら、ゴロツキたちが私と兄に近付いて来る。
兄は、こんな時なのに私の前に出ようとして、ガチャガチャと足枷の鎖を鳴らす。
助けて!
此の国の創世の女神ルミナスさま!
兄を、兄のセシルを、セシル・バローズを助けてください。
必要なら私の此の命を捧げます。
お願い。助けて!!!
女神ルミナスっ!
そう叫んだ私の世界は漆黒に暗転した。
暖かい温もりに包まれるのを感じるけれど、何故か瞼を空けることが出来ない。
「ああ、天国にこれたのね。ふふっ、此れで兄さまが助かってくれていると良いなあ。ありがとうございます。女神ルミナスさま。」
『確かにそなたが死んでいたのは事実だが、わらわがそなたの命を召したのではない。 生贄など欲したことなど一度もないわ! 大体、其方は既に死んでいた。 死体なのにわらわの力の一片である回復スキルが効くなどは異常事態。お陰で300年ぶりに下界へと思わずわらわの力を直接に伸ばしたぞ。』
「えっ、私って死体だったのですか!?」
『そうじゃ。少し視る故、其方の名前を告げよ。真名もな。』
「真名って何でしょうか?一先ず私の名前は、ジーン・バローズ。バローズ子爵家の長女です。」
『ふむ、真名を持たぬ生まれか。────二日前、荷駄車で男に頭部を殴られ死んでおる。直接の死因はそれだが、衰弱死一歩手前だったぞよ。』
「あー、まあ父が2年前に再婚してからは、まともな食べ物を戴けなくなりましたからね。取り敢えずは敷地内に生えている果樹の果実で飢えを凌いでました。中々最近は、庭に出る隙がなくて。でも空腹感は全くなくなったのですけどね。」
『わらわの娘夫婦が興した国でロゼ族の民同士が、そのような惨いことを行っているなどと、情けない。』
ロゼット王国は、女神ルミナスさまの愛娘ケレスとロゼ族の長の息子であるアーサー・ロゼとが婚姻して、母神ルミナスさまの奇跡と祝福を受け、創られた国だ。
その頃、大陸は荒れていた為、高い山脈や山々を王国の全領土へ創り出し、永らく栄えるようにと女神ルミナスの権能を霧のように細かく散らしてスキル保有者が、ロゼット王国の民にのみ生まれるようになった。
子煩悩な女神ルミナスの娘ケレスへの愛は激重だった。
そしてケレス女王が、王国名をロゼでは無くロゼットにしたのは、母神ルミナスが周囲を山々で囲み、国境を作った後、残っていた部族は、ロゼ族だけでは無かったからだ。
と言う物語を子供の頃、母が読んでくれていた。
「では、さっきまで動いていた私って死体だったのですね。・・・驚きました。 そう言えば瞼が一向に開かないのは、私が死んでいるからなのですね。」
『それはこっちの都合、、、。さて、ソチの必死の願い、叶えよう。先程ジーンの兄であるセシル・バローズを視たのだが、ジーンが死んでしまっては、どの道先は長くない。 奴隷として売られて死ぬのが一番長く生きた未来だった。逃げ出せば復讐者として裏社会で名を成すが、何れも殺されてデッドエンドとなっておった。』
「そんな。私の復讐なんて不必要なのに。 兄さまには今までの分も幸せになって欲しいのに。」
『ではジーン・バローズは、わらわに生き返りを望むと?』
「私、ジーン・バローズの願いは、兄さまをを含め、心ならずも攫われたり売られたりして奴隷保管所に集められた子供や大人たち全員が、五体満足な健康体で、戻りたい場所や行きたい場所へ今直ぐ女神ルミナスさまの御業で連れて行って下さることです。お願いします。」
『フフっ、そうきたか。約束だからジーンの願い叶えてしんぜよう。但し、ジーンにはわらわの手助けを下界にて行って貰おう。 ジーンたちが捕えられていた場所にケレス王族直系の者で気になる者がおった故な。』
「それは、子爵家の小娘が・・・いえ、あの男に売り払われたので、生きて戻れたら平民です。そのような者が王族に関わるなど難しく・・・。と言うか、王族が奴隷商に?」
『いやジーンが、その者に直接関わる必要は無い。本人も前世の記憶とかで、かなり先まで本来あった未来を軌道修正しておるからな。 アレが捕まって居るのは本人の趣味だがのぉ。』
「・・・知ってはいけない気がします。では何をすれば。」
『ジーンには、この度わらわが使う女神の力の一端を授けよう。流石に生き返りは省くがな。そなたが死して動いて居ったのは、兄を思い自身で行った奇跡でもある。そのようなことは冥界の管理者カロンが許さないのだが。 それ故にわらわの加護を与えて於こう、至らぬ口出しをされぬようにな。 さてこれからジーンが使える加護のスキルとは、、、。
①女神の救済。ジーンが選別し、強く願った者たちを任意の場所へと瞬間移動させる。その時、癒しの光と共に体力回復と外傷の完全回復。
②罪科の秤。その者がロゼの民に犯した罪を計り、ジーンが狙いをつけたタイミングで罰が下される。 ロゼの民であった場合、一度は考える温情を与える。 スキルを封じてな。 女神としての貸し与えるスキルは以上だ。普通の瞬間移動も使えるので、口外時のスキルは瞬間移動だとせよ。それと、、、。』
「ハイ。」
『出来るだけ、こ度のことは秘匿せよ。 夢見のスキルを持つケレス王族以外は、わらわのことを知らぬ故。 我が娘ケレス直系の者以外で、わらわの声が聞こえたとなると末裔たちの心を騒がせるからな。』
「はい、わかりました。私は兄さまが穏やかに過ごせらる事のみが願いです。」
『あっ、それは難しいかも知れないな。』
「えっ!?」
『セシルの想いは騎士になり、ジーンを今度こそ守り切ると言うモノだった。故に色々とセシルへ加護を与えた。 あの美しさへ更に磨きが掛かった。 善き人々からセシルの容姿に憧憬を抱くだろう。魅了のスキルとは別物だから安心せよ。そして常態での肉体強化。元々が目の良いセシルは、加護により更に良き働きをするだろう。 唯一の難点は男女性別に関わらずフェロモンを発してしまう所だが、これはわらわの加護ゆえ自動的に起きる事なのだ。恐らく実害はない筈だから良いだろう。 では、ジーン・バローズの願いを叶える。また、直ぐに会うことに成るだろう。』
「また直ぐ会うって女神ルミナスさまっっ!待って!!」
と言うか、私って女神ルミナスさまに会っていませんよね?
頭に響く声と会話していただけだった。 それに伝えられなかったけれど、ケレス王族の者に前世の記憶。そのキーワードで私にも27歳まで〔ニホン〕という世界で生きた記憶があった。 それは可もなく不可もなくの日々。 死因は、階段の手摺を滑り降りている最中に中心バランスを崩しての落下死。恥か死ねた。 いやあ、27歳の女が会社で何をやってるんだ!って話だが、その事によって社内規則の見直し何て行われただろうことは想像に難くない。
転生先が余りにも酷いのは、それだけ前世の死でご迷惑かけた方が多かったのかも。
もう、色々。
本当に色々あり過ぎて、もう脳がいっぱいいっぱい。
リビングデッドになって、女神さまとお話して、何か恐ろし気な女神スキルを貰った気がする。
2
「ジーン!ジーン!良かった。無事だった。」
「兄さま。」
私を両腕で抱き締めて兄のセシルが涙声。 兄の筋肉質で細く薄い胸板に顔を押し付けられ、トクトクと早い鼓動を聴いて、────兄が生きている。って実感が出来て、私は急に胸の奥が熱くなった。 留める方法がなく喉の奥から嗚咽が込み上げて来た。
もしかして私は、自分自身の感情が、死んでいたのに気が付かなかったのかな。
「あーっ。コホン。そろそろ説明して欲しいのだが。セシル、、、だよね。背が伸びてるから一瞬分からなかったよ。序でにセシルが抱き締めて離さない女の子を私に紹介してくれると嬉しい。」
柔らかな声が聞こえて兄は、私の身体に巻き付いていた腕を外し、鼻をすすって涙声で話し始めた。
「お久しぶりです。ローランド先生。グスっ。この子は、いつも話していた妹のジーンです。ジーン、こちらは治療師で回復スキルを使えるローランド・ブラウニーさんだ。オレが7歳の時、怪我をした友人のパット共にお世話になった方だ。 それ以来春の社交シーズンに王都へ来る度、面倒を掛けてしまっている。とてもお世話になって居るお方だ。」
兄は少し照れ臭そうに涙が滲んだ目元を左手で隠しながら、三十路あたりの八重歯が可愛いローランド先生を紹介してくれた。
私は、兄からのローランド先生の紹介より、鎖が付いた足枷や手首の拘束が消えてることに驚いていた。
当然、私も両手首を縛っていた荒いロープが消え、見えていた筈の擦り傷や内出血痕が治癒され、痛みが全くなくなっていた。 しかも吐きそうな男たちの残り香もすっきりすっかり消えていた。 まあ衣服はナイフで切られたり手で裂かれてボロボロなのは流石にそのままだったけど。
因みに兄の傷も癒えていた。
ただ兄セシルのその恰好は、なかなかに色気のあるもので、まあ、洞窟の檻に居た時もズボンは穿いてないし、股間はボロ布を当てて隠しているだけ。
ウールのジャケットは彼らに剥ぎ取られ、アイボリー色のシャツはボタンが外され、どう見ても事案があったことをダイレクトに伝えちゃってます。
きっと私も何だろうけれど。
そんなことを思っていると「もう直ぐ湯船に入れます。どうぞ。」そう言って毛布を兄と私に手渡してくれた。
人の良さそうな20代くらいの赤茶色の短髪の青年が、兄と私を玄関ホールの右にあるサロンへと案内してくれた。 兄にはしっかりと固く骨ばった手で、私の右手を握られている侭。
恥ずかしいと一瞬思ったけど、13歳と10歳の兄妹なら全然アリだよね。と考え直した。 きっと互いに未だ不安なのだ。
そして兄の戻りたかった場所って此処なんだと思うと色々なことが気になり始めた。
でも今はすっぽりと被ったキャメルの毛布が暖かくて、ちょっと眠気が襲ってくる。
上品な調度品に囲まれた長椅子に兄と私が座り、対面に在る格子窓の外は、慌ただしい様子で馬車が擦れ違っていた。
暖炉の近くのゆったりとした一人掛け用のソファーにローランド先生は腰を降ろした。
緩やかなウエーブのある少し固そうな額に掛った金色の前髪を右手で掻き上げ、空色の目を思案気に宙を彷徨わせ、左手の人差し指で薄い下唇を抑えて、静かな声で話し掛けた。
赤茶毛の青年が邪魔に為らないよう白い陶器のティーセットにハーブティーを注いで、サーブを始めた。
「何が遭ったのかな?もし何ならジーン嬢には、別室で待ってもらうけど?」
「いえ、私は全く平気です。それに今は兄さまの側に居たいです。」
食い気味に私は口を挟んだ。
だって私は知らなければならない。
今までの──── つまり幼いジーンだけの時は、母と兄へ迷惑を掛けたく無いからと、父が居る時は息を殺して3階の物置部屋に潜んでいるだけだった。
丁度3階の私が居た部屋の窓から同じ向きに執務室の窓があった。
今から思えば、父は兄を見ている私の行動を知って、敢えて変態サド教師や暴力指南のキモデブ野郎に甚振られて犯される姿を見せておきたかったのだろう。
3つ下の妹にそんな姿を見られるなんて、うわぁー、精神的に居た堪れない。
物を知らないとはいえ、ジーン、もっと考えて行動しなさいよ。って、私のコト何だけれども。
「ジーンはジーンに取って辛い事は話さないで良いからね。 オレに取って此れは良い機会なので話して置きたいと思います。父、シオドア・バローズ子爵は奴隷商人一味と繋がっています。 証拠はオレと妹のジーンです。ローランド先生が訊ねたいことはオレが全て答えます。だからその妹のジーンには訊ねないでください。未だ10歳の女の子なのです。妹は。」
「ああ、勿論だよ。でもジーン。話したくなったら話してね。 1つだけ覚えていて欲しいのは、セシルとジーンは、何も悪くはないってこと。これだけは憶えておきなさい。いいね?」
「はい。」
「・・・はい。」
毛布から出して繋いでいた手をギュッと兄は握り締めた。
「先に、今まで父から虐待を受けていたことを先生に隠して居て申し訳アリマセン。」
「良いよ。毎年王都に来る度、誰が治療していると思って居るのかな。 まあ、遠回しに尋ねても剣術や体術の稽古をして貰って居て出来たモノだと言われたら、どうしようも出来なかったしね。 特に貴族家には理由もなしに騎士団を派遣出来無いから。 はあ、セシルを2年ほど王都で見かけなくなって本当に心配してたのだからな。 パッドも当然に。 でもまあ、生きていて呉れて良かった。 騎士団への入団試験を13歳になったら絶対に受けると言ってたから、3月になって来なかったら知り会いに頼もうと考えて居た所だったのだよ。それは、取り敢えず良かったのだが、その恰好は?」
「ご心配頂けて有難うございます。 それで此の恰好ですが、、、。 先ず三日前が、俺の13回目の誕生日でした。朝方、珍しく父が上機嫌でオレの部屋に訪ねて来ました。勿論11月のこの時期なので、バローズ領地の領主館でのことです。」
兄のセシルは表情を無にして、淡々と語り始めた。
セシルは嫌な予感しかしなかった。
今まで父が、自分の誕生日にと用意した物は、碌でも無い物ばかりだったからだ。
初めに与えられた5歳のプレゼント。 王国史と外国語の教師を与えられたが、鞭打ちとしゃぶらせるのが好きな家庭教師のザカリー・チェイズニー伯爵令息。親子二代で教えたと言うが、父は一ヶ月も経たず首にしたらしい。
二度目に与えられた7歳のプレゼントは、練習用の木剣で気絶する迄殴りつけるのが趣味で、気絶したオレのケツに突っ込むのが生き甲斐の剣術指南のトリスト・ゴブリン。侯爵家令息で元騎士だった。彼の場合、打ち出して来る剣は、全て除けるのが可能だったが、一度避けたら父から呼び出しを喰らい「逃げるなど卑怯な真似はするな。」と当主命令で回避禁止令が出た。
そして今回三度目になる13歳のプレゼント。
おまけにオレに対しては敵意の籠った目でしか見ないのに、初めて見る父のご機嫌な笑顔。 気味が悪い事この上ない。
そこで目付きも態度も悪い男が父の後ろから、眠ったジーンを抱えて部屋へ入って来た。
「今日、セシルが我が家から旅立つことが決まった。わたしもお前が13歳までスキルも発動出来ない無能者とは思わなかった。 あれ程教育に金を掛けてやったのに。 とある方からスキルを発現する為に必要だと言われている痛みを日々、計画的に与えてやったのに。それとも実は快感だったのかな、セシルには。 汚らわしい奴め。 全く回収金額には足りないが、1銀貨も得られないよりマシなので、此の奴隷商に売ることにした。 隣国の奴隷保管場所への送り出しに、お前と同じ穴の狢である奴隷商たちを呼んで於いた。その悍ましい汚れた肉体で僅かにでも抵抗したり、逃げようとしたりしたら、ジーンをお前の前で殺すように説明して置いた。 さてもう時間だ。自分から進んで領主館の東奥に止めてある荷馬車に乗って行け。 もう会うことが無いのは幸いだ。」
そのような説明を受けて、父の命令の通り素直に荷馬車に乗り、同乗して来た男たちへ、望む侭に身を任せた。 そして少しでも体力を減らして、ジーンへの興味を躱したい。
13歳になったら騎士団試験を受け、合格したら妹を連れ出し、王都で暮らそうと耐えて来た。 しかし父を甘く見て決断できなかった為に妹をこんな目に遭わせてしまった。 そのことが後悔しても仕切れない。
自分の事を語る時は、表情も変えずに淡々としていた。それなのに私の話の時は、眉間に皴を作り、整った彫像のような表情が歪み、苦しそうで私の胸が締め付けられた。 薄い桜色の唇から、途切れ途切れに深く息を這い出しつつ、やっと兄は話し終えた。
ローランド先生は、苛立たし気に両手で髪を掬いあげ、其の侭上げた両腕を頭上で交差させた。両の掌で左右の肘を掴み、兄と同じように肺の底から息を吐き出した。
私は何も話せなくなり、室内に重たい無音の空気が沈殿して行った。
パン。
両手を打った乾いた音に、私は思わず顔を上げて、大きく手を鳴らしたローランド先生を見た。
「うん。奴隷商との繋がりは立証出来た。念の為に聞くけど隣国の奴隷保管所の場所は、どこら辺か分かる?」
「はい。意識が或る間は、方角を確かめていたので。終着点は、岩山などをスキルで作った砦のようでした。乾き切った荒れた大地に高地と岩山しか無かったので見付けやすいと思います。 王都や栄えた街などを避け、一般には知られていない抜け道ばかりを通りました。 バローズ子爵領から三日だったので他領からなら行きやすい道が有るのかも知れません。 オレたちが居た下級品用の岩牢には大人が20人以上、子供たちが50人近く位でしょうか。暗かったので正確には把握出来ませんでした。 それが最低でも、もう一ヶ所。 後は中級・上級用と特級の部屋があるようなことを喋っていました。 オークション用に集められたようです。」
「多いなあ。詳しい情報をありがとう、セシル。 でだ、なんで急に医院の玄関ホールに現れたんだ? それが謎なんだが。」
「それがオレにも何がなんやら。 グリードってボスみたいな奴に命令されて、丁度、オレを狙って男たちが間近まで来た時、目が潰れる位に眩しい光が岩場の洞穴内に溢れ出して、反射的にジーンを抱き寄せ、眩し過ぎて目を閉じたらブラウニー医院内に来ていたのです。なっ?ジーン。」
「う、うん。そっ、そうなんです。」
「うーん。スキルで瞬間移動はあるけどなあ。光は聞いたことがないよ。今度編纂されているスキル事典を読みに(王城の図書宮へ)行ってみようかな。」
「それとオレとジーンは手首や足に拘束具を着けられていたのに綺麗に外れているし。 後は外傷とか在ったのに痛みと共に綺麗に治って居たり。 あっ、そう言えばその岩牢で、オレは回復のスキルを発現しました。良かったらローランド先生が暇な時にでも教えてください。」
「おっ、良いぞ。そしてスキル発現おめでとう。」
「ありがとうございます。しかし、こんなに綺麗に治るならオレのスキルは要らなかったなあ。」
「そんなことない!あの時、兄さまに傷を治して貰えて凄く嬉しかったもん。 これからも治癒して貰うなら兄さまが良い!」
「そっか、うん、ジーンの為にスキルの練習を頑張るよ。」
「うん。でも無理しないでね。」
「ああ、勿論だ。」
そんな話をしていると赤茶毛の人が、お風呂の準備整ったと知らせて呉れた。 ローランド先生と兄が2人で「先に入れ。」と私に勧めてきたので、毛布を被り案内される儘に付いて行った。
綺麗に整頓された部屋で、4軒隣にあるパン屋の娘さんに借りて来たと言う市井の子供たちが着るかシンプルな衣装と下着を借りて、一先ずお風呂で温まることにした。
ジーンが風呂へとサロンから出て行き、ローランドとセシルの2人になった。
ローランドは、ホッと小さな溜息を吐き、何も出来なかった自分に2割位の腹立たしさを込めて、思わず咎めるような口調でセシルに文句を言った。
「教師のザカリー・チェイズニーとトリスト・ゴブリンって言えば、どちらも10年以上前、それぞれの職で問題行動を起こしていたから、王都への立ち入り禁止になった野郎だ。特にトリストは、問題が多過ぎて騎士団を首になった奴だ。 親がゴブリン侯爵だったから表向きは年齢による勇退となっているが。 その、あいつのやり口は酷いだろう、、、。」
「ああ、別に気になりませんよ。身体位、幾らでも貸しますよ。7歳で紹介された初日は、木剣で打たれ流石に本気で気絶しましたが、まあ、一ヶ月もすれば気絶した演技位は、オレも出来るようになりましたしね。 そうすると奴は簡単に腰を振って悦にいっているのだから、気楽な大人だなと思ってました。 オレの場合は、心配そうに眉根を寄せて居る幼いジーンを見ている方が、胸が痛みました。 オレとジーンは、互いに目が良いので3階の窓辺に立つジーンの姿をつい目で追ってしまって。 あいつの趣味なんですよ。オレの嫌がることを遣るのが。 あいつのせいでジーンは笑わなくなったし、表情をなくしていったんです。クソが。 しかも最後に10歳の少女まで襲わせるなんて。 痛めつけるなら憎んでいるオレだけで良いだろう。」
「まあ、何でセシルに憎しみを向けるのかの理由を知ってる人間に話して貰おう。」
「どなたですか?ローランド先生。」
「セシルは未だ会った事は無いだろう。その為にもセシルの父君、シオドア・バローズ子爵をセシルとジーンの人生から退場させないとね。」
「はい、絶対に。ローランド先生、奴隷売買に関与した者は死罪ですよね。身分を問わず。」
「ああ、特に今回の様に自ら望んで関与した場合はね。3年前から取り調べの強化と重罰化が進み、わが国では奴隷売買が非常に困難になっている、、、筈だったのだが、地方とは言え貴族が此のロゼット王国で、禁忌とも言える罪に手を出すとは。」
「あいつはオレたちだけじゃなく、子爵領で裁いて有罪にした一部の領民にも手を出していたそうですよ。 アレがオレの父親だと知っている所為か奴隷商がペラペラ余罪を話してました。」
「奴は救えないな。だが良いのか?恐らくバローズ子爵家は取り潰され、君たちは平民になってしまうのだぞ?」
「今更ですよ。妹のジーンもきっとね。」
「では、バローズ子爵の審議会を開く為、セシルには城の上層部たちの前で上申して貰おう。もう一度話して貰えるね。」
「当然です。妹は無理ですよ。ずっと子供に飲ませるのは危険だと言われていた強力な眠り薬を飲まされていましたから。」
「そこら辺は、分かっている。セシルは心配するな。」
ローランドは補佐の赤茶髪の青年を呼び、摂政を務めるヴィンセント・ロイス・ケレス王弟殿下へと面談の申し入れの伝令を頼んだ。
そして一目見ただけで妙に存在が気になったセシルの妹ジーンの姿を思い浮かべた。 「まさか、俺が?」 しかし無意識でジーンを手に入れる手段に考えを巡らせている自分に気付き、ローランドは軽く頭を振って、兄妹が暮らす場所のあたりを付け始めた。
3
一方その頃、王城のジョエル・ブレイン宰相の執務室では、とある事情により砦の奴隷収容所に潜入していた4名が、謎の光に包まれた後、各自の部屋へと強制移動させられたことに驚き、現在、機密性の高い宰相室へと集まって来ていた。
潜入捜査の4名とは、此の部屋の主ジョエル・ブレイン宰相30歳。 エレノーラ・ロイス・ケレス第一王女15歳。 マイルズ・バード宰相補佐18歳。 ランスロー・ベンウィック護衛騎士18歳である。
「「「「信じられない!」」」ませんわ。」
と異口同音に顔を合わせて叫んだ。
「あれは僕の転位スキルとは全く別物だ。しかも何の動作もなく皆の拘束具がなくなっていた。僕はあの時、マークポインターのある別の場所から、また収容所へと戻り、皆と合流を果たそうとしていたら光に包まれ実家へと戻っていた。だから焦って此処へと転位したのだ。 僕はスキルの使用者と一度も接触した記憶がないのに。お陰で置き換わりようのマークポインターが1つ消失した。」
転位スキルを持つマイルズ・バードは自分が立てた計画が訳も分からない状況になっていることに苛立った。
「でも計画は上手く行ったのよね?マイルズ、ジョエル宰相。」
「はい、先程ヴィンセント王弟殿下から、私たちが救助に向かった被害者たちは無事に保護されたと報告があったそうです。エレノーラ様。」
「先程、ヴィンセント王弟殿下へ騎士団長から報告があり、私共が消えてから暫くして光が収まり岩山の砦に騎士隊を突入させ、調査致した所、奴隷売買の組織に関与した加害者200名以上の約6割が心停止で死亡。 残り4割が気絶しており詳細は追って連絡するとのことです。 それと攫われていた子供たちが家に戻り、その家族たちが次々と騎士団本部へとお礼に来て居ると。 あっ、もう一件追記がありました。あの収容所をスキルで作成したグリードと名乗る者が目覚め、スキルが全く発動しなくなったと。それであの砦は作成者がその場を離れた為、維持が困難となり一時間もしない内に崩落し全壊するだろうと言うことです。」
「なんか凄いっすね。犯罪者でも一応は裁判で結審して判決が出てから罪を償うのに、問答無用で極刑なんて。」
「いや、どう考えても裁判が無いなら私刑だろ。 即日結審所の騒ぎではないぞ、ランスロー。」
王国法での法務を扱うコトが多い宰相補佐のマイルズは、何処か脳天気な物言いをするランスローに怒りを向けた。 八つ当たりの自覚はマイルズにない。
「私としては、奴隷売買に関わった連中なら死罪で相当だと考えますが。」
「おい、ジョエル!」
「ジョエル宰相、それは幾ら何でも。」
「ははっ、まあまあ、マイルズにエレノーラ様。 ただ私としては此のスキルの保有者の存在を懸念してしまうのです。力が余りにも大き過ぎる。放置しておくのは危険ではないかと。」
「そうね。お母様やお父様にも報告が行っていると思うから、この件は王族たちと宰相が集まる王会で審議ね。」
「ここら辺の情報なら摂政のヴィンセント王弟殿下が何か掴んでるやも知れないな。今回略取された被害者救出を密かに潜入捜査で解決されることを望まれたのもヴィンセント王弟殿下ですからね。」
「ええ、と言う訳で一件落着ってことで〆てもいいかしら?マイルズ。」
「エレノーラ王女殿下は全く。」
「フフ、だって暗いのだもの3人共。 一先ずあれだけのロゼの民が他国で売られる事も無く取り戻せたことを喜んでも良いわよね。」
「そうですね。エレノーラ様。」
「そういやそうですね、エレノーラ殿下。」
「ええ僕もそれは喜ばしいと思っていますよ。エレノーラ王女殿下。」
「フフ。ではわたくしは部屋に戻りますね。お疲れ様。ジョエル、マイルズ、ランスロー。」
「「「はい、ゆっくりとお休みください。」」」
そう3人に労られて、エレノーラ・ロイス・ケレスは凛とした気品ある所作で、宰相室を後にし、後方に付いてくるランスロー護衛騎士を伴い、やや急ぎ足で自室へと歩いていった。
エレノーラが強引に話を打ち切ったのには、訳がある。
ジョエルが伝えて呉れた騎士団長からの報告を聞いたからだ。
中規模の裏稼業のボス、通称グリード。
実は前世でプレイした乙女ゲー『この愛をロゼット王国とあなたに』での攻略対象者の内の1人だ。
エレノーラ自身は断罪される側のヒールだ。
ヒロインは愛らしく皆に愛されている妹である第二王女のフェリシアである。現在13歳。
まあだから何?って感じだ。
前世でどういう死を迎えたかは覚えていないが、30代前半で子供が1人いたのは憶えているのに顔も名前も思い出せない。全く酷い母親であるとエレノーラは思う。
大体エレノーラが前世を思い出したのも、13歳の或る日、ふわっと朝起きたら「あっ、今日はスマホの目覚まし鳴っていない。」と呟いたら、バーンとプレイした『この愛をロゼット王国とあなたに』のオープニングムービーが駆け巡ったのだ。
そして仮病を使ってゲームのシナリオと現実の進行状況を照らし合わせてみたエレノーラだった。
第一王女が仮病だなんて。
バレたらそう思わるだろうが、仮病なんて当たり前のゲームのエレノーラと違い、現実は至って真面目だったので、侍女や護衛騎士のランスローが酷く心配してくれた。
エレノーラは、ありがたやありがたやとベットの掛布の中に潜り込んで、皆に手を合わせた。
で、結果。
10歳の時に暗殺未遂に会うのを偶々同じ馬車に乗って居たエレノーラが風のスキルのシールドを使い、仕掛けられた落石を止め、その騒ぎで一瞬統率を失った騎士団へ待ち伏せていた襲撃者一団の銃弾の嵐を又もやエレノーラがシールドで防ぎ、後始末を騎士団に任せ、父親の王配殿下と共にヘラリと離宮で病気療養をしていた妹のフェリシアのお見舞いに向かった。
ゲーム同様、現実でも夢見のスキルを発現していないエレノーラ。
ゲームのエレノーラは、10歳で夢見のスキルを開花させたフリをしているのだ。 王太子として認められる為に。
それは別段、前世の記憶を思い出した訳でなく妹の見舞いに行くと言う父に強請って馬車に同乗しただけである。 ゲームと違い現実では、姉妹仲は至って良好である。 大きくゲームと違うのは、エレノーラに風のスキルが使えたと言うだけである。
本人が無自覚に、父親の王配と攻略対象者の父である騎士団長を救うことが出来、エレノーラとフェリシアと攻略対象者が父無し児と成らなかったと言う喜ばしい話。
そして12歳の時、偶々、従者兼護衛だったマイルズの母親が難病と知り、南の隣国の1つから届いた珍しい種子の実がその難病に効果があると知った。 そこで植物の成長を促すスキルを持つ騎士に育てて貰い、王城にも顔を出す有能な覆面薬師に調薬してもらい、マイルズにプレゼントした。
因みに今更ながら知ったが、その騎士はゲームでは襲撃者の銃弾で名誉の戦死をしていた筈である。 ゲームではモブどころか名前すら登場していない騎士の1人だった。
暫くしてマイルズの母親が快方に向かった時、天才宰相と呼ばれているジョエルの妻もマイルズの母親と同じ病だと聞いてしまった。 なので残っていた薬を覆面薬師からジョエル宰相に届けて貰った。 こうして永らく患っていたマイルズの母親とジョエルの妻が揃って快癒し健康になったのだ。めでたい。
ジョエル宰相とマイルズの父親は親友で、父親亡き後ジョエル宰相がマイルズをフォローして、奥様と母親とも仲良く成ったらしい。 なのに二人とも同じ難病に罹り、マイルズは治療費を稼ぐ為に優秀な頭脳と特殊スキルで城勤めを熟して居た。
マイルズは母の病が回復して憂いをなくし、懸命に努力して現在若き宰相補佐になった。
ジョエルは、若き宰相だしね。彼が攻略対象者って言うことは、奥様が亡くなった後の傷心に付け込むってコトだわよねと、かなり引いた気分にエレノーラは、なってしまた。
だが、偶然の産物で攻略対象者のマイルズ・バードと同じく攻略対象者のジョエル宰相のネガティブ要因を回避したのだった。
でもって現在エレノーラの護衛騎士であるランスローが攻略対象者である。
通りで周囲の顔面偏差値が高いワケだ。
勿論、攻略対象者の恋のお相手は、全てヒロインである妹のフェリシア第二王女殿下なのだ。
当たり前だけども。
だがエレノーラは負け惜しみでなくピクリとも心が彼らには動かなかった。
ランスローは、英雄と呼ばれている父親への崇拝、それと相反する強い羨望で拗らせていた。中2病あるあるだ。 イケメンが孤高に騎士への道を究める姿に恋愛脳なヒロインが胸キュンになり、恋へのプロローグになっていくのだが、エレノーラは知らず知らずのうちに孤高の騎士になる道をポッキリ折っていた。
エレノーラが13歳の時、「うわー、ランスローの反抗期うざっ!」と罵り、「でもって無視されると拗ねるのでしょ?大体何?父親と何でも一緒じゃないと死ぬ病なの?かまってちゃんなの?結局。」と揶揄い、「父親と同じスキルが使えない?当たり前でしょう。私だって女王と同じ夢見のスキルなんて使えませんが、何か?血が同じってだけで、奢ったり安心したりするって甘えた幻想をぶち壊してあげる。親とは言え最低限の礼儀を弁えようか、そろそろ。私より3歳年上でしょ?いつまでもあると思うな親と金ですわよ。」
と、エレノーラは13歳なり言葉攻めで、16歳でいじけ虫の騎士ランスローの性根を叩き直した。
いやあ良い仕事したなと13歳だった自分を褒めてあげるエレノーラだった。
(あれだよね。拗らせた状態でゲームでは父親を亡くしたから、ランスローのとんがり方が鋭角だったのね。人によっては、気安く他人を寄せ受けず、剣の道に打ち込む姿がツボっちゃうのかもね。)
丁度、この時期にエレノーラの前世の記憶が戻ったのだ。
現実のランスローは、イケメンで脳筋な陽キャラである。 決して妹の恋のフラグクラッシャーを目指した覚えもないエレノーラだった。
そして先日、潜入調査では通称グリードとのニアミス。
別にシナリオ上でのイベントではなかったけれど、ヴィンセント叔父上からの潜入捜査の概略を説明され、岩山の砦って場所を知らされたから、ビビッと来た。 なんとなく気分は峰 不○子なエレノーラ。 ジョエル宰相の特殊スキル変身を施してもらたコトもあり、妙にテンションアゲアゲで周囲から不審がられていた。
それなのにそれなのに、道半ばで城へ強制送還。
取り敢えずはグリードの前科を重ねさせないで良かったと思うことで、なんとか溜飲を下げた。
グリードは、前世でもツボなキャラで、ワルなのに節度を持っていると言うか、憎めない。
裏稼業のボスになる為に強がると言うかワル仲間同士の意地の張り合いで仕方なく人非人であるフリをしている。
身体が大きいのも周囲が恐れる1つ。
ホントは商売道具となぞ放置して於きたいのだが、気遣うフリをしつつ、レイプを遣らせようとする部下達。 それを何とか躱したいグリード。
嫌がる女となど寝たく無いのが彼の本音。
それで思い付いたのが、自分は男が好きだと嘯くコト。 それが自分の首を絞める一歩だとも知らないで。ギャグ要素が強かったけど憎めないし、ちょっと切なさもあって好きだった。
本音は奴隷商などと関わりたく無かったが、裏稼業を名乗っている以上、請け負う仕事をイヤとか言えない。
何が嫌って、商品に奴隷紋以外で傷痕を付けること。
下級品だって一般の売り物にしちゃ高い値段で売れるし十分商売になる。 それなのに時間と労力をかけて傷物にし売値単価を下げる奴の気が知れない。
本音は奴隷商売に関わる位なら、殺しを請け負った方が気が楽なグリード。
強欲なフリをし続けているのは、いつか8歳の自分を攫った相手と理由を知る為だ。
唯の庶民なら奴隷狩りに遭うこともあるだろうが、グリードは南の公爵家の嫡男として生まれ育っていたので、そんな連中に出逢える訳が無い。
そんなこんなで後半からは、ヒロインとの犯人捜しのミステリーを解き進めながら、グリードは本気の恋を知って行くのだ。
全編グリード編でもイケると考えるエレノーラだった。
グリードを殺さなかった事で、光と瞬間移動のスキルの使った犯人への殺意がなくなった。グリードを殺して居たら第一王女の権力フルで遣い犯人を見付けるつもりだ。
そして掴まえたら北の古城の特殊監獄で、犯人の罪悪感を煽り続ける言葉攻めを24時間執行してやる。
こうしてジーンへの悲劇が回避されたのを当然エレノーラとジーンも知る由がなかった。
今、エレノーラは収容中のグリードへのファンレターをノリノリで書いていた。
ヒールな王女だって恋したって良いじゃない!
エレノーラ第一王女から、そんな劇物が届き、グリードが悲鳴を上げるまで、あと半日。
第一王女殿下の手紙だと検閲しなかった気遣い官吏にエレノーラから直接謝罪と挨拶に訪れられて、緊張の余り彼が倒れるまで、あと1日。
少し騒動があったが、エレノーラと囚人グリードの牢獄での初デートまで、あと8ケ日。
周りの反対を押し切りグリードをエレノーラ付き秘書官にするまで、あと半年。




