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Reunion in Blue  作者: 花伊 浮音
第四章 柘榴石、少年騎士
25/25

25. 人心への理解、困難なり

「ガーディットさん、お古でも鎖帷子くらい借りれば良かったのに。」


 片道六、七時間程度の道のりの道中、当の昔に森を抜け、だだっ広い草原を幌馬車は進んでいた。シェルマは度々御者台の方へ近づいてはガーディットへ話しかけに行く。暇ではないかとちょっかいをかけるためだ。

 ガーディットの現在の装備についてだが、護衛役だというのに、ろくな防具を身に付けず、防寒着以外は特に身を守る気のない軽装状態である。


「下手に身体を重くするくらいなら、俺は身軽な方がいいんだ。矢が飛んできても音さえ耳が拾えれば、後は避けるか反撃するだけで済む。賊が武器を片手に襲ってきたところで、武器の扱いも身体の使い方もなってないから、制圧も楽だ。強いて困るとすれば、魔法使いを相手取るときなんだが、金を稼ぐ術が荷馬車を襲うしかない連中に魔法使いはそういない。魔法が使えれば、基本金を稼ぐのに困らないからな。奴らが賊として出るなら、王族か貴族、どこぞに幅を利かせてるお偉方の暗殺くらいだろう。あれは……まぁ、稼ぎとしては悪くないらしいからな。」


 最後の部分は、自分の実体験があったのでガーディットは言葉を濁した。千ゴールド以上を報酬金としてもらえる破格の仕事だったので、稼ぎは悪いどころかとんでもなく良かった。勅命でもなければやらない仕事なので、久しくそんなことはしていない。


「代わりと言っては何だが、俺にとって飛び道具になる物は持ってきた。」


 この時点で詳しくは語らなかったが、手持ちのいくつかの短剣をガーディットは防寒具の中に隠し持っていた。いつかの狼に襲われたときの反省で、必要な時には常備するようにしていた。投げナイフの要領で扱うには、ガーディットにとって勝手が良かったのである。


「ムタがいる時点で出番はないだろうけどな。」


 司祭は拠点の町や村の防衛も司るので、魔法で攻撃する手段を持ち合わせている。ムタも必然その手の魔法、遠方の相手に使える術を持っているのである。


「私とお前さんの出番のないのが一番だがね。冬は賊も出づらいから心配はしていない。虫が冬に息をひそめるのと同じことだろうね。」


 自分の名前が出てきたので荷台の奥からムタが会話に口を挟んだ。

 ムタは間違いなく善人の類に属する人間であるが、世間一般の穏やかで物腰の柔らかい聖職者像とは懸け離れた言葉が不意に出る。ガーディットは、付き合いが短いなら慈愛と笑顔を振り撒く本心の読めない聖職者でも良かったが、長い付き合いになるなら建前の少ない性格の方が合っていた。ムタのこうした言葉を含めて男はこの雇用主を案外気に入っていた。


「ガーディットさん、そういえば傭兵が本業でしたね。村人仕草が様になっていたので度々頭から抜けてしまいます。」


 シェルマは、ガーディットの働きぶりを思い返す。見た目に反して、誠実で案外素直、容量がよく気も利き、力仕事に関しては他者を圧倒して物事進めることができる。村人たちから密かに、来年、再来年も居てもらうために誘惑しよう、などと話が出る程度には、男は重宝されていた。


「お前まで煽てるのか。トランの連中は、何だ。俺をそんなに村に取り込みたいのか。誰も彼も、剣より農具が似合うだの、洗濯を干すのが似合ってるだの言ってくる。」


「そのつもりなんでしょう。私とムタにとっては興味のない話ですけれど、みんなはやる気みたいですよ。ガーディットさんのトラン永住計画。」


「勝手に興味のないことにするんじゃない。あんたがどこかに行っても、首根っこを摑まえてくれるのなんざ、この村には居なかったからね。村人の誘惑に加担する気は毛頭ないが、居たいと当人が願うことになれば、居てもらう方が有難いくらいだ。」


 ムタの迎撃に「うっ」と鳴いてシェルマは後ろ首を両手で押さえる。今のところ、ガーディットは立派にシェルマのお目付け役としての仕事を果たしていた。ムタもそれに異論はなく、お転婆娘の奇行を制御できるなら、男の存在は願ったり叶ったりだと彼を評価していた。


「ガーディットさん、誘惑に負けないでくださいね。絶対にお金を稼いで、トランから脱出してください!」


「その流れだと俺を追い出したいのかお前は。」


 若干、男の声に空元気さが生じた。村で一番仲の良い人物から受けた応援の言葉があまりにも他人行儀なので、ガーディットはほんの欠片程度の切なさを覚えたのである。


「村から出たいのではないのですか?」


 ガーディットは、人の感情を度外視したこのシェルマの発言に、あんまりだと思った。少女の言は、自分の仕事が上手くいくよう願っている結果、非常に合理的な発言になってしまっている。そう頭では理解しているのだが、惜別の情もないのかと男は考えずにはいられなかった。

 

 ちなみに、このシェルマの発言に最も肩を落としたのは、ガーディットではなくムタだった。荷台の後ろでムタは大きなため息を吐いていた。我が子に人の心を理解するのは、まだまだ難しいらしいと再確認する機会がまだあるとは思っていなかったのである。そして、その被害者となった青年に同情の気持ちを娘の養母は向けたのだった。


 シェルマは自分のことで落胆する大人二人をまじまじと見た。少女は何を黙ってしまっているのか、訳を全く理解できなかった。


「どうして元気がないんですか。」


「元気がないんじゃない。呆れてるんだ。」


「一人くらい、味方がいる方が嬉しいのではないのですか?」


「シェルマ、後で理屈は教えてやるから、話題を変えるんだ。ガーディットがこれ以上いたたまれなくなる前に。」


 ムタに手招きをされたので、シェルマは荷台の内側へ戻り、緩衝材に頭を乗せて寝転がった。一人ぼっちの男の後ろ姿を、陽の光が煌々と照らし出す。

 少女は後日、暇な時間にムタからこの時の授業を受けることになった。詳細は省かれるが、以降多少発言には気を付けようとする意志だけは持つようになったという。 

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