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リップサービス②


 何か想像を掻き立てられる破壊音が時折漏れ聞こえてきたが、私は目を閉じ耳を塞いで、丸くなりながら震えていた。


 中ジョッキ四杯分の酔いなんて、ビンタの一発ですっかり醒めていた。


 それから一時間もしないうちに、片桐さんは浴室から出てきた。


 投げられた私のスマホがベッドの上を跳ねて転がった。


 片桐さんは椅子に腰かけ、煙草に火を点けると、気持ちよさそうに煙を吸って吐き出し、灰皿に燃えカスを落とした。


「で、お前はなんなの」


 問われたところで、私には片桐さんの欲する答えを持ち合わせてはいない。


 ただの会社員です。あ、いや、そういえば今日退職したんだった。


 えっとじゃあ無職です。いや、これはおちょくっている気がする。


 私が黙って考え込んでいるうちに煙草を一本吸い終えた片桐さんは、盛大なため息を吐いた。


「質問を変える。何か聞きたいことは?」


「……なんでもいいんですか?」


「無理なもんには答えない」


「じ、じゃあ、ご職業は?」


「お見合いかよ」


 片桐さんはぼそっと呟いて、小さく笑みを浮かべた。その表情が顔に似合わず子供っぽくて、不思議と緊張していた心が緩んでいく。


「フリーの掃除と解体屋」


「掃除と解体って何を?」


「死体の後始末。あんたもさっき見ただろ」


「そ、そんな仕事があるんですね」


「ナポレオンも言ってただろ。人の想像しうることは実現可能であるって」


「は、はぁ」


「世の中ってのは案外、漫画とか映画みたいなこともよくあるって話」


 そんなスプラッタな世界なんて知りたくもなかった。


 なんでこんなことになったんだっけ?


 ただの欲求不満を解消しようとしただけなのに。


「あの、私はなんでここに連れてこられたんですか」


 二本目の煙草をふかした片桐さんは眉間にしわを寄せ、バツの悪い顔をした。


「仕事の手伝いかと思ったんだよ」


「それは、どうして?」


「あんたも使ってるマッチングアプリあんだろ。あれ、掃除屋に依頼するツールを偽装したもんなの」


 そう言うと、片桐さんはどういう経緯で私を連れてきたのかの説明をしてくれた。


 この偽装したマッチングアプリは、死体を秘密裏に片付けて欲しいなどの依頼がある人は女性として登録し、それを請け負う人は男性として登録している。


 依頼者は認証バッチのついた男性に『いいね』なりアクションをかけ、男性側がそれを承認する。


 メッセージで依頼内容や成功報酬などを隠語を交えて提示し、詳細は直接会って交渉となる。


 あるいは、初めて仕事をするという人の場合も、依頼人と同様の手順で登録し、同業の先輩に手ほどきを受けるのだとか。


 私はどうやら、その同業と同じ手順を踏んでしまったらしく、こうして現場に連れて来られたというわけだった。


 ちなみに、死体の片付けだけでなく、殺しも請け負うことがあるらしい。


 本番がその隠語で、私は5万円でそれを請け負うとか言っていたみたい。


「こ、ころ、殺しも?」


「仕事と、あとは必要に迫られなきゃやらないから安心しろ」


 そう言われてもまったくもって安心できなかった。


 なぜなら、その必要に迫られてというのが今だからである。


 一般人に知られてはいけない仕事を知ってしまった私は、真っ先に消される対象に違いないのだ。


「あの、なんでこんな話を私に?」


 私は恐る恐る尋ねてみた。


 片桐さんは口元を歪めてニヤリと笑った。


「ちょうど手伝いが欲しいと思ってたところなんだよ」


「というと?」


「最近じゃ若手が足りなくてどこも人手不足なわけ。それなのに依頼の量は減るどころか増える一方でさ、猫の手も借りたいんだよね」


「えーっと、つまり?」


「察し悪いな。俺の下で働かないかってこと」


「拒否権は」


「いいよ別に断っても。片付ける死体が増えるだけだから」


「で、ですよねー」


 やりたくない。死体の処理なんて怖いよ。というか処理ってなに、ナニすんの?


 でも断ったら殺されるじゃん。死にたくない。まだ二十代だよ、わたし。人生これからじゃん。結婚もしたいし、子どもも欲しいし、いやでもオフィスレディとして仕事もしたい。


 ……いや別に働きたくはないな。仕事なんて、朝は丸の内のビルに社員証をかざして入り、適当な事務仕事を片付けて、お昼はおしゃれなレストランでランチを食べて、定時に帰って好きなことをやるのが理想だ。お給料はそこそこ、管理職手前のポジションで、ボーナスは年二回、ちょっと年上の彼氏と付き合って、寿退社をして、専業主婦になりたい。


 もっと言えば、なんかこう、キッザニアみたいなので満足だ。


 仕事なんて、できればしたくない。


 命の危険さえある怖い仕事なんてもっと嫌だ。


 でも、断ったら殺される。


 詰んでるじゃん、わたし。


「あの、一応聞いていいですか」


「なに?」


「お給料ってどのくらい」


「依頼内容によるし、まあ、ピンキリかな」


「じゃあ、今回のは」


「あー、諸経費引いて、ざっと二十万ってとこかな」


「こういうのって月にどれくらいあるんですか?」


「本人のやる気次第。でもまったく受けないと逃げたと思われて追われるね」


「私にもできますかね」


「まあ、たまに捕まる馬鹿もいるけど。私情を挟まなけりゃ誰でもできると思うよ」


 私は覚悟を決めた。選択肢が実質一つだけなので、あとは気持ちの問題だけだった。死にたくないという後ろ向きな考えが後押しされたのは、意外と待遇のいいことが分かったからである。


 しくじったら死ぬか、よくて逮捕されるわけだけど、今死ぬよりはマシだろう。


「やります。ここで働かせてください」


「オーケー、じゃあさっそくだけど次の仕事ね」


 リュックの中からA4サイズの茶封筒を取り出し渡してきた。


 中を見てみると、ペラ一の顔写真付きプロフィール資料が何枚か入っていた。


「これ、なんなんですか」


「次のターゲットたち」


「死体処理の?」


「いんや、死体にする方」


「えっ、あっ、あれ、これって」


「なに」


「あの、なんか知り合いが……」


 ペラペラとめくった資料の一枚に、見覚えのある顔と名前があった。


「へぇ、どういう関係?」


「元上司です。今日辞めた会社の」


「ふーん。恩義があったりする感じなの?」


「いや、仕事は出来るんですけど、セクハラがひどくて、生理的に受け付けません」


「じゃあちょうどいいや。そいつ、今日ここに呼び出してあるから殺してみてよ」


 いくらなんでも展開が急すぎやしないだろうか。しかも処理じゃなくて殺人だし、手伝いって話だったのに私がやる流れになっている。というか、女の私が簡単に男性を殺せるわけないだろ。


 そう思っていると、片桐さんがリュックを漁って、拳銃を取り出して私に投げた。


 危うく落としかけながら、なんとかキャッチして、拳銃はずっしりと重たい。


「ほ、ほんもの?」


「セーフティ外してあるから気を付けろよ。あと、ちゃんと頭狙え」


 もう何がなんだか分からない。理解がまったく追いつかなくて、新人だった会社員の頃みたいだった。


 こうなるともう、言われたことを一切の疑いをもつことなく遂行するロボットになってしまう。


「あの、音とか大丈夫なんですか」


「防音だから、その辺は気にしなくていい。本当は首絞めんのが一番いいんだけど、まあ初めては難しいだろうから」


「お店の人に迷惑とかは」


「ここの店名見ただろ。requiescat in pace 要するにそういうこと用に部屋を貸し出してんの。なんなら片付けとかも金払えばやってくれるぞ」


 言って、片桐さんはスマホを操作していた。圏外じゃなかったっけと思ったが、仕様上使えるようにしているとかそんなところだろう。


「お、もういるってよ」


「え、どこに」


「向かいの部屋だな。ほれ行ってこい」


「え、えっ?」


「デリヘルみたいなもんだ。毎週金曜日はお楽しみらしいからな」


 背中を押されて、私は部屋から追い出された。


 こうなったら、いよいよ、やるしかない。


 心臓が痛い。うるさい。耳鳴りがする。お腹も痛くなってきた。


 でも、これ、プレゼンの時と同じだ。


 頭が真っ白になっているところまでそっくりだった。


 気付けば勝手に、私は向かいの部屋をノックしていた。


 返事がして、ドアが開く。


「あ? 江口?」


 あからさまに嫌そうな顔をされて、「チェンジしますか?」挑発すると、


「いや、お前でいいや」


 下卑た笑みを浮かべ、背を向けた。


 私は部屋へと入り、懐から拳銃を抜いて、ドアが閉まるのと同時に引き金を引いた。


 轟音が鼓膜を打ち、弾丸の衝撃に腕ごと体をもっていかれた私は尻餅をつく。


 火薬の臭いが鼻について、目を開けると、ベッドや壁に血が飛び散っていた。


 元上司はうつ伏せになって頭から血を流して倒れている。


 あまり狙えなかったけど、ちゃんと当たっていたらしい。


 やった!


 コンコン、と扉をノックする音がして、我に返った。


 ま、まずい、誰か来た。


 壁を支えにして腰の抜けた体を立たせ、ドキドキしながらドアを開ける。


「やれた?」


 ドアの前にいたのは片桐さんだった。


 心底ほっとして、力がまた抜け、その場にへたり込んだ。


「うっわ、盛大にやったな」


「すみません」


「まあいいや。ずらかるぞ」


「え、死体は処理しなくていいんですか」


「そっちはまた別のやつがやるからいいの」


「そういうもんなんですね」


 片桐さんの手を借りて立ち上がり、私たちはそそくさとラブホテルを出ていった。


 近場の駐車場に案内され、止めてあった一台の車に乗り込む。


「よくやった」


 頭を撫でられて、なんだかちょっと、悪い気はしない。


 私ってもしかして、殺しの才能があったのかもしれないと得意気だった。


「どう、やっていけそう?」


「頑張ります!」


「まあ今はいいけど、落ち着いてくると思い出して吐いたりするから気を付けてね」


「大丈夫です、多分」


「そう。それならいいんだけど」


 車が発進して、駐車場を出る。向かう先は分からなかった。


 けれど、不思議と恐怖心はない。


 むしろワクワクさえしている。


 さあ、新しい私のはじまりだ。

requiescat in pace (通称R.I.P.) は『安らかに眠れ』という意味です。

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