ep.15 水無月マイは、後悔する
◇水無月マイの視点◇
――都立東品川高校の神隠し事件。
それは10年前に、とある高校の『クラスメンバー全員』が行方不明になったという大事件、いや『怪事件』だ。
スキー合宿の帰りに、高校の1クラスと教師を乗せたバスが、雪山で地震による雪崩に巻き込まれ遭難。
普段は一晩で積雪10cmがせいぜいという地域で、過去例を見ないという1時間150cmを超える大雪で捜索は難航。
懸命な捜索でバスが発見されたのは48時間後だった。
生存の可能性は絶望的だったけど、この事件の不可解さはここからだった。
発見されたバスの中からは、生存者どころか遺体すら出てこなかった。
生徒、教師、バスの運転手までがこつ然と姿を消してしまった。
雪崩によってバスの窓ガラスの一部は割れてしまっていたそうだけど、バス社内はまったく荒らされておらず荷物などはそのままで、人だけがいなくなってしまったそうだ。
もちろん大ニュースになり『大規模な誘拐事件だ』『某国の拉致事件だ』『UFOに連れされた』『心霊現象である』など、様々な予測、憶測が飛び交った。
結局、真相は未だにわかっていない。
最終的には『野生動物の群れによって、遺体が運び出された可能性が高い』という曖昧な結論になったと聞いてる。
しかし専門家曰く「これは野生動物のせいじゃない!」と断言しているとか。
その結果、通称になったのが『神隠し事件』。
実にファンタジーな名称だと思う。
それくらい不可解な事件だったそうだ。
連日テレビで報道はしていたらしいけど、当時保育園児だった私はほとんど覚えていない。
それでも定期的に『神隠し事件の真相は!』などの特番が組まれるほど有名な事件なので、私も一般的な知識はある。
私にとって、有名だけと昔にあった遠い世界の事件だった。
知り合いに直接の関係者だっていたことはない。
これまでは。
(まさか……シロウくんのお姉さんが神隠しにあった当事者だったなんて……)
想像もしていなかった。
「ごめんね、言うタイミングがなくて」
シロウくんが申し訳なさそうに笑った。
「…………」
私は何も言えない。
シロウくんは悪くない。
大好きだったお姉さんが亡くなった事件を、自分から言い出したいはずがない。
なんで私は少女Aちゃんのイラストを見るたびに「シロウくんはシスコンだなー☆」なんて、言ってしまったんだろう。
今までの失言を思い出すと、今すぐ逃げ出したかった。
「デザート食べないの?」
「う、うん……」
正直、食欲は消え去ってしまった。
自分のバカさ加減に
(ど、どうしよう……今までシロウくんを散々、シスコンとかからかちゃって……絶対怒ってるよね?)
シロウくんは優しい。
それは一緒に漫画を描いていて、いやというほどわかった。
まず、怒らない。
すこし気を使い過ぎなところはあるけど、とにかく人が良い。
だからきっと無理をして……と私はぐるぐる頭を悩ませていると。
私が気にしていると思ったのか、シロウくんは「気にしてないよ」と言ってくれる。
そして、ぽつぽつと過去のことを語ってくれた。
「うちの両親は共働きで、朝早くて帰りが遅いから、姉さんが親代わりなところがあったんだ。兄さんたち含めて、兄弟は誰も姉さんに頭が上がらなくて……特に僕は姉さんにものすごく懐いていたらしいよ」
「らしいって……どういうこと?」
大好きなお姉さんじゃなかったの。
覚えてないの? という私の質問はすぐに答えが判明した。
「姉さんが行方不明になって……ショックを受けた僕は、しばらく喋れなくなって、保育園も通えなくなったんだ。当時は、両親の代わりに一番姉さんと過ごす時間が長かったみたいで……。その後、しばらくは自宅で療養してたんだけど、全然良くならなくて。で、そのうち幼かった僕は、姉さんの記憶が無くなっていったみたいんだ。辛い記憶やトラウマを脳が無理やり忘れさせるって症状があるらしくて」
「それって……解離性健忘……?」
「なんかそういう名前らしいね。あとで知ったよ」
シロウくんは何でもないように言うけど、私は呆然と聞いていた。
「でもさ、当時の僕は姉さんのことを忘れたくなかったんだよ。大好きだったから。だから、その時の僕は姉さんを忘れなようにひたすら紙に姉さんの絵を描いてたんだって。兄さん曰く、一日に100枚以上描いてたっていうけど、それはいくらなんでも大げさに言ってるんじゃないな。当時の紙は全部処分したから残ってないけど、あの時の絵を描いたことは身体が覚えていて……だから少女Aは今でも一番うまく描けるんだ」
そう言ってシロウくんはコーヒーの残りをぐいっと飲み干した。
私は何も言えず、ただそれを黙って聞いていた。
今まで、シロウくんの画力が羨ましかった。
才能がある人はいいなー、とぼんやり思っていた。
でも……違った。
シロウくんの絵の上手さは、亡くなったお姉さんと引き換えなんだ。
「あとね。姉さんと遊んだ記憶はあんまり無いんだけど、昔姉さんに絵を褒められたのは覚えてるんだ。『絵が上手くなったらお姉ちゃんのこと可愛く描いてね』って言われたのだけは、はっきり覚えてて。…………今ならうまく描けると思うんだけどね……」
と寂しそうん微笑むシロウくんを見て、私は胸が苦しくなった。
シロウくんが一番、絵を見てもらいたかったお姉さんは……。
「ごめんね、暗い話をして」
「ち、違うよ! 私こそごめん! 全然知らなくて!!!」
謝られてしまった私は、慌てて首を横に振った。
うぅ、でもこれから少女Aちゃんを気軽には頼めない。
まさか、そんな辛い思い出があったなんて。
私の気持ちが表情に出てしまったのかもしれない。
「いいよ。10年も前のことだから。それにマイさんがたまに僕のことを『シスコン』ってからかってくるのは少し嬉しかったんだ」
「………………なんで?」
私は怪訝な声できいた。
普通、怒るでしょ?
「だってシスコンってことは、家で姉に甘えてる弟ってことだから。まるで近くにアヤ姉さんがいるみたいな気がしてちょっとだけ嬉しかったんだ」
シロウくんは穏やかな顔で言った。
「そ、そっか。シロウくんはお姉さんのことが大好きだったんだね……」
私はぽつりと言った。
それは以前に言ったのと同じ言葉だ。
シロウくんはしばらく何も言わなかった。
「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」
「え?」
突然、詩っぽいことを言い出したシロウくんにきょとんとする。
「僕の好きな言葉。大好きだった姉さんはもう近くにいないけど、姉さんに褒められたおかげで僕は絵が上手く描けるようになったし、姉さんをモデルにしたキャラを描いたおかげでマイさんと仲良くなれた。やっぱり姉さんには頭が上がらないね」
と優しく笑った。
(あ……その言葉はあの本の……)
思い出した。
シロウくんがよく読んでいる赤と緑の表紙の小説。
その中の一節だ。
(そっか……あの本は親しい人が亡くなってしまって残された人の話だから……)
暗い話で私は好きになれなかったけど、今ならシロウくんが愛読している理由が少しわかった。
(シロウくんは私に怒ってない)
それはわかった。
けど、言わないといけないことはある。
私は、シロウくんときちんと仲良くしたいから。
「ごめんなさい、シロウくん。知らなかったとはいえ、色々と無神経なことを言って。でも、これからも私と仲良くしてくれますか?」
私は頭を下げて言った。
「もちろん。それに僕こそ感謝してるんだ。今までやりたいこととかなくて適当に生きてた僕が、絵でなら頼ってもらえるのがわかって。マイさんと漫画の描き方を真剣に話すのはとても楽しいよ。これからも、よろしくね」
私が頭を上げると、そこにはいつものように優しく微笑むシロウくんの顔があった。
いつもの優しい彼だった。
(やば……)
ドキン! と大きく胸が高鳴った。
そのままドキドキと大きな鼓動でなり続ける。
顔が熱い。
シロウくんの目を見ていられない。
私は慌てて目をそらした。
「どうしたの?」
心配そうに顔を覗き込まれ、私は顔が赤くなるのを自覚した。
「だ、大丈夫だから! そろそろ、お店でよっか」
「そうだね」
デザートは少し残してしまったけど、ゆっくり食べる気力はなかった。
帰りの車の中では、無言の時間が多かったと思う。
普段は私からガンガン話しかけるのに。
シロウくんはあまり気にすることなく、車の窓から外の風景を見たり、たまにスマホの画面を眺めている。
私は横目でその顔を追う。
(シロウくんって、飾り気がないなら目立たないけど整った顔してるなー)
今さらながらそんなことを思う。
お兄さんはモテる人らしいし、シロウくんもキャラ次第できっとモテるんだろうな、と思った。
もちろん、そうはなってほしくない。
シロウくんの良いところを知ってるのは、私だけでいい。
「じゃあ、また今度。シロウくん」
「うん、ご飯ありがとう、マイさん」
駅まで彼を見送って、私は車の後部座席に深く座った。
さっきまで隣にシロウくんが居たのに、居なくなると空気が薄くなった気がする。
(はぁ……)
心の中でため息を吐く。
さっきまでのドキドキが治まった。
やっと落ち着けた。
でも、さみしい。
本当はずっと一緒にいたかった。
でも、そうしたら私はドキドキしてまともな思考ができなかっただろう。
さっきみたいに。
(やばいなぁ……)
どうしようもないほど自覚する。
私――水無月マイは、漫画作りの補佐であり、絵の先生である佐々木シロウくんを好きになってしまった。
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次回の更新は、5月13日です。




