第一章 君にはじまる物語
2年前に地方の島から都心の街に引っ越してきた女子高生・織美は、近い未来を見ることができるようになった。友達の言動や学校の授業内容。恋人の優と行った知らないはずの場所になぜか見覚えがある。そしてある日を境に織美は優のまえで急に態度を変え始めたりと不自然な行動が目立つようになっていった。それは織美に絶対に隠し通さなければいけない悲しい秘密があった―――。お互いを思いあう2人の伝説にまつわる物語。
「うわぁ!」
突然大声を出して飛び起きた。
全身が汗でぐっしょりで、寝巻きが汗を吸って重くなっている。
「あっつー……」
眉間に皺を寄せながら視線を斜めに上げる。
カーテンからは日が差し込み、部屋が灼熱地獄と化していた。そのカーテンを少しだけ捲る。
閉まったままの窓の向こうには深い青色の空が広がっていて、窓際に育てていた小さな植木鉢のサボテンが太陽の光を受けて生き生きとしている。
それとは対照に彼女は連日の暑さで悲鳴を上げていた。まだ7月の上旬だというのに日中の最高気温は35℃を超えているのだ。今年は梅雨が短く2週間ほどで終わってしまって、今は猛暑日が1週間以上続いている。
そのことにニュースの天気予報では地球温暖化だとか色々と言っていて、この暑さには電気も足りないらしい。これまたニュースで節電を呼びかけていた。
──こっちはまだ、学校あるんだから。
またベットにドンと倒れる。その衝撃で枕元で充電してあったスマホがベットから落ちて、部屋にドンと重い音が響く。
落ちたスマホを拾いながらサイドボタンを押した。
─7月7日 6:00─
顔認証でロック解除し、天気予報を確認する。
天気アプリの週間天気予報には、晴れを示す太陽のマークがずらりと1週間後まで並んでいて、この暑さはしばらくは続きそうだ。
スマホから目を離すとベット脇にかけてある制服が目に入って、思わずため息が出た。
「Hey Heri 冷房つけて」と彼女はスマホに向かって話しかける。
「わかりました。冷房をつけます」
そうスマホのAIが答えると、真上にある白いエアコンの電源がついて涼しい風が部屋を満たしていく。
少し涼しくなった部屋で彼女は、今日見た夢のことを思い出した。
不思議な夢だった。とても現実的な夢で、自分の知っている人がたくさん出てきたのを微かに覚えていた。しかし、夢でどんなことをしたかについてはもう思い出せなかった。
何か大切な何かを託されたような、伝えられたような、そんな記憶が今の織美には感覚として残っていた。
***
まだ朝日が指す中で彼女は、シャワーを浴びて汗を流していた。
朝にお風呂なんて滅多にしないけど、夜に入るお風呂と違って何か特別な感じがする。鼻歌なんか歌ったりして気分も上がっている。
濡れた髪をタオルで拭きながらリビングへ行くとTVで朝のニュースをやっていて、七夕について特集が組まれてた。
「全国各地では去年一昨年とコロナ禍で縮小や中止されていたお祭りが、今年は全面解禁で開催される予定です」
画面にはそうナレーションされながら、全国各地の七夕祭りの映像が流されていく。
その映像の中にはいくつか見覚えのあるものもあったり、実際に行ったことのある祭りもあった。
そうしていると、寝癖が目立つ弟の涼がリビングに入ってきた。
涼は近くの中学2年生で、部活はサッカーをやっている。そのおかげか最近は練習で肌が真っ黒に焼けている。
「ねーちゃん、今日七夕祭り行くの?」
「ううん、テスト前だからいけない。中学生はいいなー、期末テストがもう少し先で」
七夕祭りはここ一宮市の河川敷で行われる七夕に因んだお祭りで、都心や地方から多くの人がやってくるかなり伝統のある有名なお祭りだ。
歴史はかなり古いらしく300年以上続いているなんて話も聞いたことがあった。
「いってきまーす」とお母さんに声をかけて織美は家を出る。
一宮高校は自転車で15分くらいで着くところにあって、家の前に停めてある白い自転車に乗って学校へ向かった。
自転車を漕ぎ出すと、さっきまで感じていたどっしりとした暑く湿った空気が風で少し和らいで、髪の間を撫でるように優しい風をうける。
周辺の景色が住宅街路から海が正面に見える国道へ変わっていく。と同時に少し下り坂の道になって自転車のスピードが一段と速くなった。そうして受ける風も少し強くなり、じんわりとした汗が蒸発して一層涼しく感じた。
「あーみー」
背中の方から風切り音に負けない声が飛んでくる。
キーっとブレーキをかけて後ろを振り返ると、サーっとブレーキを解放して降りてくる2台の自転車が見えた。
同じクラスの香菜と舜だ。舜は風を受けて髪型がオールバックになっていた。
舜はいつも徒歩で登校しているため、気づかないのだろう。
「舜、風で髪型おかしくなってるよー!」
「え、ほんとだ、せっかく髪セットしたのにぐちゃぐちゃだ」
そう言って、舜は一生懸命に髪を直そうとしていたが、当たり前に風を受けているので直せるわけもなく、状況はさらに悪化していた。
それを見て隣の香菜が舜の髪を見て笑いながら「あとで直して上げるからそのままにしておいて!」とまるで夫婦の突っ込みをする。
私はその会話を聞いて、
ー相変わらず仲良いなぁ
そんなことをしていると長い坂道が終わりになって、すぐに一宮高校の正門の前に着いた。
駐輪場に自転車を止めて舜と香菜と合流する。
「あれ?今日は優と一緒じゃないの?」
「うん、先に行って勉強してるみたい」
「真面目だなぁ〜優は」
「いや、もうテスト1週間前でしょ」
「…………」
少しばかりその場に沈黙が流れる。
「え?もしかして知らなかったの?昨日のホームルームで先生言ってたよ」
「まじか、やべえ何もやっていない」
いつもそんな感じでしょー、と私は青ざめた舜に言い放った。
「優、今日も早いな」
そう声をかけてきたのはクラスの委員長の徹だった。
高身長で運動成績共に優秀、まさに理想の塊みたいなやつだ。
「あ、今日の七夕祭り津和さんと行くの?」
「いや、流石にテスト1週間前だし辞めとくよ」
「そうか、でもあんまり放置はお互いに良くないぞ」
「余計なお世話だ」
しかしそうは言ったものの、確かに最近は朝一緒に登校するだけで、サッカーの練習であんまり会えてないし連絡はしていたけど……。
不安になって連絡をしようと思ったが、お互いに邪魔になるかと思って連絡はテストが終わるまでは結局しなかった。
「テスト終わったー!」
前に座る舜と横に座る香菜の声がハモる。
「2人って本当に気が合うっていうか、仲良いっていうか。すごい」
私がそう言うと舜が
「まあ幼馴染だし、似てるかもな」
「そっか、確かに」
「織美、何納得してんのよ。私はこんなやつと同じじゃないし」
「ひどぉ、なんで俺と似てちゃ悪いんだよ」
「だって舜、授業とか宿題とか提出物とか、誰が見たってお粗末じゃない!」
「うう、それは」
香菜はその後も舜のことについてブツブツと文句を並べている。それに対して舜は、言い返したりブツブツとしていた。
ほら、やっぱり似てるよ。
そうすると舜が織美の愚痴を振り払って、
「あ、そうだテストも終わったことだし、優も誘って放課後海行かない?」
「いいね、海行こう!」
そう言ったのは隣の教室から来た優だった。
「よし、じゃあ4時に校門集合!」
静かに波が横に長い海岸線に広がっていく。空を見ると夕日でまばらに浮かぶ白い雲が柔らかなオレンジ色になり、そこには幻想的な風景が広がっている。
まだ暖かいサラサラとした砂浜の上に4人、海を眺めて座る。少し暑さの残る湿った風が海の方から髪の毛を少し揺らす程度に吹いていた。
「もう、夏休みだね」そう舜が静かに呟いた。
すると香菜が「1学期まだあるし、あんたは夏休み部活あるでしょ?」
その鋭いツッコミに舜はげっとして、ため息をついたので、思わずみんなで笑ってしまった。
「ほんと仲良いよな、2人って」と優が舜と香菜を指差して言う。
「え、それ織美にも言われた」と少し嬉しそうに舜が言った。
「でもそんなこと言ったら2人だって、似てるとこいっぱいあるよ?」
確かに私と優が似ているところは確かにあると思う。まあ、小さい頃から一緒ってこともあるけど、それよりも好きな人と好みを合わせたりしたりしたいと思うからだと思う。
「まあね」
「ん?」
香菜に言ったつもりが、香菜は私の返事を聞いてまるで、それが常識はずれだったかのように、驚いていた。私は何か変なことを言ってしまったのだろうか
すると香菜が口の動きでやっと理解できるような声で「優と喧嘩したの?」
「してないよ!」
突然の香菜の質問にびっくりした
「また何か優にスルーされて拗ねてるだけだろ」
と、私たちの話を聞いたのか舜までおかしなことを言ってきた。
すると、突然強い風がふきだして、視界全体の景色が暗くなった。
何かおかしい──
咄嗟に思って、左を向くとそこに居たはずの優がいない..
怖くなって香菜に話そうとしたが、振り返った私の左側には、2人は見えなくて、座っていた跡すらも無くなっている。
みんな帰っちゃったのかなと信じられない気持ちになりながら、さっき脱いだ靴を探そうと浜辺の入り口に向かおうと立ち上がって歩き出した、しかしそこには学校へとつながる一本道はなく、そこには岩肌が剥き出しの断崖絶壁が見上げられないほどに高く浜辺を海と囲うように切り立っていた。
すると、さっきまで暗かった視界が一瞬だけ明るくなって砂浜が輝いた。絶望感に浸されながらも気になって空を見上げると、雲が信じられないほど早く流れていた。さらに雲と雲との間からスポットライトのように無数に光が差し込んでいている。
突然砂浜にザーッという音が響く。まるで海に引き込まれるような感覚がする。しかし、音の響く海に目線を向けると、そこには潮の満ち引きによって現れる橋と小さな鳥居があった。橋は水面スレスレに立っていて、架橋の部分だけしかない。そしてその橋は果てしなく遠い地平線の彼方まで続いていた。
織美は突如現れた目の前の橋に吸い込まれるように、鳥居をくぐって橋に足をかける。海の上に立つ橋は、いざ歩いて見ると周りが海で囲まれているからか海に浮いているような感覚になった。
橋はよく見ると鳥居と同じ朱色で装飾されていて、橋桁には鳥の絵も描かれている。
織美は橋から見える景色と橋の装飾に夢中になってしまって、来た跡を振り返ると橋の手前にあった鳥居がとても小さくなっていた。改めて周囲を見回すと、海しかないことが急に怖くなって引き返そうとした。
その時だった。
さっき引ききった海が急速に満ち始めた。
橋はどんどんと海に飲み込まれていって、目の前にあった橋桁は砂浜に走り帰る間に無くなってしまいそうで、もう水位が足首よりも上まで上がってきていた。
私はビチャビチャと水で重くなった足を必死に上げて走っていた。
「はあ、はあ、はあ、」
あともう少し──
あともう少し──
そう思ったときだった。
気づくと私は橋から投げ出されて、宙に浮いていた。水面に着く前に目を固く閉じた。
風の音が、ぷつりと切れた。
目を開くと、そこは一寸先が全くとして見えない白銀の世界が広がっていた。
雨と雪が混ざり合い、何もかもが壊れてしまいそうなくらいの風が吹いていて、景色はとてつもない速さで空を駆けている。
彼女は空高く雲の中に浮いていた。
突然、風の強さが増し、一気に辺りの雲が散り散りになり始めた。
すると辺りの薄暗い色の雲が、太陽に照らされ純粋な白色へと変化していく。
さらに強く巨大な風が下から噴き上がり、まるで空と地をつなげるトンネルのように、雲にぽっかりと穴を開けた。
ここは青空の真ん中だった。
強い風に吹かれながら下を見るとそこにはあの島の町が広がっていた。
まるで霧がかった川に風が吹き、反対側の岸が見えるかのようだった。
もう一度目を開くと、ぐっしょりと汗を含んだ寝巻きがキンキンに冷えた部屋の空気で冷たくなっていた。
──夢……?
そう思って、スマホを確認した。
日付は7月7日のままだった。
──やっぱり夢か
そう思ってベットから立ち上がろうとすると、
ぐしゃ。
足の裏に何か紙のようなものを踏んだ感触。
拾い上げてクシャクシャになった紙を広げてみると、それは七夕の短冊だった。
最初は自分のものかと思った。しかしそれはとても繊細で丈夫な紙できていて、書いてある文字は筆で書いたような字だった。
試しに読んでみる。そして彼女はある約束を思い出した。なぜあんな夢を見たのかその理由がはっきりとわかった。
──今日が7月7日ってことは……
私はスマホのカレンダーで約束の日までの日数を数えた。
──あと、43日。
そしてそのカレンダーに運命の日を設定した。
ついに始まる。また新しい日が始まる。
今までの世界と変わっていないように見えて、でも絶対に変わった世界が。
胸の奥で決心したその勇気とあの約束を誰にも知られないように、いつもと同じ、何も変わらない1日を送るんだ。
私は一つ深呼吸と
──きっと大丈夫。
そう心の中で唱えて、彼女は部屋を出た。
高校2年生の夏が、もうすぐそこにやってきている。
2022.8.27
次回の第二章は9月3日です。




