第46話 ぷてろすてぃりすと!3
「わぁ……凄ぇ」
敷地全体を囲うフェンスの間から屋敷を覗くと、あまりの大きさに感嘆の声が漏れ出てしまった。
プテロスティリスの四人が住むという家は想像以上に大きく、まさに豪邸と言っても過言では無かった。一等地であるにもかかわらず、庭付きの屋敷が広がっているのだ。
都会で生まれた俺はマンション暮らしで、アルトナー家でさえ広い一戸建てだと感じた。だが、この屋敷は一目見ただけで分かる。比べ物にならない。金のかかり方が違うのだ。
「なにボサっとしてんの。入るわよ」
背中のクラリッサが自身の身体を揺らし、俺の意識を現実に引き戻す。
目の前ではリーゼを支えるレータと、錠門を開けるレーネが見えた。
「あ、はい……いや、俺か入るのはまずいのでは?」
広い庭から屋敷まで数十メートルあるが、ここはクラリッサ邸正門前。一歩踏み出すと敷地内だ。中に入らずとも、泥酔したクラリッサ達を家まで送るミッションはこれで達成と言えるだろう。
「いいから。まだ動けそうにないの……屋敷までお願い」
普段の高圧的な態度とはまるで反対のか細い声に、断る選択肢は潰されてしまう。
「……分かりました」
背中のクラリッサを寝かせたらすぐに帰ろうと決め、鍵を開けて敷地の中へと入るレータとレーネの後を追った。二人に挟まれたリーゼは、相変わらず意識が無いまま運ばれるだけだった。
「お邪魔します」
広い庭を抜けて屋敷に入ると、タイミング良く明かりが灯る。吹き抜けになった玄関と、奥の階段が視界に入った。高い天井にシャンデリア、壁には高名な画家が描いたであろう絵画が飾られていている。そんな絢爛豪華な内装は結婚式場を想起させた。
ふわりと背中から降りるクラリッサ。
その時、屋敷の奥から燕尾服を着た少女が現れた。
「おかえりなさいませ。お嬢様、リーゼ様、レータ様、レーネ様。それと、ようこそおいで下さいましたご客人」
玄関前でお辞儀をする少女。動作の一挙一動が洗練されており、本来は男性用である執事姿も様になっている。
「いえ、俺はただ酔ってしまったクラリッサさんのことを……」
「いい機会ね。彼女はリーン。まぁ、簡単に言うと家令ってとこかしら。私達がダンジョンに行っている間は留守を任せているし、普段の生活もお世話してくれる。更に、家の事務や会計など面倒な執務までこなす、この家に無くてはならない存在なの」
俺は客では無く、クラリッサを送って来ただけと言おうとしたのだが、途中で遮られてリーンという名の少女を紹介される。
「お嬢様からご紹介に預かりました、リーン・アーベンロートと申します。以後お見知りおきを」
「あ、どうも。朔夜、いや、一ノ瀬朔夜と申します」
頭を下げるリーンに対し、俺も慌ててお辞儀をする。日本人として反射的に返してしまうのだ。
「こっちに来て朔夜」
「あの、俺は……」
「いいから!」
無事クラリッサを送り届けるミッションを終え、帰宅しようと思っていたのだが、クラリッサに腕を取られ強引にダイニングに引き摺りこまれた。
そのダイニングはというとかなり広く、絵画に描かれた晩餐会を彷彿とさせた。
片側に八人は座れる大きなテーブルに、整理され並べられた椅子。
テーブルの端にリーゼを座らせるレータとレーネ。支えが無くなったリーゼは、テーブルに頭を打ち付ける。そんなリーゼの隣に二人も座る。
俺はそんな彼女達の反対側で、クラリッサの隣に座らされた。
「朔夜はまだお腹減っているみたいだし、軽く食べていって。リーン」
「如何なさいましたかお嬢様」
クラリッサの声に素早く反応し、斜め後ろに出現するリーン。
「軽く食べられるものと、ワインセラーから数本お願い」
「かしこまりました」
お辞儀をし、ダイニングを後にするリーン。
それにしてもまだ飲む気なのか、この金髪ロリモンスターは。店でかなりの量を飲み、屋敷に移動するまでの数十分で酔いが覚め、シラフになるまで回復した。高い攻撃力に加え、圧倒的な自己治癒能力まで兼ね備えている。流石は高ランクパーティーの長ということか。
そんな事を考えている内に帰るタイミングを失ってしまったが、折角だ。ご飯だけ頂いてからお暇しよう。
一分もかからず、人数分のグラスと酒が入った新品のボトルを持ってくるリーン。ボトルを手に取り、当然のように開けようとするリーンを制し、先に料理をと言って自らワインを開けるクラリッサ。リーンは無言で頷き、キッチンへ移動した。
多分リーンは一番にクラリッサのグラスに注ぎたかったのだろう。クラリッサに対して並々ならぬ敬愛の意があるのは行動の端々から伺える。
「しゃあああ! 飲むぞぉぉお! んん! んまー!」
いつの間に起きたのか、ぐでんぐでんだったリーゼがワインをラッパ飲みしている。レータとレーネはそんなリーゼを止めずに、お互いのグラスに酒を注いで『カンパーイ』と言ってグラスを軽く打ち合わせていた。
「あはは、なんだこれ、自由すぎでしょ……」
思わず独り言を呟く。
そんな自由気ままな光景に、目には見えない絆のようなものが垣間見えた気がした。俺は傍から見ても羨望の眼差しを送っている様に映るだろう。――――当然だ。同年代の仲間というものが羨ましく……感じたのだから。
「あら、どうかしまして?」
ボトルを持ち、優雅に酒を注ぐクラリッサ。そんな彼女を見た瞬間、思考は停止し、目を見開いてしまう。空想の世界から飛び出してきたかのような、まさに想像通りの貴族令嬢が目の前にいるのだ。
「あ……いや、何でもありません……」
一瞬目を奪わててしまったなど、口が裂けても言えない。
「あらそう。これ、さっきの店と同じ甘くて美味しいお酒よ。飲んでみて」
そう言ってグラスを渡すクラリッサ。
俺の分まで注いでくれたのだ。少し優しくされて、心臓がドクリと跳ねる。
「あ、ありがとうございますクラリッサさん。いただきます。ごく、ん、うん。ブドウ味で美味しいです」
先程飲み屋で飲んだものと同じ味だ。
「これとね、また別の混成酒と合わせるともっと美味しくなるのよ」
飲みかけの俺のグラスを引き寄せ、別の透明な酒を入れてかき混ぜるクラリッサ。
濃い紫色のブドウの酒が少し薄い色へと変わる。
「はい、どうぞ」
「ど、どうも……あっ、すっきりして美味しいです。爽やかさがアップしたような感じがします」
他の酒と混ざることでブドウの濃さは薄れるが、酸味が強い混成酒と合わさってより良い変化が起き、梅のようなスッキリとした風味に変わったのだ。
「それは良かった。あら、丁度料理も出来たみたいね」
キッチンがあるであろう部屋を向くクラリッサ。それから数分してシルバートレイに皿を数枚乗せたリーンがダイニングに入って来た。
「失礼します。こちら、燻製ハムとチーズ、ソーセージとクヌーデルです」
ダイニングテーブルに料理が乗った皿を丁寧に並べるリーン。
保存が効くハムとチーズとソーセージ。クヌーデルは聞いただけでは分からなかったが、見たところマッシュポテトを丸い形に押し込めて、上から赤茶色のソースをかけた食べ物だ。作りたてなのだろう、湯気が上がっている。口に含むとホクホクで美味しそうだ。
「ありがとうリーン。貴女はもう休んでいいのよ。片付けくらいは私達でやるから」
「お気遣いありがとうございますお嬢様。では、私はこれで」
優しく朗らかな笑みのクラリッサに対し、リーンは一礼を返して退室した。
「はぁー、ボスぅ……その片付けぇ結局私がやることになるんすよ! ぼしゅはカッコだけ付けて、すぅぐ寝るじゃないれすか!」
酔っ払い、怖いもの知らずな状態のリーゼはクラリッサに向かって声を荒げた。片手に飲みかけの酒が入ったボトルを持っているのが心配だ。オーバーな動きでこぼれそうなのだ。
そんなリーゼに対してクラリッサも顔を赤くして反論する。
「う、うるさいわね! それはね、あの、悪かったと思ってるわよ!」
反論になっていないが、勢いだけはいっちょ前だ。
いや、自分の非を認めているだけマシなのかもしれない。世の中には責任転嫁や論点をずらすことばかりする人種もいるのだから。
それはそうと、リーゼの話から察するに、過去に似たようなことがあったらしい。
「んん! ならいいれす! うへへ! もっと飲みましょーボスゅ!」
クラリッサの言葉に機嫌を良くするリーゼ。酒が回りすぎて、今なら何でもオーケーしてくれそうだ。
「まぁいいわ。とりあえず食べましょう。……その前に乾杯!」
「「「乾杯(かんぱ~い)」」」
俺たちはここに来て初めての乾杯をし、美味しい料理に舌鼓を打った。
一時間後。
昨日までのダンジョン探索の話やリーゼのやらかし話、レータとレーネの『自称面白い掛け合い』、クラリッサ伝説など、色々な面白話を聞かせてくれた。
そんな他愛のない会話の中、突然それはやってきた。
ゴンと、グラスをテーブルに叩きつけるように置き、勢いよく立ち上がるクラリッサ。
「よし! 今から私が女王様。闇のゲームを始めるわ! そしてこれに負けた者は……服を脱ぐのよ!」
「しゃーっ! やっちゃうぜぇ!」
「私、たちは」
「負け、ない」
「えっ!? いや、ちょっと!」
俺の意思とは反対に、唐突に闇のゲームの幕は上がってしまった。




