第45話 ぷてろすてぃりすと!2
「あの、二人共大丈夫ですかね?」
リーゼに引きずられてこの飲み屋に入店してから一時間。クラリッサとリーゼはテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。レータとレーネはそんな彼女等を気にする素振りも見せず酒を啜り、俺は勧められたまま甘いブドウのジュースを飲んでいる。
「大丈夫、いつもの、こと」
「それより、朔夜は、どうなの」
レータとレーネは無表情で酒をちびちび飲んでいる。俺が入店してきた時と比べ、飲むペースは半分くらいに落ちている。流石に限界が近いのかもしれない。
「どうなのとは?」
彼女達が言っていることの意味がよく分からず聞き返す。
もしや、料理の食べ過ぎということなのか。まだ満腹まで余力を残しているから全然平気なのだが。
「朔夜が、飲んでる、それ」
「お酒、だよ」
「えっ! そうなんですか……ただのジュースだと思ってました」
これは酒だったのか。勘違いしていた。でも酔っ払っているという感覚は無い。酒は初めて飲んだので、酔っ払っているのか自覚出来ないというのもあるのかもしれない。
「美味しそうに、たくさん、飲んでた」
折角レータとレーネに勧められたのだ。断るというわけにもいかなかった。それに高級なブドウジュースのような濃厚な味でスルリと飲めたのだ。
「あの、お酒なら一応教えて下さいよ……初めてなんですから」
お酒だと自覚してから、自分は酔っ払っているのかもと疑う。だが、具合が悪く、ましてやフラフラになっていないので恐らくは大丈夫なのだろう。
それにこの国だと俺は成人しているから彼女達も大丈夫だと判断したみたいだ。
「ごめん、でも、それ、美味しいから」
「飲んで、欲しかった」
若干落ち込むレータとレーネ。申し訳なさそうな雰囲気全開で、俺からは責めるようなことは言えなくなってしまう。単純に美味しい物を飲ませたいという思いも伝わって来たので、もう何も言うまい。
「別に責める気は無くてですね、あれです。あの、気にしてないというか、美味しかったので大丈夫です。それより、クラリッサさんとリーゼさんはどうしましょう」
気持ちよさそうに寝息を立てるリーゼと、テーブルに突っ伏して顔が見えないクラリッサ。
「今日は、朔夜、来てくれて」
「二人も、ついつい、飲みすぎたの、かも」
俺が来る前からめちゃめちゃ飲んでいましたよね?という指摘は敢えてしない。大事なのはこれからだ。酔っ払った二人を置いていくわけにもいかないし、現在進行系でアルコールを摂取し続けるレータとレーネにだけ預けるというのも不安だ。
「そろそろ、帰る」
「ここの支払いは、プテロスティリスで、出すから、大丈夫」
「それは……ありがとうございます」
変に遠慮をして彼女達の心遣いを無下にするのも悪いので、ここは素直に甘えることにする。
レータとレーネは女将を呼び、帰る旨を伝える。するとその場で料金の支払いなどはせずにそのまま帰れるようだった。やはり馴染みの店でツケ払いなのだろう。
それより寝ている二人をレータとレーネに任せきりというのも流石に出来ない。どちらか一人は俺が家まで運ぶことにしよう。
「あの、確かプテロスティリスの皆さんは一緒に住んでるんですよね? 俺も泥酔している二人を運ぶのを手伝いますよ」
先程、まだクラリッサとリーゼが起きている時にパーティーメンバー全員で同居していると話していたのだ。家賃はどうしているのかや、どこに住んでいるのかまでは聞かなかったが。
レータとレーネは、気持ちよさそうによだれを垂らすリーゼを無理矢理立たせて両脇から支える。
「それは、助かる」
「ボスを、お願い」
「……分かりました」
よりにもよってあの金髪ロリモンスターだ。もし運んでいる途中で目が覚めたら、俺は首を掻っ切られるかもしれない。
でも自分で言い出したことの責任は取らないといけない。俺はトランプタワーを移動させるが如く、慎重な動きでクラリッサを背負うと、レータとレーネを追って歩き出した。
店を出て裏路地を抜ける。それから王城へと続く大通りを真っ直ぐ進む。
「あれ、こっちは一等地じゃないですか?」
「ん、私達の家、こっち」
「色々、ボスの事情が、ある」
王城へと向かっていることに俺は驚く。王城周辺は一等地と呼ばれ、貴族やそれに連なる富裕層が住んでいる高級な居住区画だ。
もちろん冒険者などが住める場所では無い。プテロスティリスが特別なのだ。クラリッサに関係する事らしいが、好奇心だけで聞いていい話ではなさそうだ。
レータとレーネは、二人でリーゼを両脇から支えながら俺の前を歩いている。涎を垂らし、笑顔を浮かべるリーゼ。意識が朦朧としていて足は動いておらず、ズルズルとつま先が地面を擦っている。
そんな彼女達の様子を少し後ろから見ていると、背中から声が聞こえてきた。
「何で私達が一等地に住んでるのか不思議でしょう?」
さっきまで眠っていたはずのクラリッサが目を覚ましたようだ。もし彼女が起きたら、『どこ触ってんのよ!』とブチキレて殺されると思ったが、本調子では無いようで暴れることはせず暴言の一つも吐かずに背負われている。
クラリッサ自体、ミアより小さくて軽いので、背負っていることを忘れそうになった。まるで大人しいウサギみたいだ。
「まぁそうですね、はい。少し気になります」
様々な嫌味が口から出そうになったが、それらを堪えてクラリッサの話の先を促すことにした。
「私はね、伯爵家に生まれたの。まぁ貴族様のご令嬢ってヤツよ。何不自由無く育てられ、好きなことだけやってきたわ。それがこの双剣術でね、家を飛び出して冒険者になった叔父様に教わったの。私は才能があったらしく、よく叔父様に褒められたわ。だけど私が成人になる前くらいかな、ダンジョンで叔父様は命を落としたの。冒険者は危険なのだとその時に思い知ったわ」
俺の首へ回された腕がキュッと締まる。
「このまま両親に決められた相手と政略結婚するのかなと思っていた。だけどね、成人してすぐに父が事業に失敗したの。魔石に代わる新しいエネルギーの発掘という話を上級貴族の侯爵様に持ちかけられて財産の殆どを費やしたわ。多額の投資をし、辺境にある山まで買ったのだけれど、結局それは詐欺で、気付けば借金まみれよ。家族全員路頭に迷ったわ。それからは私がこの特技を活かして冒険者としてがむしゃらにお金を稼いで、家を買い戻したの。色んなことがあった。ほんと大変な時期、ギルド長にはお世話になったわ」
昔を懐かしむかのように目を細めるクラリッサ。そんな彼女の意外な過去に、何も言えなくなってしまう。現代でお金の心配をすること無く育てられた俺には考えられない。ましてや、自力で借金の返済と、家を買い戻すまでお金を稼ぐというのは非常に大変だっただろう。
「……」
「買い戻した家はね、両親のプライドなのか絶対に住もうとはしないの。そんなちっぽけな誇りなんか捨ててしまえばいいのに。だから目上の貴族に逆らうことも出来ずに餌にされるのよ……話を戻すわ。それで広い家に一人で住むのもなんだし、パーティーの皆と住んでるのよ。いつかエミリーも一緒に……って何黙ってるのよ。まぁ少し重い話だししょうがないか……でもやっぱムカつく。大変だったね、とか労いの言葉くらい掛けなさいよ!」
溜息を吐きそうな雰囲気から一転、ガミガミモードになるクラリッサ。
「いや、凄いというか、何だろう。尊敬します……」
上手い返しが思い浮かばず、しどろもどろになってしまったが、素直に思った気持ちを述べる。もちろん同情などの感情も浮かんだが、尊敬の念の方がより強く浮かんだのだ。
「な、何よいきなり! もっと、茶化すか適当な事言うのかと思ったけど、もう、何なのよ……調子狂うわね……」
そんなクラリッサは、額を俺の背中に強く押し付けるのだった。




