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第41話 帰る場所

 頭の下に何か柔らかい物が敷かれている。それに温かくて心地が良い。


 あれ、俺はソファで寝て……いいか。もう少しだけこのまどろみを味合おう。


「うーん……」


 頭を軽く動かし、後頭部にあたる柔らかさを堪能する。それから反対を向く。


 するととても良い匂いと、より柔らかい何かが俺の鼻先に当たる

 あまりの柔らかさに思わずギュッと抱きしめる。なんだかふわふわのクッションみたいだ。


「ひ、ひゃっ! ……んん」


 頭上から何か聞こえたような……。

 ああ、それにしても安心する。

 より腕の力を強めて柔らかいクッションに顔を埋める。


「さ、朔夜さん……」


 なんだろう。抱きしめる度に声が聞こえる。


 寝返りをうち、仰向けになって目を開けると、影が見えた。何かが突き出ていてリビングの照明が俺まで届かない。


 段々それを認識する。


 それは、女性の胸だった。


「……ぇえ?」


「お疲れのようだったので、休ませてあげようと……」


 俺を見下ろすエミリーと目が合う。今までの抱きしめたり顔を埋めたりしていたのはエミリーの太ももとお腹で……。


「ご、ごめん! 離れるよ」


 俺は慌てて起き上がる。

 エミリーが親切で膝枕をしてくれていたというのに、無意識にその好意を無下にしてしまったのだ。


「あっ、私は構わないのですが」


「本当ごめん、凄い安らかな気持ちになったというか安心したというか」


 申し訳なさとあの柔らかな感触が交互に思い出されて顔が熱くなっていく。

 本音を言えば、最高に尽きる。だがこんなことを直接言ったら失礼過ぎる。


「実はベッドまで運ぼうとしたのですが、私では力が足りず……ですので、ちょっとでも癒しになればと」


 微笑むエミリー。

 聖母のような彼女に対して、俺は下心丸出しな行動だった。どうしようもなく情けない。


「ありがとうエミリー、俺はもう寝るよ。おやすみ」


 エミリーを直視できず、悶々とした気持ちのまま、俺は寝室へと向かったのだった。





「そろそろ出口ですね」


「ああ、もう出口か」


 翌日の昼過ぎ、俺達はダンジョン一階層まで戻ってきた。

 扉の守護者(ヴェヒター)と戦うことは無かったため、スムーズに階層を上ることが出来たのだ。

 もうここには金策以外で来ることはないだろう。


 ブラックホールのような出入り口にエミリー、俺の順で飛び込んだ。


 地上に出るとまず、空を見上げた。太陽は真上から少し傾いているが、燦々と輝き、王都を照らしている。

 入口の警備兵に挨拶をして、冒険者ギルドへと歩く。


 ギルド入口では金髪の小さな暴君に注意し、立ち止まらないようにして中に入った。


「朔夜さん、私は魔石を換金してきますね」


「分かった。俺はあそこに座って待ってるから」


 ダンジョンで倒した魔物から得た魔石は全てエミリーに預けている。


 俺の取り分は要らない。今のままでも十分資金はあるし、足りなくなったらまた下層で乱獲すればいい。


 しばらくして戻ってきたエミリーとギルドを出て、商店街で買い物をしてからアルトナー家へ向かった。




「「ただいま」」


 玄関前で埃をはらってから中へ入る。するとリビングの方からドタドタと足音が聞こえた。


「あー! お姉ちゃんとサクヤ! お帰り!」


 ミアの出迎えだ。

 ミアの顔を見ると、たった数日会っていないだけでとても寂しく感じていたのだと思い起こさせる。

 あの笑顔を見たら嬉しい気持ちが溢れてきた。ミアには周りを元気にする力があるのだ。


 ミアは走って近づいてきてエミリーに抱きつく。

 ダンジョンは危険な場所だ。そんなところに行った姉を心配していたのだろう。


「ただいまミア。装備を外したいし片付けもしたいのだけど」


 困ったような声を出すエミリーだが、満更でもない表情だ。両手でミアを抱きしめ返してから、背中を擦っている。彼女も妹の心配をしていたのだろう。そんなお互いの関係が少し羨ましくも感じる。俺は自分の兄弟とは仲が良くなかったから。


 エミリーを力いっぱいハグしていたミアは無事を確認したのか、離れる。

 そんな姉妹の絆を近くで見ていた俺へとミアは向き直り、ジャンプで飛び付いてきた。


「んー! サクヤぁ!」

 

 ミアを受けとめて頭を撫でてあげる。すると俺の胸に額を擦るミア。

 すりすりしてくる姿は猫のようで愛らしい。外にハネている髪を真っ直ぐ伸ばすかのように撫でつける。


「いい子にしてたかミア?」


「うん! ずっと家で勉強してたし!」


 ミアなりに頑張っていたようだ。寂しい思いをさせて申し訳ないという謝罪の意味も込めて少し強めに髪を撫でた。

 目を細めるミアは気持ちよさそうに俺の手を受け入れている。ずいぶんと懐かれたものだ。いや、実は逆で、俺がチャーミングなミアの虜になっているのかもしれない。

 

「ミア、リビングに移動するぞ」


「うぅー、もうちょっと」


 俺に巻き付いて離れようとしないミア。まるで蛇だ。ミアの細い両足が俺の胴を絞め付ける。

 そんなミアをいつもは注意するエミリーなのだが、今は笑顔で見守ってる。今日くらいは甘やかせてあげようという姉心なのだろうか。


 抱きついたままスルスルと下がり、俺の両足の甲にミアは自分の足を乗せる。そして腰に回す両腕を強めるミア。そんなミアの背中を支えてあげ、俺はロボットの様に一歩一歩リビングへと歩き出した。


 心を鬼にして『えーやだっ!』と言っているミアを引き剥がし、ソファに座らせる。それからコートを脱いでボックスに仕舞う。

 エミリーは帰りに商店街で買った食材をキッチンに置き、自室へと向かったようだ。


「そういえばレオはちゃんと来たのか?」


 ソファで足をぶらぶらさせているミアに聞いてみる。

 俺から頼んでおいてなんだが、もし顔を出していなかったら何かしら罰を与えないといけない。例えば腕立て伏せを人が背に乗った状態で行うだとか。回数はもちろん百回。


「来たよ! さっきはお昼も一緒に食べたし! でもお姉ちゃんとサクヤが帰ってくる少し前に仕事があるって出ていったよ」


 レオは信用出来るやつだと思ってたんだ。うん。俺の目に狂いはなかった。

 やっぱり顔が良い奴は一味違う。



 しばらくして部屋着を着たエミリーが戻ってくると、ダンジョンでの話をミアに聞かせたのだった。




 気がつけばもう外は日が落ちていて、部屋の中も薄暗く感じる。

 エミリーは立ち上がって照明を点ける。


「お姉ちゃん、今日はミアが晩ごはん作るから休んでていいよ!」


 そのままキッチンへ向かおうとしていたエミリーにミアが声を掛ける。


「ミアが? ちゃんと作れるの?」


「うん! 任せて!」


 胸を張り、自信満々のミア。

 時々手伝っていたのは知っているが、ミアの料理というのは初めてだ。少し不安だが何を作ってくれるのか興味はある。


 ミアはエミリーの肩を掴んでソファに座らせると、キッチンまで走っていった。


「すみません、朔夜さん。ミアが張り切ってしまって」


「いや、ミアの料理は初めてだから楽しみだよ。何を作ってくれるんだろ」


「私が料理しているのを見て色々覚えてはいるんでしょうけど……」




 それから三十分程エミリーと雑談して時間を潰していると、リビングにミアが顔を出した。


「お料理完成しました! こっち、早く!」


 全身から、やりきったオーラと褒めてオーラを放つミア。

 そんなミアにダイニングまで手を引かれて、俺とエミリーはいつもの席に座った。

 

 ダイニングテーブルの上には、食欲をそそるいい匂いの料理が置かれている。無事成功したようだ。


 ミアは俺の隣に座ると、声高々に宣言した。


「ミアが作ったパスタです! それでは皆さん、いただきます!」


「「いただきます」」


 チーズとベーコンのパスタのようだ。見た目も良く、店で出しても違和感がないレベルで出来が良い。

 それをフォークで巻いて口に運ぶ。ミアは料理に手をつけず、俺とエミリーの様子を窺っている。


「どう? お姉ちゃん、サクヤ?」


 少しだけ不安そうな表情をするミア。

 もし否定されたら悲しいもんな。でも安心していい。ミアが頑張って作った料理だ。まずいわけがない。


「うんうん美味しいよミア! ベーコンの塩味とチーズの濃厚な香りがパスタを着飾ってるって感じだ」


 純粋に、贔屓目なく美味しいと感じた。そこにミアの手作りということでプラス一万点だ。ミアは料理の天才なのかもしれない。


「よく出来たね、ミア。びっくりするくらい美味しいよ! これからはお姉ちゃんだけじゃなく、ミアにも作って貰おうかなー」


 エミリーもミアの料理に大満足のようだ。


「やった! 上手く出来た!」


 不安そうな表情から一転、ぱあっと笑顔になるミア。

 それから自分のパスタを食べ始め、満足そうに微笑むのだった。

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