第40話 霧中
尻尾を振り回す鮫を倒し、十三階層を進む。
昼ということもあり、エミリーの先導で安全地帯まで急いだ。
「ここは……先客がいますね。どうします?」
「他をを探そう」
辿り着いた安全地帯には、パーティーであろう冒険者五人が休憩していた。
比較的狭い空間だ。他人と一緒というのは、パーソナルスペースが広くコミュ障な俺にはハードルが高い。エミリーには申し訳ないが、違う安全地帯を探そう。
そんな俺に文句一つも言わず従ってくれるエミリー。わがままな弟に世話を焼く姉みたいだ。
「ここは誰もいないですね! ご飯にしましょう」
数十分歩いて誰もいない安全地帯を発見した俺達はそこで休憩することにした。
まずは泉で手を洗ってから切り株に腰掛け、食事を開始した。今日も昨日と同じでパンと干し肉だ。
干し肉はビーフジャーキーのような味で美味しい。今まであまり食べたことはなかったので当分飽きないだろう。
リネルト村への旅の途中を思い出す味だ。
「そういえばエミリーは何階層まで到達したことがあるんだ?」
『いー』という口で、鼻に皺を寄せて干し肉を齧っているエミリーへ話しかける。
「ん、私はニ十八階層までですね。プテロスティリスの皆さんと探索した時です」
ニ十八か。どれくらい凄いのか分からないから何とも言えない。
「そうか。今は十三階層だから……あと五日くらいあれば行けそうかな」
正直適当だ。しかもエミリーが最短ルートを案内してくれなければ成り立たない。
「あはは。そこまで二週間以上かかったんですけどね……。普通こんなハイペースで進めませんよ。朔夜さんだからです。この調子だと未到達地点まですぐ行けそうですね」
未到達だと。この世界の冒険者はまだ最下層まで到達していないのか。
「今はどの階層まで進んでるんだ?」
「そうですね、確か四十階層です。一度ダンジョンから出たらまた最初からですから、当然時間が掛かりますよ。まだまだ底には遠いみたいです」
苦笑いのエミリー。冒険者としてダンジョン制覇をしてみたいのだろうか。
一番深くて四十階層。それにまだ最下層が五十層ということも判明してなさそうだ。あえて水を差す必要はないだろう。底のことは黙っておくことにする。
俺がダンジョンを探索する目的は他にあったのだが……。
「……なぁエミリー」
「ど、どうしましたか? 朔夜さん」
下を向く俺に向けて、心配そうに声をかけてくるエミリー。
「……帰るか!」
「えっ?」
なんてことはない。ただ疲れたのだ。もうアルトナー家に帰ってのんびりしたい。
「もうダンジョンについては大丈夫だ。ここ、王都の冒険者のやり方も学んだ」
本当は気付いてしまったのだ。
ダンジョンをどれだけ探しても、元の世界に帰る方法など見つかりはしないのだろうと。
一番最初の狭い洞窟にしたってそうだ。偶然あの場所だったというだけで、この世界のどんな場所でも俺が現れるのは運命で決まっていたのかもしれない。
あんな地下からいきなり出てきたのなら、戻れる装置みたいな物があの洞窟内に無ければおかしいのだ。それこそ俺のマイルームのドアみたいに。
それより、俺と同じ境遇の日本人を見つけて話を聞いた方が早いと思う。エーベルハルト王国ですら日本文化と類似した箇所が至るところにあるのだ。
どこかにその影響を与えた現代人は存在している。絶対に。
「朔夜さんがそれでいいのなら……」
「じゃあ引き返すか」
無理矢理納得させたみたいで悪いが、ミアも心配だし即帰宅は決定だ。
俺達は急いで昼飯を片付けて安全地帯を出るのだった。
「本当に大丈夫だよね?」
十三階層の長い階段を上り、十ニ階層の扉の守護者がいる部屋の前で立ち止まる。
ここはハンマーテールシャークと呼ばれていた扉の守護者と戦った場所だ。
「ふふふ、朔夜さん。早く進んで下さい」
エミリーは笑って俺の背中を押している。
先ほど、ダンジョンから帰る時は扉の守護者と戦闘することは無いと聞かされたが、急に飛び出して来るのではないかと内心不安なのだ。
「わ、分かったよ」
俺は童子切を抜刀した状態で池の横を通る。エミリーはそんな俺を見て、笑いながら後ろを着いてきていた。
無事に扉の守護者の部屋から出て、俺は安心する。ゾンビゲーだと確実に襲われていたシチュエーションだったからだ。
「だから大丈夫って言ったじゃないですか」
未だに笑っているエミリー。
意外とサディスティックなのかもしれない。それはそれでありだが……。
「驚かされるのは得意じゃないんだよ……」
「すみません。朔夜さんが怖がってるのちょっと可愛いぃ……ふふふ」
その後も特にトラブルなどは無く進む俺達。
エミリーは天然さを発揮する事なく、順調に出口へと進む。
「そろそろ日も沈みますし、安全を期してここらで一泊しましょう」
「そうするか」
今は八階層に入ったところで、少し歩いて暗くなるのを待つ。
全ての階層の扉の守護者は攻撃を仕掛けると戦闘になるのだが、こちらから手を出さなければ基本的にはスルーだった。ダンジョンを出る時は見逃してくれるらしい。
ニ十分後、薄暗くなり、人気が無くなると林の奥へ移動してマイルームへと続くドアを出現させた。
エミリー、俺の順で中に入る。玄関では人を感知して照明がつく。そして標準AIが今までの行動を元に、予測した経路だけを点灯させていく。
「今日は私が晩ごはんを作りますので、朔夜さんはお風呂に入ってて下さい」
「えっ、いいのか?」
一応冷蔵庫に食材は入れてあるが……。
俺はエミリーに押し切られ、風呂場へと移動した。
風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かしてからリビングへ入る。すると、ダイニングキッチンから漂う香ばしい匂いと、エプロン姿のエミリーが見えた。
「朔夜さん、座ってください。もうすぐ出来上がりますから」
ダイニングテーブルのミアの席に座る。キッチンではエミリーが慌ただしく料理を盛り付けている光景が目に入った。
それから皿を俺の前に置くエミリー。
「最後まで気を抜かず、明日も頑張れるようボリュームのある料理にしました」
「これは……」
揚げた骨付き肉と、赤みがかったスープだ。動き回った後でお腹も減っていたから丁度いい。
「早速食べましょうか。いただきます」
「いただきます」
エミリーも自分の席に座って食べ始める。
豚の足を使った大きい肉は、皮がパリパリで噛みごたえもあって美味しい。それに牛肉をトマトや玉ねぎと煮て、香辛料で味付けした赤い色のスープも最高だ。
「うん! うまいよエミリー」
外はパリパリ中はジューシーな豚肉を口いっぱいに頬張る。やはり肉は最高だ。
「良かったです。私はこれだと多すぎるので、朔夜さんに分けますね」
そう言って自分の肉の三分の一を切り分けて、俺の皿に乗せるエミリー。
なんなんだこのお姉さん力は。これじゃあ俺がミアみたいじゃないか。
でも別にいいか。優しくして貰えるんだし。
「ありがとお姉ちゃん」
先の思考に引っ張られ、ひょいと口から出てしまった。
同い年くらいの男から言っていい言葉じゃない。こんなの、ただ気持ち悪いだけだ。
俺はすかさず弁解しようと口を開くが、エミリーに遮られた。
「ふふふ、いっぱい甘えていいんですよ? ……なんてね」
頬を赤らめるエミリーは――――死ぬほど可愛いかった。
「もう動けない」
夕食を食べ終わり、ソファで横になる。エミリーはお風呂だ。
さっき自分の皿からお肉を分けてくれたエミリー。彼女にしては珍しいと思ったのだ。大好物のお肉をいとも簡単に俺へ譲ることが。
実は、自分用にもう一セット肉料理を余分に作っていたというオチだった。
エミリーはトータルで三人前くらいの量を一人で食べていたのだ。
「それにしても……帰るための手掛かりか……」
明日で探索は終了だ。次は何処を探せばいい。
ダンジョン以外に元の世界に繋がる手がかりがあるところは。
隣国か。それでも見つからない場合は大陸全土か。
長期間旅をして、公国や共和国を調査すればいいのだろうか。
「はぁ、分からん。あー眠くなってきた……」
思考停止して重いまぶたを閉じると、一瞬で眠りに落ちた。




