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第39話 ボス戦

 風呂から上がりリビングに行くと、ソファで横になるエミリーが見えた。


「まったく、これでも男なんだ。気を付けろよ」


 近づいてみても起きる気配がない。

 寝顔もまた美しく、白く陶器のような肌に長いまつげ。

 安心しきった表情で眠りこけている。もっとエミリーには危機感を持って欲しい。もし俺が理性のない野蛮人だったら襲われても文句は言えないだろう。


 気持ちよさそうに寝ているエミリーをそっと抱き上げて俺の隣の部屋まで運ぶことにする。


「よっと」


 エミリーの体重は軽い。それなのに出ているとこは出ているし、華奢なのだ。不思議だ。

 そんな彼女を部屋まで運んでベッドに寝かせ、タオルケットをかける。


「まだ寝るには早いな」



 俺は部屋から出て玄関へと向かう。その間に暗視ゴーグルを無限収納ボックスから取り出して装着する。

 マイルームから出ると外は暗く、一介の冒険者なら探索は危険だと思い知った。だが俺は暗視ゴーグルのお陰で視界は良好だ。


 ドアから少し歩いたところに手頃な木を発見した。子供一人が両手で一周出来るくらいの太さだ。これでいいだろう。


 童子切を取り出し、スキル抜刀術を使って木を伐採する。倒れてくるのを支えながら音をあまり立てないようにして地面に寝かせた。

 横になった木を二メートル間隔で切る。輪切りにした丸太をボックスに入れる途中、前方から何かがやってくる気配を感じた。

 俺はじっとその場で待機する。もし冒険者だった場合、ダッシュで逃げよう。魔物の場合は一瞬で殺す。なぜ冒険者から逃げるのかは、言い訳が面倒だからだ。夜に出歩くなど普通の冒険者なら絶対にやらないだろうから。


 しゃがむ俺の目の前に、草をかき分けて魔物がそっと顔を出した。

 それは巨大なトカゲだった。人間の子供くらいの大きさで、黒い鱗が月明かりを反射している。見ただけでも硬そうだ。

 冒険者では無かったので、軽く倒すことにする。


「シャッッ!」


 トカゲの魔物は俺を見た途端におそかかってきた。童子切は腰に下げていない。


「これでいいか」


 足元の丸太を一本手にとって、魔物の頭上に振り下ろす。

 

「ンギィッ!……」


 あまり力は入れなかったがそれなりの威力はあったようで、頭は潰れ、目玉が飛び出す。折角切り出した丸太にも血が着く。

 か細い悲鳴を上げながら魔物は絶命した。


 数秒後、丸太に付着した血と共に魔物は霧になって消える。後に残ったのは小さな魔石だけだ。

 俺としては丸太が無傷で助かった。それに丸太は武器としても有用だということが証明された。


「長いし太いし持ちにくいから武器としては使わないけど……」


 手に持った丸太と地面においてある丸太を全てボックスに仕舞い、マイルームへ戻った。





「……んっ、朝か」


 枕横に置いていたタブレットのけたたましいアラーム音で目が覚める。夜が明ける前に起きるため、セットしておいたのだ。

 自室から出て洗面所に行き、顔を洗って歯を磨く。それからリビングへ向かうと、ドアから光が漏れていた。


「おはようございます、朔夜さん」


「ああ、おはようエミリー」


 俺より先に起きていたみたいだ。朝食が作り終わったころにでも起こそうとしていたのに。


「あの、朔夜さん。キッチン借りてます」


「いちいち言わなくていいから。なんでも好きなように使ってって言ってるじゃん」


 エミリーは遠慮するきらいがあるから日頃から言い聞かせないといけない。少し言い方がきついかもしれないが、エミリーのためだ。彼女には気持ちよくマイルームで過ごして欲しいのだ。


「すみません、ありがとうございます。それに昨日、寝ちゃった私をベッドまで運んでくれたようで……」


「ごめんごめん、変なとこは触ってないから、うん。風邪をひかないようにと思ってさ」


 一転して攻守が逆転する。

 慌てて口から言い訳が出てしまった。本当に何もしてないのに、これじゃ余計怪しく見えてしまう。


「そんな、朔夜さんが変なことをするとは微塵も疑ってませんよ」


 聖母のような表情のエミリー。

 よかった。刑事ドラマなどで不審な言動から、冒頭で容疑者候補になりそうな俺でも信じてくれるみたいだ。


「もうちょっとで朝食が出来ますから、一緒に食べましょう」


 エミリーが作った美味しい朝食を食べて、俺達はダンジョン探索へと出発したのだった。




 十一階層を難無く攻略し、昼前に十二階層の扉の守護者(ヴェヒター)がいる部屋の前へ到着する。


「準備はいいですか?」


「ああ。行こう」


 扉の前にエミリーと共に立つ。すると自動で開かれる。


 部屋に入り、しばらくすると後ろの扉が閉まる音がした。


「あれ、扉の守護者(ヴェヒター)はいないのか」


 部屋の中央には何も存在していない。まさかと思い、上を見上げるが、そこにもいない。


「朔夜さん、よく見てください。中央右側です」


 俺はエミリーに言われたまま視線を向けると、小さな池があった。


「あそこに入れと……?」


 水中戦だろうか。もしそうだとしたら俺には難しい。

 せめて酸素ボンベがあればなんとか出来そうだが。


「いえ、近づいたら飛び出してきます。危ないので慎重に接近しなきゃですけど」


 だったら俺でも大丈夫だ。腰に下げた童子切に手を当て、いつでも抜けるよう準備をする。


 それからエミリーの案内で池へと進む。途中、エミリーを下がらせて俺が先頭に出る。池の手前三メートル付近でそれは現れた。


「これが扉の守護者(ヴェヒター)です! ハンマーテールシャークと呼ばれています!」


 池から飛び出してきたのは、全長五メートルはあるであろう巨大な鮫だ。鋭い牙が並んだ口と、硬い鱗の集合体であるハンマーの形をした尻尾が特徴的だ。

 ハンマーテールシャークには二本の足があり、ゆっくりと立ち上がる。打ち上げられた魚同様に簡単に処理できると思ったが、そうも行かないようだ。


「エミリーいつもの作戦だ!」


「はい!」


 俺の言葉にエミリーは頷いて後方へと下がる。後ろから魔法で支援する陣形だ。

 いつもの作戦と命名しているが、その実態は――――


 ハンマーの様な尻尾を振りかぶり、叩きつけてくるハンマーテールシャーク。尻尾は硬く、威力も高い。自動車くらいなら今の一撃で吹き飛ぶだろう。

 俺はその攻撃を童子切で受け流して頭へと接近する。


「おりゃー」


 敵の全身を使った回転などの攻撃を避けて首の下に潜ると、一刀で首を刎ね飛ばした。


 倒れてから数秒で消える扉の守護者(ヴェヒター)


 エミリーも笑顔で戻ってくる。


「やりましたね、朔夜さん!」


 ここまで幾度も試してきた、その作戦とは。

 エミリーを魔法後方支援という名目で下がらせ、俺が一撃で倒す。それだけの単純なものだった。

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