義体
ヒシイのジャーヘッドを遠隔義体用にいくつか保存してある。情報屋のオヤジから提示されたオファーは断った。IDを書き換えて出所を分からなくしてやるというアレだ。そもそも他企業を襲う為に提供された機体だ。IDロンダリングは済んでいるだろうし、提供元のヒシイやその関連企業を襲撃する予定はない。
なにかの作戦途中でヒシイが横槍を入れてくる可能性はあるが、外部操作を受け付けないように長距離通信関連のボードは殺してある。モーションデータは市販のマイクロコンピュータで暗号化したデータをローカル無線で流しこんで動かすように変更済み。フィードバックデータも同様。メインの制御基板や処理基板はバイパスして直接制御だ。モーションデータの生成と使用者へのフィードバックはもう一機のジャーヘッドの制御基板とインプットに有線接続。こちらで作られたモーションデータをローカル無線と暗号化で飛ばすように改造した。
これもほとんど市販品のモジュールの組み合わせでどうにかでっち上げた。ソフトウェアは間に合わせで書いたが、それも既成のライブラリを組み合わせて生データを暗号化したり無線で飛ばしたり、それを復号したりするだけ。シンプルなハック仕事だ。
廉価版のロボット兵士でよかった。乗っ取り対策やハッキング対策はメイン基板が主で、それもネット経由で操作する時にデータを盗まれたり改ざんされないようにする程度のもの。直接改造されることは想定していない。リーダー機への追従動作もIFFもメイン基板にアクセスする必要があるが、一機のみで動かしたり遠隔義体専用で動かすならメイン基板だけネットから隔離して無線経由でニコイチボディに割り込む、なんてのは想定外だったようだ。
「という感じでおまえさんの身体は用意したぞ。治療までのつなぎだけどな」
聞いているのかいないのか。そもそも意識があるのかも怪しい荷物に話しかける。
「外出ができるのは分かった。戦闘行動も。で対価に何をすればいい?」
作業テーブルの上の荷物がタブレット端末から合成音声で問いかけてくる。起きていたか。表情も分からないビニールパッケージに入った肉塊、そんな印象の彼女に答える。
「あんたが体の治療に必要な金を稼ぐまでのつなぎだよ。
なにかしら仕事は探すさ。なんせこっちは天下の通販企業相手にドンパチ派手にやらかしたばっかりだからな。あまり顔を晒したくはないし、外出もおっかなびっくりなもんでな。
潜入屋や情報屋とはコネがあるがあいつらに頼んだら金がかかる。その点おまえさんなら動機もモチベーションもあるだろ。協力してやるから協力しろ。そのうち金ができたらヒシイ傘下の医療系企業に紹介してやるからよ」
こっちの要求はシンプルだ。外にでたくないからおまえがやれ、その間に金になるなにかを探しておく。外に行く身体は貸してやるから、と。まあ生身のほうの体はこっちで面倒をみる必要はあるが。
簡易生命維持装置は繋がっているが、それのメンテや透析、栄養カートリッジの補給などは人間がやる必要がある。ヒシイのジャーヘッドでもできないことはないが、不慣れな状態で操作した兵器が生命維持装置を壊すのは避けたいことだろう。
あとはこいつが持っている情報をどうやって金にするか、が悩みどころだ。情報屋に持っていっても買いたたかれて肉体の治療代には到底足りない。ちゃんとした義体に乗り換えるのも厳しい。
「それにしてもおまえさん、よく俺のことなんか覚えてたな。異業種交流会かなにかで顔を合わせた程度だったろ」
「その後、仕事辞めましたってメッセージを飛ばしてきた義理堅い人間はあなただけだったからね。印象深かったし、世間話程度だけど多少の付き合いもあったから」
頼れる人がいなかった。と自嘲気味に答える。合成音声をリアルタイムで生成しているわりに細かいニュアンスを盛り込むのが巧いものだ。交渉役にしてもいいかもしれない。まあ体が生身かそれに近いものに戻ってからだろうけれど。ネット越しならいけるか?
「ああ、そうだ。ここにゃ俺以外にあと二人いるから。ひとりは遠出の買い出し中であと数日は帰ってこないが、もう一人若いのは俺の丁稚みたいなことをさせてる」
「4人か……。買い出しの人は何役? かぶらないといいけど」
「元通販企業の戦闘屋だ。前の職場と揉めてあっち方面には出入りできないけどな。俺の古巣でもあるあそこだよ」
「ああ、とんでもない所とやったものね。逃げ込む先を間違えたかしら……」
ため息まで合成。器用なもんだ。
「なに、あそこは喧嘩相手が多いからな。いちいち俺らみたいな小物に執着したりはしないだろうよ」
先端技術を持ち逃げして別企業に持ち込むようなやつが小物と言えるかどうかは棚上げすることにした。




