潜入屋 商談
ゆっくり歩く。
視線を固定せずに。
周りの人間とリズムを同期させて。
オフィス街の人混みの中、スーツに身を包み、バッグを持って歩く。自分はそこらにいるビジネスマンだ、と言い聞かせて。
目的のビルの前。腕時計で時間を確認。
ちゃんとしたビジネスマンは腕時計を持つものだ。いちいち端末を覗きこんで時間を確認しない。
ため息一つ。時間のきっかり三分前。
「どうも。14時に企画課のサトウさまとお約束をしている、タカダと申します」
接客ドロイドに定型文を投げかける。
「ようこそいらっしゃいました。サトウは124番会議室です。奥のエレベータで12階にお上がりください」
そう言われ、同時に蛍光色の案内ラインが床に浮かび上がる。
「失礼します」
軽く会釈。
顔は書き換えているが緊張する。録画されているんだろうな。
エレベータに乗ると視界が白く染まる。スキャンされているのだろう。可視外視覚を入れているとこういう時に面倒くさい。眉間を揉みながら軽くため息。
今日は危険なものを持ち歩いてはいない。警戒させてもしかたないからね。
ポーンという音と共に「12階です」というアナウンス。
エレベータの扉を出ると床に案内ライン。121、122、123、124。ここだ。
ノックして部屋に入る。
「失礼します」
奥にはダブルのスーツに身を包んだビジネスマン。クラシックな腕時計が袖の奥に光る。
「や、どうも。タカダさん、でしたよね。おかけください」
「お世話になります、タカダです」
そう言って名刺を差し出す。クラシックな様式美というやつだ。アポを取る時に、既にデータを送っているのでやらなくてもいい。だがちょっとしたことで印象が変わる。
「これはこれは」
お互いに会釈をしつつ名刺交換だ。
名刺にはヒシイ産業の社名と企画課 サトウ ユウジの名前。それに2Dコード。会社の連絡先情報が圧縮して記載されている。
「今回はどういったご用件で?」
ソファに座ったサトウさんがてのひらで席を勧めてくれる。
ゆっくり座りつつ切り出す。
「ビジネスです。買い取ってほしいものがありまして」
そう言うとバッグからメモリーカードを出してみせる。スーツのポケットにも入るが、バッグから取り出すほうがそれらしくなる。
テーブルに載せる。同時にバッグから概要を記載したハードコピーを出して相手に差し出す。
サトウはハードコピーに目を向けると、とたんに視線が鋭くなる。
「どこでこれを?」
「ちょっとしたコネがありまして。完品で機能していますが、問題は生きてまして」
「わざわざ我が社を選んだ理由は?」
「共通の知り合いがいたので。ご迷惑ならよそに持ち込みます」
「……ちょっと待ってくださいね」
そういって懐から出した端末を操作。
数秒後。
「上長の決裁が通りました。うちのエンジニアと弁護団を出しますよ。おいくらでお考えですか?」
「50万と代替器官に手術とケア。先方さんとのゴタゴタを背負っていただけるのであれば即決です」
「そうですか。金額とケアなどは問題ないんですがね、先方とのネゴもうち持ちですか……」
ちょっと考えるような表情を見せる。でももう腹の中は決まってるんだろう。あとはちょっと押してやるだけだ。
「商品はあくまで商品でして。今の持ち主は無難な生活を望んでるんですよ。ご迷惑なら……」
そこまで言った所で相手が折れた。
「分かりました。精密検査から入れ替え、その後のケアまで一切をうちが持ちます。他社へいっさい話を持っていってないのであれば受けましょう」
視線がメモリーカードへ向く。分かりやすいなぁ。
「よろしくお願いします」
そう言ったところでサトウの手がメモリーカードに伸びる。
「それはあくまでゲートウェイへのアクセスキーです。細かいデータと現在の所有者の連絡先は隔離サーバにありますから」
サトウの視線がこちらを射貫く。
「契約書、作っていただけますね?」




