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重い足取りで近寄ってきたフルール。
そんな彼女に、微笑めば、ホッとしたように笑みが返ってくる。
「追試は受かったの?」
「うん」
「だから、卒業試験もいつも通り勉強をみてあげると言ったのに」
フルールは、肩をすくめる。
「最後だけは、自分だけの力で試験を受けたかったの」
これまでは試験前に、みっちりと勉強を教えていた。不真面目な態度で授業を受けているため、試験直前にはそれこそつきっきりであった。フルールには苦痛だったのは想像にかたくない。
それが今回に限りは試験勉強を自分だけでやると言い出したのだ。卒業すれば王族と結婚するだけなので、勉強に熱が入るわけもない。ギリギリでも試験に通りさえすればいいと考えたのだろう。
しかし、フルールは勉強をしないでフランツ様と遊び歩いた。最低限の卒業試験合格基準さえ達しなかったのでカンニングしたのだろう。
それにしても自分だけの力で受けようと言った試験をカンニングとは。自分の言葉の矛盾にさえ気づいていない。呆れるばかりだ。
「なぜ私に罪を着せようとしたの?」
「罪だなんて大げさな」
「場合によっては、殺人未遂罪に問われていたのよ」
そう言うとフルールは、顔を硬くした。
「そんなつもりは……」
「ええ、そうでしょうね。
なんで私に罪を着せようとしたの?」
しぶしぶといった体でフルールは話始めた。
「最初は追試の事かフランツにバレたの。それで怪我のせいだった事にして……。勉強を見てくれるって言ったフランツは、私の教科書を見て、誤解をしたの。あなたがやったって」
「どうしてその誤解を訂正しなかったの?」
「フランツが婚約破棄を決意する、きっかけになると思って」
「あなたに後押ししてもらわなくても、穏便に婚約解消できたわ」
「そうかもしれないけど、必要だと思ったの」
「 そういえばあなた、先日、恋愛小説を読んで『悪役が二人の愛を盛り上げる』とか『ざまぁ必須!』なんて言っていましたわね」
フルールは気まずそうに目をそらす。
「私が悪役令嬢ということなの?」
「そうしてくれたらいいなぁって思って。調子を合わせてくれると思ったのに」
「しません」
「えーー。
だってマリーベルは、フランツとの婚約を無効にして私とフランツを婚約させるって契約を結んでいるでしょ」
「ええ」
「それなら応援してくれたって」
「契約では、品位を貶める行為はお互い禁止事項だったはずです。この事は各所に報告させていただきます」
フランツ様は、王位継承は低いのにあの性格と頭の悪さ。王家にとっては価値がない。しかし火種になりやすい。
そこで臣に下るため、伯爵以下の婿入り先を探していた。
そこに金はあるが平民のマリウス家が名乗りを上げた。
王家としては平民と結婚するなら、新たに子爵位でも授ければ良しとマリウス家への降婿を認めることにしたのだ。
ただし、王族と平民の結婚は前例がなかったため、すぐに婚約とはいかず、自由恋愛からの結婚と画策された。
そこで他の令嬢の虫除け、兼、フランツ様とフルールの橋渡し役に私をが選ばれた。それが『契約』だ。フランツ様はもちろん知らない。
私との婚約は、もしフルールと自由恋愛をしなかった場合、権力も金もない伯爵令嬢の私と本当に結婚させるための保険でもある。それは嫌なので、この三年間全力で二人の恋愛をサポートしてきた。
「ねぇ、怒ってるの?」
ぶちっ!
「ええ、怒ってますとも!」
「そんなぁ。友達なのに」
「あなたとは三年間親しく、そして勉学にも恋愛にも応援してまいりました。でも、それも契約です。
私との婚約を無効にしてフルールとフランツを婚約させる契約は完了しました。なので、あなたとの友達ゴッコも契約終了です」
「そんな、マリーベルとは友達だと思っていたのに」
「ええ、契約終了してから本当に友達になれたでしょう。でも、もうだめです。あなたを信用できません。
今回、完全に論破しなかったのは、あなた達が不和になると私も困るからです。これから王子の気持ちは、あなた自身の力で、しっかりとつなぎとめていてください」
「もう応援もしてくれないの?」
「応援はするわ。心の中だけでね。でもデートの計画を立てたり、好物を見繕ったり、会話のサポートはもうしませんから」
「そんなぁ」
フルールは、ガクリと膝をついた。
この契約、もちろん私にも利がある。うちは身分だけで、お金がない。跡継ぎならまだしも、女になど学費をかけられなかった。
この契約により我が家の借金が帳消しされたのみならず、私の学費や生活費が賄われる報酬が十分に出された。
また学園での成績は優秀であったため、卒業後は希望していた外交官の職も得られた。
最後にあんな事をされなければ、フルールとはこれから本当に友達になれたかもしれないのに、残念だ。
でも、婚約破棄のおかげで私の将来は明るい!
最後までお読みいただいて、本当にありがとうございました。