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あしたへ贈る歌  作者: こいも
20/35

助っ人登場?

やっとキーパーソンの登場です。

 痛い。痛い。痛い。

 なんでだろう。

 一花はうずくまっていた。

 パチンと電気がつけられ、誰かが入ってきた。

「一花、また泣いてるのか?」

 おにいちゃん。だって。

「一花が最後まで一緒にいてあげたんだ。きっと幸せだったよ。」

 うそだ。だって。

 なにもできなかった。

 あんなに鳴いていたのに。あんなにくるしそうだったのに。

 最後まで、ずっと。

 だんだん固まっていく愛猫の姿が、一花の頭の中でエンドレスで流れていた。

「チロはかわいかったな」

 かわいかった。

「一緒にいて楽しかったな」

 楽しかった。

「だったら、一緒に思い出そう。チロといた時のこと、全部」

 どうして。

「そうしたら」


「きっとチロは、笑ってくれるよ」

 




 頭を打ったので一応精密検査をしますが、命には別状ありません。

 そう医者に言われて、雪春はその場に崩れ落ちそうになった。

 それを食い止めるように椅子を掴む。代わりに大きくため息をついた。

 一花が階段から落ちるのを見たとき、心臓が止まるかと思った。

 救急車に乗っている間も、生きた心地がしなかった。

 意識を失っている一花は、息をしているのか確かめたくなるぐらい静かだった。

「幸い大きな怪我もないですし、すぐに退院できるでしょう。」

「ありがとうございました。」

 礼を言って病室を出る。

「よかったですね」

 雪春は幸太郎に声をかけた。

「あぁ…」

 幸太郎はいつになく暗い。当然だろう。

 一花が階段から突き落とされた。

 あの場に人は多かった。確証はない。

 しかし、こんなに立て続けに命の危険にさらされる目に普通はあわない。


 一花は誰かに狙われている。


 もう疑いようもなかった。

 流石にもう、両親に黙っているわけにはいかないだろうか。

 そもそも今まで誰にも言わなかったのは、一花が夜に出歩いていたことがあったからだ。

 それを伏せて現状だけ話せばいいわけで―・・・。

(でも・・・)

 そうすると一花に対する束縛がひどくなるだろう。最悪の場合転校もありうる。

 そうなってしまったら、一花の抱えている問題を解決できなくなる。

 それが幸太郎のそもそもの未練なのだ。

 雪春は病室を静かに見つめる幸太郎をそっと見た。

 一花の命には変えられない。

 それは、幸太郎が一番わかっていることだった。

「先生」

 待合室まで戻ると誰かに呼び止められた。

 学校から一緒に付き添ってきた潤平だ。

「樋口は?」

 ずっと責任を感じていたのだろう。

 医者に言われたことをそのまま伝えると、安心したように表情を緩めた。

 その素直な表情に思わず目を細めた。

「樋口さんのお母さんもすぐ駆けつけてくるそうなので、君はもう帰っても大丈夫ですよ。今タクシーを呼ぶので…」

 そこまで言いかけて、止まった。

 潤平の肩ごしにこちらに近寄ってくる人影が見えたのだ。

「こんにちは、先生」

 思わず鞄を落としそうになった。動揺を悟られないように強く握り込む。

 涼やかな目元。不敵な笑み。

 ここが病院であることを忘れてしまうような佇まい。

「ユキ、こいつ・・・」

 幸太郎も驚きの声をあげる。

 いつぞや桜の木の下で出会った謎の男子生徒だった。

「・・・谷崎くん、後ろの…」

 やっとの思いで絞り出した声はかすれていた。

 潤平が振り向く。


 ”誰もいませんよ?”


 そう言われたらどうしようと、半ばすがるように潤平の反応を待っていると、

「夏目じゃねぇか」

 やけにあっさりした声で言われた。

「どうしたんだ、こんなところで」

 男子生徒は涼やかに微笑んだ。

「愚問だな。生徒が学園の行事で怪我をしたんだ。僕が来ないわけにはいかないだろう?」

 そして妙に親しげである。

「知り、あい?」

 呆然とした声に、二人が振り向く。

 夏目とやらは胡散臭いほどにこやかに微笑んだ。

「嫌だなぁ先生、そんな幽霊でも見たような顔して」

 わかって言っているのか何なのか。

 雪春は笑い返せなかった。

 その様子を見て、潤平が首をかしげた。

「先生知らねぇの?こいつのこと」

 あぁ知らないよ!

 叫びは心の内にとどめた。

「生徒会長だよ。うちの学校の。夏目綜一郎」

「………え?」

  

 せ い と か い ちょ う。

 

 その単語の意味を理解するのに、たっぷり5秒はかかった。

「え、でも、入学式では…?」

 最後まで言わなかったが、質問の意図は理解したようだ。

「彼は副会長です。僕の代理で挨拶してもらったんですよ。」 

 人前にはあまり出たくないので、とウィーン国立歌劇場でスポットライトを浴びていそうな風格で言う。

「理由聞いたらすげーんだよ。“影の支配者みたいでかっこいいだろう?”だってさ」

 あ、そう。

 そう言うのがやっとだった。



 市内で一番大きなこの総合病院は、夕方になっても人でごった返していた。

 これ以上ここに立っていたら他の患者の迷惑になる。

 衝撃から立ち直った雪春は二人に帰るように促した。

 せっかく見舞いに来てもらっても、一花はまだ眠っているのだ。

 そう言って、タクシーを呼ぶために携帯電話を取り出した。


「樋口一花は誰かに狙われている。」


 数字を打つ指が止まった。

 振り返ると、夏目が何もかも知っているかのような顔をしていた。

「そうでしょう?」

「……何のことですか?」

「とぼけても無駄です。この学園で僕の知らない情報はない。」

 そんな馬鹿な。

 そう一蹴できない雰囲気が、彼にはあった。

「一人で解決するのは無理です。協力しますよ。」

 確信に満ちた声で言われたので、ごまかすのは早々諦めた。

「いりません。それに、君が犯人でない可能性は?」

 教師らしからぬ発言だが、こうでもしないと堪えない気がしたのだ。

 それでも夏目は大仰に傷ついたような“振り”をして言った。

「嫌だなぁ先生、いたいけな生徒を疑うんですか?」

 むしろ一番あやしいがな!とはさすがに言わないでおいた。

「先生は問題を解決したい。でも樋口一花を守らなければならない。第一あなたは教師だ。ずっと生徒に張り付くわけにもいかない。」

 ね?と聞き分けのない生徒に諭すような口調で述べる。

 これではどちらが教師かわからない。

「警察に…」

「無理でしょうね。十分な証拠がない。第一、送りつけられた手紙は告発文であって、脅迫文ではない。」

 確かに、あれでは一花の評価を貶める効果しかない。

 仮に“お前を殺す”だの書かれていたら警察に届けられるのだが。

 そこまで考えて、はたと気づいた。

「どうして手紙のことを知っているんですか。」

 あれは校長、教頭、一花、そして雪春の4人しか知らないことだ。

「校長に教えてもらいました。」

 校長…緘口令を敷いたんじゃなかったのか。

 そんなにも、この夏目という少年の権威は大きいのだろうか。

 怪しさに満ちた生徒会長は雪春のうろんな目つきも気にせずに宣言した。

「だから協力者が必要だと言っているんです。先生が犯人を探す間、樋口一花の護衛をします。」

 夏目はにっこり微笑む。

「潤平が。」

「はぁ!?」

 いきなり名指しをされて、潤平は素っ頓狂な声をあげた。

「なんで俺!?お前は!?」

「僕は先生と一緒に犯人探しをするんだ。そんな暇はない。」

「ふざけんな、俺だっていそがしいんだ!」

「樋口一花は美少女だ。役得じゃないか。」

「別にそんなの興味ね」

「潤平…」

 やれやれ、と首をふる。

「うだうだ言うな殺すぞ。」

「すみませんやらせてください。」

 潤平は土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。

 一瞬、この涼やかな少年の後ろにこの世のものではないような気配を感じたのは気のせいか。

 しかし夏目は引いているこちらも気にせず雪春に微笑みかけた。

「そういう訳です。よろしくお願いしますね。」

 雪春は天井を振り仰いだ。

 なんだかとても妙なことになった気がする。



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