一人ぼっちの背中
今日も二話続けて更新しています。
最新話で来られた方は前の話からお読みください。
「生活安全講話?」
綾倉に渡されたプリントには、本日のLHRに講堂にてと書かれている。
内容は傷害や暴力問題、交通安全など、まわりに潜む危険性についてらしい。
「そう、先週の職員会議でそう言われてたでしょ?」
そういえば。いろんなことがあってすっかり頭から抜け落ちていた。
「最近通り魔事件が多かったから、地元の警察の生活安全課から講師を招いて、講義してもらうのよ。」
そんな話を犬飼も言っていた気がする。
最近、学校帰りの生徒に不審者が突然ナイフで切りつけるという事件が多発していた。ターゲットは全て高校生。腕から血を流すぐらいで大きな被害には至っていないが、学校側も警戒していた。
「うちの生徒にはまだ被害者はいないけどね。五月に入ってから事件は起きてないけど、保護者たちから苦情があったのよ。学校側は何も対策を取らない気か!って。」
それで全校生徒を集めて講話。それがどれだけの効果があるのかはわからないが、注意喚起にはなるだろう。学校側も体裁が整う。
「それで、私にお願いというのは?」
そもそもこの話が始まったのは、学校に来て早々彼女にそう言われたからだ。
「そう!それそれ。今日はその講話を一般公開するから、他所からもたくさん人が来るのよ。その時の案内係りを、風紀委員と一緒にやってほしいの。」
「風紀委員ってそんなことまでするんですか?」
校内だけならいざ知らず、一般の人がいる行事で生徒がそこまでやるものなのだろうか。
普通は教師の役割のはずだ。
それを感じ取ったのか、綾倉は少し苦笑いをした。
「うちの学校はちょっと特殊だから。今の生徒会長になってから、自主性と自律を養うためにって、できるだけ生徒に仕事をさせるようになったのよ。」
なんともしっかりした生徒会長だ。
すごいですね、と言うと、綾倉は少し不自然な笑みを浮かべた。
「まぁ、そうね。いろんな意味で、すごいわね・・・。」
煮え切らない反応だ。
入学式で登壇して挨拶していた眼鏡の少年を思い出す。不必要な笑顔は浮かべず、静かに祝辞述べる姿には知性が感じられた。
そんなに変わった人間には感じられなかったが。
釈然としなかったが、雪春は話をもとに戻した。
「そういう行事の手伝いは、普通風紀委員の顧問の先生が手伝うんじゃないんですか?」
確か犬飼がそうだったはずだ。
「犬飼先生は体調不良で今日もお休みなの。それで私が頼まれたんだけど、私は講師の人を迎えなくちゃいけないから…。」
それで自分に話が来たわけだ。
そう言えば犬飼は先週からずっと休みだった。先月も何日か休んでいたし、体が弱いのだろうか。
しかし彼は一方的とは言え会話相手でもあるので、ここは手助けしておこう。
「わかりました。私でよければ。」
「本当?助かるわー!じゃあ、LHRの前に第二会議室に行ってね。仕事の詳しい話は風紀委員長に聞いてくれる?」
安心したように雪春の肩を叩くと、職員室に入ってきた生徒のもとに寄って行った。どうやら演劇部の生徒らしい。
その後ろ姿を見ながら、幸太郎が頭の後ろで手を組んだ。
「講話もいいけど、本当に危険な時は何もできないからなー。」
幸太郎がそう言うと、妙に説得力があった。
彼の死因は交通事故だ。
5限目が終わって第二会議室に向かうと、既に20人ぐらいの風紀委員が集まっていた。
授業が終わったばかりなのに、すばらしい集まり具合だ。
入ったとたん一斉に振り向かれて少したじろいだが、こちらは頼まれたのだ。こそこそする必要はない。
そう思いつつも部屋の後ろの隅に立っていると、一花が座っているのが見えた。
彼女も風紀委員だったのか。
そういえば、犬飼と委員会の話をしていたような気がする。
他の生徒は友達同士隣り合って座っていたが、一花は一番後ろの席に一人でいた。
彼女が学校に来はじめたのは数日前。まだ風紀委員に知り合いはいないようだ。
ぽつんと座っている後ろ姿をみて、思わず昔の自分を重ねてしまった。
高校時代、それまでも一人でいることが多かった雪春だが、更にそうなる機会が増えた。
自分を取り繕うことを、全くしなくなったのである。
例えば、誰かと諍いがあっても。誰かに誤解されても。
怒鳴り返すことも、弁解をすることもなくなっていった。
“自分にはあの人がいる。あの人さえわかってくれたら別にいい”
それだけを支えにして。
ちがう、そうじゃない。
一人で座っている一花の肩を掴んで言い聞かせたかった。
一人に寄りかかった人間は脆い。
頑強な鎧を来たつもりになって、虚勢を張って、自分をごまかして。
そうして気づくのだ。
中身がなくなっていることに。
鎧を剥がれたら、立つこともままならない自分に。
(現に、幸太郎が―――)
「大丈夫」
幸太郎が隣で微笑んだ。
「ユキが心配しなくても、一花はすぐに友達できるよ。」
手を触れられた気配がして、雪春は体の力を抜いた。
代わりに全身が熱くなった。
そうだ。たかが委員会で一人で座っているだけじゃないか。
普段の一花は知らないし、あんなに華やかな彼女だったら、きっと誰も放っておかないだろう。
(馬鹿馬鹿しい)
勝手に自分に重ねたりして、失礼にもほどがある。
熱くなった頬に手をあてた。
「あれ、三島先生?」
突然後ろから声をかけられてびくりとする。
「先生が犬飼先生の代わり?」
昨日、一花を助けた男子生徒だった。
名札を見ると“谷崎”と書いてある。
そうだ。谷崎潤平。
声部はテノールで、男子の中ではそれなりに積極的に授業に参加している生徒だ。
「あ、はい、そうです。」
「そっか。よろしくお願いしまーす。」
サッカー少年らしい、爽やかな笑みを浮かべる。
そして潤平は手に持っているプリントを配り始めた。
中身は仕事内容、タイムスケジュールなどが記載されている。
潤平はプリントが全員に行き渡ったのを確認するとそのまま、会議始めるぞーと言いながら教壇に立った。
風紀委員長だったのか。
一花も驚いた表情をしていた。知らなかったらしい。
この学園の特殊な点のひとつは、生徒会長に始まり、全ての委員会の委員長は学年を問われない。
実力があり、人望があれば選ばれる。
そうは言っても結局三年生がなることが多いのだが、彼は人あたりがよく、人望もありそうだ。
なかなかの好青年っぷりに、二年生で選ばれたのも頷けた。
潤平はこの広い会議室でマイクを使わずに、張りのある声で話し始める。
「じゃあ仕事内容の説明から始めるが―…プリントに書いてある通りだ。各自読んでくれ。以上!」
だいぶ大雑把だが。




