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あしたへ贈る歌  作者: こいも
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謎の美少年

 よほど自分の考えに没頭しているのか、近くまで寄っても男子生徒はこちらに気づかなかった。

「今は授業中です。教室に戻りなさい。」

 凛としてどこか涼しげな後ろ姿に声をなげると、生徒はゆっくりとした動作で振り返った。

 鼻筋の通った端正な顔立ちに切れ長の涼やかな瞳。艶のある黒髪はサラサラと額を撫でている。

 俗に言う美少年というやつなのだろう。見慣れた学生服が品よくみえるから不思議だ。

 しかし綺麗な顔は授業を免除する理由にはならない。

「こんにちは、先生」

 男子生徒がにっこりと微笑む。まずい、という色を見せればまだ可愛げがあるものを。

 あまりにも堂々とした態度に、もしかしてサボリではないのだろうかと思ったが、授業中に桜の前に佇んでいていい公的な理由など全く思い浮かばなかった。

「少し、気になることがあったので。」

「そうですか。では放課後にしてください。夕方の方が黄昏るにはぴったりです。今は授業中です。」

 それにしても桜がここまで似合う高校生も珍しいかもしれない。普通の高校生が桜の前で黄昏ていたら、あぁ青春しているんだな、と若さが可愛く見えるものだが。彼の場合あまりにも絵になりすぎて、本当に人間なのかと思ってしまう程だった。

(・・・まさかですよね?)

 最近色んなことがありすぎて、少し人間不審になっている雪春だった。

 しかし本当に綺麗な顔をしている。そこに立っているという現実味がなく、幽霊ですと言われても幸太郎の時ほど驚かない気がする。

 触って確かめてみようかと、本気で思案し始めていた時、

「最近、妙なものをつれていますね。」

 ポツリと男子生徒がつぶやいた。

「―え?」


 男子生徒は雪春を―――雪春の斜め上あたりを見つめていた。


「ん?」

 目があった幸太郎がきょとんとする。

「めざわりだな・・・」

 男子生徒が高校生らしからぬ妖艶な笑みを浮かべて、こちらに手を伸ばした時だった。

「三島先生!」

 校舎の方から走ってきた誰かに呼びかけられた。

 幸太郎が隣で「前島先生」とつぶやく。

 英語教師の前島亜紀まえじまあきだった。

 分厚い唇に泣き黒子。ひざ上のタイトスカートからのぞく足は、30過ぎだからこその色気があった。実際、後ろを通りかかった男性教師が、組んだ太ももを後ろめたそうに見るのを目撃したことがある。

「探しましたよ!こんなところで何をなさっているんですか?」

「何って・・・」

 サボりの注意です。

 そう思いながら男子生徒の方を振り向く。が、そこには誰もいなかった。

「・・・え?」

 雪春は信じられない思いで辺りを見回した。

 いやいやいや。ありえない。あの一瞬で一体どこに?

 一番近い校舎の入口も数メートルほど離れている。よほど頑張って走らないと不可能だろう。

 粟立った腕を無意識に掴んでいると、前島は焦れたようにせっついてきた。

「そんなことより、急いできてください。校長がお呼びです。」

「あ・・・はい。」

 すっきりとはしないが、今は置いておこう。

 早歩きをする前島の後ろに続いた。

「何かあったんですか?」

「いえ、私はお呼びするようにしか聞いていないので」

 一体何事だろう。まだ授業中であるにもかかわらず呼び出すなんて珍しい。

 やましいことは何もしていない。何か不手際があったとしても、いきなり校長室に呼ばれることはないはずだ。

 それでも、職員室に呼び出された学生のような、よくわからない不安が胸を占める。

 紛らわすために、黙って後ろをついてくる幸太郎にこっそり話しかけた。

「知り合いなんですか?」

 さっき名前をつぶやいたのを思い出したのだ。

「クラスの担任だった。」

 この学園の卒業生だったのか。公立と違って私立はめったなことでは転勤がないので、そういうこともありえる。

「変わってないなぁ」

 幸太郎はしみじみと言った―――太ももを見ながら。

 何の話をしている。


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