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あしたへ贈る歌  作者: こいも
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無記名の手紙

 校長室には、校長と教頭が難しい顔をして立っていた。

 二人の前には一人の女子生徒がいた―――一花だ。

 ノックをして入ってきたのが雪春だとわかると、顔をしかめてから目をそらされた。随分と嫌われてしまったようだ。

 それにしても、一花と雪春が揃って呼び出されるということは、一花が出歩いている件以外に思い浮かばない。

 まさかバレたのだろうか。

 内心焦っていると、教頭が徐に話しだした。

「前島先生、ありがとうございました。職員室にお戻りください。」

 前島は少し戸惑った顔をした。当然、自分も話を聞けると思ったのだろう。

「デリケートな問題なんです。席を外していただけますかな?」

 校長が鷹揚に言って、やっと納得したようだ。渋々といった顔で退出する。

 後で根掘り葉掘り聞かれるかもしれない。彼女は少し、何でもかんでも聞きたがるところがあった。

「実は今朝方、学校にこんなものが届けられまして。」

 扉がしまったのを確認してから、教頭が話しだした。

 机の上に置いてあった無記名の封筒を渡される。中身は写真と手紙だった。

 写真には一花が不良たちと一緒にいるところが写っていた。

 2枚あるので、金曜日と土曜日の写真だろう。

 そして手紙の方には、パソコンで印刷された文字でこう書かれてあった。


 “樋口一花は、夜な夜な不良たちと遊び歩いている”


 後ろから覗いていた幸太郎が、雪春の代わりに声を上げた。

 どうしてそうなる。ナンパされていただけだ。

 しかし巧妙に撮られた写真には一花の表情が写っていないため、知らない人間が見れば談笑しているように思うかもしれない。

「三島先生も、現場にいらっしゃったそうですね?」

 その質問をされて、雪春がここに呼ばれた理由を悟った。

 身の潔白を証明するために、一花が話したのだ。

 自分をつけていた(と思っている)人に助言を頼まなければいけない皮肉な状況に、一花も複雑な気分だろうと、憮然とした一花の横顔をちらりと見た。

「はい、彼女がナンパをされていたので、私が追い返しました。」

「ではなぜ、何日もこんな時間に外に?」

「それは・・・」

 そうだった。遊び回ってはいなくとも、夜な夜な外に出ているのは事実だった。

「もしこれが本当なら、一度親御さんに―――」

「っ・・・!」

「私も一緒にいたんです!」

 一花と幸太郎が同時に息を呑むのを感じて、思わず叫んでしまった。

 しかし一度外に出た言葉は戻らない。無理矢理でも突き通すしかない。

「授業の話で盛り上がって、遅くなってしまって、それで一緒に帰っている途中、目を離したすきに声をかけられたみたいで・・・」

 目も当てられないほどしどろもどろになってしまったが、ここは生徒を遅くまで連れ回したことに対する叱責を恐れていると捉えてほしい。

 隣りと後ろにいる兄妹にそろって見つめられ、雪春は唇を噛んだ。

 あぁわかってますよ。無理があるって!

 現に校長と教頭も疑いの目を向けていた。

「授業の話って、音楽ですか?」

 しかしその言葉に、雪春は現状を忘れてムッとした。

 生徒と音楽の話をするのがそんなにおかしなことか。

 年々削られていく授業時間を見るに、芸術科目を軽んじる教師は少なくない。

 そういえば岩田も似たようなことで憤っていたことがあった。他校に勤めている彼女の司書仲間が、学校側に「図書館の本を充実させるよりグランドを整備させたい」と言われたらしい。「うちは恵まれてるわね。」と、新しく入った本のPOPを作りながら、苦笑いしていた。

 結局IHや大学入試のように、学校の名をあげるのに関係することにしかお金も時間も割きたくないというのが、生々しいが本音なのだろう。

 芸術科目や読書は、効果が数値化できない分理解されにくい。

 雪春は少し意趣返しのつもりで言い放った。

「古代ギリシャの音楽観と思想家たちの著書から読み解ける、現代の音楽教育の可能性と方向性について話していました。」

「は?」

 校長たちの目が点になる。

「古代ギリシャ人にとって音楽という言葉は今日よりも広い意味を持っており、ピュタゴラスとその後継者の教理では音楽は数と切り離し難い関係にありました。そして数は精神的、物質的な世界全体を理解するための鍵であると考えられており、それはつまりエートス論という、音楽が道徳的な質を有していて、人の性格や振る舞いに作用するという理念とうまく適合し、また、アリストテレスは音楽は魂の動きないし状態―やさしさ、怒り、勇気、節度およびそれらと反対のもの―を模倣し、或るひとつの感情を模倣した音楽は、聞き手にその感情を喚起するという―」

「わかった、わかりました。もう結構です。」

 教頭がうんざりした顔で遮った。もういいのか。まだ序文なのに。

 プラトンは言った。

「私に国のノモスを作らせてくれさえすれば、誰が法律ノモスを作ろうとかまわない」

 何十世紀も前から、芸術や教育に法が欠けていると、かならず風習が放縦になり、社会に混乱を来すと考えられていたのである。


 音楽をなめるな。



①「プラトンの格言」…プラトン著書「法律」より。ノモスというのは“習慣”“法”という意味とともに曲の旋律型をも表す言葉で、この格言はそれに引っ掛けた語呂合わせでもあったそうです。昔は「正しい」人間を生み出す方法は公の教育体制にあるということで意見が一致し、精神を訓練するものとしては音楽に重きをおかれていました。

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