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273話 船上の男二人

船の中には、他の人間はいない。

エラの力で船を用意したとき、メリー、アテナ、コマチが他の乗組員は乗せないことを条件にしていたからだ。


食堂は、異様な光景だった。

椅子に座り、脱力したように眠りに落ちる女性たち。

中身の食べつくされた椀が、床にいくつも転がっている。


そのなかで、一人の苦しむ声だけが最後に抵抗していた。



「お、まえ……また、やりやがっ」

「俺だってやりたくないですよ。食べ物粗末にしたくないので、ゆっくり効くのを仕込んだんですから」

「なんの、ために!」

「説明が面倒なんですよねぇ……って、なんで落ちないんです?気道も血液も止めてるんですけど」

「な、めんな。はなせ」



アテナの首には、ジークの腕が回っていた。

数秒で気絶させることが可能な体術なのだが、抵抗を続けるアテナは必死に腕を外そうとしていた。

だが、ジークは無感動にアテナの頭めがけて3回手刀を振り下ろす。


脳が揺れたのか、アテナは3回目を振り下ろされてしばらくの後、意識を失った。


やり切った達成感でいっぱいのジークは、起きているもう一人に向かって笑いかける。

その笑顔で、余計にその人物は委縮してしまうのだが。



「心配しなくても男のあなたにこの薬は効きませんよ。ルシアン王」

「なにを、されたんですか。皆さんは、まさか死」

「スープに薬を入れて眠ってもらっただけです。アテナは常人だと軽く死ぬくらい打ちましたけどね」



意識を失った女性陣を一瞥したジークはちょっと悩んだ様子を見せたのち、ため息をついて椅子にドカッと座りなおす。

ルシアンは反対に立ち上がり、愛する女性に駆け寄る。


呼吸は変わらず、本当に眠っているだけのような穏やかな表情を確認してルシアン息をつく。

そして、ジークを睨みつけた。



「ジークさんは、ディアーナ様の専属使用人でしょう?なんのために」

「それ、あなたが言いますか?レオンにディオメシア側につくと書状を送ったのはあなたでしょう。兵まで配備してるのに」

「なぜそれを……秘密の約定のはずですが」

「俺、今ディルクレウスの犬なんです。すごく不本意不快この上ないんですけどね?」



うぇ~と舌を出しながら吐きそうな顔をするジークは、表情の硬いルシアンをからかうように見せつけた。

ルシアンは信じられないというように目を見開き、首を横に振っている。



「犬?でもあなたは今ここにいて、仲間だって」

「任務としては『ディアーナ王女の捕獲』ですからね。のらりくらり逃げてたんですけど、ディセルが宣戦布告したせいで予定が変わりまして」



ジークは立ち上がると、お椀をもってスープのおかわりを入れる。

「あなたも食べます?」と声をかけるも、反応のないルシアンに口をへの字に曲げた。


そのままもとの椅子に戻り、周囲に恐ろしいほど静かに眠る女性陣を前に「やっぱりメリーは料理うまいですねぇ」と言いながら平らげていく。



「いい加減、逃げられなくなりまして。おそらく戦いは避けられないでしょう?なら、一網打尽に全員連れていけばいいかなと」

「連れていくって……王宮に!?やはりジークさんは、戦いを起こさないように王国軍を止めるつもりで」

「いえちっとも。というか、今更王女捕獲したって言っても誰も止まれないんですよ」



希望を抱いたルシアンを一刀両断するのは、ジャガイモをハフハフ咀嚼するジークの声。

どこか達観していて、4人の専属使用人の中でもとびぬけた経験とスキルを持った、異質な男。

だが、自分が仕える主を眠らせて拉致すると堂々と言えるほどなのかとルシアンが愕然とした。



「今起こってる大規模ないざこざは、決まってたらしいですよ。未来を知る人間がそういうんですから、馬鹿らしいと思いませんか」

「さっきお話した、スラムの指導者とディアーナ様のことですか」

「ええまあ。でも、俺思うんです。この戦いは王女なんかどうでもよくて、全部ディルクレウスがこれまでしてきたことの報いなんじゃないかってね」



空になった器を床に置いたジークは、立ち上がるとそばにいたガーネティアを丁重に抱える。

意識のない人間はかなり重いはずなのに、彼はぶれる様子もなくそのまま船室を出ていってしまった。


ルシアンが後を追えば、ジークは桟橋に降りたところ。

いつの間に用意したのか、毛布を積んだ荷車があり、そこにガーネティアを寝かせていた。

そして手足をきつく縛っていく。



「ちょうどいい、荷車見ててもらえません?野盗が来ないとも限りませんし」

「いやです。ディアーナ様を王宮に連れていくなんて、反対だ」

「おや、断られた。とっくにゆるふわ優しげ王子は、責任ある王様ですもんね」

「そうだ。ボクは、ディアーナ様が好きなんだ。王宮に彼女を引き渡せば碌なことにならないのは、目に見えてる。……ボクが、守りたい」

「守る?どうやって?明日になれば自国の軍は殺し合いに参加するのに?兵たちは火種になった王女を守るとでも?」



そう言ったジークはまたさっさと船内に戻り、次はアテナとエラを担いできた。

次は両肩に二人を乗せ、それでも荷車に下ろすときは丁重だ。


先ほどアテナを気絶させたとは思えない手で、女性たちを丁寧に縛って毛布でくるむ男。

ルシアンは信じられないような目で彼を見ていた。



「ボクは、本当はディアーナ様のために動きたかったんだ」

「でしょうね。あなたの書状はそれが滲み出てましたし、レオンはそれを知ってて最前線において肉壁にしようとしてますから」

「やはり、レオンはそのつもりなのか」

「ええ。わかってますでしょう?あなた達の命運は、七年前に決したんですから」

「レオンは、まだあの時のままなのか」

「そうですよ?気色の悪いくらいに死んだと思ってるエラを思ってます」



ジークのその言葉に、ルシアンは目を閉じた。

だが、彼はすぐに目を開けるとジークに近寄り腕を掴む。


強い力だ。

百戦錬磨のジークでも振りほどけないほどに強い、武芸を日々磨いている人間の力。

そのまま折れんばかりに握る握力に、ジークの眉間にも力が入る。

ルシアンの目は、もう開いていた。



「お願いがある。彼女たちを連れてくなら、ボクも連れていけ」



強い意志のこもった目に、ジークは目を丸くした。

白銀の王様は、優しく国民思いな穏やかな人物と噂されている。

だが、月下に照らされたルシアン王はもう星に愛された王子様ではない。


まるで獲物を定めた、捕食者の目。


ジークはそれに自然と口角が上がっていった。

この男をどうしてやろうかと、感情のこもった嘲笑で。

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