244話 私の寝物語と現実のディアーナ様
昔、お母さんが聞かせてくれたお話がある。
寝物語で聞くにはとても恐ろしくて、当時は思い出すたびにお母さんに抱きしめてもらっていた。
『メリー。いい子にしていないと、とりかえっこさんが来るよ』
『とりかえっこさん、ってなぁに?』
『自分とおんなじ見た目の、なにか。それで悪い子にしていると、とりかえっこされちゃうんだよ』
『とりかえっこ?なにを?』
『全部、ぜーんぶを自分のものにしちゃうの。そしたら、今度は自分がとりかえっこさんになってしまうのよ』
『じぶんのもの……?』
『メリーが、メリーじゃなくなるってこと。メリー以外の何かが、メリーになっちゃうの』
ただの作り話。
小さい子供を静かにさせるための、戒め。
そのはずなのに、私の目の前に、ディアーナ様そっくりの人がいた。
とりかえっこさんだ。
「あ、あぁ……アテナっ、とり、とりかえっこさん」
つい、アテナにしがみつく。
小さいころ、アテナもとりかえっこさんの話を聞いたことがあるから。
いつも何か怖いことがあったときは、アテナにしがみついてた。
なのに、アテナはけろっとした顔でディアーナ様そっくりの人を見つめてた。
「ディアーナ王女、か?」
「まさか、本当に蘇っているんですか」
「アテナさんとコマチさんは、あの洞窟で見ていましたよね。ええ、彼女は正真正銘の『ディアーナ王女』です」
「えっ、あれ?アテナも、コマチちゃんも、驚かないの……?」
「おう。メリーがステラディアにいたときに、一応会ってたからな」
「スラムの不思議な洞窟で、ディアーナ様そっくりの人を見たっていいましたよね?それが彼女です。王家の祝福のお話、覚えていますか?」
アテナもコマチちゃんも、ちょっと驚いてるけど当然って顔してる。
ディセルさんも普通に紹介してるし、ディアーナ王女様?もこちらに笑顔を向けてるし……
たしかに、王家の祝福は覚えてる。
王族は死んでも、地下の教会に置かれたら次の日には蘇ってるって。
それで、ディセルさんが『地下教会に行かなくても10年放置すれば蘇る』って言ってたって……
じゃあ、これが本当の本当にディアーナ王女様なの?
「ディアーナ、挨拶を」
「ええ。わたくしは現国王ディルクレウスの一人娘、次期女王となるディアーナ・ガーネティア・ディオメシア。あなた方のお話は、ずっとシー先生やスラムの皆さんから聞いていました」
にこっと笑うその人は、本当にディアーナ様そっくりで……
ううん、ディアーナ様も言ってたもん。自分はディアーナ王女に成り代わるようにって送り出されたって。
そっくりだったって聞いたけど、まさかここまで似てるなんて。
「えらい違いだな。あたしらが王宮勤めしたころは、かなりのわがまま王女だったろ」
「そうですね。時系列的に、ディアーナ様が成り代わる前のあなたは、相当気難しいお子様だったと記憶しています」
「10年確かに蘇生していましたが、その間も耳は聞こえていました。目覚めないわたくしに、いつも優しく声をかけてくださるスラムの方々が、わたくしを変えたんです」
「蘇生といっても時間は流れますからね、ちゃんと体は成長するんですよ。ディアーナの場合は、他の17歳と変わらない成長をしている」
ううん、頭がくらくらする……
ディアーナ様そっくりなディアーナ王女で、じゃなくてディアーナ様は本当はライラさんで、ディアーナ王女はもうわがままじゃなくて、十年経って生き返って……。
ディアーナって名前が、たくさん出てき過ぎてわからなくなる!
「あ、あのっ!!ごめんなさい、状況がわかるけどわからなくて。えっと、ディアーナ様」
「はい、ディアーナです」
「ええっとあなたじゃなくで、私たちのディアーナ様のことなんですけど」
「ライラが、どうかしましたか?」
どうかしましたかってディセルさんに言われても、困る。
だって、なんで自分がこんなこと言ったのかわかんないんだもん。
だけど、なんだか目の前の「本物」のディアーナ王女をディアーナ様って呼びたくない。
ディアーナ様が、本当はライラさんなのはわかってる。
だけど、これだけは。
王族相手に不敬かもしれないけど、もうみんな気安く話しかけてるんだし。
心臓が口から出そうな中、私は口を開く。
「あ……あの。私たちにとってのディアーナ様は、今寝てるあの方なんです。だから、その、別の呼び方で呼んでも、いいですか」
「あなたたちが、彼女をライラと本名で呼んであげればいいんじゃないですか?」
「そう、かもしれないですけど。そうじゃなくて……」
ディセルさんの言うことはあってる。
その方が混乱しないことも。
だけど、ここでこの人をディアーナ様って呼んだら、呼んでしまったら。
これまでディアーナ様が頑張ってきたことの全部、この人のものになっちゃう気がして。
とりかえっこさんは、成り代わったディアーナ様かもしれない。
だけど、たくさん問題に直面して、ケンカして、訓練して、勉強して、たまに大きな無茶して。
みんなで数えきれないくらい、クッキーと紅茶でお茶した時間も。
目の前にいる本物のディアーナ様の物じゃない。
偽物だとしても、ディアーナ様についていく。
そう、私たち専属使用人は決めたから。
「あ~……メリーのいうこと、なんとなくあたしもわかる。悪いけどあたしらはあんたじゃなくて、そこで寝てるディアーナ様の専属なんだ」
「アテナの言う通りです。気分を害されるかもしれませんが、あのお方が自分たちにとっての『ディアーナ様』なことには変わりありません」
「アテナ、コマチちゃん……」
「ですので、自分たちはあなたを『ガーネティア様』とお呼びしてもいいですか?それも、本名には違いありませんよね」
コマチちゃんの提案に、私もアテナも頷く。
ディアーナ様と、ガーネティア様。
本当はただひとり、目の前の王女様を指す名前。
でも私たちにとっては、二人をしっかり分ける呼び方だ。
王女様は、ちょっと驚いた顔をして……快活にアハハッと笑った。
王女様って言うよりも、私たち庶民によく似た笑顔で。
「はい、いいですよ。むしろ、その方が都合がいいかもしれませんね」
本物の王女様は、ディアーナ様がしないような笑顔で、口調で、それを認めてくれた。
やっぱり、そっくりでも違う。
とりかえっこさんが、ちょっと怖くなくなった。




