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243話 男二人の攻防戦/姦しいスラム

ミクサがジークに声をかけた途端、それは一瞬だった。

ミクサのベッドサイドに立っていたジークが、動いたと認識したその一秒後。


ベッドに立っていたのは、ジークだった。

彼を見下ろしながら右足は左肩を、そして左足は刺された腹の傷を踏む。

そして冷ややかな目で、右腕を振り下ろす。

隠し武器なのだろう、カシャンカシャンと音がして、瞬時に伸びた鋭い刃がミクサの眼前まで止まる。


間違いなく殺気がそこにはある。

だが、ミクサも武力でジークには及ばなくとも、裏を取り仕切っていた月光国のボス。

もう動揺はしなかった。

ただ、腹の傷の痛みに脂汗を流しながら耐えている。


ミクサは信じているからだ。

ジークの忠義を……ではない。

自分自身が、あの場で刺されて殺されなかった意味を。

わざわざ自分を生かして、まだ駒として使いたいというレオンたちの思惑を。



「俺を一瞬でも可哀そうだと思ったら、刺しますよ?」

「自覚あるんじゃねぇか……おかしいと思ったんだよ、お前が王女サマにつくことはあってもディオメシアにつくはずがねぇ」

「よく回る口ですねぇ。いや、頭が回るというべきでしょうか」

「お前に言われたくねぇや。で、何たくらんでる」

「頭が残念ですね。俺が話すとでも?この通り、しっかり言われた仕事を果たしているだけの従順な男ですとも!」



そして満足したのか、ジークはベッドからぴょんと飛び降りる。

スプリングが傷に響いたのか、ミクサが「うっ」とうめいても知らんぷり。


大きく伸びをしたジークは、ひとつ大きなため息をつくと数多くあるポケットの一つから封筒を取り出した。

それをミクサの顔面目掛けて投げつける。

すんでのところでそれを掴んだミクサは、訳も分からず封筒を眺めた。


宛先も何も書かれていないただの封筒。

中に手紙か何かが入っているのがわかるが、赤い蜜蝋で封がされている。

しかも、その封のデザインにミクサは見覚えがあった。



「おい、これ」

「秘密の武器その1ってところですかね。開けちゃいけませんよ?ちなみに、もう一つの秘密兵器と組み合わせたら国も変えられる代物になります」

「もうひとつってなんだよ。まどろっこしいことしやがって、一度によこせばいいだろ」

「もう一つはこの王宮内に隠してあります!宝探しですねぇ、わくわくしませんか?」

「ワシはガキか?」

「この秘密兵器をうまく使えたら、ガキじゃないかもしれませんね。じゃあ、俺は二重スパイしてきますので」



そういうと、ミクサにひらひらと手を振ってジークは扉に手をかけた。

ミクサが「おい、まだ話は終わってないぞ!」と叫ぶと、くるっと振り向きただ一言を放つ。


ミクサはまだ現在の状況しかわかっていない。

避難民千人近くが王宮内で人質なこと。

自分が王宮に居ることで、王宮外の月光国民への人質となっていること。

自分の働き次第で、多くの命が消えるだろうこと。


ジークが、本来無関係なはずの月光国民の命を共に背負って、信頼している仲間を裏切らなければならない任務を与えられたこと。


ミクサにとって実にいけ好かない男だが、この王宮内で唯一の味方と思える人間に声をかけてしまうのは無理からぬことだ。

そんな迷子みたいな顔をしたミクサに、ジークは微笑んだ。



「考えて動けない男はコマチに嫌われますよ。プ~クスクス」

「……死ね!!」



この状況で、こんなにうまく地雷を踏む人間がいただろうか。

さっきまでの顔はどこへやら、ミクサは枕をジークに向けて全力で投げた。


枕が当たる前に、バタンと扉を閉めてジークは見えなくなる。

しかし、わざとらしい彼の笑い声にミクサは頭を掻きむしるのだった。



同じ頃、スラム特別保護区。


貧しくも皆が共同生活を送る土地。

ぼろを纏い、大きなたらいに水を汲んでいる者。

大きな荷物を運んで、家々の修繕を行う者。

走り回る子供たち。


そんなスラムは今日も平穏に見えた。


ディセルの家を除いては。


ぽつんと少し離れて建てられている粗末な家の中で、元気で物騒な声が飛び交っていた。



「この命に代えてお詫びしますディアーナ様」

「や、め、ろ!!自分で腹切るとかいかれてんのかコマチ!!」

「止めないでくださいアテナ!!自分の行動で、自分のせいで、もっとうまく立ち回れていたらこんなことには」

「メリー、ナイフ取り上げろ!!」

「う、うん!!」

「どうして邪魔をするんですか!」

「迷惑考えろバカコマチ!!」

「コマチちゃんのせいじゃないって何度も言ってるでしょ!!」



ワーワーガヤガヤギャアギャア。

女が三人集まれば姦しいというが、この場合は2人がコマチの暴走を止めようとやまかしいが正解だった。


家の主、ディセルは「元気ですねぇ」といいながら頭をガリガリ掻いている。

そして話題に出たディアーナ……ライラは家の隅。

適当な薄い布を敷いた床の上で、震えながら静かに呼吸を整えていた。


本来、コマチが自罰せんと騒いでいれば止めるライラ。

だがその気力もないのだろう。

体を丸めて、寒さに耐えていた。



「自分のせいで、他国連合軍に、ディオメシアに、攻撃するきっかけを与えてしまったんです。ディアーナ様は戦いを起こさないよう働いていたというのに……!」

「だーかーら!!コマチのせいじゃないんだっての!あんなの、連合軍のやつらが大げさ言ったに決まってる!それに乗っかろうとしたディオメシア軍だってただのクズ!」

「コマチちゃん大丈夫だよ。宣言は出たけどまだ戦いは起きてないんだよ?これから何とでもなるよ」



コマチがスラムに合流したのは数時間前のこと。

そして、ディアーナ王女の『軍勢』が他国連合軍を大規模攻撃したとレオンが発表し、ディオメシアも武力を持って事態を鎮圧すると宣言したのはその十時間以上前。

ライラの武装した仲間たちとコマチは、スラムへ移動する間にこのニュースを聞いたのだろう。


スラムに到着するや否や、ライラの所在を聞いて飛び込むようにディセルの家に入ってきたコマチ。

彼女が大声で「この命を持ってお詫び致します!」と叫び、その場で座り込んで、ナイフを取り出し今に至る。


ディセルの家には体調を崩して寝込むライラと、護衛をしていたアテナ。

そしてアテナの荒っぽい輸送方法で、トモエの領地から連れてこられたメリーもいた。


「好きなだけいればいいですよ」と女性が4人も押しかけたのに、寛大なディセルだがさすがに困り顔をしている。

自宅で女性がぎゃあぎゃあ騒いでいたら、スラムの賢人と信頼のある彼でも、どうしていいかわからない。


そのとき、ディセルの家に顔を見せる影が一つ。

すらりとした体躯、スラムの民が纏うボロのような服、そして裸足。

彼女に目を止めたディセルは「どうぞ、入ってください」と笑顔を見せる。



「ごきげんよう、シー先生。ライラの毛布持ってきたわ」

「ありがとうございます。どうやら風邪を引いたみたいで……助かりましたよ『ディアーナ』」



ディセルが放ったその言葉に、メリー、アテナ、コマチは一斉に目を向けた。

それまで気づかなかった、訪問者に。


そして目を見開く。

ディセルと話していたのは、女。

だが、その顔は、赤銅色の髪は、灰色の瞳は、体つきまで……ライラと、彼女たちがディアーナ様と呼ぶ偽物王女と瓜二つだったからだ。

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