241話 目覚めたワシが見た男
腹に、刃物。
熱く、血が出ていくから体が冷える。
油断した覚えはない。
王宮はいわば敵地で、ワシにとっては嫌いなやつらしかいない場所。
わざわざ、避難民とワシを引き離してすぐにやりやがった。
あつい、あつい、あつい
ワシの腹の刃を握る男の顔を見て、心底気分が悪くなった。
そいつが、口を開く。
その様子から目が離せない。
声の出せないワシに、何を言うんだ。
「さっさと起きないと、本当に殺しますよ」
ジーク!!!
そしてワシは、飛び起きた。
同時に、腹が痛くて押さえる。
痛い。
内臓じゃない、これは外傷の痛み。
(なんだ?ワシ刺されて、気を失って……)
そこで初めて自分を見た。
前開きの白いシャツ、柔らかい材質の服、それに豪華なベッド。
月光国とは違う、ディオメシア文化の塊みてぇな装飾がゴテゴテしい。
知らない、部屋だった。
腹を見れば、手当がされている。
血が滲んでるから、相当深かったんだ。
「起きました?思ったより貧弱で驚きましたよ」
突然、男の声がした。
しかもベッドの左側から。
知ったその声に、ワシが考える前に右手を握り締めてそのまま振りぬく。
でも、そいつは涼しい顔でバシッ!と手のひらで受け止めてニヤニヤ笑いやがった。
もう一発、左拳も叩き込もうとしたらその前にワシが崩れ落ちた。
「無理はしないほうがいいですよ?うまく刺しましたけど、痛いことには変わりありませんから」
そいつの右手が、ワシの腹を掴んでいた。
この一瞬で、痛いところをもっと痛めさせようッて魂胆が見える。
ワシが悶える間に、すぐ手を離してひらひら振る。
笑顔まで浮かべる奴に、起きてすぐ会うとは思わなかった。
茶髪の長身、軽薄そうな目に、真っ黒の体に沿う服をまとった男。
そんな奴は、ワシは一人しか知らない。
「ジーク、貴様!!」
「ほらほら、まだ寝ててくださいよ。ミクサが起きたら俺行かなきゃいけないんですから」
「なんでワシを刺した!!」
「ええ~それ聞きますか?もとはと言えばあなた達が王宮に大勢で逃げてくるのが悪くないです?あと本当に静かにしてくださいよ。できれば年単位で眠っててくれません?」
「煙に巻くな。お前、コマちゃん達が探してたんだぞ!!お前がいればもっと避難が楽になったって」
「でも結局いろいろうまくいってるんだからよかったですねぇ。あなたと俺は最悪な目にあう予定ですけど」
ジークは、月光国にふらっと来るいつもの調子で話す。
あまりにもいつも通り過ぎて、腹が立つ!
ワシに、この傷を負わせたのはコイツだ。
夢じゃない、ワシはこの目で見た。
コイツは、いきなり現れて正面から……
いや、冷静になれワシ。
いつもならもっと考えて指示を出すだろう?
腹刺されるなんか、裏カジノ時代もあったんだ。
今はそんなことより、この状況を考えろ。
「ここは、どこだ。みんなは」
「やっと冷静になりました?よかったですよ、あなたが起きたらさっさと動けって言われてましてね」
「御託はいい、今を、教えろ」
「おやおやせっかちですね。……ここはディオメシア王宮の貴族専用客室、俺はミクサが逃げないように起きるまで見張りを仰せつかっただけ。避難民は……元気ですよ?」
「へぇ?自分でワシを刺しておいて、こんなに豪華な部屋で寝かせるとは。悪趣味だな」
「二日間一回も起きずに寝てたんですから、寝床は心地よかったんでは?」
「……二日?」
「はい。本当は一週間寝かせるつもりで毒刃で刺したのに、回復早すぎますよ。毒耐性の訓練でもしまし……ガッ」
腹が痛いとか、傷が開くとか、そんなことはどうでもよかった。
左腕でジークの胸倉を掴んで、引き下ろす。
そのまま右拳を顔面に叩きこんだ。
骨の感覚が拳に伝わって、生々しい。
暴力は慣れてる。
裏カジノ時代で散々身に積まされた。
だから今の一瞬でわかった。
ジークは、今の攻撃を「抵抗なく受けに来た」と。
鼻血出てるし、ぺって吐き出した唾の中に歯も見える。
ワシの実力を知ってるなら、軽々しく受けていい一発じゃないことは知ってるだろ。
「おい、なんで止めなかった。さっきみたいに止めればよかっただろ」
「あ~……哀れみですかね?」
「何隠してやがる。さっきからお前は肝心なこと言ってないな」
「こんなに正直な男はほかにいないですって」
「お前は何でここにいるんだよ」
ジークが、わかりやすく目を逸らした。
わざとらしすぎる。
いつもが本心を出さない奴だ。
こんなにあからさまな反応、気色が悪い。
なのに、まだ煙に巻くのか。
「ワシが王宮に避難民と来た時、ワシを引き離したのはレオンだった。そいつの目の前で、ワシを刺したのはなんでだ」
「……さぁ?ちょっとグサッとやりたくなってしまって」
「レオンも驚いた素振り一つなかった。決まってたんだろ、ワシを攻撃することも、王宮に留めるようにするのも」
コマちゃんに借りたブローチで王宮に入ったワシらを出迎えたのは、ディルクレウス王の右腕であるレオンだった。
不愛想で、上から目線で、心底こっちを見下してるのが良くわかる野郎。
ディアーナ王女サマの婚約者なのかって疑うほどだった。
そいつがワシだけに耳打ちした。
『ディルクレウス王が、あなただけにお話がある。避難民は俺の配下にすべて任せて、一緒に来てもらうぞ』
言葉も礼儀もなっちゃいない。
でも、王と話ができるなら行かない理由はなかった。
それで一人になった途端に、影から現れたジークにグサリだ。
こんなの、ジークを疑わない理由がどこにある。
「ジーク、お前は王女サマの専属じゃなかったのか」
「……さぁ……」
「今やってることは、裏切りだろ」
月光国は、専属使用人の4人とうまくやってきた。
そのワシを、レオンの前で攻撃したんだ。
「ジークはこちらの駒になった。これで、質問はいいな」
そのとき、ノックもなしに、扉が開いた。
大柄で、尊大で、いけ好かない態度の男。
そこにいたのは、ワシを一人にさせたレオン。
ジークの顔が血まみれなのを見て「見苦しいぞ」とだけ言って、ワシののいるベッドの右側に立つ。
対峙すれば、人間ってもんがわかる。
ワシは、そう思ってる。
だから、久しぶりに鳥肌が立った。
コイツの目は、生きてない。
まるで、死人が動いてるみてぇだ。
「血まみれの犬もいるならちょうどいい。貴様も話がある」
生きた死人は、ワシとジークを見て言い捨てた。
ワシ、あんまり勘は信じてないけどこれだけはわかるぞ。
コイツは、碌なことを言わない。




