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239話 戦争の始まりは、事実を歪めて

主人の大声に、アテナとコマチは即座に見上げた。


コマチが驚きに目を見開くその瞬間、アテナが即座に腰を落として手を伸ばす。

頭上に、今まさに落ちてきているライラの姿を捉えたからだ。


落下まで2秒。

咄嗟のアテナの腕は、自分の身長より少し大きなライラの体を受け止めた。

腕の軋みがアテナを襲う。だが悟らせない声で、語気強く言葉を浴びせる。

目を吊り上げたアテナの顔は、まるで鬼人のように怒りをたたえていた。



「バッッッカじゃねえの!?何してんだお前!!」

「わ、私も驚いてるのよ!?」

「あたしが受け止めなかったら、骨折るどころじゃすまない高さなのわかってるか!?」

「咄嗟だったの!自分でも判断ミスしたことくらいわかっているわよ!」

「じゃあなんで飛び降りた!!」

「このままじゃ戦争になるからよ!!」

「はぁ!?ディアーナお前船に戻っ…あ!!もう船出ちまったじゃねぇか!」

「とにかくこの衝突を止めないと!」



まるで売り言葉に買い言葉。

アテナに釣られるように声が大きくなるライラ。

だが、誰も彼女の意図はくみ取れない。


それは当然のことで、誰も落ち度はない。

この世界を作ったライラでさえ、大規模戦争の始点である「ヴァルカンティア兵の上陸攻撃」を覚えていなかったのだから。


だから、ライラはコマチに目を向けた。

この世界で数少ない、ライラの現状を完全に理解した上でその先を予測できる頭脳を持つ彼女に。


今、ここで他国連合軍と派手にぶつかれば、これまで連合軍が細々と行ってきた略奪や侵攻の比ではない。

もっと大きな戦いが始まってしまうから。

どうか、察してこの状況を穏便に収めてはくれないか。


だが運命は無常に回る。

ライラが目を向けた先に、コマチはいなかった。


コマチは、既にアテナとライラの前を走っていたからだ。



「アテナ、そのまま行ってください。後で必ず追いかけます」

「嘘、お願いコマチ待っ」

「皆さん下がってください!敵は人数を整えてきている可能性があります!鼻と口を覆い、自分より前に出ないように!」



ライラが止めるその言葉もむなしく、コマチは前方にいたライラの味方達に合流すると大声で呼びかける。

大勢を率いることに慣れた、司令官。

月光国の責任を一心に背負って生まれた、実に凛々しい姿だった。


ライラはそれを頼もしく見ていられただろう。

コマチの手に握られた、禍々しい色の液体が入った数本の小瓶を見なければ。


月光国印の、とんでもない効果を発揮する薬瓶。

加えて、コマチが鼻と口を覆えと発した指示。

それを聞いて、ライラの血の気が引いた。



「やめて!!コマチやめなさい!」

「暴れんな!あたしらは先に逃げるぞ」

「離しなさいアテナ!こら!どこに行くというの!」



既に他国連合軍は、武器を構えて近寄っていた。

コマチとライラの仲間たちは銃の射程範囲内。

ライラの姿も、きっと捉えているのだろう。

敵の中から「ディアーナ王女!?」とどよめく声が上がる。


10歳の少女だったとはいえ、七年間で別人になったわけではない。

ずっと彼女は、手配書と共にディルクレウスに探されていたのだ。

偽物王女とは知らず、ライラの肖像を国中に周知させて。


そしてコマチは動く。

一気にすべての小瓶を開け、砂の中で混ざるように地面にぶちまける。

そしてコマチ自身の鼻と口をハンカチで覆う。


次の瞬間、事態は一変した。


真っ黒の煙が瞬時に広がり、風が煙をすべて敵へ向かっていく。



「なんだ、煙幕?」

「おい、敵が見えないじゃないか」

「これでいいです。皆さん、退却してください!ディアーナ様をお守りして、スラムまで行きましょう!」

「でも敵が」

「問題ありません。足止めは可能です」



コマチが武装した仲間に言い放った。

その途端、叫び声が耳を突く。


ぎょっとして、煙幕の中を見る仲間たち。

その彼らの目に、驚きの光景が飛び込んできた。



「げほっ、げえっ……!」

「痛い、喉が、息ができねえ……!」

「何も見えねえ!どこ、どこだあ!!」

「血、鼻血が!!」



敵の姿は見えない。

それでも、煙の外にいる全員が感じていた。


こいつ、何しやがった!!と……


だがそれを言える人間はここにいない。

ツッコミを入れられるだろうアテナもライラも、この場を離脱済み。

武装したライラの仲間たちは、突然の凶悪な煙幕を使った人間に何も言えず。


「今のうちに行きましょう。船もちゃんと離れましたし、無駄な血を流す必要はないです」と踵を返して走るコマチに、皆が粛々とついて行った。


結局、コマチの働きにより、人死には出なかった。

他国連合軍に、毒入り煙幕で苦しみを与えたという結果は残ったものの、概ね丸く収まった。

そう、誰もが思っていた。


翌日、ディオメシア王宮が宣言を出すまでは。


ディルクレウス王に代わり、勅命を言い渡したのはレオンだった。

彼は、多くの兵の前でこう告げたのである。



「昨日、ディアーナ王女が港に大船で現れ、無抵抗の他国連合軍を大勢攻撃したとの報が入った!!ディオメシア領内での大規模な抗争を起こしたとして、彼女たちを捕らえる事とする!」



攻撃したのではなく、煙に巻いただけだとしても。

ディアーナ王女とされたライラはすぐにその場を立ち去ってしまったとしても。

先に攻撃を仕掛けようとしたのは相手方だということも。


すべては関係ない。

ディアーナ王女(偽物王女)が現れた時点で、大規模な攻撃を行いたくてたまらなかった他国連合軍にとってはすべてが都合よく進むように変えてしまったのだから。


ディアーナ王女はディルクレウス王がずっと探していた存在。

彼女を引き合いに出せば、ディオメシア軍が動くことなどわかり切っていたのだ。



「陛下よりご伝言だ!『なんとしてもディアーナ王女を捕えて王宮へ連れてこい』以上!」



原作の修正力というものがあるのだとしたら。

間違いなく、ここに発揮されていた。


ヴァルカンティアの軍勢の収まるはずだったポジションは、ライラの率いる仲間たちになった。


ライラの軍勢、他国連合軍、スラムの革命軍、そしてディオメシア軍。


ここに、勢力のすべてがディオメシアに集まった。

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